いを
2023-08-13 14:38:19
2063文字
Public 刀神
 

すべて遠雷のせいにして

久遠のこと、あるいは蓮のこと。

 耳朶に響く雷が鳴り響く。夜の帳を引き裂くように白い光が走った。どこかへと落ちたのかもしれない。
 久遠は顎を上げ、ベルトで固定した妖刀を引き抜く。
 目の前にはキリキリと軋む音をたてるトウロウ。
「どうした」
 久遠の後ろに建ち並ぶ電灯がちかちかとまたたいた。前々から青白い頬が黒く染まる。トウロウはこちらの様子を窺うように鎌を蠢かせていた。埒が明かない。一歩、足を踏み出す。坊、と声がする。今宵のバディは雪魄桂木刀・伍号。脇差ではあるが、リーチは十分足りる。雪魄桂木刀・伍号の声は後ろから聞こえてくる。視線を僅かに下げ、すぐに上げた。
「仲間を待っているのかもしれない。こいつ一匹だけだと思うなよ」
「承知した」
 短く答え、柄をぎしりと握りしめる。おびき寄せて纏めて仕留めるか、それとも――。そう思考した直後、轟音が轟いた。腹にも響くような音にびりびりと電灯が震えた。
「!」
 ちいさく息をのむ。雷が落ちるのをまるで待っていたかのように、トウロウは久遠の首を確実に狙い、まるで断頭台の刃のように振り落とされる。だが久遠の足はすでに動いていた。
 既にトウロウの後ろをった。トウロウの懐に入り的確に核を突き、体を捻って不安定な体の重心を瞬時に正す。影から這い出たような、もう一体のトウロウが久遠の両腕を落とそうと鎌を振るった。地面に這いつくばるように体を伏せ、雪魄桂木刀・伍号で鎌を片手で受け止めた。火花が散り、静寂がもう一度訪れる前に力任せに押し倒す。そのままトウロウの逆三角形の首を跳ねた。そして黒い霧が吹きだし、やがてトウロウの筋張った体は消え去ってゆく。
「お疲れさん。これで最後だ。そういやお前、異能使わなかったね」
――ああ……確かに。使ういとまもなかった。生気も温存できたし、良好だろう」
……ふ。お前さ……誰かに似てんなって思ったらあのガキンチョかぁ」
「似ている?」
 刃を鞘に収め、そっと息だけで笑った桂木を見据える。訳知り顔をしている刀神は隻腕である。額から突き出した黒い角が特徴的なその男は、左手で顎を撫でた。
「名前……なんつったっけ。ああ、そう。玉匣蓮っていう……ちょっと悪ぶってる感じの」
 玉匣蓮。知っている。思わず眉根が寄った。知ってるもなにも、親戚だ。最近顔を見かけないが下緒院に異動したという噂は耳にしている。桂木はそれを察したのか「そいつと前に臨時組んだとき」と続けた。
「かなり焦ってる感じだったと思ってさ。生き急いでるっていうか。俺の異能だって暴走させちゃって、被害はなかったからいいけど」
「そうか。血気盛んな若い連中ならそういうこともあるだろう」
「でもさ、最近見かけたけどずいぶん落ち着いたみたいだぜ。なんかあったのかな?」
「さあ……
 玉匣蓮のことは、直接はよく知らない。親戚というだけだ。ただ――事情は、知っている。あそこの家は男は育たないと。蓮の下の弟が10年ほど前に妖魔に殺されたということも。
「玉匣の家に数年に一度、父が手伝いに行っていた記憶くらいはあるが、俺はこっちに来なかったからな」
「ふうん。そいつの親父が最近死んだっての、知ってる?」
「なに……? いつだ」
 桂木は眉根を下げて、「ああっと」と濁した。自分で言ったくせになにを言い淀むことがあるのか。久遠は眉間に皺を寄せそうになり、反射的に指先をそこに当てた。
「半年くらい前だったかなあ、確か。詳しくは知らないけど」
……
 半年前、確か父と母が慌てた様子で何か話し合っていたことがあった。電話が鳴りっぱなしだったことも記憶に新しい。親戚だからというよりも、もっとなにか――。そこまで考えてかぶりを軽く振った。
「玉匣の家は男が育たない。男は存在するだけで短命になる運命の一族だ。外から入ってこようが、内からだろうが関係ない。それなのに、何故」
 独り言のように呟いた久遠は、知らず知らず四つの指輪を見下ろす。お守りだよぅ、と笑った祖母は数年前に死んだ。祖母はどうにかして久遠を当主にさせたかったようだが、自分自身はこんな体たらく。なれるはずもない。悪いことをした。本当に。可愛がってくれた祖母には。
「彼の父は婿養子だと聞いている」
「ああ、そうみてぇだね」
……死を承知で玉匣の家に入ったのならなんのために」
「なんか理由でもあるのかな」
「分からない。当人はもう死んでいるし、彼にもおそらく分からないだろう」
「なんで?」
 どん、と遠くで雷が鳴る。雨の降らない、だが快晴でもない夜。雷が雲を呼んでくるのだろうか。久遠は目を伏せ、「いや」と再びかぶりを振った。
「全ては憶測に過ぎない。桂木殿。お前に言う筋合いもない」
「お前らさぁ……。ほんとかわいくないとこ似てんな。別にいいけどサ」
「また縁があれば組むこともあるだろう」
「へいへい。そーさな」
 雪魄桂木刀・伍号のその言葉が合図だったように、久遠と二人、天照に帰還した。

 いまだに、雷は鳴り続いていた。