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いを
2023-07-28 18:19:06
2510文字
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刀神
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氷中落果
蓮のこと。
・降藤さん【yasuinokikaku】
お借りしています。
ぽつりと滴が垂れ落ちる。屋根の軒裏からつたって、足もとにおちていく。
蓮は視線をあげて、上を見上げる。空は曇り、雨は降り続いていた。こうやって雨宿りして10分ほどになるが、まだ止みそうにはない。
「止まないわねぇ」
「そうだな
……
」
任務で隣町に来たのだけれど、途端に雨が降ってきた。天気予報が外れたようだ。運が悪かったのだろう、きっと。こうやって雨宿りをしていても時間の無駄かもしれない。
「お使いっていっても、これじゃあねぇ」
隣にはバディ
――
夜伽噺卿・降藤が立っている。蓮よりもかなり背が高いから、蓮が降藤を見るには顎を上げなくてはいけない。彼ほどの背がほしいとはいわないが、もう少しくらいはほしいなどと無駄なことを思ってしまう。
成長が止まったら、それはそれで諦めはつくのだが。
下緒院に異動してから、はじめての任務はこの町にある符の確認作業だった。1カ所ではあるが、符がある場所
――
提示された範囲は広い。そのためどこに何があるか、詳細は知らされていない。
探してこい、ということなのだろう。おそらく。
「藤ねぇ、すこし濡れてもかまわないか?」
「いいわよ。いつ止むか分からないし、天気だけはどうしようもないものね」
「ああ」
駅の大きな屋根から足を踏み出すと、スニーカーの先がかすかに濡れた。
腰には夜伽噺卿・降藤を差している。
足早に通り過ぎる一般人に触れさせないように、細心の注意を払いながら走った。
サングラスのレンズに雨粒がつく。それもやがて流れていくのだろう。
スニーカーのゴムの部分が、雨水を弾いた。弾いて浮いて、地面に叩き落ちるのだ。
降藤の白足袋も、雨で踵が薄く汚れた。
「
……
?」
ビルとビルの間にある雨の中でなお暗い、不気味な空間を見て蓮は足を止めた。
「あるじちゃん」
「ああ。ここだけ空気が濁っている」
雨などよりももっと嫌な湿り気を帯びていて、蓮の足首を舐めた。
「嫌な感じだ」
「そうね
……
」
室外機が、ガラガラと鳴っている。古いのかもしれないし、この澱んだ空気にあてられているのかもしれない。
蓮が羽織の裏から符の一枚を剥がすと、暗い空間に入る。体全て入りきると、気持ちの悪い圧迫感を感じた。
「空気が悪い。
……
ここじゃ清浄な空気も入ってこないだろう」
上からガタンと音がした。蓮が顎を上げると、窓が開け
閉
た
てしているような姿が見えた。換気でもしているのだろうか。その人は身を乗り出して、大きく呼吸をしているようだった。
ここから見る限り、若干顔色が悪く見えた。
「誰かいるの」
二階から身を乗り出しているその人の顔を見て、蓮は息をのんだ。顔がぐにゃりと歪んで見えたからだ。祟られている、とすぐに分かった。
その人に、ではない。この場所に。
「
……
天照の、使いの者だ。周辺の見回りに来た」
「そう。この辺り、なんだか濁った感じがしていやなのよね
……
」
そう言って、その人は顔をひっこめた。その直後
――
蓮の背中に重たいものが落ちてきた
――
ように感じた。その重さで思わず体が前のめりになる。
「あるじちゃん!」
「くそっ」
天照の名を出したからか。すぐに手に持っていた符を湿る地面に落とす。ぬるりと掌を上にした、半透明の腕が符から伸び、蓮の背中にこびりつくそれを掴んだ。その手は背中から引きずり落とそうとし、やがてそれは音もさせずに室外機の傍に落ちた。
そこから飛び退き、それを見下ろす。
「
……
これは、」
「土地神、だったものかしら」
「ああ」
手も足もない、まるで芋虫のように体を蠢かすそれはどす黒くて、あまりにもグロテスクだった。
これが神だったものか。留まっていたせいで、重い粒が流れるサングラスとりさり、符をもう一枚剥がす。
「この地を守る神だったのに、今はこの地を穢しているんだな」
「悲しいけれど、これがこの神の末路なのかもしれないわね」
「あんたはもう神ではない。この地を一時清浄に戻し、神上りしてもらう」
神殺しはできない。
蓮は祀る者であって、殺すものではない。玉匣の苗字を継ぐものは決して、神を殺してはならない。これ以上、呪われてはならない。蓮が生き残るために。これがどれだけ自分本位だとしても、今死ぬわけにはいかない。
「
――
だから、あんたの名前を教えてくれ」
芋虫のような、神だったものは声を発した。しゃがれていて、男でも女でも、老人でも若者でもないような声だった。
柏手を打つ。
その名を声で発し、祝詞を唱えた。
アハリヤアソバス トモウサヌ アサクラニ
――
。
そうっと、囁くような声で唱えると、芋虫のような神だったものは、さらりと空気に溶けていった。
一時、お返ししただけだ。
数ヶ月もたてば、また元に戻ってしまうだろう。
スニーカーのつま先を見下ろし、雨と泥で汚れていることに気づく。靴も、汚れるものだ。そう思い、見守っていた降藤を振り返る。
降藤は「よくできました」と言うような表情をしていた。
「符が剥がれかかっている」
すこし照れくさくなって、再びサングラスをかけ、建物の端に貼ってある符を膝を折って見下ろす。符はざらざらとしていて、汚れ、折れ曲がっている。結界の効果を低下させていることはすぐに見て取れた。
下緒院の職員が書いた符を代わりに貼り、ようやく仕事が終わった。腐った符は、下緒院で焚き上げるのだろう。
「おつかれさま、あるじちゃん」
「ああ、藤ねぇも。妖魔が寄ってくることはなかったし、御の字だ」
「こんな天気じゃ、あたしの異能もあんまり
……
ねぇ」
くすりと苦笑いして、肩をすくめた。
蓮は腰を上げて符を白い和紙の封筒に入れてから、空を見上げる。まだどんよりと曇ってはいるが、雨は細く、ゆるやかだった。
「じゃあ、帰るか」
「そうね」
ほつり、と蓮のほおに冷たい塊が落ちて、やがて熱によってほどけるように溶け、滑っていった。
「置き土産だ」
蓮は流れ落ちていったそこに触れて、くちびるの端をすこし、上げた。
もうじき、空は晴れるだろう。
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