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いを
2023-07-06 21:16:26
2509文字
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刀神
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ありふれた明日と花束と
【黄泉ト刹那】
寄子のこと。
・灰さん【@yasuinokikaku】
お借りしています。
鹿屋野比売寄子の家は古くから天照に人材を提供し、その地位を保ってきた。
けれど、唐突に途絶えたのが寄子の祖父の代だった、祖父といっても寄子の実の祖父ではなく、遠い親戚
――
もはや他人といってもいい男に預けられた。
そして刀遣いの素質があると知ると、祖父は寄子を正式に養子にし、呪術と祖父が知りうる限りの知識を寄子に与えた。
素質があると知ったのは寄子が12歳の誕生日の日。刀遣いであった祖父が妖刀を寄子に持たせたのだった。
危険を承知で寄子は妖刀に触れたが、なにも起こらなかった。
その時の祖父の表情を寄子は覚えていない。嬉しそうだったのかもしれないし、辛い役目を押し付けてしまったという表情をしていたのかもしれない。けれど寄子は一向に構わなかった。
刀遣いになってどうするのか、なにをしたいのかも分からず、その時から6年がすぎた。寄子が18歳のとき、天照に就職した。大学は行かなかった。
祖父を隣県に残すことはためらいがあったが、彼は気にしなくていいと言った。
寄子は祖父が好きだった。
本当の家族は寄子のことを気味悪がっていたし、どうでもいいようだった。
髪の毛はぼうぼうに生えっぱなしであったし、洋服も長女のおさがりしか着たことがなかったけれど、祖父は髪の毛はきれいにしないと、と言い、美容院に連れて行ったし、洋服はすこしばかりいい店のものを着せてくれた。
和服も同様だった。
寄子が神田灰を見たのはすこし前のこと。
下緒院で見かけたその人は、ちょっとばかりくたびれた格好をしていたように思う。
白いよれたシャツに黒いネクタイ、黒いスラックス。となりにいる、美しい羽織を羽織った男性はバディだろうか。
豊かな黒髪をポニーテイルにして、男性に声をかけていた。
そしてなにかのきっかけで式神をつくるようになり、寄子はしだいに灰に惹かれていった。
彼のなにかを知っているわけでもない。彼のことはよく知らない。けれど「蝶子さん」という女性のことが好きなのだなあと知った。
初恋は実らないという。
だからこっそり消えていくはずのこの心は、けれど今になって大きく成長していた。
灰が失踪したと聞いたときも肝が冷えた。響丸が知らせてくれなければ、気づくのにもかなり遅れていただろう。
響丸の異能は灰にしか使えないと知ってはいたけれど、灰とだれか
――
男性だったと思う
――
が戦っていたとき、すんでのところで灰を助けることができた。
灰の目はいつもの海色ではなく、すこし紫かかっていた。その意味をしらないほど、寄子は無知ではない。
響丸を鞘におさめ、灰に近づく。
怪我をしているようだった。肩口のあたりからばっさりと袈裟斬りにされている。
灰色のスウェットが斬られ、血が滲んでいた。
「主!」
響丸がうつむく灰のそばに駆け寄る。寄子は灰の真正面に、顔を見られるように膝を折って抉られたような地面の上に座った。
「灰さん、大丈夫? すぐ止血しないと
……
」
「俺は
……
」
痛々しいまでにかすれきった声に、寄子の眉がかすかに寄る。それでも寄子は応急処置の手を止めない。
今するべきことを、寄子は見失わない。
包帯を体に巻き付けて、ぎゅっと強く縛る。それでも灰は呻きもしない。
とりあえず、止血はした。あとは、言うべきことを言うだけ。
「
……
」
「鹿屋野比売
……
」
心配そうに、響丸は灰と寄子を見ている。
ぼさぼさに伸びたままの髪。以前よりもこけた頬。痛ましい姿だ。
「灰さん」
すこし節のある手にそっと触れる。灰は肩で息をしながら、視線をさげている。なにかに怯えるように。
「灰さんにつらいことがあったこと、響丸どのから聞いわ。私の近しい存在がいなくなったことはないから、灰さんの気持ちは分からない。でもね、それを誰かのせいにしたりすることはしないと思うの。灰さんなら」
淡く紫色にそまった目は、あいかわらず地面を見つめている。
「いなくなったことは覆せない。
……
神様だってそんなことできやしないわ。イザナミの言葉は本当かもしれない。大切な人にあってそれで救われるかもしれない。でもね、灰さんは本当にそれでいいの? 私が知っている灰さんは、そんな神様に惑わされない。強くて優しいひとだもの」
「
……
買いかぶりすぎだよ」
寄子の手の力がすこし、強まる。
「あなたは強い。強いから、自分を許せないという気持ちがあって、それが罪だって言う気持ちがあるんでしょう。でも、私は違うと思うの」
許せない気持ちがあるのは強いから。そして優しいから。
寄子はすくなくとも、そう思っている。
「あなたが自分を許せないというのなら、あなた自身が罪だと言うなら、私がそれを許します。灰さんは生きていていいの。蝶子さんや阿伽陀さんのぶんまで、じゃなくて
……
灰さんが生きたいように生きればいいの。だって、あなたの人生はあなたのものでしょう。私
……
私だって、どうしようって迷ってるときもある。でも、あなたはひとりぼっちじゃない。響丸どのがいる。大切なバディでしょう。それに、頼りないかもしれないけど、私もいる。灰さんの力になりたいひとは、ここにいるのよ」
義手の右手と、生身の左手をまとめて両手で握りしめる。きっと痛いくらい。
「
……
どうして、そこまで
……
」
灰の首筋から、一房の髪の毛がぱらりと流れた。
どうして。
どうして、なんてきっと、寄子はずっと前から知っていた。
「灰さんのことが大好きだからよ」
すこし、手が震えた。
「あなたのことが好きだから」
それでも笑う。灰が、笑いかけてくれたことがあったときを思い出すように、寄子は笑った。
「前みたいに、笑ってほしいから。
……
ううん。怒った顔だって私はきっと好きになるわ」
これは、本当のことよ。
響丸はだまって見守っている。
土埃が舞って、目がしみる。目を拭いたいけれど、今この手を離してはだめだと思う。
「この気持ちをゆるしてくれる?」
目がしみて、一度閉じる。目尻に埃を押し返そうとする涙がにじんだ。
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