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いを
2023-05-21 16:54:03
3987文字
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刀神
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かくも浅ましきこの両手
【黄泉ト刹那】
小夜子のこと、あるいは天霧のこと。
・朱理さん、首切さん、深紅さん【33holly_8】
・(お名前だけ)鴇羽さん【GN001_hsA01D】
お借りしています。
ここにきてから、怯えていた。
人間ではない、人間のまねごとをしているだけかもしれないこの感情というものが、いささか今は邪魔だった。
革靴がほこりで汚れる。
黒く重たいコートが水分を吸ってさらに重たく感じる。
いったいどれほどたっただろう。
そう考えるくらいにはここにいる。
雨宮小夜子を探している。
住宅街であった。
家々が建ち並び、だがそのどれもが生きたもののにおいがしない。
杖をただこんこんとつきながら、天霧は亡霊のように歩いていた。もはや生きているものも死んでいるものも、見かけでは分からない。
死んだものには手が触れられないというのだから、触れようとすればあるいは。
ふと、死んだような街に生きたものの足音が聞こえてくる。
素早い。
この足音
――
というよりも、風の流れる向きが変わるような音
――
は、的確になにかを探しているようだった。
もっともこの霧のなかでは輪郭でさえうまくとらえられないだろう。
敵意はない。
天霧は腰に提げただけの軍刀に手を伸ばすこともせず、ただその風の音を聞いた。
そしてその素早い影は顔をあらした。
こがねの髪色。目は隠されている。長い耳は玉響菊花と似ている。
彼女の兄となる、首切迅雷直継。その人だ。
彼は差し迫ったような顔で、天霧をまじまじと見た。
「首切殿。ご無事で
……
」
「おお、天霧か。ちょうどよかった。ちょっと来てくれ。めんどくせぇ妖魔が出てよ」
目はみえないが少々、急いでいるようだった。天霧もそれを感じたから、なにも言わずうなずいた。
とはいえ、天霧は足が悪いので急ごうとしても、どうしても劣る。
「首切殿。私の足では急げません。大まかな位置を教えて頂ければ気配でたどれます。
……
先をお急ぎください」
「分かった。ここからまっすぐ北に
一町
109m
、突き当たりを左だ。おれもできるだけ速さ落としてくけど、朱理が心配なんだ。後ろは頼んだぜ」
「承知しました」
生気があれば走ることができるが、ここで使い切ってしまう方が怖い。余力は残しておくことにする。
首切迅雷直継は後ろをむいて、こがね色の線がゆるやかにカーブした。
大体の位置が分かれば問題はない。朱理、とはたしか彼の主ではなかったか。
ふたたび、風の音が聞こえ始めた。
彼のいうとおり北に一町、突き当たりを左に約
五丈
15m
進むと、数人の人影がちら、ちら、と見えてきた。
そして、霧の間にまたたく鉄の光。
「天霧!」
首切迅雷直継の声の元、ヒルコと呼ばれる妖魔が朱理と対峙していた。
透明な粘土細工のような姿だ。
通達によると、純粋な物理攻撃は通じづらいと覚えている。
「
……
」
苦戦をしているようではないが、面倒な相手だと考えているその女性は、天霧を一瞥した。
視線を動かすと、黒髪の
――
。
雨宮小夜子。
腰には脇差。おそらく豊和。
左腕か左肩を負傷したのか、白い布で吊っている。
「
……
雨宮殿」
腰に提げた軍刀の留め具を外す。
赤髪の少女が油断なく天霧を見た。
「私を使いなさい」
朱理はヒルコと距離をとり、天霧と小夜子をみとめた。
「待って、雨宮さんは
――
」
杖を脇に抱えて、軍刀天霧を放る。ゆるやかな曲線を描き、それは小夜子の手に落ちた。
猿手近くの赤い刀緒が重力に耐えかねて宙に浮き、やがて小夜子の手の辺りで揺れ動く。
「あなたが
……
」
雨宮小夜子は強い目をしている。
かつて黄金の国と呼ばれたこのやまとの地を踏むにふさわしい、
黄金
きん
の目を見下ろす。
「あなたが雨宮司の姪ならば、私を使うことに躊躇いはないはず」
天霧は戦地であまたの外の国のものたちを屠ってきた、人殺し、人斬りの軍刀だ。
「この地を守りたいという願い、思いは司殿と同じなのでしょう。いずれ劫火が世界を悉く焼くその日まで、戦う呪いをあなたは受けた」
「
……
刀遣いたちを、呪いを受けた存在だというの」
戦いは続いている。
天霧はただ、雨宮小夜子を見下ろしている。
「
人間を
・・・
守る
・・
という呪いです。ひとびとの理由はどうあれ
――
、その呪いは死ぬまで続く。けれど私は知っている。あなたはその身に呪いを受けてなお、立つことができる人間だと。戦うことができる人間であると。
……
この地を汚す妖魔に負ける道理などない。戦いなさい」
独り言のような言葉を、雨宮小夜子はのんだ。
受けたのだ。その背に、呪いを。
小夜子は軍刀を引き抜き、その地を駆けた。
軍刀天霧。
弱虫の刀神。
そう思っていた。
けれど、少し違ったようだった。いや、変わった、というのだろうか。小夜子には分からない。いま、知るよしもない。
立てという。
戦えという。
そうね、その通りよと小夜子は思う。
刀遣いになったからには、この地を守るために立ち、戦わなければならない。
どの部署であれ、それは変わらない。
刀を所持する、疎ましい存在と思う一般人も少なくはないだろう。
けれど、けれど。それでも私は戦うのだと考えている。
誰からの賞賛も、誰からの感謝もいらない。
鎮守の力があるなら、誰しもが戦う覚悟をしなければならない。
小夜子はだからこそ
――
なにもない。
「雨宮さん!」
朱理の左目がわずかに見開く。
けれど不格好な小夜子の姿を見ても、笑うことはなかった。
「わたし
……
、託されたんです。あの刀神から。この刀を、力を」
ヒルコ。ゼリーのような体。天霧の異能ならば、朽ちさせることはおそらく
――
可能。
「こいつを倒したい。わたし、弱いけど、まだ
……
なにもできないけど、お願いします。神奈木さん。力を貸してください」
「
……
分かった。異能で倒せる保証はあるのね?」
「刃で触れた対象を朽ちさせる異能です。たぶん、
ヒルコ
こいつ
にも効くはず」
巨大な腕を小夜子にむかって振り上げた。だがヒルコの動きは鈍い。首切迅雷直継の異能を使った朱理が、致命傷にはならないまでも弱らせていたのだ。
「了解。一気に行くわよ。一度で仕留める」
「はい」
朱理が地を駆けた。
小夜子はその背を追う。ヒルコのぶよぶよとした足の辺りを、朱理が身を滑らせて刃をたたき込む。
ヒルコはその衝撃で前のめりになる。
朱理の目配せの間に、小夜子は右腕を思い切り振り上げて、わき腹の辺りに軍刀を突き刺した。
型も流派もなにもなっていない、それが軍刀でなくても、刀でなくてもいいようなその動きは、おそらくヒルコの想定外だったのかもしれない。
「天霧さま!」
叫ぶと同時に、じわりとにじみ出るような黒い液体が、ヒルコの内部を犯す。
人間をも殺す毒だ。
妖魔の体のことなど知りはしないが、天霧の、そして小夜子の読みは正しかったのかもしれない。
猛毒のそれはやがてヒルコの動きを鈍くさせ、カサリ、と音をたてるほどに体内の水分を吸い上げ、四肢は徐々にヒビ割れをおこし、やがて動かなくなり
――
塵になって消えた。
「
……
、」
呼吸を忘れていたように、小夜子は深いため息をついた。途端、左肩が痛み出す。安心したのか、血のめぐりが急激によくなったようにどくどくとこめかみが痛んだ。
天霧がそのようすをじっと見つめていた。
にこりともしないが、きっとそれは小夜子も同じこと。
「ありがとう。天霧さま」
「いいえ。あなたと
――
神奈木殿のお力です」
「あなたが首切の
……
?」
朱理は首切迅雷直継を鞘に収め、ふと息をつくように天霧を見上げた。
「はい。首切殿とは仲良くして頂いています。
……
あなたのこともお聞きしていました」
「そう
……
」
「
……
首切殿?」
天霧の見えづらい眉が、わずかに寄った。少し、気を遣うかのように動かした表情は、首切迅雷直継に向いている。
「ああ。なんでもねーよ、天霧」
「
……
。この霧です。気が滅入ることもあるでしょう」
「そうだな」
あたりさわりのない会話をした天霧は、ついと小夜子を見下ろした。
「その豊和は使わないほうがよいでしょう。
……
打ち捨てろとは言いませんが、しばらくは私を使ってください」
「
……
いいのね?」
「この場で異能の好き嫌いをいっている場合ではない、と
……
さすがの私も考えていますから」
「わかった」
頷き、そしてなんとなく右を見た直後
――
目を見開く。
「
……
」
「雨宮さん? どうかした?」
先ほどより心臓の音がうるさい。
朱理のことばに、小夜子は「あの、」と続けた。
「わたし、会わなくちゃいけない人が、いて」
声がかすかに震える。
「本当に
……
身勝手ですみません
……
。でも、わたしここで失礼します。後悔したことがたくさんある、んです」
「
……
行くのね?」
朱理は注意深く、小夜子を見ている。
「私もついていきます」
「朱理。コイツが着いてれば大丈夫だ」
首切迅雷直継が頷いてみせると、朱理は目を一度閉じ、そっと息をついた。
「首切がいうなら。いい、絶対無理、無茶をしないこと。
……
生きて、天照で会いましょう」
「はい。お世話になりました。神奈木さん、樹さん、緋咲さん、首切さま」
「おう。気ぃつけてな」
首切迅雷直継が三本の指を上げると、小夜子は一度4人に向かって頭を下げた。
これが終わったら、また会いたい。
彼女のように強くなりたいから。
「天霧さま。行くわよ」
「はい」
怯えはなかった。
小夜子も、
軍刀、天霧も。
おそらく天霧も見たであろうその人
――
殉職した、雨宮司の姿を一度でもいい、言葉を交わせるならそれでいい。
これ以上後悔はしたくない。
伝えたい言葉があるのだ。
小夜子は朱理たちに背を向け、一歩、足を踏み出した。
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