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いを
2023-05-14 22:51:39
3314文字
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刀神
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月と蟹
【黄泉ト刹那】
蓮のこと。
・降藤さん【yasuinokikaku】
・森さん【waffle_mofu】
お借りしています。
父と母が、「刀遣いになれ」といったことは一度もなかった。
過去大勢出ていた玉匣の家から過去100年の間、刀遣いが出なかったのだから当たり前か、それとも諦めていたのか。
――
柊のことを嘆き悲しんだ姿をみて、蓮は自分はこうはなるまいと願った。
わすれろ、柊のことは。といった父のことを覚えてはいるが、それは蓮の身を案じてだったのだろうか。もう、分かりはしない。
死人に口なし。ここでは逆もあり得るかもしれないが
――
蓮はすくなくとも、父と柊には会わない。
煉魔区に入る前も、入ったあとも、そう決めていた。
どこをみても霧ばかりで、頭が重い。
歩くたびに耳もとでぎい、ぎい、という
櫓
ろ
の音が聞こえてくるようだった。
どうやら、自分が思っている以上につかれているらしい。
スニーカーがどぶ板を踏むように沈む。
降藤は、歩きづらくないのだろうか。目だけで見上げると、白い足袋の踵あたりを汚れで黒くしながらも歩いていた。
あごに水滴のようなものがすっと流れる。汗かもしれない。グローブをしているほうの手の甲でぬぐうと、蓮は一度、息をついた。
歩いても歩いても、避難所に辿りつかないような気がして一度足を止めた。
「あるじちゃん、大丈夫?」
「ああ
……
」
気を張りながら歩くことは思ったよりもかなり疲れる。
そういえば、と蓮は知らず知らず顔をあげた。気が滅入ってしまいそうなくらいに、靄が一面に覆い被さっている。
顔見知り
――
というくくりにしては近しい、おなじ凪鞘班の友人はどうしただろうか。無事なら、よいのだが。
ふたたび、歩き出す。
コンクリートがところどころむき出しになっている。
鋭いその瓦礫に、血液のようなものがへばりついていた。真新しい。ここでもだれかが血を流したのだろう。
「このあたりのはずね。避難所」
「そうだな。位置的にもこのあたりであっている」
目をこらすと、かすかに光る電灯のようなものが見えた。灯台の役割をした光かもしれない。
蓮は思わず、安堵の息をついた。
このままずっと続いていくのではないかという想像が裏切られたからだ。
「あのあたりが避難所みたいね。後衛とはいえ、妖魔に出くわさなかったのはよかったわ」
混戦で、降藤ともはぐれずにここまでこられたのは御の字だ。
しらずしらず、安堵の息をついて、ふっと腰くらいまでの身長の子どもが走っているのを見た。
――
あれは。
霧の中でもやけに、白々しくみえるのはもういない魂。
この動乱で亡くなったのか、それとももとからこの地にいた魂なのかは分からない。子どもの魂を見るたびに苦々しく思う。それらが全て、妖魔に喰われたものだとは思わないが。
結界で守られている。
だからあの子どもはあそこに入ることができないのだ。
避難所代わりの建物にはいると、想像以上に人が多い。みな疲れ切っていたり、不安にかかられた顔をしている。
一般人だ。
動いているのはほとんど、天照のものだろう。
ここが掘っ立て小屋でなくてよかった。
「藤ねぇはここで休んでてくれ。俺は裏で休んでいる。刀を持ったのがここにいちゃ、まわりが落ち着かない」
「分かったわ。あるじちゃんも裏でちゃんと休むのよ」
「ああ」
降藤は身長があるが、それを覆い隠すほどの
――
やわらかさがある。刀神としっても、まわりはきっといたずらに傷つかせやしないだろう。
建物
――
ここでは小さな体育館
――
は、ちいさいながらも狭い管理室があった。そこに天照の職員が詰めているようだった。
となりには救護室もある。
蓮は管理室をすぎて、救護室に向かった。べつに怪我をしたわけではなく、なんとなく、というだけのことだ。
救護室は怪我をした刀遣いが二人、パイプ椅子に座っていた。
その狭い部屋に、見知ったパーカーを羽織った、ふたつくくりにした髪の毛が見えた。
心底安心したように、蓮は思わずため息をつく。
「森」
声をかけると、そちらも気づいたのか晴夏も「あ」と声をあげた。
「玉匣さん」
彼女は手に持った包帯やらガーゼやらを持ちながら、落とさないように気をつけているようだった。
蓮はそばにより、大変ではなくなる分、包帯やガーゼを両手に持つ。
「すみません
……
」
「両手が空いてただけだ。ここに置けばいいか」
「あ! はい」
適当な机の上に置いてあったカゴに包帯とガーゼを仕分けて入れておく。
「いつからここに?」
「ついさっきです」
カゴに仕分けた晴夏は、ずいぶん古そうだが医療用具がたくさん入りそうな戸棚に入れた。
時計を見る。蓮がここに来てから4時間ほどしかたっていないが、かなり長い間この霧のなかにいるような気がした。この霧のようすだから、そんなこともあるだろうと思い込む。
「
……
そこの椅子、空いていますよ」
「ああ
……
」
晴夏が視線でちらと見た場所に、たしかにパイプ椅子があった。パイプ部分はすこし錆びているものの、蓮が座ったところで壊れはしないだろう。
ことわりをいれてから、その椅子に座った。
ぎし、と軋んだ音をたてたが、その後なにもいわなくなった。
「怪我もしてないのに、悪い」
「いえ」
「お前も、怪我はないか」
「大丈夫です。今のところは」
「そうか」
ひとり看取ったということは違う気がして、蓮は口もとに手をあてた。ひとの死に目をみるのは、いつだって辛い。それを語った相手にもきっと、伝わってしまうだろう。
背中を丸めて、太ももに膝を置いて息を吐く。
予想以上に疲れているのかもしれなかった。まだ、なにもできていないというのに。
妖魔を二体三体、片付けただけだ。
「玉匣さん。これ、よかったら」
晴夏の、気遣わしげな声が降ってくる。
視界に見たことのある透明な包み紙。それを無意識に受け取って、手のひらに転がした。
「疲れてたら食べてください。おいしいんですよ。このアルファベットのチョコ」
「
……
ありがとう。森」
顔をあげて、ほんの少し笑う。
そういえばここに来てから、なにも食べていない。腹が減っては戦はできぬというから、溶けないうちに食べようと包み紙の両端を持ってくるりと回した。
そのままチョコレートを口に入れる。じわりと広がる甘さが心地よかった。
「玉匣さんも、その
……
大丈夫ですか?」
「あちこちに色んな影が見える、けど、まあ大丈夫だ」
「
……
そうですか。あまり、無理しないでくださいね」
「俺も凪鞘班だからな。その辺りは承知している」
すこし安心したような顔をして、晴夏は「はい」とうなずいた。
じき、夜になる。
月は出るだろうけれど、この霧の合間でさえ見えないだろう。
救護室を出て、降藤を探して体育館に入る。
すみのほうに降藤が坐っている姿が見えた。降藤、と声をかけると長いまつげに縁取られた目がこちらを見た。
「あるじちゃん。体、休まった?」
「ああ。夜になったら俺じゃ動けないから、今、すこしでも力になっておきたい。
……
藤ねぇも、大丈夫か」
「ええ。あたしは大丈夫よ」
降藤はうなずいて立ち上がり、ふたりで体育館の出口に立った。
「親父のこと、すこし思いだしたことがある」
「あら。どんなこと?」
「言葉にはしなくても、どうして俺を刀遣いにさせたかったのか」
100年の間のことなど蓮はしらない。
父親や母親の面目のためではないと、いまは分かる。
「柊の仇をとってほしいとか言われたことはなかったし。じゃあなんだったんだろうって思い出してみたんだが
……
」
「そうしたら?」
「誰かのためじゃなくて、俺がどんな生き方ができるか知るために刀遣いにさせたかったんじゃないか、そして天照には俺と似た境遇の刀遣いもたくさんいる。お前はひとりじゃないと、そう考えてくれてたんじゃないかって、思うようになった」
降藤は一度くちびるを結んでから、「そうね」とほほえんだ。
すこし饒舌になったことが何となく気恥ずかしくて、眼鏡のつるにふれた。
「行こう」
「ええ」
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