いを
2023-05-09 17:12:53
4152文字
Public 刀神
 

ここは奈落の花溜り

【黄泉ト刹那】
玄斗弦討継のこと。
・誠さん【moru0101】
お借りしています。

 これを、と面をたずさえてきたのは下緒院の刀遣いだった。
 玄斗弦討継の主である誠が第二陣で出ることになったのならば、ともに戦うのが道理だろう。
 たとえそこに玄斗弦討継が思う「もしも」があったとしても。
……ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
 赤い札を交差するように貼ったその面をつける。とたん、世界がぼんやりと感じるようになった。
「あくまでも応急処置です。こころを強く持ってください。どうか面の力に引きずられなきよう」
 そういった下緒院の刀遣いは、背中をむけて去っていった。

 玄斗弦討継が亡くしたものはあまりにも多い。
 多く、そして心に刻み込まれている。人間であったころ、「  」という名の男の家族。忍びとして潜んでいた城の、心やさしい主。
 おそらく城主は「気にするな」と笑ってくれるのだろう。けれどその笑顔を見るのが怖い。聞くのが恐ろしい。
 「  」という名の男の家族は憎んでいるだろう。自害した自分を。
 そこで気づく。
 その「   」という男の家族は、無事だったのだろうかと。
 ――世は戦国、だった。
 玄斗弦討継はそこまで考え、面を一度外した。
……無事では、ありますまいな……
 深く考えなくとも、当たり前のことだ。逃げ切ってくれていたのなら御の字ではあるけれど。

「弦ちゃん」
 
 ふいに声をかけられる。リノリウムの廊下を歩いてくるのは玄斗弦討継の主、夜野誠だった。
 賜った色の目玉を動かして、準備はできているとうなずく。
「今回の任務、あまりにも……
 玄斗弦討継はつぶやくと、誠は神妙な顔をした。
「大丈夫?」
「ええ。誠殿がゆくのならば、俺もゆくのが道理というものでありましょう。下緒院のかたにこちらを作っていただきました」
「それは?」
 木彫りの、のっぺらぼうのように目、鼻の穴も口の空洞もない、ただ赤い札が交差しているだけの質素な面を誠に見せる。
「この面をつければ、視界が閉ざされます。少々、嫌な予感がいたしまして……。あまりにも、亡くしたものが多く。申し訳ない」
……弦ちゃん」
 わずかに心配そうにしている誠に、笑いかけて再度うなずく。
「見ることが恐ろしいだけです。任務には支障がないゆえ誠殿はいつものように、俺を使ってくだされ」
 見ずとも分かる。暗闇の中で生きてきた「   」という名の男ならば。
「見えなくても大丈夫、ってこと? え、それ大丈夫なの?」
「もちろん必要に応じて、です。ご心配なきよう」
 彼はすこし安堵したのか、「そっか」と笑った。
 前線での戦闘だ。――玄斗弦討継も、少々緊張はする。煉魔区を丸呑みするような、これだけの大型任務は久しい。
 すっと深呼吸をして、誠を見据えた。
「誠殿。なにがあろうとこの玄斗弦討継、誠殿のお力になります。どうぞ何なりとお使いくだされ。あなたの守りたいものを守れるように」
……うん。ありがとう。弦ちゃん」
「では、また明日。万全の姿勢で臨みましょう」

 明日、煉魔区に入る。
 その日の夜、玄斗弦討継は天照の庭でひとり、木の上で過ごした。
 胸中が異様にざわめいていた。
 膝の上にある面を見下ろし、そっと手のひらで撫でる。
 ざらざらとした荒削りの木目にふれていると、どこか懐かしい思いになった。
「兄上」
 と、舌足らずな声で懐いていた弟や妹たちがいた。
 そして頼もしい兄や姉もいた。
 彼らが煉魔区にいるかもしれないと思うと、どうしようもなく苦しく思う。
 それではいけない。今は主がいる。うそをつく必要も、偽りを演じる必要もない、夜野誠という主がいるのだ。
 忘れ去られた「   」という名の人間は、もういないのだ。
 ここにいるのは天照る神のもとにある刀神、玄斗弦討継なのだから。

 次の日、誠とともに煉魔区に入ると、そこはまるで地獄の釜が開いたような状況だった。
「弦ちゃん、行こう」
「は」
 誠は妖刀、玄斗弦討継の柄を握りしめ、妖魔の群れに向かった。
 玄斗弦討継は邪魔をしないように木の上に飛び、枝に足をひっかけた。まだ、面をしなくてもよいだろう。
 面をつけての戦闘はさすがに足手まといになってしまう。
 誠には――主には、思う存分戦っていただきたいから。
 風を切る、あるいは、霧の中の水分を叩き切るような音を、玄斗弦討継は感じた。
 クロイヌが群れをなして誠に向かってくる。
「主殿。後方にクロイヌの群れが」
「オッケー、ありがと弦ちゃん!」
 スーツの裾を翻しながら、誠は相対していたマガオニの顎を思い切り柄で殴り、仰け反らせた。
 隙。
 それがマガオニの最期だった。核を突き刺し、マガオニはやがて霧散していった。
 間髪入れず、ぐるりと誠は足をクロイヌの群れに向ける。
 数は7匹。
 うち1匹のクロイヌの牙が愚直に誠の腕に埋められる直前、玄斗弦討継は懐に隠し持っていたこぶし大の石をクロイヌの眉間めがけて投擲した。
 ギャン、と、ほんものの犬のような声をたてて、そのクロイヌはうしろに下がる。
「弦ちゃんナイス!」
 にっと笑った誠は、壱段らしい動きで、クロイヌを薙ぎ払った。同時に3匹――直線にいたのだろう――クロイヌを消滅させた。
 ふっ、と。数メートル先、霧の中でなにかが動いた。玄斗弦討継は木から身を乗り出し、目を細めてそれを伺う。
……子ども……!」
 それは子どもだった。きょうだいだろうか、いとけない腕で、さらに小さな体を抱きしめている。
 木から飛び降り、面をかけようとした――が、この面では怖がらせてしまうかもしれない。懐に面を隠し、その子どものもとに駆け寄った。
「ここは危険でありますから……
「お兄ちゃん、誰?」
「俺は、」
 だれ、と問われることが最近なかったからか、大きな瞳のその少年の問いに口ごもった。
……天照の刀神であります。すぐ近くで戦闘がありますゆえ――こちらへ」
 玄斗弦討継は今にも泣き出しそうな少女の手をひきながら、誠が戦っている場所からすこし離れた場所へ案内をする。
 幼い手。
 ちいさな、玄斗弦討継が握ったら壊れてしまいそうなほどの。
「親御殿はいかがなされた?」
「おやごどの?」
……ご両親、お父さんとお母さんは」
 幼い子どもだとこういうこともあるだろう。兄であろうその子は、目をうるませてしまった。
「はぐれたか……
 十中八九、そうだろう。
 仕方がない。妖魔との戦闘が終わったら、誠に事情を話そう。
「弦ちゃん、終わったよ」
 ちょうどその時、誠の声が霧のなかから聞こえてきた。
「主殿。こちらに」
……本当にこの霧、ひどいねぇ」
 誠は幼い少年と少女の姿を見た途端、むき出しだった妖刀を鞘に素早く納めた。
 そして一瞬で状況を理解したのか、膝をおってふたりに視線を合わせる。
「お父さんとお母さんからはぐれちゃったんだね。大丈夫、ちゃんと見つけるから」
「ほんと? お兄ちゃん」
「もちろん。俺たちは悪い奴らを倒すのが仕事だからね!」
 おさない目が、みるみる輝いていく。誠はふっと笑い、立ち上がった。
「これも任務のうちですな」
「そうだね。じゃあ、最初はこの辺りの避難所に行ってみようか」
 頷き、玄斗弦討継は、面をつけた。赤い紐を後頭部で結ぶと、視界が遮られた。それでも動けるのは人間であった頃の記憶の賜物か。
 誠の手は少女の、玄斗弦討継は少年の手をとって、霧のなかを進んだ。
「そうだ。ふたりの名前、なんて言うの?」
「ぼくはアキ。妹はナツミ。お兄ちゃんは?」
「俺は夜野誠。そっちの神様は玄斗弦討継」
「くろ……と、つ?」
「弦ちゃんとお呼びくだされ」
 言いづらかったのだろう。少女のほうは不思議そうな声で玄斗弦討継の名を呼ぼうとしたが、うまく言えなかったのだろう。
 つるちゃん、なら言いやすいだろうと思い、玄斗弦討継はそっと助け船を出した。
「つるちゃん!」
 少女はうれしそうに高い声で笑っている。すこしは不安も紛れただろうか。
 玄斗弦討継が面をつけていても、怖がったり不気味がったりはしないようで、内心安堵した。この面は結局のところ自分を守るためのものだから、幼い子たちが怖がれば取ろうとは決めていたのだけれど、それも杞憂に終わったようだった。
 避難所まで、妖魔との戦闘も最小限に抑えられた。
 おそらく――いや、これも壱段の「実力」なのだろう。優先事項をけっして違えない。
 いま一度、玄斗弦討継は誠が主であることを誇った。
 幸いにもアキとナツミは避難所で両親に会え、彼らは感謝を述べていた。
「よかったねアキくん、ナツミちゃん。お父さんとお母さんに会えて」
「うん。ありがとう!」
 ナツミは母親におんぶをせがんでいた。彼女は仕方のない子ねといいながら、背中にナツミをのせて笑っている。
 かすかに、幼い頃の弟や妹を思い出した。
 枝を刀にみたて、「   」の背で振り回していたのを思い出す。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「失礼いたします」
 面の奥で笑い、玄斗弦討継と誠は避難所を出た。
「さて、どうしよっか」
「そうですな。このあたりにまだ逃げ遅れたものがいるかもしれませんから、警邏するのが妥当かと……
「分かった。じゃ、そうしようか。……弦ちゃん、本当に見えなくても平気なんだねえ」
「はは、慣れれば聴覚や感覚だけでなんとでも」
 すげー、と誠は感心したように笑った。
「もっとも戦闘中はさすがに、ですが」
……弦ちゃんて、前は人間で忍びだったんだよね?」
「はい」
「忍者ってほんとにいたんだねぇ」
「おりましたとも」
 玄斗弦討継は鏡月のことを誠に問わなかったし、誠も玄斗弦討継に亡くしたもののことを問わなかった。
 それでいい、もう少しだけ、この現状がもちこたえてくれたら、と面を無意識に触れる。
「それじゃ、気を引き締めていこうか!」
「はい」

 まるでこの霧というものが、玄斗弦討継の足首を執拗に狙い、食い殺そうとする化物のように感じた。
 強い、悪寒のようなものを感じた。