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いを
2023-05-05 20:32:50
3804文字
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刀神
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鬼の捨て子
【黄泉ト刹那】
小夜子のこと。
・(ふわっと)百ちゃんさん【yasuinokikaku】
・(少しだけ)榊さん【s_tatumi】
・(ふわっと)朱理さん【33holly_8】
お借りしています。
小夜子は叔父の司と、海辺まで自転車で走ったことがある。
一度きりだったけれど。
司は忙しかったから、そうしょっちゅう遠出することはなかった。
巨大な海水の塊は、小夜子のこころを揺り動かした。
「ごらん。ウミネコだ」
「本当に、猫みたいな声ね」
「そうだね」
小夜子の近くにウミネコがとまった。小夜子はそれを見下ろしながらぼんやりと、どこから来てどこへゆくのだろうと思った。
そのうちそのウミネコは仲間たちのほうへと飛び去っていって、どのウミネコか分からなくなってしまった。
不気味なほどに晴れ渡った青白い空は、遠く遠く感じた。
小夜子の手では決して届かないものだった。
は、と目を開ける。
妖魔や刀神の異能でぼろぼろになったコンクリートの間で小夜子は一瞬、気を失っていた。
その瓦礫を思い切り手のひらで押し返して、体を這い出すと赤色の下駄が見えた。いや、これはぽっくりというのだったか。分からないが、のろのろと視線をあげると、緋色の羽織を着た男と、男のような女のような顔だちをしたものが立っていた。
「おう。嬢ちゃん、無事だったか」
「
……
」
頭がぐらぐらとする。脳しんとうでも起こしてしまったのだろうか。
「大丈夫か?」
ゆたかな黒髪の
――
声を聞いて分かった
――
男性は、座り込んだままの小夜子の前に片膝をついた。
「
……
。ええ。ええ
……
大丈夫
……
」
「ここは任せといて、あんたはちょっとばかり休んでな」
視界がやはり悪い。
けれど、ここには
悪いもの
・・・・
があるということは分かる。勘、のようなものだが。
カン、と音がした。
ぽっくりが地面を弾いた音なのかもしれない。
「彌太のいうとおり、すこし休んでろ。大丈夫だ。彌太は強いからな」
一度うなずく、ほおがひりひりと痛んで、右手でほおを撫でると血がついていた。
刃が擦れる音、衣ずれの音。
取り囲む妖魔の、におい。
「彌太! 大丈夫か?」
「異能使うまでもないさ」
霧にまぎれそうになっている彌太と呼ばれた男は、笑いながら羽織を羽ばたかせている。
まるで羽のように。
あの羽織が白や黒だったら、きっとウミネコのようだっただろう。
やがて周囲の妖魔の攻撃が止み、ぽっくりを鳴らしながら彌太と呼ばれる男が小夜子の目の前に膝を折った。
「嬢ちゃん、あんた強い目をしているけど、見誤るなよ。ほら行け」
ゆらりと立ち上がった小夜子の背を軽く押した。そこは開けた道路だった。後ろは振り返らない。強いひとに行けといわれたのだから、行くしかない。
「わたしにはやることがある」
まるで自己暗示のようにつぶやきながら、霧の中をひとり歩く。
コンクリートの瓦礫に挟まったけれど、この赤纏とウェアのおかげでたすかった。
恐怖は、感じなかった。
目前に影がふいに見えた。
そちらも小夜子に気づいたのか、じり、と距離を縮めてくる。自分の肩がすこしあがっているのを自覚した。
「
……
」
口を閉ざしたまま、小夜子はゆっくりと足を前に出した。
ようやく見えたその片目に、思わず腰に下げた豊和を抜く。
ほぼ、無意識だった。
相手は顔見知りの
――
葛尾榊だったとしても、腕が容赦なく豊和を抜いたことに、小夜子はわずかに困惑した。
「あなた
……
」
小夜子からむかって右の目が紫色だった。
白い、くすんだ霧の中で、溶け込んでしまいそうなそのひとは、裏切ったのか。天照を。
「
……
雨宮さん」
もとから紫だったということをいおうとしたのだろう。小夜子はさいわい、彼がそのことばを伝える前に豊和を下ろした。
「葛尾さん。ごめんなさい」
豊和を腰に差し、こころを占めはじめていた疑わしさにまだ肩に力が入っていることに気づく。
これでは豊和もうまく振るえないだろう。
「
……
あなた、傷だらけじゃない
……
」
榊はあちこちに傷ができていた。ほおも汚れている。
それがなぜか、小夜子にも理解できてしまった。みな、疑心暗鬼になっているのだろう。
だからといって、赦されることではないと思うけれど。
「どうか
……
しました?」
その傷だらけの榊にふいに問われ、小夜子はつい目を細めた。地面を見ることはなかったけれど。
「いえ、なんでも。こんな霧だからって、なんでも疑ってしまうのはよくないわね」
「今、こんな状況だからしかたないですよ」
「
……
そう。そうね。葛尾さん、この先行くつもり?」
「はい。この先、妖魔の攻撃が激しいと聞いたので」
「それっていつのこと?」
「ついさっきです。10分くらい前
……
かと」
10分前。小夜子が向こうから来たのは20分も前のことだ。あの刀遣いがあの辺りの妖魔を片付けたあと、再度沸いてきたのかもしれない。
「わたし、20分前くらいにむこうから来たのだけど、あの辺り、知らない刀遣いがひとりで
……
」
「ひとりで
……
?」
榊の眉根がわずかに寄った。
「雨宮さん、この道をまっすぐ行くと
――
たぶん100mくらい先に、凪鞘班が設置した避難所があります。そこで少し休んだほうがいいですよ」
――
見透かされている。
先ほどから、肩に違和感がある。おそらく、受け身を取ったものの、コンクリートに挟まれたのだから全くの無傷ではないようだった。
「ありがとう。ちょっと診てもらうことにするわ」
「じゃあ、俺はこれで。気をつけて」
「葛尾さんも。
……
くれぐれも」
そういうと、榊は霧のなかに消えていった。
知り合いに会ってすこし肩の力が抜ける。いためたのが左肩でよかった。一度息をついて、やがて小夜子は足を動かし始めた。
榊がいったとおり、100mほど歩くと凪鞘班の職員が刀遣いや一般人の手当てをしているテントが見えた。
左肩を診てもらうと、打撲とのことだった。
痛み止めはいるかと聞かれると、小夜子はかぶりを横に振った。
凪鞘班の職員は、「無理をするようなら、前線から引いたほうがいい」と言った。小夜子の段位を見透かしたようだった。
「
……
分かっています。無理はしません」
おじのようにはならない。
小夜子の根底は「それ」だった。
食料と飲みものをもらい、すこし休んでからテントから出ると、またすぐに目の前が白くなった。
途中、群れからはぐれたのか、クロイヌ二匹と応戦した。二匹まではなんとかなったけれど、三匹以上となればきっと、小夜子では手こずっただろう。
運がいいだけだ。
今は。
この運がいつまで続くか分からない。
そう、今にも終わってしまうかもしれない。
豊和だけでは。
やはり、豊和だけではだめなのだ。
そして、刀神がバディとしていてくれても、それだけでもだめだ。
妖刀を振るう力と異能を使いこなす能力をもってこその刀遣いだというのに、小夜子はあまりにもなにもなかった。
その青さをひたむきに恥じることをしたって、なににもならない。
なにも、ない。
こんな足手まといにしかならない自分を欲する人間などいないだろう。
そして、刀神も。
小夜子は恐怖を感じないけれど、怒りだけは人一倍、強い感情として底にうずまいていた。
ふいに、ずるりとした衣ずれの音が聞こえてきた。
「
……
」
小夜子は今まで感じていた言い知れぬ思いを飲み下してから、豊和を抜いた。
人間ではない。
刀神でもない。
死者でもない。
妖魔だ。
資料として見た。名は
――
シコメ。
霧のなかを悠々と歩くように、シコメはその躯を小夜子の前に晒した。
女性的な丸みをおびた躯。
そのしなやかな腕が、伸びた。
「!」
まるで鞭のように、小夜子の左肩を打った。
そのまま体が地面に叩きつけられる。一瞬息をするのを忘れたが、豊和は手放さなかった。
次。
次は腕を取ってやる。
そういった怒りを感じながら、素早く立ちあがった。
けれど弱いじゃないか。
そんな暗示を自らに課して、いくばくかたった。どれくらいだろう。もう分からなくなってしまった。
シコメは凹凸のない仮面のような顔をじっと小夜子に向けている。
「わたしなど、お前に殺されることすらおこがましいと?」
ぼそりとつぶやく。
門を通らず「くる」ような特別な存在が、たかが伍段の女の息の根を止めることすら許さないというのか。
お前の相手はクロイヌで十分だとでもいうのか。
ああ、
ああ、そうかもしれない。
けれど
――
ちがうかもしれない。
シコメの髪の毛がかすかにゆれた。
その瞬間、なにかが
降ってきた
・・・・・
。
稲妻
――
迅雷のように飛び込んだそのひとは、シコメと小夜子の間に割り込んだ。
そして足を踏み込みシコメの懐にはいると、その刀で核をひと突きにした。
焦茶色の髪をたゆらせて、その女性は小夜子を振り返る。
見目、隻眼、だった。
「無事?」
「あなたは
……
」
「安心して。味方よ」
日の色をした、わずかに切れ長の左目。
小夜子は、ひと目見てこのひとは強い、と思った。
きしむくらいに右手の豊和を握りしめて、目を伏せる。けれどそれは一瞬だった。すぐにそのひとの目を見て、頭を一度下げる。
「ありがとうございます」
そのひとは安心したように、そっと目を細めた。
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