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いを
2023-05-04 21:48:56
3174文字
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刀神
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花になるための呪文
【黄泉ト刹那】
寄子のこと。(蓮のこと。)
・響丸さん、降藤さん【yasuinokikaku】
お借りしています。
霧が濃い。
となりにいる臨時でバディを組んでいる響丸をも見失いそうになる。
冷静にならなければ。それでも胸のざわつきはおさまってはくれない。
虫の知らせというものは、案外ばかにできないものだ。下緒院のものならばなおさら。
「鹿屋野比売
……
。どうだ?」
「だめです。今のところ灰さんらしい反応は見つかりません」
折り紙を使った式神も、彼を見つけることができずに消滅してしまった。
神田灰。
響丸から親友が殉職したと聞いた。
――
それが、ずいぶん前のように思う。
彼が亡くしたひとはとても大切で、そして根が深い関係だったのだろう。
寄子には、亡くした大切なひとはいない。
大切なひとがいなくなった経験はまだない。
――
灰の気持ちは分からない。それがすこし、悲しい。
だからといって、逃げて手を離したままではいたくない。
紫色の目。皮膚のひび。人影があれば響丸の柄を握りしめることには、まだ慣れない。
ひとに妖刀をむけるなんて、今までしたことがないからだ。
その恐怖心と猜疑心に蓋をしながら、再度式神をかざす。
寄子の思業式神が、つい先日完成した。
腰くらいまでの大きさの狼だ。毛並みは白い。名を仮に「くろ」と呼んでいる。そのうち正式名を考えなければならない。
もっとも、この任務を遂行してからになるだろうけれど。
「くろ、行け」
そっと声をかけた。くろには灰のにおいを覚えさせている。響丸に頼んで灰の私物を借りてきたからだ。
濃い霧のなかでは頼りになるのは視覚よりも嗅覚と聴覚だ。
くろは対象の捜索を目的として作られている。
今回の大型任務までに練り上げられることを想定などできていなかったけれど。
歩き始めたくろの姿を見失わないようにしながらも、天照を裏切った存在、そして現れる妖魔に対して、更に感覚を研ぎ澄まさなければならない。
こめかみから汗が滲んだ。
「大丈夫か、鹿屋野比売」
「はい。大丈夫。あなたの主は私が必ず見つけますから。私にもほんの少しだけ、力を貸してください」
「
……
ああ」
響丸が険しい顔をして、うなずく。
「灰さんはやさしいから」
ふいに零したことばを拾った響丸は、寄子に視線をむけた。
「こんなにも、亡くなったひとにこころを砕いてしまうんでしょうね。きっと、亡くなったひとに会うことはいけないことだって分かっているはず。それでも、こうして姿をくらましてしまったのね
……
」
会いたいと願うことを、寄子は決して責められない。
大切なひとを亡くしたこともない存在がなにを言っても、きっと届かないだろうから。
――
本心を。
くろがふいに立ち止まった。
地面に鼻をおしあててから、顔をこちらに向けてちいさく一回、吠えた。
「
……
くろ? どうしたの?」
立ち止まった先に目をこらすと、ふたつの影が見えた。
柄に手をかけながらゆっくりと近づく。
「あるじちゃん」
背の高い影が、低い影に呼びかけたのを聞いた。くろはもう一度吠えて、しっぽを振っている。
なにかを知っているのかもしれない。そう感じて、柄から手をおろす。
「天照のかたですか?」
「
……
? ああ」
低い影がぶっきらぼうにうなずく。そちらも寄子たちに気づいたのか、妖刀に手をかけた手が下ろされた。
「ひとを探しているの」
「ひと? どんな」
「名前は神田灰。男性で、年齢は42歳。刀遣い。
……
ひとりで行動していると思うんです。バディは連れていなくて」
大きい背のほう
――
おそらく刀神であろうそのひとは「42歳」とくり返した。
「あたしの勘違いでなければ、会ったわ。たしかに」
「降藤、俺たちがさっき会ったのは
……
」
青年は、なにかに気づいたのか、途中で口を閉じた。寄子よりもすこし明るい赤色の目をしたその青年は、刀神に向かって顔をあげる。
「さっきの男、刀遣いだったのか? 避難所に行ったんじゃ
――
」
青年はわずかに困惑していたところで、寄子は名乗っていなかったことに気づく。
ここで話をそらした方がいいのかもしれない、とも。
「あ
……
。申し遅れました。私、鹿屋野比売寄子といいます。所属は下緒院です」
ふたりに向かって軽く頭をさげる。
「あら、ご丁寧に。あたしは夜伽噺卿・降藤。こちらはあたしのあるじちゃん」
「玉匣蓮。所属は凪鞘班だ」
「玉匣
……
?」
寄子の脳裏にわずかに浮かんだのは、とある神社の名前。あまり聞かない苗字だから、おそらく間違いではないだろうけれど
――
。
「なにか?」
蓮と名乗った青年は、かすかに不審そうに眉を寄せた。
「
……
いえ。なんでもありません。勘違いでもいいんです。そのひと、どこにいましたか?」
「この道をまっすぐ行ったところにいたわ。でも、数十分も前のことだから
……
」
「構いません。ありがとうございます。
……
響丸どの。このまま進みたいと思います。大丈夫ですか?」
「ああ」
なりゆきを見守っていた響丸はすこしだけ、安堵したような表情をしていた。
手がかりは得た。
得たけれど、このあたりの土地勘は寄子にはあまりない。ここからはくろの嗅覚と聴覚が頼りだ。
「くろ」
くろは青年の足に鼻をくっつけている。
「この狼は?」
「私の思業式神。仮の名前でくろというの。毛並みは白いけど
……
」
「思業式神
……
。そうか。こいつは嗅覚がいいんだな」
蓮は右手でくろをひと撫ですると、ようやくその大きな体躯が足から離れた。
「それじゃあ、私たちはこれで。教えてくれてありがとうございました」
「気をつけてね」
「はい」
くろが再度、地面に鼻を押しつけてから、降藤という名の刀神がいったとおり、この道をまっすぐ歩きはじめた。
あっという間にふたりの姿は霧の中に消え、響丸の髪の毛の先を視界の端に確認する。
「響丸どの
……
」
「なんだ」
「絶対、なにがあっても灰さんを探し出します。だから響丸どのも、信じていてね」
「
――
ああ。分かった」
響丸のそのことばに、寄子は安心させるように笑ってみせた。
「藤ねぇ」
男女の刀神と刀遣いが去ったあと、降藤を見上げる。
「ごめんなさいね。だましたつもりはなかったのだけど」
「いい。刀遣いなら、余計
……
大丈夫なのか? あのひとは」
降藤はほんのすこしくちびるを閉じたあと、そっと蓮に笑いかけた。
「大丈夫よ、きっとね」
「なら、いいが
……
」
けれど向こうも刀遣いだ。一見してみれば分からなかった
――
むしろ、心配になったほどの顔色だった
――
が、それ相応の覚悟、というものがきっとあるはずだ。
「あるじちゃんこそ、大丈夫?」
「ああ。俺は俺のできることを精一杯する」
助けられなかった命。たとえ凪鞘班の範疇をこえた強力な「呪咀い」だとしても、無力感に苛まれる。
「
……
どんな命も無駄にはしない。決して」
蓮は腰に差した夜伽噺卿・降藤の柄頭を手のひらで握りしめた。
降藤は再度笑って、「あるじちゃんならそういうと思った」と、蓮の肩を軽く叩く。
「そろそろ行くか」
「ちょっと待って。すこし休憩したらどうかしら。この近くに避難所あるし」
「いや、俺はまだ
――
」
降藤は人さし指をたてて、眉根を寄せた。
「だめよ! すこし顔色が悪いわ。休める時に休んでおかないと。これから何があるか分からないもの」
「
……
そうか。分かった。なら少し休もう。あんたも疲れてないか?」
「どうしてか生気の消費量、があまり減ってないような気がするのよね。だから大丈夫」
「生気が必要だったらちゃんと言ってくれ」
「分かってるわ」
蓮は降藤を見て、確認するようにうなずいた。
霧はいまだ深く、血と呪いのにおいが充満している。
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