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いを
2023-04-27 16:31:20
2952文字
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刀神
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寄る辺なき道
蓮のこと。
(お名前だけ)
・和佐さん
・降藤さん
・森さん
お借りしています。
その日、ほんのわずかな間だと思っているが
――
夢を見た気がする。
兄ちゃん。
だいじょうぶ?
ねえ兄ちゃん
――
。
蓮を、兄を案ずるような声だった。こんな、なにもできなかった兄を。
「
……
」
すう、と息をする。
外は洗練された空気がにじんでいた。
まだ咲かない、藤棚の下。
この下で
柊
しゅう
は殺された。だからこそ、ここで別れなければならない。
ひやりとした風がほおを撫でる。
「柊」
語りかける。
柊は藤棚の下に立っていた。
黒ずんだ顔はもう面影もないけれど、蓮はしっかりと覚えている。柊の顔を。
せめて蓮だけは覚えていなければならない。一生。
声も、肩にまわっていた体温のない手も。
白い着物を着た柊は、帯をうまく結べていないのか、固結びだ。そんなことすら、今まで分からなかった。
伸びた白かかった髪は背中を覆っている。
長い前髪からわずかに見える目を、蓮は見ることができた。
不思議そうに柊は首をかたむけている。目を伏せて、手のなかにあった和佐からもらったお守りを見せた。
ぱっと顔を輝かせるように、柊はお守りを見ている。
「お前は本当にこれが好きだな」
藤の刺繍が刺されているからだろうか。かすかに笑い、膝を折って柊の顔をのぞき込んだ。
「柊。お前はやさしかったな。今までずっとやさしかった」
こんな自分のそばにいてくれた。生きていたときも、そして殺されたあとでも。
「
……
本当に、誰に似たんだろうな。お前は」
底抜けにやさしい子だから。
「ああ、でも親父には似てた、かもな」
父もやさしい男だった。最期まで。蓮の身を案じていた。自らの体に呪いがむしばまれていたとしても。
親とは、そういうものなのだと知った。
もちろん、そうじゃない親もいるだろう。けれど蓮の父は、自分の命よりも蓮の命を案じていたのだ。それくらいは分かっている。
――
間違いなく、蓮は大切にされていた。
そんなことを忘れて、本当に親不孝ものだ。
ふ、と風が吹いた。
冷たくはない、あたたかな風だった。
「
……
親父
……
?」
蓮のくちびるから、こぼれたのは自然なものだった。
藤棚のむこうがわ。
白衣に灰色の袴。
姉とよく似ている顔で、ほほえんでいた。
その姿は死んだ時とおなじく痩せ細っていたが、その目はやさしい。柊のこころと同じだ。
父はくちびるの形だけで蓮の名を呼んだ。
「
……
ずっと、そこにいたのか。親父も」
穏やかに笑っている父に気づいたのか、柊はうしろを振り返った。
片手で数えられるほどしかともに過ごせなかった父。それは柊もおなじことだ。
柊は遠慮がちに蓮を再度、見上げた。
「俺はもう大丈夫だから。柊。もうお前は誰も守らなくていい。お前はじゅうぶん、俺以上に戦ってくれただろ」
家の呪咀いも、血の呪咀いも。
玉匣の家に男として産まれたからには背負う覚悟など、とっくにできている。そう思っていた。思っていた、のだ。
けれどそれは柊もおなじだった。
柊は生まれながらにして呪われていたのだ。
長男
――
蓮は生きた。けれど次男は死んだ。
まるで、呪いをなすりつけられたかのように、だ。
まだ五つにもならない男児が、なぜ死ななければならなかったのだ。なぜ殺されなければならなかったのだ。
そうして
怒
いか
ったとしても、なんの力もない男には関係ないというふうに、呪いは柊の死後も続いた。
おそらく、柊のほうが神社の息子としての力が強かったのだろう。
「男の
尸童
よりまし
はすぐに死んでしまうのだ。」
父が柊の遺体を見ながら泣いていた。
柊のことを忘れろと言っていたあの父が泣いていたのだ。
――
忘れていたのは、どちらだったろう。
ぎしり、と拳に力が入る。
「親父、柊。俺、刀遣いになって、すこし分かったことがある」
さ、と風が吹く。
この日にふさわしい風だ。
父も柊も、こちらを見ている。
「人は死ぬべき時に死ぬ。そして、戦うことができる力があるなら俺はその時まで戦う。せっかく、人間に生まれたんだ」
山吹の花のつぼみが見えた。いずれうつくしい花が咲くのだろう。
「
……
自分の生き方に、後悔しないように。ちゃんと、生きるから」
後悔しない生き方などあるものか。そう思ってはいるけれど、これもある意味、人間らしさだ。
「どんなことがあっても、もう失わせない。もう、これ以上損なわせない」
せめて今日のような別れの日には、いいことを言いたいだろう。
それくらい、蓮はまだ若い。
「俺、刀神と契約したんだ。降藤っていうんだけど。俺が生きるために力を貸してくれっていう、自分勝手な願いに応えてくれた変わった刀神」
降藤も、柊のことをかわいがってくれていたようだった。
柊を見る目がとても、やさしかったから。
「親父。ちゃんと生きるよ。親父や柊が生きられなかったぶんまで、俺、生きるから。
――
だから、もう上がっていい」
笑んだまま、父の目がそっと細められる。
そのことばを待っていたかのように。
「この家も守る。お袋も姉貴たちも、俺が守る。だから安心しろ」
細くなった、父の手が柊の手をそっと握った。
柊も、握り返した。
ああ、ゆくのだな、と思う。
これで、本当に最後だ。
「兄ちゃん」
柊の声が聞こえた。まぼろしか、わからない。
「背負ってくれて、ありがとう」
「
……
柊
……
」
まばたきの後に、柊の笑顔が見えた。黒ずんだ顔ではない、まっさらな笑顔だ。子どもらしい、笑顔だ。
蓮はぎゅっとくちびるを結んだ。
「柊
……
」
それでもすぐにほつれて、弟の名前がこぼれ落ちる。
「ばいばい、兄ちゃん」
「ああ
――
。またな」
白い歯を見せて、柊は再度笑った。
都合のよい、まぼろしだったのかもしれない。けれど今はそんなことはどうでもよかった。
きっとこのまばたきをする合間に、父と柊は消える。
そう思って、ゆっくりと目を細めた。
「ありがとう。柊、親父」
そして、目を閉じる。
次に目を開けたときには、ふたりの姿はどこにもなかった。
届いただろうか。蓮の言葉は。届いたのなら
――
いい。
ざ、と風が吹く。ひどく清められたような、清廉な風だ。
そして背中がかなしくなるほど、軽くなっている。
手を肩に触れても、もう柊の体温のない手が握り返すこともない。
さみしいけれど、悲しくはないのだ。
夕暮れのとき、晴夏にいったように。
あごを上げる。
空があって、雲がある。そして藤棚の垂れた枝が見える。
もうすこししたら、藤が咲くだろう。
あの、藤のしぐれ。
きっと今年も咲くのだろう。
夢を見た。
柊の夢だ。
だいじょうぶ?兄ちゃん、と。
なにもできなかった蓮を案ずる柊の夢を。
あのとき、夢の中で自分はなんといったのだったか。
きっと「大丈夫」と答えることが怖かったのだと思う。だから何もいえなかったのかもしれない。
本当に、不出来な兄だ。
けれど今、この瞬間からが「これからを生きる」ということだと、自らに命じる。
そして蓮はひとり、藤棚に背を向けた。
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