Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
いを
2023-03-31 16:18:54
2839文字
Public
刀神
Clear cache
弱者のわきまえ
小夜子のこと。
・(お名前だけ)玉響菊花さん
お借りしています。
ナーガラがね 眼をじつとこんなに赤くして
だんだん環をちひさくしたよ こんなに
し 環をお切り そら 手を出して
小夜子は人さし指と親指で丸をつくり、空を見上げた。
「鳥がね」
ざらりと風が小夜子の髪をなでる。
「たくさんたねまきのときのやうに」
ぱあつと空を通つたの
小夜子の目には鳥が見えていた。ムクドリだろうか。そのような、ちいさな鳥だ。木から空へ羽ばたいていた。
天照の中の空気はにおいがある。
小夜子はすくなくとも感じた。血のにおいやら、熱のにおいやら、あるいは死のにおいが充満している。と。
セーラー服のまま、リノリウムの廊下をあるく。
その姿は堂々としていた。とても。無理やりあごをあげて、颯爽と歩いている。風をともなって。
カツンと音がした。
小夜子はその音に覚えがあった。
足が止まり、視線をあげる。廊下のむこうがわに背の高い、一見刀遣いなのか刀神なのかわからない男が立っていた。
男も小夜子をみとめたのか、棒立ちになっている。
あの男のことは、小夜子はよくよく知っていた。
「軍刀天霧。」
左腕と右目をうしない、足も不自由な刀神。
けれども小夜子はそんなことはどうでもよかった。
同情もしなければ、
怒
いか
ることもない。
小夜子の叔父を見殺しにした刀神を、小夜子はなんとも思っていない。
とめた足を動かして、天霧の前に立つ。
男は死刑宣告をうけた罪人のように、おびえた眼をしていた。
「あなたが天霧さまね」
「
――
あなたは」
「ああ、ああ。そうね、わたしから言わなくちゃいけなかったわね。わたしは雨宮小夜子。雨宮司の姪よ」
赤い目がまたたく。
紅玉
ルビー
のように。
男はその目をふせて「存じておりました」といった。
「あなたが雨宮小夜子殿、ということも、前の主
――
司殿、の姪御だということも」
「そう。それはそうね、知っていたとしてもなんにもおかしくない」
手を払うようにして、小夜子はくちびるのはしをあげた。
「けれど、会えてよかったわ。わたし、天霧さまに言わなくちゃって思っていたことがあるのよ」
30cmほども高い場所にあるひとつの目玉を見上げて、小夜子は左手を胸にあてた。
そして、挑発的に笑ってみせる。
「わたしは天霧さまを恨んだりしていない。妖魔もべつに恨んではいない。おじさんのことは好きだったけど」
黄金
きん
の眼が、天霧を捉える。
「おじさんは、優しすぎたのだわ」
「
……
あのかたは
……
」
男はくちびるを開いて、息を吸うようにつぶやいた。
ひとりごとのように。
「あのかたは、お優しいかたでした」
「優しさは、正義だと思わない。時としてひとを殺す兵器にもなり得るのよ。そのやさしいひとがいなくなったら、遺ったひとは自分を責めるわ。きっと」
この少女は、と天霧は思う。
もしかすると、苛烈な怒りをもっているのかもしれない、と。
私と似ているのかもしれない、と。
「よろしいかしら」
天霧の、そんな浅はかな思いなど知っているかというように、小夜子は笑う。
「わたし、おじさんの仇をさがしているの。知っている。雨宮司を殺した妖魔よ」
「
……
大きな、黒い、かたまり、でした」
「黒いかたまり?」
「影しか、見えませんでしたから」
「そう」
小夜子は腕をくんで、眼を一瞬、ふせた。
「ありがとう。参考になったわ」
「雨宮殿
……
。それを見つけて、どうされるのですか」
「殺す」
伏せた目をそのままぎょろりと上に移した。
それはとても単純明快なことだった。
「恨んでいないとおっしゃっていたはず」
「恨んでいないわ。けれど、妖魔は悪いものだもの。この世界の膿みたいなものよ。膿なんか、誰も恨まないでしょ」
桜貝のような爪を、天霧は見た。まだ刀もあまり持ったことのないような手だ。
「わたしは弱い。弱者なりの考えかたというものが、あるの」
そのあたりはちゃんと弁えているのよ。
少女はそういった。
天霧はその少女を見下ろし、そのまだきれいな手はあとどれくらい保つのだろう、と思う。
たこができて潰れて、手のひらが厚くかたくなる。
鯉朽隊であるのなら、なおさらだろう。
「だからせめて妖魔は悪いものだって、そう考えなくちゃいけないの」
「
……
そうですか。だれも、それを否といえますまい
……
」
小夜子は足を一歩、横に出して廊下を歩き始めた。はなしは終わったのだろう。
天霧は丸くなった背中をすこし伸ばして、左目を動かした。
ネクタイを留める、ピンが見える。それを手慰みにそっとふれた。
硬い感触なのだけれど、天霧にはそれがとてもやわらかく感じる。玉響菊花から贈り物としてもらったタイピンを見るたび思い出す。
私は私を
怒
いか
ってばかりだけれど、そんな私を慕ってくれるかたがいるのだと。
そう思うことはうぬぼれだろうか。
少女の背中はもう見えない。
すこししか話していなかったはずなのに、疲れてしまった。
杖をついて、天霧は歩き出した。大切なものを胸に抱えながら。
私はどうやら、運がよかったらしい。
見知った顔と一対一で話せたのだ。
たくさんの刀遣いと刀神がいるなかで、見つけ出すのは至難の業だと思っていたから。
空は若干、暗くなっていた。
金星が見える。
おじさんが、あれは金星なんだよと笑っていたことを思い出す。
私は鞄を持ったまま、睨むように金星を見ている。
ムクドリはもういない。
空のどこかへ飛び去ったのだろう。
いない。
そしてそのままさびしい林のなかの
いつぴきの鳥になつただらうか
I'estudiantinaを風にききながら
水のながれる暗いはやしのなかを
かなしくうたつて飛んで行つたらうか
やがてはそこに小さなプロペラのやうに
音をたてて飛んできたあたらしいともだちと
無心のとりのうたをうたひながら
たよりなくさまよつて行つたらうか
わたくしはどうしてもさう思はない
「私もそうは思わないわ」
月の上を歩くように雨宮小夜子は歩いた。
家路につくと、そこにはあたたかい夕飯がある。
鞄のなかには古い本。
おじさんのものだ。
人さし指を指揮棒のようにふって、彼はいった。
「けれど詩は、人間としていきることにかんしては、べつに必要はないのだけれど」
無垢だった少女はその指先をみながら、叔父のことばを待っていた。
「あったらうつくしいと思わない?」
そのとき少女は分からなかったが、きっといまでは分かってしまうのだろう。
ベッドに横になって、私は月を見上げた。
うっすらとカーテンの合間から見える月だ。
ゆるやかに手のひらを握りながら、私は目を閉じた。
ムクドリの甲高い鳴き声が聞こえたような気がした。
ここにはいない。
いないのに。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内