ひろっぷ
2023-04-13 12:27:00
3924文字
Public 第五 ×探
 

Give and take?(D+夜×ロナ)

「持ちつ持たれつ?そんな訳あるか!」
※DM+夜来香×ロナード


「待っていたよ、ロナード。さぁ、こちらへどうぞ」

にっこりと微笑んで出迎えた男を見るや否や、ロナードは思わず後退りした。
しかし僅かな衝撃を受け後ろを振り向けば夜来香が受け止めており、仮面越しにも分かるほどにこちらもニコニコとしている。
緊迫した空気に耐え切れず漏れた吐息と共に、逃げられないなと諦めて足を動かした。



…………………………




「ディナーはいかがですか」

そう誘われた時のロナードは機嫌もそこそこで、即答もよろしくイエスと答えた。稽古の後お迎えに上がりますと言われればそれに従い、時間になれば豪華な送迎馬車と共に夜来香が現れ、もはや彼の癖なのか手を差し伸べられる。その行為にはロナード自身もう慣れたもので、渋るのは時間の無駄だと思い差し出された手を取った。
優しく引っ張られれば支えられ、向かい越しに座らされる。

「お疲れ様です。早速向かいたいと思いますが、どこか寄りたい所は?」
「特にない。あぁ、何がある訳でもないが少し遠回りが出来れば」
「分かりました」

難色を示すでもなく、夜来香は半身を乗り出して御者に内容を告げている。御者も道を熟知しているのか承諾したようで、ハーネスを鳴らす音が聞こえるとゆっくりと馬車が動き出した。ロナードの希望通り遠回りをしてくれるようだ。
稽古の疲れか椅子に深く座り直したロナードを見た夜来香は小さく笑った。

「一眠りしても構いませんよ」
「それ程遠いのか」
「仮眠が取れる程度には」
「そうか。そうさせて貰おう。着いたら起こしてくれて構わない」
「えぇ。確と」

一眠りし着いた先は見覚えのない場所で、こんな場所もあるものなのかとロナードは周りを見渡していた。情報通になった覚えはないものの、土地勘だけは元々良く場所を尋ねられる事もしばしばあるのだ。
その場所に住んでいる人でさえも覚えるぐらいには。

だからだろうか。

目の前の豪華絢爛な建物を見て悪寒が走ったのは。
もちろん見覚えはない。しかし隣にいる夜来香と路地裏で出会った時と同じような感覚に陥ったのだ。
錯覚であればどれほどよかっただろうか。

(誰かがいる?)

知り合いか、この男の上司か同期か。
客がいるのはもちろん分かっているが、それでも尚悪寒の正体が別にあるのを肌で感じているのだ。おそらく夜来香に聞いた所で有耶無耶にされて終わるのだろう。

「行きましょう」

腹を括るしかない。半ば強制に開いた扉に引き寄せられるように足を運んだ。
中も外装同様煌びやかそのものだ。行き交う客の服装も見た目そのまま富豪の集まりで、思わずロナードは叫びそうになった。反吐が出る。こんな所に招くとは正気かと。ちらと夜来香を見るとやはり観察されていたようで目線がピッタリと合ってしまう。神経を逆撫でするのが上手いのかただ単に無神経なのか。

「私は金輪際、貴方の誘いには乗らないと思う」
「それは残念。ですが今宵は受けてくださるのですね」
「今から帰れると?」
「いけませんね」
「そら見ろ」

悪態をついてもどこ吹く風か、変わらず軽快な足取りで目的の場所へ向かう。
夜来香は常連なのか、行き交う給仕達や料理人から会釈されている。
連れがロナードと分かるや否やどよめきが走るが、そこは夜来香が静止の合図をすれば途端に鎮まった。

(なんだ?)

何かが変だ。先程の悪寒といい見知らぬ風景といい、未知の恐怖が常に纏わりついて落ち着かない。
そんなロナードを他所に夜来香はまだまだ奥を目指し、遂には係の者誰一人ともすれ違う事すらなくなった。
辿り着いた扉の前では夜来香とロナードただ二人。
そのはずだった。
いるのだ。扉の奥に誰かが。
従軍時代に訓練された賜物か、人の気配には多少なりとも敏感だった。それがこんな所で発揮されるとはなんとも皮肉な話である。
鈍感だったとしても嫌な予感というものは的中するが。

「連れてきましたよ」

あぁ、やはり誰かいる。鳴り止まない心臓が余計にうるさくなる。
こんな所に連れてくるなんて、と夜来香を怒鳴りたかったが、この静寂の中そんな事をすれば不審者として余計に雁字搦めになる。
そんな脳内会議を他所に扉がゆっくりと開き、男が顔を出した。

「待っていたよ、ロナード」

対面したロナードは記憶を掘り起こしたが、このような男は見覚えがない。
だがしかし本能が全てを悟っていた。
夜来香と同じく黒髪に混じる白髪、服装、仕草全てだ。
文で数通交わした事があり、その何通かだけでも人となりが分かってしまうほどの。
見上げた男の表情は胡散臭い以外の何者でもないが、差し出された手は偽りを感じない。そんな矛盾を感じつつ、ロナードは手を握り返すしか道はなかった。
否、握らざるを得ない状況であった。

「さぁ、こちらへどうぞ」
お招き頂き感謝いたしますよ、メロディー伯爵」

………………

ロナードは今、夜来香の誘いに乗らなければよかったと心底後悔していた。警戒を緩めていたのが間違いだった、とも。
純白のクロスが掛かったラウンドテーブルにはこれでもかといわんばかりに食事が並べられている。
パトロンと交わした食事と似ている部分もあるが、それ以上と言えるほどの量と明らかな質であった。
涎が出そうとはまさにこれなのだろう。
しかしロナードは涎どころか口の中が乾いて落ち着かない。当たり前だ。目の前に悪の筆頭である当主が目の前にいるとなると食事が喉を通らない。

「口に合わなかったかな」
いえ。まさか貴方様がいらっしゃるとは思っておらず、ふと考え事を」
「そんなに硬くならずとも。普段の君で構わないよ。そこの男に対して接しているように、ね」

上っ面だけの笑み、ではないもののどこか引っかかる笑顔にロナードは口が引き攣りそうになる。こちらの皮を剥がそうとしているのがアリアリと分かる口ぶりで、そうはさせまいと己の理性がフル稼働していた。

………。そうさせて貰おう。別に貴方は支援者でもないしな」
「ふふ。案外あっさりと変えるものだな」

揶揄う素振りは隣の男とそっくりだ。メロディー家というものは人を弄るのも生業としているのだろうか。
一区切りついたのであろう空になった皿が片付けられ次の料理が運ばれてくる。使用人達が代わる代わるてきぱきと回収していくが、毎度別人がやって来るのはそれだけ野次馬がいると言う事だろう。
秘密裏のようでそうではないらしい。
ロナードとしては構いやしなかったが。

「ワインはいかがかな?」
「結構。人と飲み交わす趣味は無いもので」
「それは残念だ」

言葉を交わしている間も夜来香と伯爵は次のワインを注ぐ手を止めない。こちらはようやっと一口二口と料理を口に運べるようになったというのに、この二人は肝が据わっているのか微塵も気にしている様子はなかった。
冷や汗をかいている自分が馬鹿らしくなってくる。

「時にロナード」
「何か」
「この男と同衾しているのだってね」

あぁ、その話をするのか。
ドッと波打った心臓が益々騒がしくなり、口に運ぼうとしていた食器を下ろして睨んだ。

「その話は必要か?」
「必要だとも。そうだな、夜来香」
「えぇ」
(……?)

何故夜来香に確認する必要があるのか。
口を開く前にそれは明らかになることとなる。

「私も興味があってね。君と一夜を共にさせて欲しい」
………はあ?」

何を言ったのだ、この男は。その言葉を耳にするのは人生で二度目。夜来香が口にした内容と同じものだ。
夜来香がこちらと同衾している、という話をしたとして普通は乗る内容ではないはずなのだ。しかしこの伯爵は興味があると言う。
こんな優男がその言葉を放ったのがにわかにも信じられず、目を丸くして男を凝視してしまった。
その反応を見越していたのか声を出して笑い、ひと呼吸置いて開いた瞳を見たロナードは息を呑んだ。

……
「どのように鳴いてくれるのか、どのように乱れてくれるのか。この夜来香が気にいる程だ。余程の者なのだろうと思ってね」

ギラついた瞳に思わず立ち上がってしまい、椅子が大きな音を立てて倒れた。その音を聞きつけた給仕達が来てくれるのではと願ったが、何故か誰一人と来る気配はなく訪れたのは静寂だけだ。

(何故誰も来ない!?)

もしかすると逃げるのは今しかないのかもしれない。
後退りすれば柔らかい衝撃。
ロナードは察してしまった。給仕達は二度と来ない。
正確には誰一人も来ることはない。この男達一族の経歴を思い出せば明らかだ。
恐る恐る見上げれば会合した時のような仮面越しの笑顔の夜来香が見下ろしている。
そして前には向かいで離れていた男が既に立ち、後ろから腰を抱かれ、前からは顎に手を添えられ挟み込まれてしまっていたのだ。
頭上からはクスクスと笑う声が響き、どこに身を捩っても逃れることが出来ない。いやらしく腰や太腿、頬や耳を触れられ耐えられない吐息が漏れ出ていく。

っ、やめろ!許した覚えはない!」
「貴方はそうでしょうがこの方も諦めが悪くて。お付き合いくださいな」
「はは。お前が言うか」
「!ふ、ぅ…………
「良い声だ。安心するといい。ロナード」

耳元で伯爵は静かに囁いた。

「報酬はたんまりと。君の役に立つ物を用意してあるとも」
……………

拒んだところでこの現状は変わらないだろ!
叫びは声になることはなく、虚しい小さな抵抗として彼らに嘲笑われるのであった。