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ひろっぷ
2023-02-11 21:03:48
1620文字
Public
第五 ハス探
You have always been the only one for me.
"あなたは僕にとってずっと唯一のひとです"
ハス探バレンタイン2023
「
……
はぁぁ
……
」
誰もいない真夜中のキッチンで大きなため息を零す。
目の前の黒ずんだ物体は煙を出して己の有り様を見せつけている。思わず再びため息が出た。
普段料理をしないノートンがここにいるのには訳がある。黄衣の王にきちんとした食べ物を食べて貰いたいからだ。以前と同じ轍は踏まないと心に誓い、今度こそ菓子を作ってみせると意気込んだ。
それが、この有様だった。
何となく分かってはいたが、多少の期待をしてしまうのも人間だ。そんな自分に憤って、けれどこの感情をぶつける先がないために消化不良になる。じわりと涙が浮かんだ気がするが気のせいだろう。
(やっぱり、駄目なんだろうな)
諦めよう。イベント事には悉く運がない。
気持ちを切り替えられれば後の行動は早かった。
器具を片付け、またもや炭になった物体をゴミ箱に捨てようと足を向けようとする。
『何をしておる』
見なくとも誰かはすぐに分かった。どろりと粘着質な音が背後から聞こえれば、その音の主はひとりしかいないからだ。
「
…
ずっと見てたんだろ。悪趣味め」
『フ
…
そう機嫌を損ねるな』
「拗ねてない!」
『して、それを寄越して貰おう』
見透かされている。今にも捨てようとしていた失敗作を思わず後ろ手に隠してしまったノートンは、どうすれば免れるか言い訳を考えていた。考えたとてこの王に敵うはずもないのだが。
触手を使えばすぐに奪えるというのに、当の本人は玩び目の前で笑い声を響かせてこちらを見るだけだ。触手はノートンの足元で擽るように巻きついたり離れたりと繰り返し、ノートン自身の口から返事があるまでは動かないつもりだろう。
「失敗した、から、駄目。あなたは食べられるって言うけど、見てる僕が嫌
…
だから」
『その判断をするのは我の役目よ。人間の間では食物を粗末にする事は禁忌とされていると聞くが?』
「そこまでじゃない、よ」
『特にそなたは疎かにせんと思っておったがな』
「
……
だって、もう食べ物じゃないよ、これ
…
あっ!」
顔を見られまいと下を向いたのがいけなかった。触れられた感覚がないまま、目の前のハスターの手には隠した失敗作が添えられている。
そして呆気に取られたままのノートンを他所に、ハスターはそのまま己の顔に物体を投げ入れたのだ。
「!!ちょ、
……
っ
…
」
『
………
』
「
…………
ぅ
…
何か言ってよ
…
」
『以前よりは甘味がある』
「
…
ほんと?」
『左様』
揶揄いこそされるが、この王は嘘を嫌う。何年と共にいたせいか、それを知っていたノートンは確認するように尋ねる。そして嫌気を晒すことなく淡々と答える王。
見た目は炭そのものだが、進歩があったというだけで罪悪感は軽くなる。
『軽量なら試してもよかろう。そら、そなたの舌で確かめてみよ』
「!わっ」
触手に足元を払われ視界が回転した先、間近にハスターの無数の瞳とかちあい、抱えられているのだとようやっと理解した。逸らせないでいると、取り込んだであろう炭の一部がハスターの顔から覗いているのが見え、思わず二度見してしまう。
「え、と。ハスター?」
『どうした。確かめよ』
「と、取れないよ」
『言わずとも、のう?ノートンよ』
「
……
!!
…………
うう〜
…
!」
確信犯だ。つまりは啄めと。こんな時のハスターはこちらがそうしない限り解放する事はない。ノートンは顔に熱がどんどん溜まっていくのを嫌というほど感じていた。しかしやらなければこのままだ。誰かがやって来た時になんと弁明すればいいか、それを考えるのも勘弁願いたかった。
『
……
フ
…
』
「黙ってて
……
死ぬほど恥ずかしいんだから
…
」
身を乗り出して恐る恐る炭を咥える。
まるでキスしているみたいだ、とノートンは現実から逃避しようと試みていた。
深夜のキッチンでこんな事してるなんて誰も信じないだろうな。などと思いながら、以前より甘くなった失敗作を噛み締める事にした。
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