ひろっぷ
2022-08-13 19:38:56
3038文字
Public 第五 ハス探
 

summer vacation !

健全(?)な部分のハス探。






サンサンと照りつける太陽。聞こえる黄色い声。
押しては引いていく波の音。そんな様々な音を耳に入れながら、ノートンはパラソルの下で色鮮やかなジュースを啜っていた。隣には黄衣の王ハスターもいる。
瞑想でもしているのか数多の瞳は閉じられたままだ。
そんなハスターを横目に恨めしそうに睨むものの、知らぬふりか気づく素振りもない。離れた浅瀬でボールの打ち合いをしているナワーブ達を尻目にノートンは浅くため息をついた。
なんだってこんな事になったんだか。
げんなりした気持ちを忘れさせるように、ノートンは過去に想いを馳せていった。





「海に行かないか」

磁石を磨いていたノートンの元に尋ねてきた相手を見上げれば傭兵のナワーブだ。
彼にしては珍しく浮かれているようで、小脇にボールや浮き輪を抱えて今にも飛び出しそうだった。
それを抑えるように隣に来たジョゼフがナワーブを小突く。彼も彼で外出する装いのようで、同じく海に行くつもりなのだろう。


「湖景村ですか?」
「そんな訳ないだろ。あれは湖だ。別だ別」

別の海などこの荘園内にあっただろうか。そんな怪訝な顔を察したのかジョゼフが口を開く。

「詳細なんて気にするだけ無駄だよ。プライベートビーチというやつなのだろうね。ナイチンゲール氏が案内してくれるとさ。君もどうかなと」
………

行くつもりなどはなから無い。暑いのはもちろん、ノートンは肌を見せるのを極端に嫌う。事故で受けた火傷痕が至るところにあるからだ。
荘園に来て初めこそ奇異の目で見られたが、今は殆どの人が慣れたもの。大浴場などで誰かと一緒になっても何も言われなくなった。だが、ノートン自身はそうではない。

「僕はいいよ。前も言ったけど泳いだことないから」
「泳がなくてもほら、ボールの打ち合いも出来るよ」
まぁ、無理にとは言わんさ」

よくいうよ、と心の中で不満を溜めた。
行くのがさも当然という雰囲気を漂わせているのだ。面倒が勝っているノートンからすれば、その面倒くささに拍車をかけるだけである。
すると二人の視線を切るように再度断ろうと口を開いたと同時、事の発端の主が顔を出した。

『次の試合でもあるのか、ノートンよ』
…………

ややこしいのがきた。と声の方向を見遣りながら更に不満が募っていく。

「いや何。ナイチンゲール氏が海へ招待してくれるというのでね、とりあえず皆に聞いてまわってるところさ」
『ほう。海か』

ちらと無数の目がこちらを伺う。浴びる視線に居た堪れなくなり始めた頃、ノートンからも彼を見やるとぎょっとした。
無数の目が弧を描いていたのだ。
これは確信犯。愉悦を求める目だ。他の二人は気づいておらず、ノートンのみが衝撃を受けている状況だった。
叫びたい。逃げたい。面倒だから勘弁してくれ。
そんな感情を知ってか知らずかハスターはどんどんと話を進めていく。

『良いではないか。この者は余り海と縁が無いと聞く。目に焼き付けてもよかろう』
(余計な事言わないでよ!)
「そうなのかい」
「見てるだけでもいいからさ。滅多にないぞ、海見られるの」
…………

来いという圧がどんどんとのし掛かってくる。
横ではハスターがニヤニヤとしているのが分かるのだ。ノーと言えば丸め込まれ、イエスであればそれもそれでハスターの思うつぼ。どちらにしてもノートンが得をすることはない。
しかし、時間の無駄を考えれば後者を選ぶのが賢い選択なのだろう。

分かったよ。行くよ。見てるだけだからね」

触手で頭を撫でられ、ノートンは苛立ちはたき落とした。





そして今に至る。

ハスターは変わらず不動のまま目を開ける事はなく、浅瀬で女性達がはしゃぎ、男性は野太い声をあげそれぞれに娯楽を楽しんでいる。
あれやこれやと野次を飛ばしてやりたいが、それをしたが最後自分も巻き込まれる未来しか見えない。
共に来る条件として見てるだけでいいと言われたものの、そんなものは建前だ。時が経てば自然とあの輪の中に入れられるのだろう。
この炎天下の中動くというのはノートンとしては避けたかった。

(戻ろう)
「ハスター、僕ホテルに戻るよ。暑いだけだから」

声をかければ数多の瞳が開く。なんだ、起きてるんじゃないか。

『退屈か』
「そりゃね。暑いだけだし、見るなら部屋からでも見えるだろ」
『道理だな』

シャワーはあっただろうか。ただひたすらに炎天下でじっとしていたにせよ、かいた汗が戻る事はない。
滝のように流れる汗を着てきたシャツで拭い、歩きながら考えていると背後から触手を引き摺る音が聞こえる。

「あなたも戻るの?」
『そなたが居らぬ場に意味はなかろう』
……っ。そうですかっ」

さも当然というように答えるハスターにノートンは面食らった。偶にあるのだ。この王が予想外の反応をするという時が。その度にノートンは狼狽え、指摘され、弄られる。ハスターという邪神はそういう存在だと思い知らされるのだった。

ノートンはホテルという建物を初めて体験している。予約をするのが基本だが、当日でも公共施設として宿泊でき、一泊二日、果ては二泊三日や一週間も泊まれるのだという。
部屋を初めて見た時も感動したものだ。もちろんシャワーもある。頑なにハスターが同室を希望した事はどうでもいいと思えるぐらいには。
なんとも便利なものだと愚痴たが、この荘園の事なので何も不思議はないのだろう。考えるだけ無駄なのだ。
それに、自分でする事が極端に減って時間に余裕が出来るのが大きい。だからこその"バカンス"なのだろう。
窓を覗けば未だ女性達や男性達が遊んでいる。変わっている事といえば男女混合で共に遊び始めたぐらいか。

「あはは、見てよアレ。顔面から海に突っ込んだよ」
『奴は常にあのような行動をするな。大人しくなれば良いものを』
「そう言わないでよ。あれがウィリアムなんだって」
『多種多様とはまさにこの事か』

他愛ない会話を一言二言。時には悪態をつきながら。
落ち着くと同時に、こんな平和な時があっていいのだろうかと不安にもなる。

いいのかな。こんなにゆっくりして」

零した不安を拾ったのか、かの触手がノートンの頬に触れる。その主を見上げれば相手もこちらを見つめていて、思わず目を逸らしてしまう。このような行動をとるハスターの望むものが、ノートンには分かってしまったからだ。

「したいの?」
『負の気を忘却できる程度には』
「遠回しに忘れろって言ってる」
『否定はせん』

スルスルと触手が増えてノートンを隅々まで撫でる。くすぐったくて体を捻るものの、元々窓枠に座っていた身では逃げる場所はない。低く響く笑い声に脳が痺れ麻薬のようだ。観念するように一本の触手を触る。これも、誘われた際の同意を示す合図となりつつあった。
大体は強引に進められて終わるのだが。

「優しくしてくださいね、邪神サマ?」
『媚びているつもりか。可愛気の無い人間もいたものだ』
「男に可愛さ求めないでくれない?ふ、フフッくすぐったいって」

触手に掬われ浮遊感の後眼前にはハスターの目。初めこそ恐れた目だというのに、今では安心すら覚えるのはノートンの不服とするところだ。

これから始まる行為の最中ですら落ち着く程度には。