ひろっぷ
2016-07-12 00:10:54
5159文字
Public
 

黄昏日和

魔法使いと夢魔装がなんてことない青春を謳歌するはなし。長い。



門の最上で、君は縁に座って最下にある街を眺めていた。この世界へ来てから数日経ったが、ここからの景色はいつ見ても飽きないのだ。行き交う人々こそ見えないが、門から出入りする馬車や荷車は見える。そして何よりこの時間、いわゆる黄昏時の空が気に入っていた。落ちるようで落ちない夕日。橙色に溢れるこの空が。

「んにゃぁ。君もよく飽きないにゃ」

綺麗じゃないか、と尋ねる君にウィズは欠伸1つの返事。呆れた君はもう一度空を眺め始める。

「なんだ、今日はここに先約がいたか」

こんな所に誰が。振り返ると青年が1人こちらに向かって歩いて来ていた。ラギトだ。

「気に入ったか?」

もちろん。すごく綺麗だ。そう返すとラギトは嬉しそうに笑った。こんな門の最上まで来る物好きは自分か他のメアレスぐらいだろう。一般人ならまず登る発想自体しないのだから。ラギトも例に洩れず、ここから見える景色が綺麗だから来るのだと言う。
しばらく景色を眺め沈黙の後にラギトが口を開いた。

「そうだ魔法使い」

思い出したかのような振りに不思議そうに彼を見た。

「買い物に付き合ってくれないか。お礼に一杯奢らせてもらおうと思うが」

奢ってくれなくとも行くよ、暇だったし。伝えるとまた彼は嬉しそうに笑った。メアレス達に向ける笑みとはまた違った表情だ。

「助かる。たぶんあんたじゃないと分からないと思うからな」

自分にしか分からない?魔法に関する何かだろうか。リフィルも連れて来た方がいいのだろうか?

「いや、<黄昏>とは違うあんたの魔法だ」

君の魔法とリフィルの魔法は違うと言いたいのだろう。確かにリフィルには魔力はあるが君のような魔法は放てない。逆に君は魔法を放つが魔力はリフィルほど貯める事はない。そういう事だろう。

「じゃあ降りるか」

階段か。と君は絶景に背を向けて階段を目指す。

「どこに行く、魔法使い」

どこって、階段だけど。ラギトは絶景の縁に立ってこちらに首だけを向けていた。不思議がるように、まるでこちらの行動が信じられないとでもいうような。
まさか。

「階段?何を言っているんだ。ここから降りればいいだろう」

それこそ何を言っているんだ。君は考える間もなく口からその言葉が出た。目下にはおそらく、見えないけれども人が沢山通っているはず。こんな所から飛び降りれば確実に注目の的だ。そういう意味をたくさんに込めて目で訴える。

「階段なんて時間がかかるだけだろう?ほら、俺も降りる」

飛び降りるの間違いだ!叫ぶ間もグイグイと腕を引っ張る彼はどことなく楽しそうだ。完全に遊んでいる。彼は少なくとも半分は人でないために落ちた所で死にはしないのだろう。だがこちらは完全なる人間だ。
それでも尚、手を引く事をやめないラギト。もたもたとやっているうち、気づけばもう門上の縁。ラギトはすぐ下だと言うが、君からすれば奈落の底だ。まさに天国と地獄。さながらラギトは誘う死神だった。

「さ、降りるぞ」

死んだら末代まで呪うからね。ぼそりと呟いた言葉を皮切りに、引っ張られた体2つは空を舞った。
ちなみに、師匠と呼び慕う黒猫は揉めている最中で姿を消したようだ。裏切り者、もとい裏切りの師匠は後で同じ経験をさせてやろうと心に決めたのだった。

-------

死ぬかと思った。
魂だけを屋上に置いて来たのではないかというぐらいの絶叫遊具だ。いやむしろ拷問器具か。

「これぐらいでか。何かあった時にすぐ降りられるだろう」

そんな馬鹿な。

「まぁじきに慣れるさ」

髪もボサボサ、服もボサボサ、涙も飛んでいる最中で全て流れ落ちた気分だ。もうやるものか。固く心に決めた瞬間だった。降りた直後の民衆の目線はそれはもう異常なほど集中していた。まさかあんな大きな高い門の上から人が落ちてくるなど誰も思わないからだ。君の顔は青くなったり赤くなったり、色の変わる動物のよう。

「楽しかったかうにゃァァァア!?」

ニヤニヤと近付いてきたウィズを咄嗟に掴んで上下に揺する。それはもう必死に。ニャァニャァと爪を立てて抵抗しているが、そんな事は知った事じゃない。
怨念を込めて執拗に揺すった。
察したのか、悪かったニャと謝罪の言葉が聞こえたため君はウィズをそっと下ろす。フラフラしているが報いだと心で毒づいた。
ウィズは冷やかしに来ただけだったのか、これ以上は勘弁と言わんばかりに君が借りているという部屋へ戻って行った。
隣でこの戯れを微笑ましく眺めていたラギトがついに耐えきれなくなったのか吹き出した。気づいた君は少し居た堪れなくなり、余り笑わないでと罰が悪そうに口を尖らせた。
遅れて降ってきた帽子を取り乱す様子もなく取ったラギトは、にやけた顔を抑えようと被り直して君に次を促す。

「さぁ、行こうか」

城下町に匹敵するほどの店の並び。王が鎮座しているでもないのに主だった事件が起きないのは、かのアフリト翁のおかげかもしくはその者の支配か。そして夢見ざる者達がこれだけいるのだという事を改めて思い知らされる。
君の名を呼ぶ声が聞こえ声の方へ顔を向けると、ラギトが大通りより少し外れた路地に入った所で手招きをしていた。いつの間にあんな所に、と思ったが彼にとってはここは庭のようなものなのだろう。自分1人では確実に迷子だ。
慌てて駆け寄るとまた彼が少し笑う。今日は彼がよく笑うなと君は感じた。だがここで伝えて強張らせても後がよろしくないというのは色んな経験が告げている。思いはしたが黙っておく事にした。

「ここだ。看板は無いが骨董品などが沢山ある。ここでは価値は無いが、あんたが読めるようなやつもあるかもしれない」

なるほど。安く貰えるものは貰えということか。
カラカラと乾いた鈴の音を鳴らし店の扉を開ける。中には珍しく若い男の店主が座って骨董品を磨いていた。音が鳴ったこちらを見やると優しい笑顔でいらっしゃいと告げる。今日は本当に沢山の笑顔を見ている気がするなと君は感じた。
夢を持たない人々で構成された街のはずなのに、何故こんなに活気あふれるのだろうか。

「何故か、気になるか」

心を読まれドキリとして横を見ると、少し離れて物を見ていたラギトがすぐ隣に並んでいた。
少し、とそう横目に呟くと彼がまた笑う。窓から見える人通りを見ながら彼が話し始めた。

「夢を持たない、捨てたのは、自分に一握りでも負担があったからだ。それが意識的でも無意識的でも。技量や力や権力や……そういうものがな。そしてその夢を持つ事をやめた途端どうなると思う。そう、軽くなる。色々な事が。夢を失くしたと悲観する者も確かにいるだろうが、そんな人はここにはいられないしな。不安とも同一になっていたそれがなくなれば人は大抵明るくなる。だからここの人達は明るい。夢を捨てたから。ただ

ラギトは君が見ていた分厚い本を手に取りパラパラと捲る。読めないな、とそう呟いて君に寄越した。君がその本を読んでいる中、彼は続きを語り出す。

「夢を持てなくなった。だから我武者羅に働く。歩く。寝る。恋も夢だ。未来を語るのも夢だ。だから考えられない。考えればもう悪夢だ。けれどだからこそ俺たちは生きる。笑い合うのは夢じゃない。喧嘩をするのも夢じゃない。現在だからだ」

淡々としかし力強く、ラギトは君に自信を持って語った。経験もあるのだろう、その言葉は君を確かに頷かせるのに充分だった。

「所で読めるか、その本は」

大体は。所々違う言葉があるけど。そう言うと彼は君からその本を奪うように店主の元へ持って行った。呆気に取られている中何やら話が二言三言あったようで、笑みを崩さない店主を見るにラギトが買い取ったのだろう。慌ててこの世界の金を出して走り出すとラギトはこちらに視線だけ寄越して店の扉を開けた。

してやったりな笑みをたたえて。

払うよ、いくらだった。
急いで出た弾みでよろけるが、ラギトに支えられ事無きを得る。人通りは先ほどより静かになったが、通り行く人々の数は同じぐらいだ。

「ほぼタダだった。だから必要ない」

でも、と君は食い下がったが、手で制されそれは叶わない。なんとかして懐にでも忍ばせてやりたい所だが、最強と謳われたメアレスにそんな小細工が通用するとは到底思えない。
仕方ないと諦めを込めてため息をついた。

「さぁ、付き合ってくれた礼をしよう。いい店があるから来てくれ」

少し忘れかけていたその礼を思い出し、今度こそそこで帳消しにしようと君は1人意気込んだ。

「俺からの礼だからな」

釘を刺された気分だ。またしてやったりな笑みが見え、今日は完全に遊ばれているのだと今更に気付く。
楽しそうだね本当に。そう言えば彼は躊躇する事なく肯定した。
骨董品屋、大通りから外れた裏通りで空を見てもまだまだ暗くなりそうもない。大丈夫、ゆっくりできそうだ。

「通りに出たらまた面倒だろう。裏から行く。付いて来てくれ」

今度はゆっくり、隣に並んで歩いてくれるようだ。先ほどはこちらがフラフラしていた落ち度があるというのに、彼はよほど周りを見ているのだろう。
昔の事、君の事、ウィズの事。他愛ないようで大事な話を交わしながら、君とラギトは目的の場所へと歩いて行った。

「ここだ。俺のオススメというかここぐらいしかないがな」

骨董品屋と同じような静かな裏通りにまた1つポツンと存在している。軽食や飲み物が陳列されている落ち着いた店のようだ。今は客が来ない時間帯のようで、店員はお好きな席にと促してくれる。君とラギトは通りが見える窓側に座り、ある程度決めていたメニューを店員に伝えた。
完成された食事が届きカタカタと置かれていく食器の音が響く中、彼はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「メアレスになる気はないのか」

唐突だが、いつかは誰かに言われるだろうと思っていた言葉だった。
届いた紅茶を啜りつつこちらを見つめる彼が、少しの期待と半分以上の諦めた意味を込めた目をしている事に君は気づく。
分かって聞いてるよね。
そう伝えれば彼は肩を竦める。君も届いた飲み物を啜りケーキを頬張った。口の中に甘さが沢山に広まる。

「そうだな。戦力的にもそうだが、……

珍しく言葉を考えているようだ。君は気付かないフリをしてケーキを食べる。おそらくは、彼は。ごくりと口の中のケーキを飲み込み、窓の外を見ながら呟いた。
友達で、仲間だよ、いつまでも。
今度は彼が驚く番。目を少し瞬かせて呆気に取られているようだ。
してやったり、な笑みは今度はこちらから。美味しいね、これ。何事もなかったかのように言うと彼は肩を少し震わせ、あぁそうだろう、と頷いた。

「それにしてもよく食べる。俺の方のケーキもどうだ」

差し出されたケーキは君とは正反対の黒のチョコレートケーキ。彼らしい色に君は内心苦笑いして、いいよ、それは自分で食べてと言った。
そうしてまた他愛ない会話をしていると、何やら外が騒がしい。人通りの少ないはずの裏通りに人が数人走り抜けていく。そして途中メアレス数人を見かけ、挙句は見知った少女が。
ミリィ、と声をかけると彼女は顔を輝かせ瞬時に引き締めた。

「あ!魔法使いさん、ラギトさん、こんにちは!ってそれどころじゃなくて!」

「出たか?」

「あっちっす!」

ミリィが指を指す方向を見つめると確かにいるのだろう。ラギトはつい先ほどまでの穏やかな顔を一変させた。
ケーキを食べ終え席を立ち上がったラギトが窓を見やる。他のメアレス達が足止めをしているが、とどめを刺せるのはどうやら上位のメアレス達ぐらいのようだ。そしてロストメアの数が多く、捌き切れるのもラギト達のようなメアレスなのだろう。
彼の右腕から黒煙が上がり始める。そろそろ駆り出すのだろう。

「魔法使い」

カードを取り出していた君を見、ラギトが名を呼ぶ。おいあれ最近噂の魔法使いじゃないか!まじかよ!そんな歓声が飛び交う中、彼の声だけはしっかりと聞こえている。

「今日は楽しかった。また暇な時はよろしく頼む」

なんだそんな事、いつでも暇だよ。
しっかりと答えると彼はまた、力強く笑って頷いた。店員に釣りのいらない会計を済ませると、ラギトは完全に<夢魔装>へと形態を変えた。<夢魔装>もいるのかよ!スゲェ!とさながら観客のような声を聞きながら走り出した。

「いいコンビじゃないっすかあの2人」



ロストメアとの戦闘が始まる時、黄昏時がもうすぐ終わろうとしていた。