ロクス・ソルスに来て早数日、この仮住いの生活にも慣れたようで、君は少しの夜更かしのお供にと骨董品屋で買った魔道書を解読していた。蝋燭が灯す明かりを頼りに筆を縦横無尽に動かす。師匠であるウィズといえば、夜型の猫の習性か今なお散歩から帰ってきていない。
出ていった窓はそのままでという去り際の一言を残して行ったのは記憶に新しく、君は窓をついと見て止まっていた筆をまた再開させた。
ここは、そうか火の魔法。こっちは光。もう私物なのだからと書き込み印を付ける。
しばらく没頭していると、コンコンと窓から音が聞こえた。筆を置き、閉めた記憶はないはずだと思い近付くと蝶々が一匹舞ってくる。見覚えがあったこの紫に光る蝶。
「元気か、魔法使い」
暗がりでも分かる声。ラギトだった。こんな夜更けにどうしたの。君が不思議と尋ねつつ彼の姿を上から下まで見ると、砂やら埃やらが目立つように感じる。夢魔装の形態でも驚いたが、また派手に戦闘でもしたのだろうか。
「そんな所だ。少々派手にやってしまってな。取り逃がしがあったような気がしたからついで来てみた」
そんなに。嬉しいけれど早く探しに行って。門へ向かっているとしたらこんな悠長な事をするはずがないが、ここで会話しているという事なら、ロストメアはもういないのだろう。
ふと窓から上半身を突き出し、君の部屋を一瞥したラギト。机に置いていた魔道書を見つけて嬉しそうに君を見やる。
「使ってくれているか」
それなりに。君がくれたものだし。
「そう言ってくれると買った甲斐がある。…価値のないものなどないはずだからな」
それに関しては、自分の世界でも価値観は同じぐらいだ。ただの石ころでもただの紙切れでも、時には大事な証拠となったり媒体となったりする。感慨深く、うんと頷いた。
そこは寒いよ。中に入る?と尋ねると彼は静かに首を横に振って否定した。
「悪いな。顔が見たかっただけだ。それに言っただろ、病気は1度もした事がない」
言いつつ窓から手を離し立ち上がる。夜風が君に当たり鼻がムズムズしたが、彼はなんともないようで不思議そうにこちらを見ている。
「じゃあな魔法使い、また明日か」
うん。たぶん。おやすみ。
「…あぁ、おやすみ。良い夢を」
屋根伝いに軽い躍動。彼が着地していった跡に小さな蝶が舞う。暗がりでも分かるその足跡が見えなくなるまで、君はずっと見つめていた。
直後に窓を閉めてしまい翌日ウィズに怒られるのを、君はまだ知る由もない。
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