荒木 篠
2015-03-23 20:59:27
3885文字
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エスカレーターから始まる恋


土曜日の繁華街は人で溢れている。
先程までいた商業施設もいくつかのイベントが重なりいつもの何倍もの人が訪れていた。
エレンは数人の友人と商業施設内にある屋内型テーマパークを訪れていたがあまりの人の多さに我慢ならず、友人達と別れ一人帰路に向かった。
地下通路を黙々と歩く。
人が多過ぎて自分のペースで歩けないのは何ともイライラさせられる。
いつもよりゆっくりとした足取りで通路の端に到着した。
後はエスカレーターを上り地上に出て駅に向かう。
下から見上げたエスカレーターはとても長い。
ここは三台のエスカレーターがあり左端が下り、右端が上り、真ん中は時間帯によって変わる。今は下りだ。
エレンは右端の上りの列に並ぶと進みの遅い列に思わず溜息が出た。

今日は父さんと母さんが法事でいないから夜まで遊ぶつもりだっのに人が多過ぎるのは苦手だ。何だか息苦しく感じる。
ようやくエスカレーターに乗り、左側の手すりに掴まったエレンは肘をつき身体も預ける。
自然と視線は下りエスカレーターに向けられた。
人と人の隙間から新たに乗って来る人を見る。
此処からだと遠すぎてハッキリとは見えないが、男か女かぐらいは解る。
暇つぶしに二分の一の確率を言い当ててみる。
次は女、しっ当たり!
女、ハズレ。
男、ハズレ!
男、ハズレ!
クソっ女、やった当たり。
じゃあ男、当たり!
ゆっくりと上り続けるエスカレーターにだんだんとやって来る人の顔の輪郭も解るようになった。
次は男、当たやべ!
モロに目が合ってしまった。
慌てて視線を外す。
ずいぶんと鋭い視線の男だった。
スーツを着てたからサラリーマン?
もう一度人の隙間から窺う。
ドキリとした。
その男はまだ此方を見ていた。
男とエレンの視線が絡む。
視線を外す事が出来ないまま、カチリと何かが符合する音が頭の中で響いた。
少しずつ少しずつ男に近づいていくエスカレーターの動きに心臓が早鐘を打ち出す。
男の姿がはっきりと確認出来た。
端正な顔立ちの小柄な男鋭利な刃物のような眼差しは威圧感が半端ない。
そんな男に見つめられ金縛りにあったように動けない。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
捕食されるのを唯黙って待つだけの存在に成り果てている自分。
怖かった色々なモノを根こそぎ持っていかれるような感覚が。
恐ろしかったそんな状態に高揚している自分が。
もう少しあと少しで手が届く距離になる。
男のブルーグレーの瞳が、海の底のような瞳が、エレンだけを見つめている。
ああとうとう真横に並ぶ。
その時だった。
今まで微動だにしなかった男の腕が動いた。
男の手がエレンの胸倉を掴み男の方へと引き寄せたのだ。
手すりの先に身を乗り出してしまったエレンの唇に男の唇が重なる。
それは一瞬の出来事だった。
瞬き一回分の僅かな触れ合い。
気が付いた時には男の手は離されていて、男との距離がどんどん開いていく。
エレンは手すりに掴まり崩れてしまいそうな身体を何とか支えた。
ドッドッと激しく打つ鼓動に、沸騰したような身体の熱に、何も考えられなくなる。
あれ程長かったエスカレーターが地上に到着し、エレンはふらつきながらエスカレーターと階段の間の壁に凭れかかった。
一体何が起こったのか混乱する頭で考えようとするが脳は唇の感触ばかりを反芻している。
考える事を放棄してエレンは上りのエスカレーターを見つめた。
もしかしたら男が追いかけ来るのではないかそんな気がしたから。
だが男の姿は何処にもない。
当たり前か
何故か落胆している自分に驚くあんなコト、されたのに。
第一追いかけて来られても困るじゃないか
だいぶ落ち着きを取り戻したエレンは、そろそろ行こうかと壁から身体を離したと、同時に腕を掴まれる。
先程の男が少し息を切らしてエレンの腕を掴んでいた。
えっ⁉︎どうしてあっ、階段から?あの長い階段を駆け上がって来たのか
「あの……
何を話していいかもわからずエレンは口ごもる。
ああ、そうだ聞かないと。
「どうしてあんな事
それ以上は言葉が続かなかったが、男には伝わったようだった。
「確認するためだ。」
「確認何を?」
「命令に従うべきかどうかを。」
理解不能となったエレンに今度は男が質問する。
「お前はどうなんだ?何故怒らな?」
怒る?そういえば怒りなど湧いてこなかった。
冷静に考えれば殴ってもいい事をされたのに。
怒りも嫌悪感も湧いてこないなんて
「どうやら思い当たるらしいな。知りたくないか?どうしてそうなるのか。答えが欲しいならついて来い。」
男はエレンの腕を離すとさっさと歩き出してしまう。
答え……
エレンは男が人混みに消えてしまう前に一歩を踏み出した。

***

リヴァイは通常なら休みの筈の土曜日に仕事で呼び出され、半日拘束され、尚且つ所用で繁華街に行くはめになり、しかもあまりの人の多さにイライラがピークに差し掛かっていた。
用事が済み、そういえばこの街にはパスポート申請の施設があった筈だと、ついその商業施設に向かってしまったが、その判断に後悔したのは言うまでもない。
繁華街は人で溢れていた。
自分のペースで歩けないのは何ともストレスが溜まる。
施設まではあと少し。
目の前のエスカレーターを下りて地下通路を進めば辿り着く。
査証欄の手続きなど、この街でやらなかくても良かったのだ。だが此処まで来て引き返すのも癪に障る。
クソっ、それにしても人が多過ぎる。
ようやくエスカレーター前に辿り着く。
下りエスカレーターは右と真ん中の二つ。
真ん中の方が若干空いていたため、そちらに進んだ。
リヴァイは手すりに掴まる事なく仁王立ちすると、視線を左下に向けた。
下から向かって来る何かを感じたからだ。
それは人の視線だった。
金色の瞳。
視力が2.0以上あるリヴァイには難なく確認出来た。
すぐに逸らされてしまったが、リヴァイはその人物から目を離さなかった。
頭の中に命令が下ったから。
『そいつを手に入れ支配しろ』

リヴァイは子供の頃から頭の中に色々な命令が届いた。
それは主に危険察知が多かったが、大人になると仕事絡みな内容も増えた。
『その方向に行くな』『明日の予定は変えろ』『その飛行機には乗るな』『その取り引きには裏がある』『その会社はもたない』リヴァイは命令に背いた事はない。
結果はすぐにわかったからだ。
そのまま進めば事故に巻き込まれていたり、飛行機が墜落していたり、会社が潰れたりと。
何度も命を救われ、仕事の不利益も回避出来たのだ。
だが今回の命令は今までとは違う。
命に関わるとも、仕事の不利益の回避に繋がるとも思えない。
もっと個人的な事、のようだ。
どうするか命令に背いた事はない。だが
その時リヴァイが見つめ続けた視線が絡む。
金色の琥珀のその瞳がリヴァイを映している筈だ。
頭の中にもう一度命令が下った。
『そいつを奪え』と。

ひょろりとした若い男。
顔の造りの割に大きな目が印象的な整った顔立ち。
身長は恐らく自分より高いだろう今時の若者だ。
何故目が離せないのか。
何もかも全て鷲掴みされたような感覚。
奪う前に奪われていく。
この自分が捕食される側の気分を味わうとはクソ可笑しい。
どんどん男との距離が近づく。
赤く色づいた唇が目に入った途端、触れたいという欲求が湧き上がった。
確かめよう。
このまま命令に従うべきかを。
触れた先、自分がどうなるのかを。
リヴァイは男と並んだ瞬間、手を伸ばし男の胸倉を掴むと、欲求の赴くまま唇を重ねた。
そしてすぐ手を離し何事もなかったかのように前を向く。
触れた唇は少しかさついていた。
確かめてわかった事は
あんなもんじゃ足りねぇ。
触れるだけじゃなく、貪り尽くしたい。
組み敷いて奪い、男の全てを支配したいという激しい情欲。
今まで誰にも抱いた事のない欲望。
頭の中だけでなく全身がアイツが欲しいと訴え命令してくる。
リヴァイは残り僅かのエスカレーターを駆け下りると、壁一つ挟んだ隣にある階段を駆け上がった。
あの人混みに紛れられたら、見つけられないかもしれない。
焦りが息を乱す。
地上の光が見え始め喧騒が大きくなってきた。
階段を上り切り、急いでエスカレーター口に行くとそこには壁に凭れかかった男がいた。
男はエスカレーターの上りをジッと見つめていて此方に気が付いていない。
ふっと息を吐いた後、壁から身体を離そうとした瞬間、腕を掴んだ。
驚いて此方を見た男の唇が躊躇いがちに、あの、と紡いだ。
少し高めのその声音が心地よく響く。
「どうしてあんな事
続いて出された言葉にリヴァイはすぐに答えた。
「確認するためだ。」
「確認何を?」
「命令に従うべきかどうかを。」
理解不能と顔に出した男こいつはすぐに顔に出るらしい。
「お前はどうなんだ?何故怒らな?」
見ず知らずの男にキスされ、怒りを露わにするでもなく、文句を言うでもなく、普通に接しているその意味するところは
「どうやら思い当たるらしいな。知りたくないか?どうしてそうなるのか。答えが欲しいならついて来い。」
リヴァイは男の腕を離すと、そのまま歩みを進めた。
確信があった訳じゃねぇがきっとついて来るだろう、と。
人混みに隠れてしまう前に後を追って来た男の姿を確認し、リヴァイは薄らと嗤った。