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志良(シイラ)
2024-01-03 23:36:40
1144文字
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ゲ謎。死ネタネタバレ注意
有料配布予定のほんの一部
『見えるのじゃ、見えないものが見えるのじゃ』
それは誰の言葉だっただろうか。
『この先、地獄が待っておる』
今はもう思い出せない、遠い声。
昏い中を列車が走り抜けていく。ガタン、ゴトンと規則正しく音を立てて揺れる車内は、シンと静かで冷えていた。
少し前まで、あんなにも蝉の声を聴いたはずなのに。
「ああ
……
やっと帰れる」
背広の男は身体を揺らすリズムに誘われるように、煙草を燻らせながらゆっくりと目を閉じた。
――
ああ、惨状の音が聞こえる。あの地獄を象徴する声がする。
『お国のため、銃後の家族の守りのため
……
』
『俺は兵団長閣下にお前たちの玉砕を報告する
……
』
なんてひどい夢だ。あの時のツケを己も払えたのだろうか。
『殺せ
……
! 殺せ
……
! 誰か俺を殺せ
……
!』
あまりの地獄から戻った今も、あの声が耳に沁みついて、ジクジクと痛む。
「ここは貴方が乗っていい列車じゃありませんよ」
静かな列車に釣り合った静かな声だ。
落ち着いた男がハッと目を開けると茶髪の少年が通路に佇んでいた。
少年は帽子を深く被っており、目元は見えない。
「早く降りた方がいいですよ。それとも、ここで諦めますか?」
少年の声の一部にノイズがかかり、聞き取ることは叶わなかった。
「おい、待て
――
」
踵を返す少年の姿が誰かに似ているような気がした。
「確かに伝えましたからね」
カランコロンと下駄の音をさせて、少年は去っていった。
その音は石畳を打つ音を、確かに聞いたことがある。
「ああ、そうだ。まだ俺は終わっちゃいない」
戦場の怒号はもう聞こえない。
代わりに響くのは、確かに脈打つ胸の鼓動と、女性のすすり泣く声。
手に力を籠めると、手斧の柄が掌に収まる。
足に力を込めて立ち上がる。今の彼には自分に憑いていた者たちがはっきりと見えた。
己の背に視線を向ける戦友たちに手を振り別れを告げて、水木は歩き出した。
一歩足を踏み出すごとに、身体が軋むように痛い。
「諦める?」
だけど、このぐらい何ともないと自分に言い聞かせる。
その姿はまるで自問自答のようだった。
「嫌だね」
妖樹血桜の枝に囚われたゲゲ郎が笑うのを、水木は確かに見た。
だから、この足はどこまでも進んでいける。
「ワシは諦めが悪いんじゃ」
そうだ。その通りだ。水木は身体を動かす苦痛に耐えながら唇で弧を描く。
「そして、それは
――
」
カンッと斧が岩肌を叩いた。水木は自らの足で歩きだした。
相棒の同胞を虐げ、血を啜り笑う者。自らの血族さえも足蹴にし、富を得ようとする虚栄の塊。
「ワシの相棒もな!」
あの邪悪こそ、水木が今まで憎んでいたカタチだ。
今この時だけが諦めの悪い男にとって、世界の全てだった。
他のことはもう考えられなかった。
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