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乙麻呂
2022-12-28 21:26:39
5301文字
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偃月ノ槐 番外⑤
妓楼パロで、リクエスト頂いた『金を湯水のように使う風信』です。湯水のように……………?
多分イメージとは違うかと思いますが、総額はえらいことになってます。
変な客に絡まれる慕情を助ける風信が書きたかったんです!!
リクエストありがとうございました。
こう何度も通っていれば、外界から切り取られた街の大まかな配置くらいは頭に入る。
大門
入り口
を過ぎて最初の通りに差し掛かった時、風信はふと思い立った。
「そうだ、団子でも買って行くか」
「茶屋でもあるんですか?」
付いて来ていた南風が意外そうに首を傾げる。
風信は真顔で言った。
「娼妓を買うのに、まずは茶を飲むのが本来の妓楼遊びらしい」
「ハァ
………
?」
南風は不可解げに顔を歪める。
「つまり、茶を買ったら甘味の代わりに妓女が出てくるんですか?悪趣味ですね」
「いや
……………
もう少しまともだったような
………
」
所詮、風信も妓楼の基本的な知識はうろ覚えだ。
二人で顔を見合わせた所で正解など分かりはしない。
そんな二人に、熱の篭った視線が向けられた。
「あら、お兄さん達珍しい。ねぇ、私の見世に来て下さらない?たっぷり
奉仕
さーびす
しちゃうわよ」
「
…………
っっ!!」
「結構だ!!」
通りをしゃなりと歩いていた妓女に色目を向けられ、二人は慌てて茶屋に入った。
茶屋は、単純に言うなら“二階建ての平家”だ。一階はわりと普通の茶屋で、妓女と客が一緒に談笑していたり、客同士世間話をしていたりする。
ただ、二階からはギシギシと言う音や鼻についた声が聞こえて来たりして、やはりここは花街なのだと思わせる。
密談も多く、活気に溢れた店内は同時に陰気をはらんでいる。
しかし、娼妓にとっては唯一の憩いの場でもあるようで、妓女の表情はどこか柔らかい。
「これは、武官様。本日はどのような娘がご希望で?」
「俺が買いたいのは女じゃ無くて団子だ!!」
ぬっと現れた爺さんみたいな店主に、風信は慌てて大声で吐き捨てた。
「はぁ
…………
?」
店主が“なんだこの妓楼遊びも知らないヒヨッコは”とでも言いたげな顔をする。
風信は咳払いし、改まって言った。
「馴染みの妓楼への手土産だ。一番上等な団子を頼む」
背後で、南風が“こんな場所の団子に上等なんてあるんですか?”と目線で訴えて来る。勿論風信だって知らない。
「
…………
団子ですね。お待ちを」
店主は何か言いたそうに眉をぴくりとさせたが、見栄を張ろうとする若造の相手など慣れているのだろう。
何も言わずに希望の品を取りに言った。
「
………………
クソ」
風信は誤魔化すように厳しい顔で腕を組んでそれを待つ。
周囲で、妓女がクスクスと笑う気配がする。
娼妓も案外昼間は暇人なのか?と思ったが、新造を伴っている妓女もいる。
と言う事は、仕事の場でもあるのだろう。
意図的に媚びる甘い声に、首筋のあたりがゾワリとした。
見ていると、妓女は客を迎えに来たようだった。
「お待たせ致しました。さぁ、参りましょう」などと客の腕に抱きつく妓女を見ながら、『槐』はいつも偉そうに部屋で待ってるよな。アイツは確かに『来るなら勝手に来い』と言う
性質
タイプ
だよな、などと考え
………
「旦那様、此処ではお止め下さい」
淡白な、でもどこか苛立った低音に勢い良く振り返った。
南風も即座に反応し、目を見開く。
人がひしめく茶屋の中でも、頭一つ
…
いや女の中では頭二つは飛び抜けた娼妓が、客らしい男に手を掴まれていた。
側には新造である少年も立っており、睨むのを堪えるような無表情を浮かべている。
「ええい、どこで抱こうが勝手だろう!お高くとまりやがって!!」
客は酔っているのか、顔が真っ赤だ。
どうやら、客は娼妓を上階に連れて行きたいようで、階段に引っ張ろうとしていた。
普通の
妓女
おんな
ならば力づくで連れて行かれていたのだろうが、相手の娼妓も男だ。しかも、客より上背があり、そう簡単に引き摺られはしない。
かと言って振り払うわけにもいかず、心底面倒臭そうに淡々と言う。
「ですから、こう言う事は見世を通して頂かないと
………
」
「いいか、お前みたいな野郎は、買って貰えるだけありがたいと思え!!どうせ客が付かない日は妓楼の外で身売りしてるんだろうが?」
娼妓の
………
慕情の目が昏くなる。
しかし、風信に「アイツ怒ってるな」と客観的に分析する余裕は無かった。
慕情の側で口出しを堪える扶揺も、そろそろ我慢の限界だと言う顔をしていた。
と、不意に扶揺の目がやって来る風信と南風を捉えた。
人混みの中慕情が目立つと言う事は、同じ上背の風信も目立つと言う事だ。
扶揺は目を丸くすると、ほんの僅かに笑みを浮かべた気がした。
慕情そっくりの、企むような笑みを。
「御大臣様!」
「は?」
扶揺の呼びかけに、風信は怪訝な表情を浮かべる。
慕情とその客も振り向き
…
いやそれ所か茶屋中の目が風信に集まった。
目の色まで変わったのは気のせいだろうか。
異様な視線にたじろぐ風信と南風を見据え、扶揺はにこりと笑みを浮かべると、綺麗な仕草で拱手をした。
「これは御大臣様、こちらからお迎えする所を失礼致しました」
「あ
……
いや
……………
何事だ?」
お前らが出迎えた事なんて無いだろう?と喉から出かかるが、何とかそれを呑み込む。
風信は表情を引き締め、なるべく威厳のある声色で問いかけた。
それに即座に答えるのは扶揺だ。
「はい。御大臣様とお会い出来るのが楽しみで早くから茶屋でお待ちしておりました所、こちらの方が『槐』大哥を個人的に過ごしたいと」
「御大臣様?こんな若造がか?」
慕情の腕を掴んだまま、男がジロジロと風信を見る。
上等な着物には濃い色の佩玉が揺れており、それなりの地位の人間だと分かる。
しかし、それはあくまで町民としての地位だ。
風信は腰帯にぶら下げた佩玉を見せ付けようと
…………
「ゴホン。自重して下さい」
南風の咳払いに、風信は手を引っ込めてムスッとする。
「若造なのは否定しないが、見た目で判断しない事だな」
男は風信の威圧感にやや気圧されながらも、ハッと笑った。
「成る程、良いとこの御曹司が女遊びに飽きて男を抱きに来たのか?顔だけは良いもんなぁ。コイツは。でも残念、今日は俺のおしゃくをするんだよ。勿論“こっち”のな」
酔っているとは言え、下品な仕草をする男を慕情が冷たい目で見やる。
周囲の妓女達の視線も、風信に向ける物とは真逆だ。
「
………………
残念ながら、先約がありますので」
慕情がにこりともせずに言うが、男は掴んだ手を離すどころか慕情の肩を抱き寄せた。
「なぁ、“御大臣”って何だ?」
扶揺に、こそりと南風が問いかける。扶揺は笑みを残したまま低く言った。
「妓楼で金払いの良い奴」
つまりは“金づる”だ。それを察して南風は何とも言えない顔をする。
そんな侍従の会話など気にも留めず、男は慕情に顔を寄せてせせら笑う。
「お前は金を積む奴を優先するんだよなぁ?金を積んで欲しけりゃ、まずは媚びて見せろよ。え?顔が多少良かろうが、どうせ妓女の半分も稼げないんだろう?“男だけど、体を買って下さい”って頼む立場だろ?あんな若造を“御大臣様”なんて持ち上げて媚びるくらいだもんなぁ?だったら、俺のち
………………
」
「おい、ここで一番高いのって何だ?」
「
…
んこをしゃぶった方が
………
何だお前は!?」
男の手を跳ね除け、慕情の肩を別の手が抱き寄せた。
邪魔をされた男が目を剥くが、風信は構わず慕情に向けて言った。
「どうやったらお前が稼げるんだ?」
「どうって
……………
」
男の戯言を無表情に聞き流していた慕情は、思わずポカンとする。
娼妓の基本的な値段は、妓楼の格と娼妓の格によって決まる。それに新造の数や相手をする時間、過ごし方、あらゆる要素が加わってまとまった金額となる。
慕情は
………
『槐』は、そう言う意味では花街でもほんの一握りの上級娼妓なので、茶を飲むだけでも並の妓女の何倍もかかる。
床を共にするなら尚更だ。
しかし、『槐』は男なので、妓女に比べれば圧倒的に装飾や化粧に金はかからない。
座敷を華やかに彩るような趣向も、芸を見せる余興もしない。
そう言う意味では、“同格の妓女と比べれば”稼ぐ機会も値段もずっと少ない。
最上級の妓女は、国が傾く程の金が動く事もあると言う。
『槐』は
……
男娼はどう頑張った所で、『傾国』には成れないのだ。
だからどうだと言う話である。
慕情は一度たりともそんな薄寒い存在になりたいと思った事は無いし、妓女に対抗する気も無い。
娼妓としての尊厳が無いわけでは無いが、花街の中心になるなど願い下げだ。国など滅んでしまえと思った事は無くも無いが、自分が国をどうこうしようなどとは思わない。
風信もそれが分からない筈は無いだろう。
しかし、風信の真摯な表情にあるのは情欲でも欲望でも無く、慕情を男娼として軽視し嘲笑う男に一矢報いたい怒りと悔しさだ。
慕情がとうに捨て去った
………
本来慕情が感じるべき感情だ。
慕情は笑い捨てる事も出来ず、真面目に考えてしまう。
娼妓が一番稼ぐとすれば、身柄を丸ごと買い取って貰う“身受け”だろう。
しかし、それはあまりに現実的では無い。
「そうだな
…………………
まぁ、派手な宴会でも開けば
……………
」
言うと、風信はパァと表情を輝かせた。
「ああ、成る程!確かにあれは派手だったな」
そう言えば風信が花街に訪れたきっかけは、金と権力のある武人達が“風信の初陣と武勲を讃える”名目で馬鹿騒ぎをしに来た事だった。
慕情の妓楼にまでその賑やかな声が聞こえてきたのだから、その規模は生半可では無い。何人もの妓女を宴会に呼ぶだけでも相当の金が動くのに、格式の高い妓楼でそれをするなどどれだけの権力と金を持て余しているのか。
「ちなみに、ここ数年花街で一番の催しは
………
」
扶揺がこそりと風信に耳打ちする。
風信がにまりとした。
「おい、店主」
「は
……
」
怪訝にこちらを伺っていた茶屋の店主が眉を上げる。風信は今度こそ腰の佩玉を見せ、言った。
「花街で一番の美食と酒を用意しろ。そこの妓女達にも振る舞ってやれ」
果たして、その佩玉を見た花街の外を知る人間の顔色が変わった。
慕情の側で侮蔑を浮かべていた男も青褪める。
「そ、その半月の紋は
………
!」
「あーもう、だから自重しろと
……
」
南風が側で頭を抱えて嘆息するが、その口元はどこか面白がるようだった。
「た、た
………
只今!!!最高の座敷をご用意致します。おい、妓楼に報らせろ。それから料理人を呼び寄せろ!」
「はい!」
店主が慌てて指示を飛ばし、丁稚やあ男衆が駆け出す。
妓女も、宴会の主役をもてなそうと背筋を伸ばした。
一気に騒がしくなった茶屋に、風信が頭を掻く。
茶屋にいた他の客は皆、今日は妓女の興味は自分には無いとばかりにそそくさと帰って行く。
妓女達は、目の色を変えて期待と欲に満ちた目で風信を見つめた。
それを見ながら慕情が呟く。
「お前
…………
酒池肉林でもする気か?」
「は?」
風信が答える前に、方々から妓女の白い手が伸びた。
「御大臣様、どうぞこちらへ」
「私の大姐こそこの花街で一番の妓女ですわ」
「こちらにいらして下さったら桃源郷をお見せ致します」
その手を避けながら風信は慌てて叫ぶ。
「いい、いい!女はいらないから勝手に飲んで食ってろ!!俺はコイツだけ居れば良い!!」
風信の手は、守ってくれと言わんばかりに慕情を抱き寄せる。妓女との障壁扱いに慕情は眉を寄せるが、まぁ良いかと結論づけた。
妓女を遠ざけ、風信はふと立ち尽くす男を見つけた。
男は悔しさと驚きが入り混じった顔で風信を凝視している。
風信はふんと小さく笑った。
「お前にコイツは不相応だ。コイツは俺の物だと頭に刻んで、二度と手を出すな」
「へぇ」
扶揺がにまりとし、慕情が微かに頬を赤く染めて吐き捨てる。
「娼妓に向かって何を言ってるんだ?お前は」
「うるさい」
「まぁ、仕方ない。
……………
妓女など並べ立てなくとも、満足させてみせますよ、旦那様」
嘆息すると、慕情は艶やかに微笑んで風信の首に腕を回した。
その表情と仕草の色香に、男はハッとした表情になるが、既に風信と慕情は男を振り返りもしない。
「ああ、そうだ。扶揺」
ふと、風信が扶揺を振り向いた。
「は、はい?」
唖然としていた扶揺は慌てて風信を見る。
風信は頬を掻きながら言った。
「店主から、団子を受け取っておいてくれ。一緒に食べるだろう?」
「お前なぁ、団子どころか食べきれない程の料理が列を成してくるぞ?」
嘆息しつつも、慕情はおかしげに喉を震わせて笑い、扶揺に「行ってきてやれ」と手で合図する。
扶揺もつられて笑った。
「只今。御大臣様」
その日、花街の妓女全てに美食と酒が振る舞われ、花街は街全体がお祭り騒ぎとなった。
しかし、その客はたった一人の男娼と新造のみを側に寄せ、座敷からは楽しげな声だけがいつまでも聞こえて来たと言う。
それは、後に花街に《夢の一夜》として娼妓の間で語り継がれ、南陽の呼び名と相まって風信を崇拝する妓女がまで現れるのだが、当人はまだそれを知らない。
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