Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
乙麻呂
2022-06-16 11:04:13
3993文字
Public
Clear cache
『南陽将軍と小さな信徒の話』
神様してる話を書きたいなーと思ってたらこうなりました。南陽将軍と信者のモブ少女の話です。雰囲気でお楽しみください。
何千と言う廟を持ち途方も無い数の“祈り”を受ける南陽将軍が、そのほんの微かな“声”に気付いたのは、ほんの偶然だった。
それは“廟”どころか“道観”ですら無い小さな祠で、人が一人入れる大きさしか無い。
ガタついた木製の供物台に、もはや何が書かれているかも分からない札。手彫りの人型かどうかも怪しい神像は、笑ってしまうような雑な造りだった。
しかし、備えられた果実は瑞々しく、年季は入っているがよく磨かれた金色の器には何本も線香が立てられている。
そして、その祠に掲げられているのは。
【南陽将軍】
初めて気付いた時には、こんな物でも機能するんだなと感心した。
しかし、考えてみれば、どんなに立派な廟も、神本人にお伺いを立てて建てたりはしない。
ここにこんな廟を建てますのでどうぞ宜しく、と言った挨拶はあるが、大抵神の意志に関係無く建設される。
功徳を得るのに必要なのは神像と線香と供物、そして何より信仰する心だ。
それが豪奢な廟だろうと、今にも崩れそうな石の祠だろうと、本質は変わらない。
そも、南陽将軍は自身の神殿に拘らない事でも有名な神だった。
雑な祀られ方をしている事に怒りを覚える事もなく、むしろ面白いなと思った。
豪奢な廟に、安易な願いを叫ぶ大して自分を信仰もしていない何万もの信者よりも、ガラクタを組み上げて作ったような祠の方が興味がそそられた。
何より、この場所は
……………
ほんの数里先には、寂れた村がある。
太子殿下が道観を構える、菩薺村だ。
何でこんな所に自分の社殿がと首を傾げたが、考えてみれば菩薺村が仙楽太子を祀っている訳でもない。神の方から勝手に祀られに行ったのだ。
菩薺村は長年、信仰する特定の神を持たなかった。
とは言え村人に信仰心がない訳では無く、村人は半日もかけて離れた寺社に参拝していた。
そんな中、何十年も前に、遠くの村から若い夫婦が移住してきた。
恋愛の末家を捨てて駆け落ちしてきた二人は、町での約束された暮らしを捨て、寒村で二人で在る事を選んだのだ。
その夫婦は、駆け落ち直前に南陽殿に参っており、御守りに南陽殿の護符を手にしていた。
南陽将軍当人はそんな小さな祈りなど聞いてもいなければ、利益を授けた覚えも無い。
そもそも、それこそ明光将軍の管轄だろう。
しかし、質素ながらも幸せな暮らしを掴んだ夫婦は生涯南陽将軍に感謝を捧げ、小さな祠を建ててささやかながらも線香と供物を欠かさなかった。
それは子ども達に受け継がれ、いつしか菩薺村の村人も訪れるようになった。
その参拝者の殆どが、遠出して廟へ赴く事が出来ない子どもや妊婦、高齢者だ。
だからその願いもありふれた物で、『明日は晴れますように』とか『友だちと仲直りできますように』とか『子宝に恵まれますように』とかそんな物ばかりだ。
到底気付きもしないような粗末な祠に
南陽将軍が気付いたのは、ある日『祈り』にとある別の神官の名前が上がったからだ。
それに気付いて以降、南陽将軍は菩薺観を訪れる度にその祠に寄るようになった。
と言っても、参拝者に南陽の姿が見える訳でない。
そして、祈りを叶えるわけでも。
南陽はただ玄真将軍が見たら「これは本当に人の形をしているのか?」と言いそうな大味な木像の側に胡座をかき、『祈り』にじっと耳を傾けるだけだ。
今日の参拝者は、少女だった。
幼いと言う程ではなく、しかし大人と呼ぶにはまだまだ夢を見ている年ごろである。
遣いの帰りなのか、側に籠を置いている。
少女は籠から立派な林檎を取り出して供え、裳(スカート)が地面に付くのも厭わずしゃがまこんだ。
「聞いて下さい、南陽将軍」
少女は三拝すると、神像を見上げてキラキラとした目で言った。
「昨日、道長が帰って来て、村中に林檎を配ってくれたんです」
南陽将軍は眉一つ動かさず、ただ口元を笑みともへの字ともつかない形にもごもごさせた。
村人には中々手が届かないだろう、艶やかな林檎だ。蜜もたっぷり入っている。
村中と言うからには、林檎は十個や二十個ではきかない数があった。
それを“道長”と一緒に背負って運んだのは“南陽殿の小神官”だ。
……
ネタバラシをするなら、鬼の討伐の際、その“道長”が立派な林檎の樹を勢いあまって法器の白綾で切り倒してしまったのだ。
大きな林檎が大量に降ってくる様は青褪める程であったが、なんとか避けた。
それを拾い集めるのは、鬼を退治するよりずっと時間がかかったが、まぁ、喜び感謝されるなら、悪い気もしない。
少女は続ける。
「ねぇ、南陽将軍。昨日は道長と一緒に、少花も村に帰ってきたの。恋人と他の町で暮らしてるんですって。私もそんな風になりたいな」
南陽将軍は緩みかけていた眉を吊り上げた。
ここの村人
………
特に若い女の多くは『たまに訪れて道観や村の雑用を手伝ってくれる心優しく美しい少年』通称“小花”に一度は熱をあげる。
南陽将軍は恋愛関連の願いなど叶えはしないし聞きたくも無いが、その恋だけは潰す方向で動かなくも無い。
しかし、肝心の“小花”が、南陽将軍などより余程上手く、かつバッサリとその想いを切り捨てているらしいので、今は完全に傍観している。
そんな事を知っているのも、少女達がわざわざここに『告白します上手くいきますように』と願掛けをし、『断られました』と報告までするからだ。
言いに来なくて良い、と言ってやりたい。
………
あんなに殿下以外を屑としか見ていない奴が、建前でも人にまともに接し、南陽には手に負えないくらいに柔らかい少女の心を傷付けずに断る芸当が出来る事に、酷く驚嘆したものだ。
今は“小花”に相手がいる事が村中に知れ渡り、アレに想いを寄せる奴も随分少なくなった。それでも、憧れの的なのは変わらない。むしろ悪化している。
いつか菩薺観に“血雨探花”の神像が並ばないかが不安である。
少女は更に言う。
村に子どもは少なく、話し相手がいないんだろう。
南陽将軍は“いかめしいが”“子孫繁栄を望む”“心優しい”神であるらしいので、話し相手にちょうど良いんだろう。
そんな事で届く祈りの数が増加してると思うと頭が痛くなってくる。
しかし、菩薺村の雑談に限っては、それも悪くは無い。
「それと、南陽将軍。この前道長さんが
……
」
南陽将軍は瞑っていた目を薄く開いた。
少女は飽きもせずに地面に跪き、じっと神像を見上げている。その頬が薄らと赤らんでいるのが見えた。
「道長さんが、薪を分けて下さったんです。私の家は女ばかりだから、割るのが大変だろうと」
あの人らしい配慮だ。
「お礼に道観を掃除しに行ったんですが、何故かいつ行っても留守で
………
この前ようやくいたと思ったら、小花が」
南陽将軍は眉を上げた。
「小花が『道観は神聖な場所だから、掃除するにも相応の資格がいる』と
……
」
しゅん、と俯く少女に、南陽将軍は思わず額に手を当てた。
何やってるんだあいつは。
「だから、せめてこの林檎で美味しい煮林檎を作ろうかと思うんですが、どう思います?」
どうもこうも無い。好きにすれば良いだろう。あの人は、喜んで受け取るだろう。
まぁ、隣にいる奴がいい顔をするとは思えないが、殿下の手前、無碍にはしない筈である。
しかし
…………
真剣な少女の顔を見て、南陽将軍はちょっと眉を下げた。
「南陽将軍、“道長”は恋愛をしたらいけないんでしょうか?」
それまでより、熱の篭った問いかけ。目元が赤らんでいる。
神は特定の人間に肩入れしてはならない。逆を言えば、恋愛する事を止める事も出来ない。
そもそも、南陽将軍は恋愛の神では無いのだから。
だから、その問いに応える事は出来ない。ましてや叶える事も。
だが、まぁ、そう言うのも良いかもしれない。
あの人は人柄だけは間違いなく、本来好意に囲まれるべきお人なのだから。
さわやかな風が吹き抜け、少女は髪を靡かせながらハッと目を見張る。
「はい、ありがとうございます!がんばります!!」
南陽将軍は何のおぼし召しも与えていない。
しかし、人間はただの自然現象を勝手に神の言葉と捉える。
南陽将軍はそれを否定も肯定もしない。そもそも、結果は分かりきっている。
それでも、少女はひどく晴れやかな顔で一礼すると、とたとたと小石の多い道を走り去って行った。
と、その背中が見えなく直前、少女は立ち止まると振り返った。
「南陽将軍!!どうか村をお守り下さいね!!」
叫ぶと、少女は今度こそ村へ帰っていった。
南陽はその背中を見送ると、そっと立ち上がった。
神は特定の人間に肩入れしない。村や国にも介入しない。
しかし
…………
同じ願いを神も抱いていた場合は、少しは例外扱いになるのだろうか。
南陽将軍は平和過ぎる長閑な村をゆったりと歩きながら、“人間に近しい姿”をとった。
厳密には人間では無いが、村人からも見えるし、言葉も交わせる。
菩薺村には寄らず、その外れへ足を向けると、やがて今にも崩れそうな道観が現れた。
白い道衣を纏った道長は、こちらに気付くと笑みを浮かべて手を振る。
その傍らの紅衣の少年は、こちらを見て煩わしげな顔を隠そうともしない。
道長が“南陽”の仮の名を呼ぶ。
「ちょうど良かった。さっき、林檎のお礼に、信者の少女に林檎の甘味を貰ったんだ。食べて行かないか?」
嬉しげな道長を見て、南陽将軍は内心苦笑する。
これは、案の定伝わってない。
しかし、それをわざわざ指摘してやる事はしない。
「ええ、では少しだけ」
この穏やかな時間が続けば良いのに、と柄にも無く祈る。
南陽将軍は神である。
何千もの廟や寺社を持つ強い武神であるその神は、菩薺村の側にひっそりと祀られ、村を陰ながら見守っている。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内