詐欺被害防止月間が始まるということで、警察官が被害に遭ったのでは示しがつかないとの理由の下、そのための講習を指定回数受ける職令が通達されたフースティシアは、サービストークについての講義を終えた帰りすがら細やかな悩みを抱いていた。
(例題がいまいちピンと来なかったな、今日のやつ……)
例題が年頃の女性かもしくは中年以上の年齢層向けのものばかりだったのもあるのだろう。「例えばこのような内容です」と説明されたものが、フースティシアには「なるほど。そうやってその気にさせるのか」としっかりとした確信を持つことができなかった。
例えば美しさや身体の曲線美なんて特に拘っていないし、若々しさや溌剌さなんてものは今言われても特に何も思わない。
自分なら……と考えてみても、主観で導き出した回答が、この手の問題に於いて果たしてどこまで正しいと言えるのか。
やはり、求めるなら第三者の意見だろう。
「――はぁ。それで俺に、サービストークをしてみてくれ、と」
「まぁ、そういう事だな」
肯定すると、目の前の機体はやや呆気にとられたような顔でこちらを見る。それから、考えるように一瞬視線を逸らした後、グリーンの瞳に幾分かの苦笑を滲ませて言った。
「発想そのものは、その通りだと肯定しますけども」
「エレメンタに聞こうかとも迷ったんだが」
「まぁ、そうなさらなかったのは何よりですが。俺が言いたいことはそこではないんですよ」
冗談半分でそう口にしてみたのだが、彼の表情は変わらない。むしろ、色濃くなったように見えた。
「あのですね、警部補。失礼を承知で申し上げますけど。この手のことは、身構えている状態で臨んでも期待値以下の効果しか得られないんですよ」
「それは確かにそうだ」
予備動作のある無しで、受ける衝撃は劇的に異なるだろう。
だから、こちらの気が緩んだ頃、すなわち油断している時に仕掛けて欲しい。
「お前なら、それが出来ると思って頼んだんだが……どうしても頼めないか、ジュリエッタ?」
「……警部補の頼みであれば、是非協力したい所ですが……うーん」
フースティシアが頼み込むと、目の前の機体は再び視線を逸らして言葉を途切らせる。珍しく迷っているような素振りで腕まで組んで思案する姿は、少し珍しい。演算能力に於いても優秀な機体であるため実の所それはほんの僅かな時間ではあったものの、普段そんな仕草を見せる機会が中々訪れないだけに、フースティシアの胸中に不安が過ぎる。
「すみません、警部補。お断りさせて下さい」
斯くしてそれは的中したようで、ジュリエッタの口から出てきたのは否定的な返事だった。
「……そうか」
「ただ、あのですね。勘違いなさらないでいただきたく思うのですが」
決して素直で従順とは言い難い機体だから必ずしも良い返事がもらえる訳ではないと念頭に置いていたものの、やはり断られると多少のショックはある。意図せずしてそれが声に出てしまっていたようで、間髪入れずに飛んできたジュリエッタの声は幾分かの動揺を孕んでいた。
こと泰然自若で感情のコントロールとポーカーフェイスが時として機械であることを忘れさせるほど遣手の彼にしては、これもまた珍しい。
今日はどうしたのかと呆気に取られるフースティシアに対し、今度は視線をきちんと合わせてジュリエッタは言う。
「警部補のお役に立てることは、今の俺にとってはとても喜ばしいことですし、本当に吝かではないんですよ。……ただ」
「ただ?」
言葉を慎重に選んだ指標だろうか。こちらの目線とほとんど同じ高さで灯る緑のアイランプが、一瞬だけ違う色に輝いたように見えた。
必要以上の発言を控え、黙って続きを促すフースティシアの目前。意を結したようにジュリエッタが明確な意志の籠った声で続きを口にする。
「――この先俺が貴方に向ける賞賛や謝意が、全てサービストークで紡がれたものなのだと思われるのは、甚だ不本意かつ忍びないと結論が出たんです」
✴︎ ✴︎ ✴︎
「『それにね、フースティシア警部補。こんな手段を取らずとも、事あるごとに我々に相談して下さった方が、きっと良い結果が得られるかと思います』……だとさ。考えてみりゃ、確かにご尤もその通りな話だよな。コミュニケーションの手段にもなるし、建設的だ。あいつは警戒心の強い機体だから、相談相手にするにはもってこいだろうし」
後日、パトロールのために路上に繰り出した警邏車の中。流れる景色に異常の有無を探りながら、フースティシアは運転席でハンドルを握る部下に前日あったことを零していた。
長く付き合いのある彼は律儀に合槌だけを打って話を聞いていたが、ちょうどそこまで聞いた所でブレーキと同時に軽い口調で口を挟んだ。
「ははぁ。つまり、それでジュリエッタに対する好感と信頼感が上がったと言う惚気話ですか」
「惚気って言うな。けど、こんな事ちゃんと目を見て言われりゃ、そりゃ上がるだろ?」
「そこは否定しませんよ、警部補。しませんとも。でもですね、つまり、そう言う事でもありませんか」
「どう言う事だよ?」
「サービストークです。つまりジュリエッタは、このやり取りを通じて貴方の信頼を得ることに成功したわけですよね」
警邏車のアクセルが開く。
前進を許可する緑の光。その下を通過する車内。
「もっとも、配属が変わった機体にさえ何かと名前を出されるほど、抱えた機体全員に愛される貴方のことですから、それはないでしょうけど。でも、気を付けないといけませんよ、警部補」
緩やかな加速と共に部下が補足するように付け加えたが、フースティシアもまたそこに合わせるようにして、静かに、しかしそれは長く溜息を吐いている。加えて頭の中に様々な感情が同時多発的に過ぎった彼は、おそらく最も肝心であっただろう一言を完全に聞き逃してしまっていた。
「……分かってるよ」
返した声に罰の悪そうな色が含まれていたからか、部下からのそれ以上の追求はない。そして結局これ以降、どちらの口からもこの話が出ることはなかった。
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