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わからん
2022-06-08 20:28:09
2877文字
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五夏
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【五夏】白は執着、青は狂気
前世の姿に似せようと頑張る転生現パロ五夏 個人的な意見ですがこれはホラーです
本来の自分は、こんな姿ではなかった気がする。
鏡で自分の姿を認めた瞬間から
——
否、それ以前、自分と他者を隔てる輪郭を認識した瞬間から、己は己であると知覚を得た瞬間から、自分という存在に違和感を覚えていた。
胸中で漠然とわだかまる不調和の正体を突き止められたのは、前述した鏡の存在が大きかった。自身の外見だと脳が捉えるより早く、これは自分ではないと、直感が思考を跳ね除けていた。
己であると考えていた容姿、とは遠くかけ離れた鏡の中の自分。
幼かった自分は、認識の齟齬を正すために、ありとあらゆることを試した。当時の奇行ぶりは両親に散々もの笑いの種にされたから、忘れられるはずもない。初めての「暴走」
——
自分は抵抗したが、両親はこの言葉を好んで使った
——
はキッチンで起きた。片栗粉を頭から被ったのである。全身を真っ白に汚しながら、彼らの大切な一人息子は床にぶち撒けられた粉を手のひらで集め、繰り返し頭の上にふりかけた。そして、髪の毛をかき回しながら甲高い声で笑い転げていたという。何をしているのかと驚いた母が問えば、幼い自分は一言、パーマと答えたらしい。パーマとヘアカラーを混同して覚えていたのだ。
キッチンの床が白い砂場と化したその事件以来、小さな怪獣はたびたび似たような騒動を引き起こした。つまり、自身の髪の色が黒であることに不満を持ち、しきりに白く染めたがったのである。家中のあらゆる白い粉を頭から被るのは序の口だった。そのうち、朝食のヨーグルトを髪に塗ったり、父が趣味のプラモデル用に買っていたカラースプレーを顔面に吹き掛けようとして、両親は事の深刻さをようやく理解した。どうやら、私たちの子どもは本気で髪の毛を白くしたいようだ
——
翌日からヨーグルトは食卓に並ばなくなり、父はプラモデルを触らなくなった。片栗粉やホットケーキミックスは子どもの手が届かない高い場所へ。そのうちに子どもは成長し、白への執着は一応の収束を見せた。
「暴走」が再発したのは中学二年の頃だ。ある早朝、父がふと起きてトイレに向かうと、息子が洗面所で髪の脱色を試みていた。その時のことは自分も覚えている。近くのドラッグストアで買ったばかりの用品は没収され、妥協案として銀髪のウィッグを買い与えられたのだ。こんなのは偽物だと激怒し、鋏で切り刻んで捨てた記憶がある。以来、両親は実の息子に対して腫れ物のような、微妙な距離を取って接してくるようになった。自分としては過剰な干渉を受けずに清々した
——
髪を染めることは依然、禁止されていたが。あの時は子どもの癇癪に近い暴れ方をしてしまった。今思えば、急激に背が伸び始め、成長痛で全身の関節が悲鳴を上げていた時期だったから、余計に気が高ぶっていたのかもしれない。
高校は校則が無い学校を選び、進学してすぐに髪を脱色した。上機嫌で美容院から帰宅した息子の姿を見ても、両親は何も言わなかった。息子の白に対する欲求はもはや妄執に近く、自分たちで止めることはできないと悟っていたのだ。事実その通りだった。
とうとう望んでいた姿を得た、とは言い難かった。染めたての頭を鏡に映し、次に違和感を覚えたのは黒い瞳だった。この問題はカラーコンタクトを通販で取り寄せればすぐに解決した。眼球に載せ、馴染ませるために瞬きを繰り返し、青い瞳を見つめる。少し、色が違かった。海であり空であり、この世を探してもあの双眸にしか見出せないであろう、青。
自分は、誰の姿を追い求めているのだろう?
鏡の中の男は、両親が知る息子とは別人に見えた。無論、鼻や唇、平均よりも頭ひとつ分は抜き出ている背丈、その肉体を支える骨格は見知ったものだ。しかし、髪と目の色を変えるだけで、それらの特徴は容易く霞む。得体の知れない異物感を伴い、まったく別の人間に生まれ変わってしまったように。
存在しない誰か、あるいは実在する人物のごとく。視覚を経由して頭の中を占める白と青は、次に肉体や精神へ支配を伸ばし、すべきことを教えてくれる。
口調を変えた。温厚に見えて軽薄、飄々と嘯く仮面を外せば、内側から覗くのは複雑に渦巻く現実主義的で淡白な思想。自虐には走らず寧ろ尊大、な態度が傲慢に映らないように。薄氷の上を踊りながら歩くような、針が降ろうと槍が降ろうとその唇は流行りの歌を口ずさむ。何があろうと大丈夫だと笑う、笑え。僕は強いから。
白が翻る。青が煌めく。遠い記憶の底でまたたき、今や最も近しいものとして、自らの肉体を操り、彩っていく誰かの人格。全てが心地良かった。演じることが楽しかった。血液のように、全身を喜びが巡っていた。
——
あなた、本当に、私たちの息子なの。
そうであって、そうではないのかもしれなかった。自分が何者であるか、何者であろうとしているのか。輪郭はとうに解け、混ざり合い、歪なまだら模様を描いている。二本の緩んだ曲線が絡み合う。自分と、自分が成り代わる自分、その区別をつける必要がどこにあるだろうか?
あえて答えを与えるならば、両親が愛情を注いだ小さな怪物は、本物の怪物へと変貌した。彼らの息子はどこにもいない。彼の愛した、たった二つの色彩によって食い尽くされてしまった。
嘘の演技はいつしか本物を得た。
成った。
何が目的で新たな自分を生み、育て、皮を被って生きることに決めたのか。
その意味を知ったのは随分と遅かった。
十八だから早かったのだろうか。
本当の意味で僕たちが出会ったのは遠い昔、十五歳の時だったから。
入学式を終えた講堂から吐き出される新入生、そのうちの一人だった。人の波に呑まれ、逆らう気もなく流されていた。波の合間に彼が見えた。僕は目を見開いた。彼も僕を見ていた、その瞬間には二人とも波に逆らって走り出していた。逃げる僕を彼が追いかけてくる。僕の名前を怒鳴り散らす声も聞こえた。逆走する僕たちを、周辺の学生は迷惑そうに、あるいは興味深そうに注目していた。
波から抜け出した途端、強い力で腕を引かれる。
「
————
すぐる!」
サングラスが外れ、音を立ててタイルの上に落ちた。
「
……
傑」
笑いが込み上げてきた、そう認識する頃には、大声を上げて笑っていた。僕の腕を掴む男は呆気に取られていた。それはそうだろう、目の前で突然人が笑い始めたら。愉快でたまらなかった。全てに合点がいった。なんて道化を演じていたんだ、僕は
——
私は。もう演じる必要はない。一分の隙間もないまま私の全身を覆う、別人の人生を引き剥がす瞬間が訪れた。
涙が浮かぶ目尻を拭いながら男と向かい合う。白い髪に、青の瞳。ああ、本物だ。私が恋い焦がれる蒼穹を閉じ込めた。きみは、この世界でも、美しいきみのままだった。
「悟」
私が、きみの姿をしたのは、きっとこの瞬間のためだった。
私を見つけてくれただろう。私も、忘れずにいられただろう。
「きみは変わらないね」
悟は笑い、彼と瓜二つの姿をした私を力強く抱き締めた。
「当然!」
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