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わからん
2022-05-29 19:18:37
6713文字
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五夏
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【五夏】E列7番
映画をハシゴする五夏
※二人が見ているのは4〜5月に実際に上映されていた映画をもとにしています。
■一本目
「いやホラー映画」
「怖かった?」
「怖いとか怖くないとかそういう話じゃなくて。終盤の展開とかもはやホラー映画じゃん」
「面白くなかった?」
「めちゃくちゃ面白かったけど」
「まあサブタイトルが狂気のマルチバースだし」
「やっぱ思う所あったんじゃねえか」
「うるさいよ悟。それにしても、別世界の自分か。私ではない私がいる世界」
「俺たちはどの世界でも最強だけどね」
「君のそういうところに呆れると同時に尊敬するよ」
「傑はどのシーンが好きだった?」
「最後かな」
「俺キレて暴れ回りたかったんだけど」
「悟の思ってる箇所と絶対違う。主人公がヒロインに言ってた台詞だよ。全宇宙で君を、ってやつ」
「ああ、アレね」
「ロマンチックだなと」
「傑も俺と言ってることほぼ変わらねえと思う」
「君のそれは慢心だ。こっちは純愛」
「失礼だな、俺のも純愛だよ」
「照れるな」
「絶対照れてねえ顔。他には?」
「そうだな、あとはアレかな。
……
悟」
「ん」
「
——
君はいま、幸せか?」
「
……
んー」
「意外だな。即答でイエスだと思ってた」
「傑は幸せ?」
「え、私かい。そうだな、幸せだよ。こうした日常が、掛け替えのないものだと知っているから」
「じゃあ俺も幸せ」
「
……
まったく。私ばかりを君の指針にするんじゃないよ」
■二本目
「呪いだったのかな」
「六眼はスクリーンの先まで見通せねえけど」
「違う違う、映画の感想だよ。彼女が育て、産んでしまったものは、呪いだったと思うかい」
「
……
少なくとも、ハッピーエンドではなかったし?」
「疑問形じゃないか」
「親がバケモノなら生まれてくるのもバケモノだろ。あとは刷り込みで主人公を親だと思い込んで、主人公に害するものは全部消してやるー! で暴れ回った結果、ハイ崩壊って感じ。呪いってよりはファンタジー、怪物の仕業」
「悟はそういう考えなんだね。私は、彼女の負の感情そのものが形を得てしまったのだと思う」
「実質呪霊じゃん」
「そうかもね。解放されたい、認められたい、大事な人に愛されたい。色々な願望を押し殺してきたから、あの卵が唯一の拠り所だった。抑圧的な家庭だったと感じたよ」
「まあ
——
それは
——
わかる。けどさ、バケモノが主人公の願望の受け皿になっていたとして、どうしてそれらを全部壊す必要があったんだよ」
「それが彼女の望みだったから」
「はあ」
「全部を滅茶苦茶にしたいほど家族を憎んでいたのも、同じくらい家族を大切に思いたかったのも。傷付いた自分のために全てを壊す怪物を追い出したいのも、それでも辛い時に寄り添ってくれた彼女を大事にしたいのも。自分がどれほど嫌いでも、自分自身だから、大事にしたい。たとえ相反していても全て彼女の本音だよ」
「要するに?」
「
……
私はこの映画好きだな。思っていたよりも主人公に感情移入してたみたい。本当の自分って何だろうとか、自分自身を押し殺して生きる意味とか、色々と考えさせられたよ」
「ヘえー。俺はキライ」
「どうして?」
「ラストが無理」
「えー。そうかな。あの結末だから私は好きなんだけど」
「ヤダ。見た目が同じでも、中身すら本質的に似通っていたとしても所詮は真似っこ、複製品でしょ。本物じゃない。アレは今までもこれからもずーっとバケモノで、他人が誰かに成り代わるなんて、絶対に有り得ない」
「君の六眼が本人だと認識しても?」
「オマエのそういうところもほんとキライ」
■休憩
「ちょっと頭いてえかも」
「映画見過ぎるとそうなるよね。大丈夫? まだ折り返しだけど」
「ん。ちょっとだけだし、大丈夫」
いざとなれば治せるし。
ならいいけど。と言いながら傑はサンドイッチにかぶりついた。豪快な食い方だなと思う。そのくせ食べ方が綺麗だからサマになるんだろうな。タルタルかオーロラか種類のわからないソースが大量に入っていても、傑は頬や指を汚さずにペロリと平らげてしまう。一気に食べるのがコツだよと前に言われたことがあったけど、それは傑みたいな大きい口を持ってるやつの特権だし、俺は傑の真似をして食うことを早々に諦めた。
「悟はそれおいしいの」
「ウマイよ。一口飲む?」
「わかって言ってるだろ。ゲロ甘そうに見えるから私は無理」
そんな苺と生クリームの暴力、と傑は俺のドリンクを凝視しながら些か憎々しげに表現したが、俺は素知らぬ顔でストローを咥える。最初に苺のつぶつぶ。甘い液体が舌の上を通り、清涼感を伴いながら喉の奥へ落ちていく。ウマイなあ。傑も飲めばよかったのに。絶対おいしいよ。これ飲めないって人生の半分は損してんじゃね。ならコーヒーが飲めない君も人生の半分は損してる。傑ならそう言い返すのはわかってた。わかってたけど。コーヒーだってありったけの砂糖をぶち込めば俺でもぎりぎり飲める気がする。
「次の映画って何時から?」ずごー。ストローが音を立てる。もう飲み切ってしまった。
「五時から」傑が店内の時計をちらりと見上げた。「あと一時間くらいあるね」
じゃあもうひとつ飲めそうだな。傑の呆れた視線を背中に感じながら席を立ち、注文をしにレジへ向かう。直前になって気が変わった。購入したドリンクを手に席へ戻ると傑は唖然と口を開いて俺の手元を見ている。
「きみ、飲めるの? それ」
「飲める」
傑の目がチェシャ猫のような三日月形に歪んだ。
「さては強がりだな」
「飲めるし」
砂糖をぶち込めばワンチャン。
結論。即落ち二コマ。苦いものは苦い。水と油は何とやら、傑には散々笑われたし、舌の感覚が麻痺した俺は飲みかけのコーヒーを傑に託して最初のドリンクを再度買う羽目になる。俺のコーヒーは傑にとってゲロ甘だったらしく、終始眉間に皺が寄っていた。
「だから無理だって言ったのに」
「うるせえ」
傑が笑いながら俺のコーヒーを飲んだ。「無理しなくていいと思うけどなあ」
「飲めると思った」
「どうして? 今まで一度も飲んだこと無かっただろ」
理由を模索する。わっかんね。どうして突然飲みたくなったんだろうな。沈黙。
「背伸びしたかったとか」
傑の声は揶揄いじみている。いや揶揄ってる。絶対。確信。もう子供じゃねえんだぞ俺は。
「じゃあ
——
私が飲んでるのを見て羨ましくなった、とか」
それは案外アリかもしれない。傑はよくコーヒーを飲んでた、同じくらい煙草も吸ってたけど。俺はどっちも駄目で、けど香りは好きだった。だから味にも慣れようと思って、煙草は肺が駄目になるから吸わないことにして、消去法で必然的にコーヒーへ手を出した。
苦味は慣れだ。角砂糖は必須。
「どうして?」傑がテーブルに肘をつきながら笑った。「今まで飲んできたかのような口振りじゃないか」
あれ、そうだ、おかしいな。どうして俺、いつもコーヒーを飲んでるような感じで話してんだろ。でも味を知ってるんだよな、覚えてる。角砂糖を大量にぶち込んで、溶かして混ぜた砂糖の飽和水溶液ことゲロ甘コーヒー。傑に飲ませたことあったっけ?
問われた傑は瞬きをひとつ。
「無いよ」
ないよな。
「だってその時には私、居なかったじゃないか」
なに言ってんだよ。
傑は残りのコーヒーを飲み干すともう一度時計を確認したようだった。「そろそろ移動しようか、悟」そう言ってこの場から立ち去るのを俺は止めたかった。願っただけだった。腕を引くか、声をかけるか、
……
その背中に風穴を開けて全て終わらせるか。俺はどれも選べなかった。選びたくなかった。傑は既に、俺を置いていくことを選び取った後だった。
傑は去っていった。
俺は高専に残った。
カフェの出口に向かう傑の後ろ姿が、雑踏に紛れて消えていく。
■三本目
「やっべ頭いてえ」
「私もさすがに痛くなってきた」
「でも今日見た中で一番好きだったかも」
「へえ。意外。どうして?」
「んー。
……
難しい。言葉にしづらい」
「あはっ。言ってごらんよ、言葉にするのが大事だって、そういう話だったじゃないか」
「簡単に言えたら人間関係なんて拗れない。そういう話でもあったでしょ」
「そうだね。だから私たちは分かり合えなかったし、君の元から離れた」
「
……
。
……
酷いこと言うね」
「君が私に言わせているんだ」
「それどういう意味」
「は、わかってるくせに」
嘲笑。十年後の傑も、こんな顔をよく浮かべていたと思う。
「君は私ではないし、私も君ではないんだ。すれ違うなんて当たり前じゃないか」
「今でも考えたりするけど」
「もっと話し合えたって?」
「それが必要だったと思う?」
「無理だな。私たちは既にその時期を過ぎていた」
「同感。けど、お前の言ってるようなことじゃなくて、もっと聞けばよかった。傑の話。傑の考えがどうとか、その考えは良いとか悪いとか、意見の衝突じゃなくて。傑自身の話をさ」
傑は休憩用のベンチに足を組んで腰掛けたまま、静かに正面を眺めている。
不意に額を押さえて俯いた。
「
……
それはもう終わった話だろ」
「傑が僕の目の前に出てきたからだよ、こんな話してるの」
「それは今の話? それとも
——
ここに来る前の話か?」
「どっちでも」
「そうかい。私も君の話をもっと聞きたかったよ。できるものならね」
彼は深い溜息をついた。
「次行こうか。それで最後だ」
「
——
やだ」
「悟」
「嫌なの思い出すから」
「なあ、記憶は色褪せていくものだ。いずれ思い出せなくなる日がやってくる」
「それ今言う? お前最低だわ」
「私はいいんだよそれで。悟は大丈夫?」
大丈夫じゃないけど。
「目を逸らすなよ悟。それは駄目だ。君だけは絶対に、見ないふりをするな」
大丈夫かって聞いてきたくせになんだよ。呪い並のしつこさだな。
「そうだよ。君はこの状況でも、諦めていないんだろう?」
傑が僕の目を覗き込む。
「終わるまで隣にいてやるから」
ずるいなあ。
「怖いかい」
「怖いよ」
「
……
驚いた。素直だな」
「大人になればなるほど、本音は言いづらくなるから。でも、どんな時も、素直になるのが一番だよ。お前から学んだんだ、傑」
怖いね。怖い。それは当然。認めてもいいんだ。時には押し殺し、がちがちに凍らせて、なにも感じられなくなるぐらい麻痺させるのも必要だけど。
実際、傑を殺す時はそうしたけど。
ねえ傑、僕たちはきちんと話したことがあったかな。
あったよ。傑はそう言って僕に立つよう促した。あったじゃないか。君が一番に心を開いてくれたじゃないか、私たちは親友だって、そう言って最期に私を救ってくれたじゃないか。
■四本目
「終演だよ。悟」
「うん」
「ほら、出ないと」
傑の左手が右手の甲を叩く。
彼は促すだけで立ち上がろうとしない。微動だにしない隣の存在を見つめ、叩くのをやめると、溜息と共に手を重ねて置いてきた。
「もう子供じゃないんだろ」
「うん」
「ぜんぶ君のわがままだって自覚しているだろう?」
「
……
ん」
「よし。成長したね、悟」
「僕は自分自身に呆れてるけど」
「どうして?」
「ブレッブレだから。傑も僕を試すことばっか言うし」
「それは違うよ悟。私が何を言っても君は揺らがなかった。だから大丈夫」
「ほらあ、無責任に言っちゃってさ」
「無責任だよ。これは君自身が見ている幻だ。何をしても構わないなら、好き放題言わせてもらうさ」
「あのね、僕さ、傑が死ぬのをもう一度見たくはなかったんだけど」
「ああ、そうだね。酷だけど私の死に顔をさらにもう一回見る羽目になるよ、君は」
袈裟姿の傑は真っ黒のスクリーンを眺めながら笑っている。
「
……
わかってる」
「その前にここから出られるかわからないって?」
「僕の生徒たちが何とかしてくれるでしょ」
「やっぱり君は成長したよ。誰かを信じて待つことができるんだから」
「当然。僕が鍛えたんだし」
「そうだね。彼らは強い。待つしかないのは歯痒いけど、心細くはないんだね」
傑に掴まれているのとは逆の腕で肘をつく。
アイマスク越しに見える世界は凪いでいた。
ここに呪いは存在しない。
傑は死んだ。
死後の彼の肉体は利用され、今も動き回っている。
「なあ、悟」
「なに」
「つぎ私に止めを刺すなら頭だ。確実に潰せ。奴が死んだのを確認できたら燃やしてくれ。頭も胴体も全部。骨の一片も残すな。灰になるまで燃やし続けて」
「いいよ。お前のことは確実に殺す。約束」
「ありがとう。けど、私は怒ってるんだからな。この事態に陥った全てに怒りを覚えている。未練たらたらな君にも、私自身にも」
「だからぜんぶ盛大に燃やしてやるよ、キャンプファイヤーできるくらいに」
「人の体でそこまでは燃えないんじゃないかな」
「
——
お前さあ。人が折角、」
「なんだよ、少し揶揄っただけじゃないか」
肩を揺らして笑い、傑がシートに深く体を沈める。
目を閉じた。
「楽しかったよ」
「
……
僕も」
「まあ私は君が見ている夢の中の住人に過ぎないから、私の感想は即ち君自身の感想ということになるんだろうけど」
「それでもいいよ、僕も楽しかったから。来てくれてありがとう、傑」
「よかった。じゃあこれで終わりだね。約束、忘れるなよ」
「うん」
傑の体が反対側に大きく傾いだ。腕を回して支えてやれば、今度はこちら側へ倒れ込んでくる。
肩に額がぶつかり、静止した。
——
ぜんまいの切れた人形のようだな。
実際そうか。所詮は一人芝居の茶番劇。
「はあ」
首を傾ける。
傑のぬるい体温が伝わってくる。彼の胴体へ右腕を回した先にあるべきものは無く、触れた先が切断面だったから、丁度良い突起だったし、そこを掴んでさらに強く抱き寄せる。
見下ろすまでもない。物言わぬ人形に成り果てても彼はおそらく微笑んでいる。
今際の際まで、そういう男だった。
「あーあ」
——
最後にひどいものを見せられた。
冷たくなっていく傑の首筋に頰をすり寄せ、眠気に任せた意識が流されていく。
■■■■
「んあ」
覚醒。視界には一面の黒が広がっている。寝ても覚めても代わり映えの無い景色、に閉じ込められてどれほどの時間が経ったのか、数えるのは最初から諦めていた。ここと外で時間の流れがどうなっているのか、そもそも外はどうなっているのか、気にならないわけではないが。どうしようもできない。まあなんとかなるでしょ、そう言ったのは他ならぬ自分自身だ。
「そうは言っても寝るかな。普通」
寝るか。普通。
やること無いし。
暇だし。
一人で良かった。サボタージュが見られていたら、今頃多方面から叩かれていた。
アイマスクを引き下げても視覚から得られる情報に変化は無し。術式の使用も不可。肉体に至っても思うように力が引き出せない。倦怠感と脱力感。腹は減らないし糖分に対する欲求も生じない。
固い床の上で寝ていたのにどこも痛くない。
いや前言撤回。頭がものすごく痛い。眼球の奥も。六眼の使い過ぎ、とは考えられないが、目を酷使したあとのような痛み。
妙な既視感を覚える。
「あー」
思い出してきた。頰を撫でる。失われていく体温。次に右腕をさする。なにが丁度良い突起だ、そこにあるものが無い違和感は思ったよりも感覚神経に負荷をかける。最後に喉。あんなに誰かと言葉を交わしたのも久しぶりだった。夢の中でだけど。
夢。
ここにいるはずのない親友に、会った。
たくさん見て、たくさん話した。
長い長い夢の果てに約束を交わした。
全ては夢の中だったから、あれは自分が自分自身に立てた誓いということになる。
「確実に殺す、ね」
もう一度寝れば会えるのかと少し、期待を抱いてしまったが。
次は何も見ないと思う。終わりだねと彼は言った。ありがとうと自分は告げた。
ここに落ちて来る前。死んだはずの親友の姿を見て、少しだけ、ほんの少しだけ揺らいだ、本音を言うとちょっぴり参りそうになったけれど。
——
悟は大丈夫?
「もう、大丈夫」
闇の底で笑う。
もう一眠りしようかな、そんな呑気なことを考えられるくらい、僕は元気。
空想だったのか、所詮は虚構の存在だったのか。
あるいは僕のために、わざわざ夢に出てきてくれたのか。
「絶対に忘れない」
じゃあね。ありがとう。僕の親友。
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