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木綿子
2023-04-11 19:08:04
3879文字
Public
👹(義炭)
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○○しないと出られない部屋
タイトルのとおりです。
続きます。
とても軽い話になる予定です。
ぱかり、と瞼を開き、炭治郎はほけっと口を開いた。
真っ白な天井が見える。真っ白だ。何も継ぎ目がない、コンクリートを固めて白く塗ったような無機質な天井だ。電灯の類もなく、けれど部屋の中はほの明るい。
こんな天井、見覚えはない。間違っても自分の部屋の天井ではない。
「え
……
、あれっ、なんだこれ」
起き上がると、尻の下には固い無機質な感触がある。部屋は一面真っ白で、同じ素材でできているようだ。ほとんど正方形に近く、広さとしてはだいたい十畳くらいだろうか。暑くもなく寒くもない。けれど、大問題が一つあった。
全裸だった。
そう、全裸である。何も着ていないのである。生まれたままの姿である。
瞬時に記憶を掘り起こす。
(えっと、昨日
……
は、普通に帰ってきて普通に家事して普通に寝た
……
よな?)
記憶にある限りはそうだ。
炭治郎が住んでいるのは、会社が社宅用に一棟借り上げている1DKのアパートだ。そこそこ築浅で、壁や床が薄いということもなく、なかなか居心地の良い家なので気に入っている。寝床はロフトで、覚えている限りの一番新しい記憶はいつも通り梯子を上ってマットレスに潜り込んだところまでだ。当然、寝巻も下着も着ていた。
今、全裸で座っているこの部屋とは似ても似つかない。
(な、何か着るもの
……
なんでもいいから布とかないかな)
何しろ落ち着かない。具体的に言うと、股間が。
炭治郎は裸族ではない。自宅でどういう格好をしていようが個々人の自由ではあるのだが、少なくとも炭治郎は下着くらいは着たい主義だ。そもそも風呂などの「全裸でしかるべき場所」以外で丸裸、というのが気持ち的にまったくもって落ち着かないのである。
そうしてぐるりと部屋を見渡した瞬間、数歩離れた場所に人らしき物体があることにようやく気付いた。
こちらに背を向けて横たわるのは、どこからどう見ても男性だ。炭治郎と同じく何も身に着けておらず、きれいな背筋が晒されている。脛から太腿、尻から背中まで彫刻のような筋肉が乗っており、造形的にも美しい。床に零れる黒髪は長く、首筋に絡む様が艶めかしい。
ここまで確認し、炭治郎はまたほけっと口を開けた。
(え、え、えええ!? な、な、なんで冨岡さんがここに!?)
体つきとこの頭髪は、炭治郎がよく知る人物のもので間違いない。
冨岡は、同じ社宅の住人である。隣の部屋だ。同じ会社の、別部署の人だ。仕事上はそこまで関わり合いはないものの、そこそこ親しくしている人である。開発職である冨岡は在宅勤務していることが多く、よく配送物の置き配などを預かってくれたりする良き隣人だ。最近では、実家から頻繁に送られてくる米だの野菜だのをお裾分けしたり、時には一緒に食事をしたりもする仲である。この間も余り野菜で大量にお惣菜を作ったので「食べませんか」と持っていったら、大層美味しそうに食べてくれた。
炭治郎は表情は乏しいながらも何かにつけて親切な冨岡が大好きで、それはどうも単なる好意を越していそうな気がするぞ、と最近自覚したばかりだ。
その気になる親しい隣人が、今、全裸で近くに横たわっている。眠っているのか緩やかに肩が上下しており、見つめている間も起きる気配はない。
「と、と、冨岡さん、起きてください!」
よくわからない空間に知人がいるとなればやることは一つだ。もう何をどう混乱したらいいのかわからないのだから、全裸だろうと裸族だろうととにもかくにも話し合える人が欲しい。しなやかで筋肉質な腕を掴んでゆすゆすと揺すると、冨岡は小さく「ん」と声を零した。
ころり、と身体が転がる。こちらを向いた冨岡がうっすらと眠たそうに澄んだ青い瞳を開け、次の瞬間にはぱちぱちと瞬きをした。
「
…………
竈門
……
なんで裸?」
「わかりません! あと冨岡さんも裸です!」
「ああ、そのようだな」
「なんでそんなに落ち着いてるんですか!?」
「いや
……
驚きすぎて逆に」
のそりと起き上がった冨岡がこちらを見下ろしてくる。彼は炭治郎よりも体格がいい。こうやって正座で対面に座るとより体格差が際立つように思えた。視線に晒され、より一層身を縮めてしまったので尚更だ。炭治郎とは逆に冨岡の方は「驚いている」とは言うものの落ち着き払っていて、特段身体を隠そうともせず堂々たるものだった。お陰様で、視線を少し下に向けただけで股間が視界に入ってしまい、「ひぃ」と変な声を上げそうになってしまった。
他人の局部などじろじろ見るものではない。慌てて視線を逸らしたが、たった今目にしてしまった冨岡の冨岡を反芻してしまい、じわじわ顔が赤くなってしまった。
「ここはどこだ?」
「わ、わからないんです
……
おれさっきまで部屋で寝てたはずなんですけど」
「俺もそうだ。お前は一人で寝てたのか?」
「はい!」
「全裸で?」
「違います! 普通に寝巻を着てました!」
「状況としては似たようなものだな
……
」
部屋は相変わらず真っ白なままだ。無機質で、変わりがない。けれど、冨岡がすいと立ち上がったと思ったら、数メートル先の床から何かを拾い上げたようだ。
「
……
何か書かれているな」
「えっ」
さっきは何もなかった床だ。真っ白な空間だから、黒い文字の書かれた紙なら目立ちそうなものなのに、炭治郎は見た覚えがない。
慌てて立ち上がり冨岡が片手に持つ真っ白な紙を覗き込んだ。
「以下のミッションをこなせば部屋から出られます
……
?」
普通のコピー機で使うA4用紙に、真っ黒な明朝体で書かれた内容はそう多くなかった。
「互いを名前で呼び合うことに慣れること
……
」
はた、と二人で顔を見合わせてしまった。
「な、名前
……
?」
「なるほど、お前を炭治郎と呼べばいいのか」
「えっあれっ、冨岡さん、おれの名前知ってたんですか?」
「それはまあ
……
荷物の伝票にも書いてあるし」
「あ、そうですね、確かに
……
。えっと、冨岡さんは」
「義勇だ」
「はい。ぎ、ぎゆう、さん」
なかなか物慣れない。同い年の友人ならともかく、年上の隣人である。それも、部署は違えど立場的には炭治郎の会社の先輩だ。急に名前を呼べと言っても難しい。
「慣れるまでって、どうなったら慣れたと判断されるんでしょうか
……
」
「わからんが、一般的に考えれば違和感がなくなるまで、だろうか」
「
……
違和感」
舌の上で、「ぎゆうさん」と何度か名前を転がす。その様子を近くで冨岡がじっと見つめてくるので、奇妙な焦りがせり上がり、炭治郎はつい「すみません!」と直角に頭を下げて謝罪してしまった。
「なんか、上手くお呼びすることができなくって」
「
……
言いにくいか?」
「いやあの、こう、舌馴染みがないといいますか! が、がんばりますので!」
力を込めて拳を握り、炭治郎はとにかく名前を口にした。
「ぎゆうさん」
「うん」
「ぎゆうさん」
「ああ」
「ぎゆうさん」
「なんだ」
律義に返事をしてくれる冨岡の声が優しい。心なしか表情も優しい。
こんな異常な状況にもかかわらず、ときめいてしまう。
「義勇さん」
「
……
炭治郎」
呼んで、呼び返される。それだけのことなのに、身体の中がざわつくような、胸の辺りが騒ぐような、それでいてずっと昔からそうしていたかのようなよくわからない感覚が溢れ、炭治郎は胸郭の真ん中を両の手のひらで押さえた。
その途端、なんにも継ぎ目がなかった真っ白な壁が裂けた。縦に横に、ナイフの刃を入れて切り取った紙のように。四角く切り取られた壁の向こうは何やらうっすらぼんやりとしていてよく見えないが、どうやら出口ができたらしい。
「慣れたか」
「た、多分
……
慣れた、ん、ですかね」
「それなら、外に出てみよう。ここに留まっていても仕方がない」
「はい」
ひたひたと迷いなく歩き出す冨岡の後ろを追いかけ、たった数歩のその間に、何か既視感のようなものを感じ、炭治郎は首を傾げた。
昔、とても昔にも、こうして背中を追ったような、そんな気がしたのだ。
(いやでも、冨岡さんはここに入居してから初めて出会った人だし、きっと何かの錯覚だよな)
そう結論付け、「義勇さん」と呼びながら出口から足を踏み出した瞬間。
ぱかり、と瞼が開いた。
「
…………
え?」
見えるのは、天井だ。自宅の天井だ。ロフトだから、天井が近い。そう背の高くない炭治郎が立ち上がったら頭の天辺をぶつける高さだ。
「えええ~~~~?」
朝である。階下のカーテンの隙間からは明るい光の帯が差し込んでいる。
狐につままれた気分でがばりと起き上がった瞬間に、いつもの時間のアラームが鳴った。
(寝巻、着てる。全裸じゃない)
身体を覆う布を確かめ、安堵の溜息が出た。やはり自宅にいようとも服は必要だ。今後も裸族にはとてもなれそうにない。
「と、とりあえず、会社! 会社に行かないと!」
ひとまずよくわからない空間のあれこれは忘れてしまおう。そう、良き隣人の裸体がどんなにきれいでかっこよくて微妙に艶めかしくてもだ。忘れてしまうのがよい。義勇の義勇の色や形を詳細に思い出したりするのは大変によろしくない。
「だから! 思い出すな! おれ!!」
思った傍からいろいろ記憶を追ってしまい、炭治郎は布団の上に握った拳を振り下ろした。
ぼすん、とマットレスの反動で跳ね返ったスマートフォンが、アラームのスヌーズを鳴らしながら床にごとりと落ちた。
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