青果
2023-10-16 19:57:43
3230文字
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野ざらしの栖 付属ペーパー

2023/10/15発行の「野ざらしの栖」(https://privatter.net/p/10474447)付属しているペーパーです。
本編後の前提で作成しましたので、念のためご注意ください。

 寮の扉はどの部屋も同じだ。そのうち、もう見慣れた古い傷の入った扉を、皆守は中指の骨で二度叩く。数秒待っていれば、扉が開いた。狭い部屋だから、すぐに出てくる。彼は皆守の顔を確認すると、笑顔をうかべた。

……皆守。おはよう」
「もう昼過ぎだぜ」

 葉佩の部屋は、廊下に向けて開け放していていい部屋ではない。皆守は一歩で玄関に入った。

「いま起きたところ?」
「一時間くらい前にな。飯食ったらやることがなくなった。邪魔したか?」
「皆守が邪魔になることなんてありません。掃除をしていたから散らかってますが……そのへんに座っていてください」

 葉佩が部屋に入っていくので、ただ後について行く。散らかっている、という葉佩の言葉は正しくない。少なくとも整理されているので目を覆うような部屋ではないのだが、物が多すぎる。入学当初から溜め込んでいた私物はさらに嵩を増していて、この部屋を訪れるたびに皆守は呆れる。よくもここまで物をためこめるものだ。

――ここじゃあ、捨てられないんですよ。

 と葉佩は言う。確かに、ただの空箱だとしても軽々しく捨てていいような外装をしていないものばかりだ。

「掃除してた、って、この部屋のか?」
「はい。銃火器の整理と、整備をしていました。整理はほとんど済みましたが、整備が途中です」
「銃の整備? 映画でしか見たことないな」
「映画でやってるのと同じですよ」
「続けててくれ、見てる」

 ええ、と葉佩が非難じみた声を上げたが、皆守がベッドに腰を下ろしてデスクのほうを顎で指すと彼はしぶしぶ従った。本来は勉学に励む生徒のために設えてあるだろう学習机の上には、かけ離れた道具が並んでいる。部品ごとにばらされているのは、いつも彼が持ち運んでいる拳銃だろうか。皆守には、銃の区別がつかない。
 葉佩は薄手の手袋をはめると、銃身の部分と細いブラシを手に取った。

「それは、水洗い……はするモンじゃないよな」
「はい、錆びますから。煤を払ったり、汚れを取ります。あと、油を差したり。予想外なことはしません。手袋をするのも錆び防止です。手の脂がよくないんです」
「なるほどな。銃ってのは、部品ごとに簡単に分解できるもんなのか?」
「いま広げてる程度だったらすぐです。元に戻すのもすぐ。工具が必要になりますが、ネジ一本一本までバラすこともできますよ」
「メンテナンス前提なんだな」
「そうですね。余裕を広くとると危ない物だから、機構が精密にできてるんじゃないかと思います。バイクとかもオーナーの整備前提ですよね」
「へェ……

 皆守はそこから口をつぐんだ。葉佩はちらと皆守の様子を確認したが、黙って自分の作業を続ける。ブラシで黒い煤を敷き布の上に落とし、オイルを差してまたブラシを使う。オイルに濡れたように見える筒を、葉佩は布でぬぐった。ぬぐった後の布はうっすらと黒い。ブラシの素材が何であるか、皆守には分からなかった。
 そのような作業を一通り続けると、それぞれの部品に改めてオイルをたらしてから真新しい布で撫でるようにする。スプリングの具合を矯めつ眇めつしてから、銃を組み立てた。最後にまた、余分なオイルを布で拭き取る。そのあたりまでくると葉佩は銃から目線を上げて、皆守の顔を見た。皆守は長く葉佩の手元ばかり見ていて、その視線に気づくのが遅れる。
 皆守と目が合って、葉佩は目尻を下げた。

「あなたが見てるから、いつもより念入りにやっちゃった。面白いですか?」
「ああ。何やってんだか、映画じゃ分からないからな」
「すぐフレームアウトしますしね」
「今のを、毎日?」
「天香にいるときは、二、三回持って行くごとに一回はやってます。普段はもっと適当ですが……三日に一度油差すか、十日に一度はバラして掃除するくらいかな。大きい銃を使うときとか、湿った土地にいるときはもっと頻度が多いです、錆びさせたくないから」
「日本の冬、そんなに湿ってるか?」

 葉佩は皆守の質問に喉を鳴らして笑った。

「おれが、天香にいるときは頻繁にやるって言ったからですか? 夏ならともかく、冬はそんなことありません。皆守と一緒に行くから、特に念入りにしているだけです」

 皆守は葉佩から視線を外した。葉佩がまた喉を鳴らす。

「マミーズでも行きますか? そろそろ小腹が空くでしょう」
「いい。続けてろ、まだやるやつあるんだろ」
「同じことやるだけだから、退屈ですよ」
「退屈じゃないから、気にしなくていい。俺のことは忘れるくらいにしとけ」

 皆守はポケットを探って、アロマパイプをつまみあげた。吸ってもいいか、と尋ねると、葉佩は気にしないで、と返す。
 しばらくアロマをくゆらせていても立つ気配がなく、むしろ葉佩に続けろとジェスチャーするので、やがて彼は別の銃を手に取った。




「あのときは、なかなか緊張したもんなんですが」

 と葉佩が言う。言葉の合間に落花生を割った。

「こうして実際に見る側になってみると、あのときの皆守の気分が分かります」
「そんなにじろじろ見るなよ……
「見ますよ、そりゃ。あなただって今のおれの気分が分かっててそんなこと言うんだから意地が悪い」

 皆守は苦い顔をして銃身に布を添わせた。オイルに煤汚れを溶かして浮かせ、それを布で拭き取る。今の皆守が扱っているのは散弾銃で、天香にいたころの葉佩が整備していたものより大きかった。布にオイルを浸して、部位の接合面を拭く。トリガー部分は布を取り替えて、きれいな面にオイルを垂らす。

「恋した相手が一緒にいて、おれのことに気を遣いすぎずに自分の作業をしてるのを眺めてるって、こんな感じなんですね」
「俺はおまえほどべちゃくちゃしゃべらなかったがな」
「言葉にしてないと、あんまり嬉しいから落ち着かないんです。嬉しいからいっそ暴れそうになる。皆守の必要に応じて寡黙なところ、美点だと思いますよ」
「あんなに俺のことをだんまりだなんだって文句つけてたくせに、よく言うぜ」
「あのころだって、そういうところも好きですよって言ったじゃないですか。本気ですよ全部」
「どうだかな」
「そういうの、皆守にだってあるでしょ。こいつ、と思ってるけど、みたいなやつですよ」

 皆守は考える間をあけた。そのあいだにも手は動かし続ける。部品の接合部分は細かな部分が多い。綿棒か、細い棒に布を巻き付けて汚れを拭き取る。

「まァ、あるにはある」
「たとえば?」

 皆守はオイルに汚れた手を動かしながら、葉佩の顔を見た。この男は天香學園にいたころと同じように豊かに笑っている。

「そういうちまちましたことをずっとしつこく覚えてるところ」
「皆守だって、さっき覚えてるようなこと言ったでしょう」
……俺が覚えてないとは言ってない」

 葉佩は低く喉を鳴らした。そうしながら、落花生の殻をごみ袋にまとめた。皆守はバラした部品の成果を一つ一つ確かめ、組み立てる。やがて一丁の散弾銃の形に整ってから、葉佩がついているデスクに目を遣った。
 彼が剥いた落花生はふた山あって、片方が葉佩の向かいのイスに置かれている。今日の昼間、朝市でひとつかみ買った落花生だった。彼は当たり前に、二人分を剥く。一言の礼を告げて、皆守はそれを当たり前に受け入れた。

 皆守は彼の前で当たり前に銃の整備をするし、彼は皆守に当たり前に背中を預ける。彼は当たり前に皆守のぶんも殻を剥くし、皆守は当たり前に彼のぶんも食事を用意する。それらの当たり前を当たり前に享受するためには、凶暴なほどの嬉しさが自分の身体の中を駆け巡るのを耐えることが必要だった。

 耐えるために皆守は黙って押しとどめることで自分の考えをまとめるたちで、葉佩は口に出して具体化することで理解を進めようとするたちだというだけのことである。