夢のような生活だ。無論楽なわけではない。言葉遣いから作法、身だしなみの一つまで覚ええることが山のようにある。歩き方や頭の下げ方まで指導が入る。ただ頭を低くしてじっとしていればいいというわけではないのだ。
それでもみんな言葉遣いが丁寧だ。怒ったり怒鳴ったりしてこない。だからとても居心地がいい夢のような空間であることに変わりはなかった。
毎日風呂に入れられるし、着替えは清潔。食事も与えられる。
それ以上のものは、何も望んでいない。覚えることが多いことくらい、どうということはなかった。
元々はサーカスにいた。そこで軽業師をしていたのだ。俺を拾ってくれたのは執事の人だ。執事の中でも結構偉い人だったらしいということは、最近になって周りの人間関係を観察する余裕ができてからわかった。
そして、この家で働きたいと思っている貧乏な人間は他にいくらでもいるということもわかった。それなら、俺でなくてもよかったんじゃないか。だって、もう少しまともに字を読んだり、言葉遣いを覚えたりしている子供も、孤児院や教会を探したらいたはずだから。
そのことを尋ねたら、彼は俺がサーカスにいたからいいのだと言った。軽業ができる人間が欲しかったのだと。今はまだフットマンの見習いでしかないが、いずれは執事にしてくれるという。
執事が軽業までできる必要はあるんですか。私は問いかける。
「全てのことができるに越したことはありませんよ。主人がどんなわがままを言ってくるのか、わかったものではありませんから」
それは隠し事をするときの、大人の物言いだ。
前のところで生活していたとき、俺の雇い主はよくそういう話し方をした。そう指摘すると、執事は意味ありげに笑った。思っても口を閉ざすべきことがあるとも、子供のくせに生意気だとも言われなかった。
ただ、やはりあなたを拾ってよかったと頭を撫でられた。
いずれわかる時が来るのだという。その時まで俺は礼儀作法を学び、必要なこと以外は口を閉ざしながら周りの音に耳を澄ませていよう。
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