人々が口々に噂する。山男がくる。今日も山から降りてくるぞと。その声に呼ばれたように、山から男が降りてくる。山男と呼ばれるような見窄らしい男ではない。むしろ身綺麗にしている。
日焼けしすぎたように焦げた顔の皮膚がところどころ剥けてピンク色にひび割れているところと、手指の皮膚が石のようになっているところが、街の人とは違っている。
彼は鍛冶屋だ。
普段は自らの小屋で仕事をしていて、ほとんど里に降りてこない。たまに食料などの必需品を買い足し、金物を売りにくる。修理や研ぎの仕事も承っている。
鍛冶屋の住まいは山の上にある。山でなくても人里から離れているというのが、通例だった。金物から毒気が出るからだと言われているが、彼自身の人嫌いが大きいのではないかと言われている。
人と口を利くことを忘れすぎて、里に降りてきた直後は声が出にくそうにしているほどだ。一言二言だけ喋り、長い説明が必要なことは文を認めて、それを託して去っていく。
不便なところに暮らしている代わりに、燃料に困ることはなく、炭も彼のところにいけば上等なものがある。もっとも余程のものがなければ、譲ってくれることなどないが。
そんな彼があるとき、上等な着物を頼んでいった。男女揃いで、どう見ても祝言をあげるときの拵えであった。しかし里の誰も、鍛冶屋と婚姻するという人間はいない。
一体誰が嫁なのか、皆が知りたがった。
だから祝言に一目でいいから顔を出したがった。
しかし、男は着物を受け取ったあとは元の通りに山に帰り、誰も招かなかった。鍛冶屋に親族はいない。一体誰と結婚したのかという謎は、解けないままだった。
だが、ある寒い日のことである。
雪が積もった後で、音が吸い込まれてほとんど無音の夜だった。
街の中心の通りを、誰かが通った。赤い手提げ提灯の明かりが滑るように移動していく様を見たものが何人かいた。しかし不思議なことに翌朝通りには誰の足音も残っていなかった。知らない間に新しく雪が積もったのか、不思議なこともあるものだと人々は語りあった。
その提灯はおそらく、山の上の鍛冶屋の家に向かっていた。きっと、あの男の嫁が来たのだろう。
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