深夜に街を歩く。明かりがついている家の前を通ると、台所から新年の香りが漏れ出してくる。年越しが近づくと市場に羊が並ぶ。ひと昔前は生きた羊を。最近は捌かれて、肉になったあとの羊だ。
赤みの引き締まった肉を前日に香辛料と酒に漬け込み、年越しに合わせて煮たり焼いたりする。それは家によって違うのだが、羊の肉と特有の香辛料を使うというところだけ共通している。
だからこの香りを嗅ぐと、また年が変わるのだと実感する。私がそれを口にするのは、翌日の朝だ。大晦日には別の仕事がある。
神を迎え入れるという大仕事だ。
社に向かい、身を清める。風邪をひきそうなほどに冷たいが、体調を崩すのは年を越してからにしなくてはならない。
水垢離が澄んだら装束に着替える。驚くほど高価な布だ。この国では育たない虫に糸を紡がせて作った白い布。そこに銀の糸で刺繍がされている。
特に大きいのは装束の背中に刺繍された龍だ。それはこの国の神獣で、雷や水やその他たくさんの自然現象を司るものとして祀られている。
最も身近なものとしては雨。その姿は流れ落ちる滝に例えられる。
日付が切り替わる時間が近づいてくると、我々の仕事が始まる。社で楽を打ち鳴らすのだ。その音に招かれて、龍がやってくるのだと言われている。一説では打楽器は、雷と同じく龍の鳴き声に近いのだとも。
かつては神だけのもので、人々は社の敷地の外側からその音を聞くだけだった。今では観光のことも考えて、人々に開かれた場となっているから見学することができる。
龍への冒涜だとか、意義が薄らぐと怒る連中もいたが、演奏する側の意見を言わせてもらうのであれば、聞いてくれる人間がいた方がやりたいがある。神が聞いてくれているらしいが、私には神は見えないから。
そうして日付を超えるまで楽器を演奏したあと、私はようやく家に帰る。家に返ったら火鉢に炭を入れ、羊肉を串焼きにしながら落ち着いて年越しを迎えることができるのだ。
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