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鹿
2023-12-31 15:27:05
2209文字
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一五〇年越しの乾杯
WEBオンリーの時にネップリ用に書いたやつ。八周年夏祭りの斎藤。
「いいご身分じゃねえか、斎藤」
ビールを一息にあおった直後に声をかけられ、斎藤は椅子から飛び上がるようにこちらに振り向いた。顔には泡が口髭のように付き、それを拭きながら早口で弁明を始める。
「いやいや待ってください副長、これはこのビアツェルトの悪質な勤務体制によるものなんです。警備だけって話だったのにホールまでやらされて、はじめちゃんてばヘラヘラ新選組ならぬへろへろ新選組ですよ。お客もようやくはけてきて、やっと休憩できたんですから、ご褒美いただいてもバチ当たらんでしょ?」
「ほお?はじめちゃんスペシャルの給仕はそんなに大変だったか。そりゃご苦労」
「なんで言っちゃうかなマスターちゃん
……
いやでもですよ、我らがマスターに祭りを楽しんでいただくのだって、僕らカルデアのサーヴァントとして大事な仕事じゃないですか⁉︎いえ休憩という体をとったのは、マスターに気を使わせまいという僕の心遣いでですね」
確かにカルデアではしばしばあるイベントの運営も、サーヴァントの役割の一つではある。しかしこの多弁さは、この男の後ろめたさの表れに他ならなかった。
「なるほどな、大事なお仕事だからおべべも新調したってわけだ」
サスペンダーを指に引っ掛けてパチンと弾いてやりながら言うと、口を尖らせて反論してくる。
「沖田ちゃんにも『この美少女天才剣士の沖田さんを差し置いて新しい衣装たくさんもらって!』とか散々突かれたんですから勘弁してください」
あのわるわる教授、こうなるのがわかってたかのように出してきたんです、陰謀ですよ陰謀!と店主であるモリアーティに水を向けるが、教授はどこ吹く風である。カルデア悪人会筆頭は極東の治安維持組織なぞ恐れないらしい。
「いいじゃない、キミなかなかお客にも好評だったよ?それより、副長殿も一杯いかがかな?」
「たくあんはあるか」
「あるヨ〜」
「蕎麦もだけど、なんでビアツェルトにそんなもん用意してんだか」
教授は答えずに、ただ肩をすくめてカウンターに引っ込む。自分が来ることなど予想済みという態度は気に食わなかったが、気が利くことは確かだ。
「それで何にするんだね?日本酒やソフトドリンクもあるけど」
ビールジョッキを持った部下の方に目をやる。また何かお小言でもあるのかと、目をきょろきょろと動かした。こうやってくるくる表情を変えるのは、この男が気を抜いている証拠であり、自分が到着するまでにかなり飲んでいたことを示していた。ひとつため息を吐く。
「いや、たまにゃあ麦酒ってのも悪かねえ。一杯もらおう」
「ありゃ珍しい。鬼の副長も祭りの気に当てられました?」
「
……
そういうことにしとく」
恐ろしく酷薄に仕事をこなすかと思えば、それでよく間諜ができていたものだと呆れるくらい絆されやすい面もある。カルデアという環境は、この男をヘラヘラ新選組どころかふにゃふにゃ新選組に変えてしまうのかもしれない。
「本日のビールふたつとタクアンお待たせ〜。ではおふたりとも、大いに飲んで、売り上げに貢献してくれると嬉しいネ!」
「その売り上げ、何に使うつもりだ?」
「ま、それの追及は祭りが終わってからってことで!副長も見回りお疲れ様です!」
しかし自分も大概だ。乾杯!と笑う部下にすっかりつられているのだから。
大して酒は飲まないし、もっぱら日本酒ばかりの自分には、苦味も炭酸も飲み慣れないものだ。しかし祭りの会場はたいそう暑く、見回りで大いに汗をかいた身体にはそれがちょうど良い。それに黄金色というのは見ていて景気が良い。なるほど、夏祭りにふさわしい酒かもしれん。たくあんをかじりながらしばしその色を眺めていたら、グラスの向こうの部下が何やら語りはじめた。
「こういう、日本でよく飲まれてるビールはピルスナーって言って、ちょうどガラスの容器が普及しはじめる頃に作られたんだそうです。ピルスナーは味だけじゃなく、この金色に透き通った見た目が大層ウケてたちまち大人気、近代ビールの代表と言われてるんだとか」
「ウンチク語りとは珍しいな。美味けりゃなんだっていいが信条のくせに」
「お察しのとおり、あそこの教授の受け売りですけどね。面白いもんですよ」
普段は隈のせいもあって胡散臭さばかりが目立つ瞳が、ずいぶん潤んで頼りない。一体これまで何杯飲んだのか。
「日本人がビール醸造を始めたのは江戸の終わり
……
黒船来航のおり
……
」
普段は避けている話題を自ら始めるのだから、やはりかなり酔っている。
「僕らが池田屋でドンパチやってた頃にやってきた亜米利加人が醸造技術を伝えて、最初は居留地の異人向けだったもんが、日本人にもどんどん飲まれるようになって
……
でもその頃には、あんたもう
……
」
俯きはじめたのは酔いのせいか、俺の顔を見ながらでは話せないのか。
「不思議なもんです、あんたとこうして、ビール飲む日が来るなんて」
「
……
そうだな」
こいつが絆されやすいのか、あるいはただ、俺の頭が固いだけか。ここはカルデアだから、今日は祭りだから、それに加えて部下も酔っ払っているのだからと、いくつも理由をつけてやらねば、麦酒を酌み交わすこともできないとは。
「だがまあ、悪くはねえ」
グラスに残っていた分を一気に飲み干した。苦味も慣れると心地よく、快感で深く息を吐く。
ふと顔を上げれば、向かいで麦酒色の瞳の男が笑っていた。
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