【朝ごはん】

案律。案内に作ってもらった朝ごはんを食べる律の話。終始ほのぼの。


「召し上がれ」
「いただきます」

目の前に並べられた料理に僕は手を合わせる。
いつからだったか忘れたけど、僕は毎日案内に朝ごはんを作ってもらっている。霊である僕は食事をする必要が無い。お腹も空かないし身体が成長することもない。案内はそれを分かっているのに毎日ごはんを作る。
最初は訳が分からなかったのと、僕の偏食がひどすぎてなかなか完食できずにいた。
でも今では、時間は多少かかるものの出された料理を全て食べることができるようになった。初めて完食したとき、案内はとても喜んでくれた。ぴょんぴょん飛び跳ねたり、僕の周りをくるくる回ったりと子どものような喜び方をしていた。いつも落ち着き払っている案内にしては珍しい反応だったから「どうしたの?」と聞けば「嬉しくてつい」と頬をかきながら照れたように微笑んでいた。


箸を手に取り、何から食べようと皿を眺める。
食卓につく前からいい匂いを漂わせていた味噌汁……じゃなくて、小さな器に盛り付けられたきゅうりのサラダを手に取る。本当は味噌汁から食べたい。だけど僕は猫舌で熱いものを食べられない。もう少し冷ましてからにしよう。
小さめに切られたきゅうりを口に運ぶ。僕は一口が小さい。だからかどの料理の具材もほとんど小さめにしてくれている。ありがたい。
次に白ご飯。案内の炊くお米はいつ見てもつやつやしていて綺麗。見ているだけでも満足できそうだが食べないと案内が悲しむから、ぱくりと口に運ぶ。硬すぎず柔らかすぎずの良い塩梅。
続いて卵焼き。毎回焦げ一つ見当たらないのは純粋にすごいと思う。僕は確実に焦がしてしまうだろうね。箸で一口サイズに切り分けて口に放り込む。ふわふわした食感とほんのり甘い味が口の中で広がる。
案内は卵焼きはしょっぱい方が好きらしい。だけど僕の好みに合わせて毎回甘い味付けにしてくれる。自分好みの方が作りやすいだろうに……手間をかけて申し訳ないなと思う一方でやはり嬉しさの方が勝った。
最後にまだ手つかずの味噌汁のお椀を手に取る。もくもくとたっていた湯気は薄まり、手から伝わる温度もそこまで高くない。それでも念のためふーふーと息を吹きかけてから汁をすする。……うん、美味しい。寝室にまで届いていた美味しそうな匂い。匂いが美味しそうならそりゃあ味も美味しいに決まっている。具であるしっとりしたわかめと小さな豆腐にも味噌の風味が染み込んでいる。
その後僕はもぐもぐと食べ進めていく。僕が食べている間、案内はずっと黙っている。真正面に座って静かに僕を見つめている。視線は手を合わせたときからずっと感じている。意識すると集中して食べられないからあえて無視していた。だけど……気になって仕方ない。
食器から視線を外して、案内の方を見てみる。そして思わず肩が跳ねた。
子どもを見守る母親のような、愛おしいものを見るような慈愛に満ちた目で、優しく柔らかい笑みを浮かべている。僕ずっとこの表情で見られていたの? そう思った瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。
僕、いい歳した大人の男なのに……。何千年も生きている案内からすれば僕なんて赤子同然だろうけど。それでも何だか恥ずかしい。頭を抱えそうになるのを抑えて、僕は一旦箸を置いて口を開く。

「ねぇ、案内」
「どうした、おかわりか?」
「そうじゃなくて。その、そうやって見られていると恥ずかしいから……
「ああ、すまない」

もごもごと小声になってしまったけど、案内にはちゃんと聞こえたようでスッと視線を外してくれた。これでやっと集中して食べられる。再び箸を手に取る。
案内はすることが無いのか窓の外をぼんやり見ている。僕もちらりと横目で窓の外を見てみる。すっきり晴れ渡った夏の空。遠くから微かにセミの鳴く声が聞こえる。
音羽村は夏でもひんやり涼しい。一方ですぐ隣の音羽町は酷暑らしい、安栖が真顔でぼやいていたのを思い出す。村と町はぴったり隣同士なのにどうしてそんなに違うんだろう。気にはなるが今すぐ答えを知りたいわけでもないから、今度気が向いたときに案内に聞いてみよう。
それから数分間黙々と一つずつ皿を空にしていき、最後の一品を食べ終えた僕は箸をゆっくり置き手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

そう言うと案内は再び僕に向き直り、にこりと微笑んだ。

「今日も完食できたな。えらいえらい」
「わっ、毎回撫でなくていいってば」

案内は少しだけ身を乗り出して、ぽんぽんと僕の頭を撫でる。子ども扱いされるのは正直複雑だ。でもそれに喜んでしまう僕もいるからあまり強く言えない。
案内は僕の頭から手を離すついでに、空になった食器を手際良く重ねながら立ち上がる。

「オレは皿を洗ってくる。律はこれからどうするんだ?」
「うーん、特に決めてない」
「それなら後で買い物に付き合ってくれるか? 今から二時間後に」
「うん、いいよ」

暇になりそうだった一日に予定が追加されたことに僕は安堵する。霊の一日はものすごく暇だからね。生きていた頃は追加される予定にうんざりしていただろうけど、死んだ今となってはむしろありがたくて嬉しいくらいだ。案内と一緒に出かけられるからというのも大きい。
約束を取り付けた僕は部屋に戻ろうとして、ふと足を止めた。案内は僕が部屋に戻ってから動くつもりなのか、食器を持ったままその場に立ち尽くしている。

「ねぇ、案内。案内さえよければなんだけど……
……?」
「明日からは一緒に朝ごはん食べない?」
「え」
「嫌だったら断ってもいいよ。ただ、一緒に食べた方がもっと美味しく感じるだろうし、僕も一人で食べるのは少し寂しいから案内と一緒に食べたい。どうかな。いや、本当に無理だったら」
「分かった。明日から一緒に食べよう」

僕の言葉を遮るように案内は返答する。
案内は眉を下げてにこやかに微笑む。眉が下がるのは照れ笑いするときの癖だ。
一緒に食べないかと提案したのは、僕が食べている間の案内は暇そうだからだ。暇という素振りも雰囲気も感じさせないから、今までスルーしてしまっていた。
最初の頃は食べるのに集中しすぎていて案内のことをまともに見ていなかった。案内の様子に気づくようになったのはごく最近のこと。
案内にとって暇な時間はどう思うんだろう。僕と同じようにつらく思うのだろうか。そもそもあんな表情ができるほどなんだから、暇とすら思っていないのかもしれない。
どちらにせよ、案内は僕の提案を承諾してくれた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。断ってもいいとは言ったけど、本当に断られたら落ち込んだと思う。面倒くさいなと苦笑して、僕は案内の目をまっすぐに見た。

「じゃあ明日からお願いね」
「ああ、楽しみにしてる」

案内は朗らかに笑った。