ひさね
2023-12-25 00:55:11
2710文字
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降誕祭と救済についての小話

ソウとケントがクリスマスに救済とは何かについて話す話。スイッチが急にパチパチするとこわい。

 ケントが散歩から帰ってきたかと思えば、大きい紙袋を両手に抱えていたものだから驚いた。
……手ぶらで出て行かなかったっけ?」
「なんか貰ったんだぞ」
「誰から」
「あそこの公園の子どもとか近所の人たちから」
 あっけらかんとした答えに困惑するおれを他所に、本人は呑気に、袋の中身をどさどさと小さいテーブルの上に並べていく。箱は大小様々、数も多いようで、あっという間にテーブルが色とりどりの包装紙で鮮やかに、目を引く様なっていった。
 そういえば今日はクリスマスだった。さしずめ、クリスマスの贈り物なのだろう。彼は、大層愛されているようだった。
「大体中身は食べ物っぽいな」
「だろうね。きみ、何が好きかよくわからないから、贈る物も大体決まってくるんじゃない」
「えー、ソウにまで言われるなんて思ってなかったぞ」
 カラカラと笑ってジャケットを脱いだかと思えば、ベッドに飛び込んでいく。それを眺めながら、誰かにも言われたのかと苦笑する。
 今日の同室である彼は、人を引きつけてやまない。面倒みの良さだとかきっぷが良く気さくな性格だとか、あとは、現金な話をすれば、端正な顔立ちだとか。恐らく人より魅力が多い。その数が多くて、どれもまばゆい光を放っている。太陽そのものの様だった。
 だから。
「でも今日って何かあったか?」
 当の本人が全く見えなくなる瞬間がある。
……今日の月日」
「十二月二十五日だぞ。それが何……ああ。あれか、冬至のやつ。降誕祭」
 クリスマスとは呼ばないのだな、と思う。それに行事自体を知らないのだとも言わない。
 その由来、諸説ある内の一つを一番に、つつがなく口にする。
 ケントにはそういう所があった。普段の、スラム育ち故の無知がまろび出ても笑って許される様な気軽な振る舞いと、世俗から離れて妙に、所謂教養的と評されるような分野へのつぶさな言動との、微妙な捻れがあった。
 そして、それはいつも急に立ち現れる。
「そうだよ。クリスマスプレゼント。……何も知らないで貰ってたの?」
「んー、そういうことだな。返すもの考えないとだぞ」
 彼はぱた、と仰向けになった。大の字になって、気分良さげだった。
「そういえば、ソウはこの時期ミサだか聖餐だかやってたのか?」
 ミサと聖餐を区別している様な口振りにうっすらとした寒気を覚えて、口ごもる。
……聖餐式ね、やってるよ。今頃バタバタしてるんじゃないかな」
「ふうん。降誕祭も祝ってるのか。なんで?」
 なぜ、そんなことを聞くのか分からないまま、でも黙っているのも気まずくて、声を絞り出す。
「それは……降誕自体を祝うことで救世主の存在を裏打ちするためだよ」
「祝って遡って証明するのか。面白いな。そこは実際の誕生日とか気にしないのか?」
……そもそも知る術がないから」
 ああそうか、と間の抜けた声が返ってきた。
「行動と結果があれば良いもんな。救い主なら救済した事実だけあればそれで良い。日付は書かないか」
 ぼそぼそと分かったような気味悪いことを呟いたかと思えば、突然起き上がって、こちらを見つめてくる。
「何、急に」
「んー? 救済って何だろうなって話だぞ」
 顔は、笑っているようで笑っていない。唇が弧を描くだけで、紫色の瞳はぱきぱきと窓からの光を反射して無機質に輝く。何かが乗り移ったのかと、錯覚するような。生気がない笑みを貼り付けている。
 ひゅっと空気が喉を掠める。冷たいそれが直撃してむせそうになる。
「救世主の話じゃないんだ」
 震えそうな声を律して呟けば、彼は一層笑みを深めた。
「だって極論、救世主の存在はどうでもいいだろ」
 ははは、と乾いた笑い声が付け足される。
「大事なのは誰がやったかじゃなくて、救済が何か、信じるに足る事実らしいものがあるか。それぐらいじゃないか?」
 そうして、恐ろしいことを言う。全ての根幹を底抜けにしかねない恐ろしいことを、恐ろしい表情で言うのだ。本当に、普段の誰かからの印象と今のおれの心象と今の彼の言動、何もかもが重ならず、結びつかず、捻れていく。
 普段の魅力の影に隠れた歪みが何なのか、よく分からない。一時を過ごすだけの人間には見えもしないそれが、未だ良く見えないから、怖い。
……牧師にそれ言う?」
「なんだ、不信心の告解はしないのか。良い機会だと思ったのに」
 あっけらかんとした発言にあっさりとおれ自身の秘密が握られていて、どきりと心臓が跳ねて、急速に冷えていく。頭の中が真っ白になる。
 そんなおれを他所に、ケントは淡々と言葉を続ける。
「結局救済って相手が掴まなきゃ意味がないんだけどな。そういう話は載ってないのか?」
……とんでもない煽り方してくるよね、きみ。あるよ、大いにある」
 とりとめのない言葉を吐き出しながら、落ち着こうと藻掻く。
 紫色の瞳は未だにこちらを見つめていて、未だ無機質に光っていて、それでも彼自身の太陽たる部分は損なわれず、寧ろ一層引き立てられている錯覚を覚えて、こんなことも何もかもが全て見透かされている気がして、堪らなく嫌だった。
「でも流石に、言えないよ。そこまで見透かされてると」
「えー! 救世主って見透かすものなのに?」
 素っ頓狂な声を上げたかと思うと、きゅうと目が細くなる。外から光が徐々に瞼に阻まれて、ついに目を照らさなくなる。彼の中ではそれなりの救いだったとでも言うのだろうか。だとしたら、傲慢だ。救世主と呼ぶには、余りにも目敏くて昏い。
 同時に、聖書の救世主に対しても全く同じように感じたのも思い出す。
「救世主より悪魔だろ、それは」
「えー!?」
 つい溢れた一言に、ケントが一際大きくて、また調子外れた声を上げた。そしてぎゅっと目を瞑って眉を下げる。
 いつもの、何かをやらかしたときの顔だった。愉快な、と形容しても良いような表情だ。
 どうやら漸く平常運転に戻ったらしい。ケントの不気味なテンションはいつも突然始まって終わる仕組みになっているようだった。スイッチが入るタイミングはわからない。切れるきっかけも不明だ。
 こちらはケントの何もかもがわからない。それでもケントはこちらを見透かしてくる。
 故に全てが彼の掌中にある。
 何度確認しても、未だに心臓が空打ちしている気がしてならない。息をたっぷりと吐き出して、知らぬ間に息を止めていたのだと気が付く。
 救済のつもりの申し出と、追い込み方と、その昏い笑みが脳裏に染み付いている。本当に悪魔のような男だ。
 本当に、縋ったら終わりな気がしてならない。