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ひさね
2022-05-08 19:59:47
9306文字
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永遠の相の外へ
シオンの昔話。私がわたしにいたるまで。
ある人が言うには、神が唯一であり、この世は神の様態である。よって全て必然であるらしい。
私と同じ名前を冠する本に、そういうものなのかと呟いた。
「■■■、朝だから起きて」
名前を呼ばれて、ベッドから起き上がった。
そして真っ暗な部屋を徘徊する。眠気の靄を払うように、今日も始まった退屈から目を逸らすように。
書物机に、ドア、クローゼット。角ばった周に沿って順々に触っていく。
そして、最後に窓の前に立つ。しばらく重たいカーテンを見つめて、そうっと壊れ物に触れるように裾を摘んだ。
真っ黒い布は熱を帯びていた。
私達、吸血鬼は日を浴びると灰になってしまうらしい。そういうものだからと、いつも外は重たい布で遮られている。
朝の熱に触れていると、ドアが叩かれる。
朝食の時間が近い。
時間通りに動かなければ、夜の時間がなくなってしまう。名残惜しさを払い落としながら、机の眼鏡をつまみ上げて、漸くシャンデリアの人工的な光の下へと出た。
いつもと同じようなものを食べて、日中は足首まで伸びた髪を退かして書斎の机に向かう。崩れ落ちそうな書の山が床にも机にも所狭しと乱立している惨状を、慎重に歩いていく。
それから椅子に座って、本を開いて、勉強をして。太陽が沈むまで、自由な時間まで勉強、勉強、勉強!
闇の力が云々、人と共存するために身を隠せだの、実に飽き飽きするルーティンワークだ。だが、退屈と制限に蝕まれてばかりの生活ではやれることが少なすぎた。
きっと、そういう必然なんだろう。
頭の中の声が高らかに謳い上げて、軽くため息をついた。
それから、机の上の山の一つから『■■■』を手に取った。
私と同じ名前の本のページを捲りながら、読み慣れないラテン文字をなぞる。
定義から始まるそれはさながら数学書のようで、あまり好きではない。それでも同じ名前の好なのか、惹き付けられて、惹き付けられて、仕方がなかった。
積み上げた山から折り目のついた辞典を取り上げた。
この世は唯一の実体たる神の、創造主とは異なるところの神の様態でしかないから、この現実以外はありえないらしい。必然的な現在を認識するならば「永遠の相の下に」物事を見ることになる。それが人格の完全性に繋がって云々。
ここに誤訳がなければ、人に自由意志というものはない。神との絶対的な関係だけがあるのみである。
ではもし、もし、この本の記述どおりであるのならば、私の生活はどうなるのだろう?
パタン、と表紙を閉じた。そのまま思考も閉じるように。
これ以上は良くない、と元の山に乗せようとしたら、角がゴッとぶつかった。
しまった!
慌てて立ち上がろうとしてももう遅く、ぐらぐらりん、別の山を巻き込んで崩れてしまった。
そうなると、もう目も当てられない。諦めて長い髪を引き上げながら、椅子の上に体育座りをしていた。
ドミノ倒しの如く、本は別の本を巻き込み、机から落ちれば床の山も崩れていく。バタバタバタと、あたり一面が更地になって、あっという間に足元が埋まってしまった。
はああ、とため息をつく。寧ろそれ以外できなかった。
しかし起きてしまったものは仕方がない。
魔法を使いながらざくざくと拾い集めていく。
一子相伝の魔性の制御法に始まって、この世界の歴史書、数学書、小説に詩集。画集もあれば、古希を祝う論文集もある。果ては哲学書に、異国文字で書かれた外書など、枚挙に暇がない。
自分の力の制御法以外を色々と読み漁っている事実に少し眉を顰めた。
家以外の世界も親以外の他者も知らない私には、それだけ現実に裏打ちされない知識だけが増えていく。そこにどれだけの意味があるのだろうか。短い自由時間で知ろうとしてもたかが知れているんじゃあないか。
理性とやらの欲求通り、力を伸ばそうとしたって時間が足りないのでは
――
。
目の前に浮かぶ本がぶるり、と震えた。
おっと、と呟いて神経を集中させる。魔法は安定したイメージが肝だ。深呼吸を一つして、ぴたりと震えを止めてやる。
それから足元と机の上を全て元通りに乱立させて、一つ伸びをした。
夜まではまだまだ長い。
今日もつまらない日課を何とかやりきった。
途方もない疲労感に自室のベッドに突っ込みそうになる。が、そこはじっと踏んばって、机の上の植物図鑑を手に取った。
零時を回れば、私の時間だ。
重いカーテンと窓を勢い良く開き、髪の毛を外に垂らす。そして、窓のヘリに足をかけて、図鑑をしっかりと抱きかかえ飛び降りた。
ふわり、と着地をして、涼やかな夜の森の中へと駆け出した。
家から十分離れた所で、スピードを落とした。
そして月明かりと夜目を頼りに、森の中をふらふらと歩く。見たことのない植物はないだろうか、と視線を上下させる。
爽やかな夜風が髪とスカートの裾をさらった時、ふと足元に小さくて可愛らしい花を見つけた。
髪が地べたにつくのも厭わずしゃがみこんで、図鑑を開く。月明かりに照らされて白いページが光る。始めの一ページから図と実物を交互に見比べて、ゆっくりと手を動かしていく。
鼻歌交じりにめくっていくと、小さい紫色の花の写真が出てきた。あっと声を上げて、目を大きくした。目の前の花とじっくり見比べてみると、ぴったりと像が重なった。
思わず口角を上げて、その花弁を人差し指で掬うと、
「そこのお嬢さん」
と背後から聞こえてきて、びくっと肩がはねた。その拍子に指がしゅるりと抜けて、花はゆらゆら頭を揺らす。
ぎこちなく声のした方へと振り向くと、背の高い男の人がいた。
何故ここに人が? いや、私は一刻も早く隠れるべきではないだろうか? これこそ力の出番ではないのか?
疑問符で埋まって口をもごもごさせるしかない私を差し置いて、彼は続けた。
「少し道に迷ってしまって。街までの道、分かりますか?」
「あ、えっと。その」
街の方へと下りる方向へと顔を向ける。草木が鬱蒼と生い茂っていて、整備された道はない。獣道を抜けていけば道路に出られるが、パニック状態の頭では上手く説明ができそうもなかった。
親以外の他者とまともに話すのはきっと初めてで、だんまりがとても苦しくて。
でも、なんとなく心惹かれるものがあって。
不安と好奇心を秤にかけて、何とか声を絞り出した。
「
……
案内しましょうか?」
恐る恐る男性の顔を見上げれば、彼は眼鏡の奥の目を丸くした後、人が良さそうに破顔した。
先導を任せられ、街の方へと降りていく。
しかし、誰かがいる気配が背中を刺す感覚と、無言の苦しさに心臓が縮み上がりそうだった。
チラチラと定期的に後ろを確認していたら、ふと彼は首を傾げる素振りをした。
慌てて進行方向へと顔を戻す。肩をそばだてて、早足になりそうな足を制御するものだから、何だか変な汗まで吹き出しそうだった。
早く街までつかないだろうか。悶々としながら草を押し退けていると、
「お話しましょうか」と隣から声が降り掛かってきた。
いつの間にか右隣を歩いている男に、ちょっと飛び上がってしまった。
「な、何を?」
おっかなびっくり尋ねると、「そうですねえ」と特に気にもせず腕を組んで、またニパッとした笑顔をこちらに向けてきた。
「まずは、自己紹介しましょうか。私はヘースです。貴女は?」
「ああ、ええと」
姿を知られるな、と今更両親の言葉が染みてくる。
吸血鬼であるとバレたら大変なことになる。その惨事のスレスレに立っていると思うと、本名を言うべきか言わないべきか、何が最善かわからなくなってきた。
図鑑の方へと目を落とす。ここまで来たら観念する他、ないのかもしれない。
すっと息を吸って、答えようとしたとき、あの小さい花が頭を過ぎった。
「シオン。シオン、です」
咄嗟にそう答えていた。
名前だけで随分魔が間が空いたにもかかわらず、男はそこには言及せずに、名前を確かめるように口を開いた。
「シオンさんですか。こちらには詳しいんですね」
「ええ、まあ。
……
良く散策しているので」
嘘は言っていないと思う。でも、更に突っ込まれたらどうしよう。
咄嗟に上手いごまかしも思いつかなくて、つるつるした図鑑の角を指でなぞるしかできなかった。
「ほう、なるほど」
そう一言、男は呟く。
いよいよ心臓が爆発しそうで堪らなかった。そわそわ視線がせわしなく動く。早く逃げ出したかった。
彼はうんうんと頷いて、しかし、それ以上は何かを言うことはなかった。「こっちですか?」と度々こちらを伺いながら、淡々と草をかき分けて進んでいく。
ここで、なんとなく肩の力が抜けて、せっかくだから何か一つ聞いてみようと思い始めた。
でも、どう切り出すべきか。蓄えてきた言葉をかき集めて、恐る恐る口にする。
「そう言えば、なんであそこにいたんですか。あそこ、大分、奥の方ですけど」
「ああ、街の方曰く、吸血鬼の伝承の発祥がちょうど近くにあるらしいんですよね。少し見ていこうかと。でもお恥ずかしいことに、ちょっと道に迷ってしまって」
男は照れ臭そうに頬をかいていた。その傍で、私は吸血鬼という言葉にぎくりとする。
「
……
吸血鬼って伝承上の存在、ですよね」
「まあ、世間的にはそう言われていますね」
かさり、と草を退かせば、とうとう開けた道に出る。
「でも実際にいたら良いなとは思いますよ」
そう月明かりの下、微笑む彼に、ほうっと息を吐いた。
それから、始めの警戒が嘘のように、彼と打ち解けていた。おそらく私が言った以上のことを追求しない姿勢が、良く効いたのだと思う。
私が話さない分、彼は自分自身のことを良く話してくれた。
彼が旅人であること、各地の伝承や民話が好きなこと、旅のことを詩にしていること等々。
「旅か。具体的には何をしているんですか?」
「見たいものを見て、食べたいものを食べて。やりたいことをやりたいようにやっていますよ」
やりたいことをやれる彼は、とても自由だと思った。
「へえ、面白そう」
私にはできないからなあ。続けた声がやたら湿っぽかったのに自分でも気がついた。無論、彼にそれが伝わらないはずがない。
「じゃあ私の旅の話でもしましょうか」
「いいの?」
「ええ。案内してもらったお礼です」
でも、と彼は人差し指を立ててウインクを一つ。
「もう遅いですし、明日の晩にしましょうか。街も見えてきたみたいですし」
「本当だ」
前を向けば、街頭がチラホラと見えていた。
それに空も薄い藍色に変化している。
「じゃあ、また明日」
後ろ髪引かれる思いで片手を小さく上げたら、彼も手を降って、
「では、またここで」と夜明け前の街へと消えていった。
背中が見えなくなるまで見送った帰り道、ふと空を見上げて見ると彼方のほうがもうオレンジ色に染まりかけていた。
ロウソクの炎とも違うそれが、とても綺麗で。
同時に、本当に夜明けが近いのだと直感した。
急いで帰らなければならない。走らないと間に合わない。
長い髪がオレンジに引っぱられる感覚を振り払うように頭を降って、重い足を全力で動かした。
それからは夜中にヘースさんと会うのが恒例になった。それに私自身も自由時間を伸ばしたくて、外へ出る時間が段々と早くなっていった。
旅人である彼は、珍しく一週間以上もこの街に滞在していた。どうやら気の引くものが随分と多いらしい。
会うたびに、彼の行った国のこと、経験したこと、見つけたもの、彼の詩を聞いていた。
特に詩の影響は大きかった。獣との戦いや、行った国々での騒動は、きっと脚色が多かった。やたらと規模が大きかったし。
でも脚色に耐えうるだけの現実が、そこにはあるのだ。
そう思えば、果たして、私は専ら冒険譚や叙事詩を多く読むようになった。巨人も魔女も、ぼんやりとした輪郭が掴めるようになっていた。
とても充実していて、楽しい時間だった。時折、むしろ、最近はほぼ毎日、空の末に広がるオレンジ色を見てから、慌てて帰るぐらいだ。
だから、帰ってくる度に、ベッドに頽れる度に思う。
自分が人間だったら、あのオレンジ色の先を見られるのか。白んだ空も、薄い青色の空を掴めるのか。
あるいは、「私」が吸血鬼であるばかりに、神がそういう様態として現れたばかりに、酷い必然に絡めとられているんじゃあないか。「私」の理性を完成させた所で何の意味があるのか。
結局、自由とは何なのか、とか。
ぐるぐるぐるぐると考えて、日が落ちて、出かける頃には、面白さがすべてを凌駕してくる。鬱屈とした思考まるごと忘れてしまうのだからどうしようもない。
「シオンさんは街の方へは余り行かないんですか?」
今日も森の入り口そばで落ち合って、開口一番にそう問われた。
「ええ、余り。一回、深夜に警察の人に声をかけられてからは、少し行きにくくて」
「あはは、そうですね。夜中に若いお嬢さんが一人でいるのは大事ですから」
「まあ、それはそうだけど」
「今日は、街の方へ行ってみません? 私が付き添いますから」
そう誘われたのは、丁度九時ごろだった。多分、人がそれなりにいる時間帯だ。
彼以外の人間を見てみたいと思い始めていた私にとって、物凄く魅力的な誘いで、頷くのはすぐだった。
こくこくと頭が取れそうなぐらいの勢いで頷いていると、彼はクスリと笑って、それからもう一つ尋ねてきた。
「シオンさんってお酒、飲めますか?」
その意図を掴み損ねたが、きっと面白いことがあるに違いなかった。彼と過ごした時間が、必然の恐怖を打ち消すそれが、しっかりと証明してくれる。
だから「人並みには」と頷いた。
結論から言うと、最高に面白かった。
酒場に連れて来られたときは逃げ出そうかと思った。しかも彼が中央の席を取るから、人と人との間を縫わなくてはいけなくて尚の事目立った気がする。
奇異の目に晒されて、目の前でメニューを差し出してくる彼との初対面を思い出した。とにかく居心地が悪いのを誤魔化そうとメニューを受け取った。
しかし、割と人の興味は長持ちしないようで、食事と飲み物を頼むときには既に視線は散開していた。
ああこんなものか、と少し呆気なく思った。
だったらもう少し早く、とも思ったが、大体そこに意味はないので、考えないことにした。
食事と少しのアルコールが入れば、旅人であり詩人でもある彼の本領発揮だ。いわゆる吟遊詩人に皆、興味があるようで、彼が歌い出すと喧騒も水を打ったように静まり返る。
それを聞く皆の爛々とした顔が、私に似ているような気がして、何だか可笑しかった。
詩が終われば、後はもうお祭り騒ぎだった。
同じものを聞いた仲間として私も受け入れられたらしい。その後は初対面にも関わらず会話が良く弾み、色々な人の色々な生活を知ることができた。
酒盛りは大いに盛り上がり、結局店主に追い出される頃には既に二時を回っていた。
各々千鳥足で帰っていく中、しっかりと立ち上がっていた私達は酔い覚ましがてら、ぶらぶらと街の散策をすることにした。中央広場の噴水の底にあるコインを眺めたり、植えてある街路樹の説明を見たり、外観の面白い店の中身を予想してみたり。
とても楽しいことをした。ここ一週間以上、ずっと、経験し得ないようなことばかりやってきた。
でも、どうしても私には近づけない。人間の知るところのものも、人間にも。
どうしようもない差が、そこにある。
息苦しいような感慨が胸の奥の方に染み渡って、そこに隠れていた必然の思想に絡みついたのが分かった。
ぐるり、と大きく周辺を回って広場に戻ってくる。
時刻は三時ごろだった。普段ならもう帰る時間帯だったが、帰りたくなかった。
すべてアルコールのせいだった。そういうことにしてある。
夜中の広場で適当なベンチに座った。人っ子一人いない。静寂と無風の空間が広がっている。奥の方では壊れかけの街頭がチカチカと明滅していた。
どちらかが口を開くのでもなく、ただそれを二人、眺めていた。
段々と明度が弱まって、プツンと切れたとき、
「
……
そう言えば、ヘースさんってどうして旅を始めたの?」
と、口火を切った。
今まで聞こうと思って聞けなかったことがまろびでる形になった。
彼はまばたきをゆっくり数回して、息を吐いた。
「単純に嫌だったからです」
「何が?」
「家を継ぐのが」
そう言うと彼は困ったように眉を下げた。
「それなりの魔法使いの家系でして」
「へえ。ヘースさんって魔法使えるんだ」
「ええ、家を継ごうと思えば何時でも継げるぐらいには」
「天才肌ってやつだ」
「
……
でも全部、決められるのが、嫌だったんです。必然を突きつけられるのが、嫌だった」
必然という言葉に目を丸くする。
「でも、結局、私にはそれしかなかったんです。私の自由、ある程度の裁量はそこにしかなかった」
反抗期もそろそろ終わりですね。
そう小さく笑う彼に、少しばかりの戸惑いが隠せなかった。
「始めから、自由なんだと思ってた」
思わずこぼれた言葉だった。
それからハッと我にかえって、咄嗟に口元を押さえる。おずおずと彼の顔を見ると、相変わらず何も気にしていないように、寧ろ大きな寛容をもって微笑んでいた。
「割と皆、そんなものですよ。そうやって生きているんじゃあないかって、私はそう思います」
「皆、制限の中で、生きているんだ」
「ええ、きっと。抗ったり抗わなかったりして、行き着くところに行き着くんだと思っています」
「
……
ヘースさんは、結局。結局のところ、必然に帰ったんでしょう」
「そうですねえ、確かにそうなりますね」
「
……
反抗期に意味はあった?」
躊躇いを覚えながら、それでも彼の寛大さに甘えて、私は尋ねた。
彼は目を伏せて、少しばかり思考しているようだった。
問うてから、これが、必然に捕らわれた「私」にとって重大なものになることに気がついて、冷めた頭で段々と理解してしまって、怖くなった。
でも何故か唇は震えるばかりで、ついぞ取り消すことはできなかった。
そうして、彼は顔を上げた。
オレンジが広がった空の下、やわくやわく微笑んだ。
「抗うことに、意義も意味もあると思います。最後にどんな結論だったとしても、これがなければきっと至らなかったものだから」
すべて確信を得た言い方に、優しい決定論に。
初対面の時と、全く同じあの笑みに。
私はほうっと息を吐いた。
ああ。すべて意味がないわけじゃあ、ないのか。
目頭が熱くなるような、すべてが洗い流されていくような気持ちだった。
「そっか。
……
そうか」
彼の言葉を何度も何度も反芻して、それでも消化しきれない部分はあって。
でも、何かから解放された気がした。
「何となく、分かったかもしれない」
熱に浮かされたように、つらつらと言葉を垂れ流していく。
初めて自分の、正直な部分を語っていく。
「私は、私も、生活に制限があって。重大な制限があって。多分、それは必然的なもので。全部煩わしくて、つまらなくて。全部嫌だったから私、わたしは」
果てにあるはずの太陽を見つめて、呟く。
「自由になりたかったんだな、なんて」
わたしは、自由を夢見る「わたし」は、そう思っている。
きっとそれは確かだった。
段々白み行く空を見上げて、壊れた街頭の更に奥が明るくなるのを見て、終わりを実感する。それでもあまり、怖くはなかった。
ただ、とても眩しいなと思って、わたしは目を瞑った。
「結局、徹夜しちゃいましたね」
彼が隣で笑っていた。きっと眉を下げて笑っているのだろう。
「ええ。でも少し眠いからこのまま寝ちゃおうかな」
「親御さんに怒られますよ、きっと」
「大丈夫。そんなこと起きないし」
だって灰になるから、とは続けなかったけれど。
指をこすり合わせながら、足元の温かさを感じて。さらさらと消える感覚を覚えておこうと、神経をとぎすませて。すべてなるように身を任せようとして。
そして、まぶたの奥に強烈な眩しさを感じる。反射運動で眉を顰めた。
確かに、顰めたのだ。
パチリ、と目を開いた。そのまま思考も開くように。
薄く伸ばした水色とオレンジが混ざりあった空があった。その中に白く輝く太陽があった。
どこまでもどこまでも広がるような光で、すべてを白く染め上げそうで。
初めて見た朝日は、すべてを焼き尽くすほどに美しかった。
ざり、と靴が地面と擦れる。その感覚が足の裏に確かにある。
そこで、両親の嘘を悟った。
軽い虚脱感がいっそ清々しく感じられた。
ぎゅっと目を瞑って、はあと息を吐く。
「どうしたんですか?」
そう問われて、薄く目を開けて、彼を見た。
わたしを太陽の下へ連れ出してくれた彼を。永遠の相の外へと足掻くことを許してくれた彼を、見上げた。
「ただ、太陽が眩しいなって」
そう言って目を細めた。
それからゆっくりと立ち上がり、太陽に伸ばすように気持ちよく伸びをする。コキコキと首を鳴らしながら、一つの思いつきを話す。
「わたしも旅に出ようかな」
「おや、出来る手立てが見つかったんですか?」
眼鏡の奥で丸くなった瞳に、悪戯っぽく笑う。
「うん。今、思いついたところ。やるべきことも分かってるし、すぐにでもなんとかするつもり」
ニパッと彼を真似て笑うと、彼は少しだけぽかんとした後、同じように笑った。
「そうですか。なら、早く行かないといけませんね」
「そうだね。帰って、事を済ませなきゃだ」
「
……
さようなら、シオンさん」
たっぷり空いた間と何時もと違う挨拶、それに本名よりしっくりきてしまった偽名に、じんわりと胸が染みてくる。
それでも、彼の微かに寄せられた眉間のシワを見ないフリをして、わたしは口角を上げた。
そして多少の祈りを込めて、返した。
「さようなら。また何時か」
古来の研究と同族の、きっとわたしと同じように自由を求めたかったか、余程の物好きだったであろう同族の手記を頼りにした研究が漸く完成した。その翌朝。
部屋の周をぐるりと回ってから、眼鏡は引き出しにしまって、机の上の鋏を手に取った。重たい髪を肩までバッサリと切り落とす。それから寝間着を脱いで、用意しておいた軽装に袖を通した。
それから、重苦しいカーテンと窓を開け放つ。
ヘリに足をかけると、清々しい快晴がわたしを迎えてくれた。
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