ながひさありか
2023-12-30 00:52:41
7101文字
Public STR-Blafka
 

刃カフ:衛星との関係

任務後、発作を起こした刃を鎮めたカフカがぼろぼろの刃をお風呂で綺麗にしてあげる話。ちょっとだけいかがわしいです。捏造と曲解が多数。
※メンタル的には常にカフ刃寄りなんですが、最終的な挿入関係で表記しています(この話には挿入シーンはありません)

 視界は赤黒く染まり、口の中は血生臭く、四肢に力が入らない。
 ──自分は死んだのだろう。
 そう思考するのは果たして何度目か。千を超えても尚、思考は続いていた。続いている。つまりはまだ生きている。
 彼は願いが成就しなかったことを残念に思いながら、ゆっくりと目を開けた。
 誰かに抱き止められている。暖かな体温と春の終わりを思わせる香りを鼻先に感じながら、小さく咳をした。
「刃ちゃん? やっと起きたのね」
 硬直している彼の背をゆっくりと撫でながら、女が歌うように艶やかな口調で笑った。
「埋まっていた君をサムが掘り起こしたんだけど、運悪く発作が起きてしまったから、私が落ち着かせたの。他に質問は?」
………………
 特にない、と答える前に、刃はごぼりと喉から嫌な音を立てて咳をした。
 口から折れた歯が飛び出し、彼を抱き止めていたカフカの白いシャツに血が飛ぶ。刃は舌を動かし、口の中にまだ残っていた歯のかけらを吐き出す。ぎこちない動きで地に手をつき、カフカの腕を外させる。
 謝罪も感謝も口にするつもりはなかった。彼女はきっとシャツの汚れを気にしないだろうと思っていたからだ。
………………、」
 全身が酷く軋みながら、肉体が再生し続けているのを感じた。漏れそうになる苦鳴を噛み殺しながら手のひらで痛む額を押さえ、ふらりと立ち上がった。血で汚れた包帯が皮膚に張り付き、服の下で引きつれて不快だった。
 背中の痛みに振り返ろうとすると、いつものように、感情の読み辛い微笑みを浮かべたカフカがそっと刃の背中に手を当てた。
「背中の方からお腹まで何本も貫通しちゃったから、服がぼろぼろね」
 カフカの言葉に瞬きを繰り返しながら自分の体を見やれば、確かに服には大穴がいくつも空いていた。瞬きを繰り返すうちに、だんだんと視界が明るくなっていく。
 昨晩の記憶は断片的に失われていた。けれどもカフカがこうして一人でここにいたと言うことは、作戦自体は失敗していないのだろう。であれば、気にすることはない。
「朝か」
 当初は夜のうちに戻る筈だったな、と考えていると、
「皆が君を待ってるわ。早く帰りましょう」
 隣のカフカが眠たそうにあくびを一つこぼし、「ん〜っ」と体を伸ばしている。
 ——もしかするとこの女は、一晩中俺を腕に抱いていたのだろうか。
 そんなことをする必要はない筈だが、と考えてから、目覚めた時に彼女の体に自分の腕ががっしりと絡まっていたことを思い出した。
 そのせいで動けなかったのだろうか。そう考えたが、例えそうであっても、サムが彼女ごと刃を連れて行かなかったのは理解の及ばない話だった。
 刃の記憶は途切れていたが、隣の女は詳細を語らないだろうとわかっていた。だから、思考はここで止めにするべきだ。

   *

 帰還すると、ソファで足を投げ出してゲームをしていた銀狼と目があった。彼女は一瞬で顰めっ面になり、「臭い。汚い。最悪」と刃を罵った。
「ただいま」
「おかえり。カフカも早く着替えなよ〜」
 銀狼は眉を寄せたままジト目で二人を見やると、犬を追い払うようにしっしっと手を振った。
 あらあら、と笑うカフカの白いシャツは乾いた血とまだ赤い汚れでまだらになっており、おそらくこれは処分することになるだろうと刃は感じていた。
 刃が無言で自室へ足を向けると、後ろからカフカが追いかけて来る。
「刃ちゃん、今は一人じゃ上手く髪を洗えないでしょう? どうせ私も着替えなくちゃいけないから、私の部屋にいらっしゃい。服の替えも私が閉まってあるから」
 刃は片手を持ち上げ、軽く握り、開こうとした。けれども指が固く、開くのにやや時間を要した。死から目覚めてすぐにはよくあることだったが、確かに今、髪を洗うのは億劫な作業に思えた。
 刃は汚れた自身の髪を掴むと、いい加減切るか、と小さく呟く。
「駄目よ。私が洗ってあげるから、ね?」
 気の乗らない話だったが、頷かなければ彼女が引き下がらないことはわかっていた。

   *

 バスルームに続く脱衣所に押し込まれ、刃はぼんやりと髪留めを外し、ベルトと一緒に洗面台の上へそれを置いた。血で張り付いた服を脱ごうとしたが、上手く脱げず、結局椅子に座らされて、カフカに手伝ってもらう羽目になる。
 こんなことをするのは初めてではなかったので、今更恥じるような感情はわかなかったが、包帯と布地を巻き込んで再生した背中の皮膚を彼女に切り裂いて貰うのは、苦痛よりも居心地の悪さを覚えて慣れない。
……中で流しながら脱いでもらったほうがよかったかしら」
 ようやく外套を脱いだところで、カフカが腕を組み、刃の体と床をじろじろと見下ろしながら言った。乾いた泥や真新しい血が白い床に散っている。刃はぼんやりと床を眺めながら、体に巻かれていた包帯を剥がして行く。時折、皮膚が引っ張られる感覚に息をはいていると、「うん、やっぱり中でやりましょう」とカフカが刃の裸の肩を掴む。
「自分で脱げるなら先に脱いでいてちょうだい」
 刃の手を引いて立ち上がらせると、カフカは上半身だけ裸になった刃をバスルームへ押し込んだ。
 壁面のボタンを操作し、ぬるい湯を出すと、シャワーヘッドを刃の体に向け、持っていたナイフをシャンプーやボディソープの並んでいる棚に差し込む。
「脱げそうになかったら切ってね。後でまとめて捨てておくわ」
 そう言ってバスルームを出て行くカフカを気にせず、刃は言われた通りに無言で体に湯を当てたままボトムに手をかける。太腿を何かが貫通した大穴が空いており、先ほどと同様、皮膚の一部が服と癒着して再生してしまっていた。刃は無言で刃先を皮膚に立てると、布地ごと一部を切り取る。
「っ、」
 血の混ざった赤い湯がタイルに広がって行くのを見ながら、歯を噛み締めて足首まで服を裂いた。どうせもう着られない服なのだから、切ってしまったほうが早かった。汚れ、濡れた服の残骸をタイルの端にまとめると、下着からようやく足を抜く。それを見計らったかのように、カフカが戻ってくる。
……おい」
「どうしたの? 変な顔して」
「何度も言っているが、お前が全部脱ぐ必要はないだろう」
 刃はカフカを視界に入れないように顔を逸らし、ため息をついた。そんな刃をきょとんとした顔で一瞬見つめてから、皓く眩しい肌を晒したカフカは、少しも恥ずかしがる様子もなく、おかしそうに笑う。
「刃ちゃんこそ、いい加減そんなに驚かなくたっていいじゃない。だってその髪を洗ったら、濡れないのも汚れないのも無理だもの。それなら最初から着ていない方が合理的でしょう?」
 とにかく座って、とまだ湯の張られていない浴槽に追い立てられた刃は、唸るような声を上げながら、渋々、浴槽のヘリに腰を下ろした。
「頭をちょっと下げてね」
 カフカの言葉に従って、首を下げる。血と泥で汚れた体には、まだ再生途中で何箇所か肉が剥き出しになっている箇所があった。傷がだんだんと塞がって行く様を見ながら、刃は微かな痛みに顔を顰める。
 頭上から湯が降り注ぎ、カフカの細い指が刃の髪に差し込まれた。彼女は鼻歌を歌いながら、ゆっくりと髪についた泥や血を落として行く。彼女の細い歌声が水音の中からバスルームに小さく響いているのを聞かながら、刃は脱力して目を閉じた。刃の知らない歌だったが、妙に耳に心地よい音がする。
 彼女が時々バイオリンを弾く姿を思い出していると、湯が止められて、白い手で泡立てられたシャンプーで髪を洗われる。その間も彼女の歌は止まらない。
 楽しそうに、愉しそうに、カフカは刃の髪に指を通し、ハープを奏でるように丁寧に髪を洗って行く。
 微かに白百合の香りがする泡に、ふと、刃はいつだったか、同じように刃の髪を洗いながら「お気に入りのなの」と彼女が話していたことを思い出した。その時はこの
香りではなかった筈だが、とぼんやり刃が考えていると、「最近変えてみたんだけれど、どう?」とカフカがまるで頭の中を読んだかのようなタイミングで尋ねて来る。
「いい香りだ」
 俺には合わないが、と続けることはせず、端的に答えた。背後のカフカが嬉しそうに笑うのが聞こえ、刃はカフカの手を取った日のことをぼんやりと思い出していた。
 まずは人間らしい姿にならないとね、とカフカは伸びっぱなしの髪にぼろぼろの服を——とは、最早呼ばない布地を——纏っただけの刃を連れまわし、髪と肌を洗い、整え、服を採寸し、全てを与えた。
 もちろん彼女が刃にそこまでするのは全てエリオの指示なのだろうとわかってはいるが、髪を整えて、肌を清潔にし、あつらえさせた服を着た刃を上から下まで見つめて、満足そうに吐息したのを思い出すと、どうしても酔狂な女だと感じてしまう。カフカには他人を飾り立てる趣味があるわけでもないだろうに、時々、こうして刃を自分好みに染めるのを楽しむような姿を見せることがあった。
 刃は先ほど床に捨てた服の残骸を思い出し、あれらも全て彼女に与えられたものだ、と唐突に考えた。
 今は着ているものに不満はないが、かつてはそこまで俺に金をかける必要が本当にあるのか、と感じていたも。
『君にはこれが全部必要なの』
 俺は服を何度も捨てる羽目になるから生地や素材にこだわるのは無駄だ、と訴えた刃に、カフカは普段より少しだけ真剣な顔をして口にした。
『だって私の隣にいるんだもの。そうでしょう?』
 感情の読みづらい、彼女が他人によく見せる美しい微笑みを見つめ返しながら、その理屈は俺にはわからないが、と感じつつも、そういうものか、と納得した。
 どうせ今の自分は仮初の身で、いつかは全てを返すのだから、与える側が満足しているのであれば気にすることではない。
 再び頭上から湯が流され、泡が丁寧に落とされて行く。もう一度同じように泡まみれにされ、再び湯が流される。
 カフカはまだ鼻歌を歌っている。相変わらず刃の知らない歌だったが、やはり耳に心地の良い音がした。
 彼女の声はいつだって優しい。刃の身の内に住まう化け物も、彼女の声には大人しく耳を傾けてくれる。
 カフカは刃の髪を上から下へとゆっくり絞り、さっきよりも白百合の香りの強いトリートメントを手に取った。洗うのと同じように丁寧に刃の髪に指と櫛を通し、何かを確かめるように毛先をじっと見つめてから、「乾かしてからでいいわね」と小さく呟いた。
 どうせ俺にはわからないことだろう、と刃は彼女の独り言に取り合わず、三度、大人しく髪を湯で流された。
 見下ろした太腿の皮膚はもう殆ど治っていた。
「ふぅ、」
 重労働を終えたカフカが満足そうな声を上げたのを聞き、立ちあがろうとすると、「体がまだよ?」と肩を押さえ込まれてしまう。
「さっさとし、」
 背中側に血でもこびりついているのだろうか、と考えながら前に回された髪を見つめていた刃の声は途中で途切れた。
「待て、」
 背中に、カフカの裸の胸が当たっている。ぎょっとした刃の脇の下から白い腕が伸びてきたかと思うと、カフカが濡れた手で刃の胸や腹をそっと撫でる。彼女の手はシャンプーと似た香りの石鹸で泡立っていたが、ぬるりと肌を滑って行くその手の目的が別にあることは明白だった。
「洗ってあげてるだけなのに」
 耳許で、カフカがくすくすと囁くような声で笑っている。彼女の濡れた柔らかな肌の吸い付くように感触を直接感じながら、刃は瞬間的に答えに窮した。気まぐれの悪ふざけだと言うことはわかっているが、冷えていた体に一気に熱が戻ってくる。その感覚が不快だった。
「悪ふざけはよせ」
「別にふざけてるわけじゃないわ。だって気持ちいいでしょ?」
「っ、」
 カフカの腕を軽く掴むが、刃の緩い抵抗を彼女は聞かない。
 カフカは刃の耳朶を甘噛みしてから、うなじへ唇を滑らせ、首の付け根に小さく音を立ててキスをした。胸へ滑らせていた手を徐々に下げて、腰を両手で撫でながら、刃の背骨をゆっくりと形の良い唇で辿る。
 背中を振るわせた刃は、カフカの手首を強めに掴む。やめろ、と言わないのは、言ったところで彼女に聞く気がないのがわかっているからだ。
「大丈夫、何も考えなくていいのよ」
 肌の上を這う唇の感触に、ざわりと肌が粟立つ感覚がした。思わず掴んでいた手首から力を抜いてしまうが、言霊を使われているわけではない。だから、振り解こうと思えば本当は今すぐにだってできる。
 そう考えながらも、彼女の熱い肌に心地よさを覚えていた。下半身に血が集まって来るのを感じた瞬間、ふ、とカフカが笑う。蛇のようにゆっくりとカフカの手が肌を這い、塞がれた太腿の上を撫でて行く。
 シャワーヘッドの向きが変えられて、肌の泡が落ちて行く。
「っ、………………は、……っ」
 上下にゆっくりとさすられて、情けない声が漏れそうになる。カフカの唇が小さく音を立てながら肌に触れている。
 刃が身を震わせるたびに、触れ合った肌からカフカが楽しそうに笑うのが伝わってきていた。
「ふ、っ…………く、」
「我慢しないで、刃ちゃん。……ね?」
 奥歯を噛み締めて耐えている刃の耳に噛みつきながら、カフカが熱く濡れた声で囁いてくる。毒の滴るような甘ったるい声で吐息しながら、カフカの白く細い指が濡れた先端をくちくちと弄っている。
 滑りの良くなった指で再び全体を扱かれて、思わず、壁に側頭部をぶつける。
 カフカはあらあら、と笑ったまま、刃の反応に気を良くしたまま手を離さない。
 濡れた水音と二人の呼気がバスルームに響いているのが不愉快だ、と感じているのに、体の熱が冷めていかない。
「気持ちいいんでしょ? ……大丈夫。ほら」
「っ——————ハっ、ぁ、っ、」
 結局彼女に導かれるまま、昇りつめてしまう。汚れた手を見つめてぐったりと息を吐く刃から、ようやくカフカが身を引く。刃は壁に頭を預けたまま、視界がちかちかと明滅するような感覚に耐えていた。
 カフカはあら、と落ち込んでいるのか、はたまた疲れてしまったのか動かなくなってしまった刃の顔を覗き込んだ。
 複雑な虹彩の浮かぶ赤い瞳はぼんやりと明後日の方向を向いているだけで、意識はあるようだった。
「刃ちゃん」
 カフカはシャワーヘッドを片手に持ち、片手にボディソープを落とすと、汚れたままの刃の下半身に手を伸ばした。
「いい加減にしろ」
「違うわよ、汚れてしまったでしょう?」
 虚な瞳をカフカに向ける男に首を傾げながらさっと汚れを落とすと、「おしまい」と明るく口にして、浴槽の汚れを念入りに流す。
 浴槽の栓を閉めて、ぼんやりしている刃に構わず湯を張りはじめる。
「中に入ってくれる? 刃ちゃん体が大きいから」
 カフカの言葉に、嫌そうな顔をしながらも大人しく刃がまだ湯の浅い浴槽に体を沈める。片膝を立て、はぁ、と疲れたように項垂れた刃の髪がつやつやと輝いていることに満足しながら、カフカは手早く髪と顔を洗い、痛む体をゆっくりと洗った。
 昨日は一晩中泥臭い場所で、血まみれの刃に抱きしめられていた。だから、帰ってきたら刃は自分の手で綺麗にしてあげようとずっと考えていたのだ。
 時間さえあれば、魔陰の発作を起こした刃を鎮めることは、カフカにとってそれほど難しいことではない。彼の手綱はきちんと握れている。そうであるに決まっていた。
 何故なら、彼を制御できない時が来るのであれば、それは事前にエリオから何かしらの通達があるに決まっているからだ。
 昨晩はそれがなかった。サムに言い渡されたのは崩壊した建物の下から刃を掘り出すことだけで、カフカには「発作が起きるだろうから、鎮まって目が覚めたら帰って来るように」とただそれだけだった。
 だから、掘り起こした刃が血走った目で二人に襲い掛かろうとしたのをすぐに諌めて、それで終わりだと思っていた。
 想定と違ったのは、ふらりと起き上がった刃がカフカに縋り付くように腕を回して拘束したかと思えば、発作を起こして腕に力を込めたり、緩めたりを繰り返していたことだった。
 一晩中、カフカは刃の背中に手を当てて、耳許で囁き続けていた。
「お前、その痣」
 ハッとしたように、唐突に刃が声を上げた。カフカは珍しく目を見開いた刃に優しく笑って、首を振る。
「大したことないわ。そのうち消えるわよ」
 腰にくっきりと残る痣を気にした風もなく、カフカは刃の立てられた膝を割って、なんの躊躇もなく浴槽に身を沈めた。居心地悪そうにみじろいだ刃のことなど気にせず、刃の肩口に頭を預けて、満足そうに深呼吸をする。
「昨日は流石に疲れたわね」
 顔を傾けて刃の顎に唇を当てると、刃の頬に手を添えた。
 不可解そうに揺れている刃の瞳を数秒見つめてから、彼の唇にキスをする。何度か軽く触れ合わせているうちに、刃の手がぎこちなくカフカの腰に残る痣に触れようとする。
「触ったら痛いわ」
 くすくすと笑うカフカに、刃の視線が泳いだ、彼の口からは謝罪が漏れないことに満足して、刃の閉ざされた歯列を舌先でつついた。
……君の口の中っていつも血の味がする」
「そう思うのならしなければいい」
 笑って舌を離したカフカに不服そうな顔をする男の美しい顔をじっと見つめて、「でも綺麗になった」とカフカは満足そうに笑った。


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