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不知火白夜
2017-02-03 17:42:22
5001文字
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指切りげんまん
お題箱
「指切りげんまん」「夏」「音」より
蝉の声が喧しく響く7月の半ばのある日の休日のこと。道場の帰りを一人歩いていた岬誠太朗は、とある少女から衝撃的なことを告げられた。
「あの、これ、よかったら受け取ってください!」
顔を伏せた一つ結びの少女から手渡されたのは白い封筒。表面には可愛らしくも丁寧な時で「岬さんへ」と添えられている。
誠太朗は暫し考え込むようにその封筒を見つめたあと、合点がいったようにあぁと頷いて微笑みかける
「ありがとうございます。これ、信太朗に渡せばいいんですね?」
「
……
え?」
「よくいるのですよ。恋文を代わりに渡してくださいって仰る方。勿論渡しておきますけど
……
名前は書いてありますか? そうでないと返事のしようが
――
」
「ち、違います!」
誠太朗の言葉を遮って出された少女の声は予想外に大きく、少女本人も驚いた素振りを見せている。自分でもここまで出るとおもっていなかったのだろう。
そんな彼女に驚き静止する誠太朗に、少女は少し声を抑えて恥ずかしそうに、途切れ途切れに口にした。
「
……
あの、それ、あなたに
……
」
「
………………
へぁ?」
それは、今までで一番素っ頓狂な声が出た瞬間だった。
いつものように帰宅し、母と少し言葉を交わした誠太朗は、呆然と床に腰を下ろした。そして、鞄から白い封筒を取り出す。可愛らしくも丁寧な少女の文字は、よく見れば何度か書き直したような形跡がある。恐らく相手の名前を書くのも緊張していたのだろう。見ているだけでこっちまで緊張してしまいそうだ。
封筒の中には数枚の便箋。これまた丁寧な字で誠太朗に対する気持ちを色々書いてあり、それによれば少女は随分前から誠太朗に想いを寄せているらしかった。
全てを読み終えて熱烈な想いを受け取った誠太朗の心はどこか落ち着かない。少しばかり心臓の音もうるさくなっている気がする。
誠太朗は正直、彼女のことは全くもって知らず、こうして気持ちを受け取ったところでそれに答える気はないのだが
……
悪い気はしない。それどころか結構嬉しさを感じている。
これは異性からの告白が初めてだからということもあるが、恐らく、自分に好意を持ってくれている人があまりにも予想外過ぎたからでもあろう。
手紙を渡された時、誠太朗は、その手紙は双子の兄弟である信太朗へ向けてのものだと認識した。これは、ハッキリ言って彼の方が圧倒的に異性にモテるからに他ならない。
父親がスラヴ人であるため、この国に定住することになった当初は、差別的な扱いを受けるのではと懸念していた。しかし、父が周囲から親しまれていたからか母が地元の名士の出身であるからか、そもそも差別をしない人が多いのか、差別的な扱いはほぼ受けてこなかった。
片方の青い目についてとやかく言われることもあったが、この国に来て十年余り、誠太朗と信太朗はこの街に馴染んでいた。
その中で気付かされるようになったのは、どうやら信太朗が非常に異性に人気らしいことだった。
男子校生のため学校内に女子はいないが、学校を出れば手紙を渡してくる女子や、共に喫茶店にでも行こうと誘う女子、遠くから見ているだけの女子など実に様々。隣にいる誠太朗としてはなんとも居心地が悪い。
そんな女子達に、信太朗は素っ気なく返すだけである。気持ちに応えたことも、微笑みかけたこともなく、ただ辛辣な態度を示すだけである。しかしその斜に構えた様がいいとかなんとからしく、誠太朗にはよく分からない。
そもそも何故信太朗ばかり異性に人気なのか。同じ双子なのになんだこの差は。顔つきはほぼ同じはずだし、背丈や体格だって酷似している。
別に異性にちやほやされたい訳ではない。そうではないのだが地味に悔しいのが本音であった。
「兄様、いらっしゃいますか」
その時引き戸の向こうから信太朗の声が耳に届く。慌てて返事をすれば、スーッと戸が開いてそこには畏まったように座する双子の兄弟、信太朗の姿があった。
「只今帰りました」
「あ、うん、おかえりなさい、信太朗。悪かったですね、先に帰ってしまって」
「それは構いません。兄様を待たせるのも、悪いので」
淡々と、しかしどこか愉しそうに話す信太朗は、戸を閉めると誠太朗の向かいに腰を下ろす。そして、暫し誠太朗を見つめたあと訝しげな様子で徐に口を開いた。
「
…………
兄様、なにかありましたか?」
「え、あ、いえ
……
」
いつものように返事をしたつもりだったが、信太朗は不自然さに気づいたのだろう。
漆黒と群青、二色の眼がじっと誠太朗を見つめる。それがなんとも痛く感じられて、悪いことをした訳でもないのだからと、誠太朗は素直に白い封筒を見せた。その瞬間、信太朗の瞳が僅かに揺れた。
「実は、女性から手紙を、いただきまして。
……
それが、その」
「
……
兄様宛だったと、言うわけですか。私ではなく」
「
……
そういうことです。よく分かりましたね」
「私宛のものであるならば、そのように動揺することはないでしょうから。
……
それで、兄様はどうなさるおつもりで」
「断るつもりではありますよ。今日初めてお会いした方ですし、中途半端に交際するのも失礼かと存じますから」
「流石兄様。
……
ところで失礼かと思いますが、その手紙、見せていただいても宜しいでしょうか」
何故そんなことをとは思ったが、中身が気になるのかと手紙を渡す。
「
…………
随分兄様に想いを寄せているようで」
「だから驚きましたよ。僕は信太朗とは違い、異性からは興味を持たれていないものと思ってましたから」
「兄様の魅力に気づかない愚かな者が多いだけです」
冷めたような口振りとは裏腹に、何処か安堵したような顔つきの信太朗は、冷静に手紙を返却する。そして恭しく頭を下げたかと思うと、彼は黙って部屋を後にした。
恐らく、傍から見れば何も変わらない、冷静に冷淡に見えるであろう彼は、誠太朗からすれば明らかに様子が変だった。
手紙を見た時の動揺や先程の安堵した表情は、普段なかなか見せない信太朗の一面だ。
しかし何故彼がそんな反応を見せたのか、それは分からない。単純に驚いただけだったのだろうかと、誠太朗は思っていた。
だが、実際には大きく違っていた。
自室に戻った信太朗の心は荒れていた。荒れに荒れ、激しい憤怒の炎が燃え上がっているようだった。
「
……
なんで、あにさまに
……
っ!!」
信太朗は両の手で机を激しく叩くと、心の底から悔しそうに唸り声をあげる。
「なんで、なんでだよ、畜生
……
」
信太朗は項垂れ机を支えにずるずるとしゃがみ込む。長く長く溜息をついて、信太朗はガラリと机の引き出しを開けた。
そこにあったのは大量の開封済みの封筒で、どれも誠太朗宛のものであった。
誠太朗は異性に興味を持たれていないのではない。実は、信太朗よりもずっとずっと、異性に好意を寄せられている。
しかし、信太朗は幼い頃から誠太朗に忠義を尽くしている。敢えて「兄様」と呼んで多大なる愛を向けていた。誠太朗のことを一番わかっているのも一番愛しているのもは自分であるという自負があった。
それ故に誠太朗に女の影があるというのは、想像するだけで耐えられなかった。だから信太朗は誠太朗に想いを寄せる女からの手紙を代わりに受け取り、誠太朗のフリをして全て断った。直接伝えに来るという気概のある女もいたが、信太朗と誠太朗を間違えている時点で嫌悪しかなかった。
一方誠太朗には、信太朗と間違えて想いを伝える者や、代わりに手紙を渡してくださいうようなものが多くあり、それは信太朗にとっては好都合だった。
なのに、まさか正確に、きちんと想いを伝えにくる女がいるとは思わなかった。今まで誠太朗が一人きりの時も何度もあったがこんな告白をされるとは思わなかった。
だからこそ信太朗の衝撃は大きかった。誠太朗は断るつもりでいるとかまだ他に想いを直接正確に伝えに来たものはいないとか、そんなことはどうでもいい。とにかく、誠太朗が女と関わる機会があってはいけない。
自分が守らなければ。
再び、今一度、昔からの約束を果たさなければ。
「兄様は、私が守らないと
……
」
決心した信太朗は片手で支えながらゆっくりと立ち上がった。
「
……
信太朗、貴方何してるんですか?」
「焚き火です」
「
…………
こんな暑いのに?」
「ゴミを燃やしてるんですよ。ゴミ箱が一杯になってしまったので」
「
……
そうなんですか。父上や母上に許可はとりましたか?」
「いえ、探しても居ませんでしたから」
「
……
これはあとで叱られますよ」
誠太朗はそれ以上追求せず、ならばと自身のゴミも一緒に燃やし出す始末。その様と、パチパチと燃えるゴミを眺めながら信太朗はふと訊ねる。
「兄様は、昔の約束を覚えておりますか?」
「
……
どの、約束についてでしょうか」
「ブリタニアから大和に渡る際、交わした約束です」
それは十年ほど前のに船の中で交わされた約束だった。
父の希望もあり大和に移住することになったはいいが、国について知識はあっても土を踏むのは初めてで。また船に乗るのも初めてであった幼き誠太朗は周囲の様々なものに恐怖していた。大きな大人にも多くの人々にも、歳近い子供にも乗客のペットにも
……
そして船が揺れているのが怖くて何度も体調を崩した。喉や胸の辺りを占領する不快感に覚束無い足取り。今までと違う環境に対する緊張に加えて乗り物酔いが発生したことにより、当時の誠太朗は随分と弱っていた。
看病をしてくれる両親に対しても罪悪感を抱きながら横たわっていた誠太朗に、信太朗は語りかけた。「僕が誠太朗を守る」「ずっと一緒にいる」「誠太朗が怖がるものから、みんな守ってあげる」と。そして、大きくなっても守ると、そっと小指を絡めて約束を交わしていた。
「
――
あの頃は、私が兄様に守られていましたから、あの時だけでも立場が逆転したのは、印象的でした」
「そういえばそうでしたね。暫くはずっと貴方は従者のように振舞っていましたよね。いえ、今も、何方かと言えばそうですね」
「
……
兄様は、私の仕えるべき主人ですから。ですから私は今後とも、貴方の最良の下僕でいるつもりでございますよ」
「
…………
そうですか」
そう返事をした誠太朗の表情はどこか翳っているように見えたが、それを口にする前に誠太朗は言葉を発する。
「約束という言葉が出たので、こちらからもお聞きします。
……
貴方、私との約束で忘れているものはありませんか?」
淡々と質問されたその言葉に、信太朗は驚き衝撃のあまり身動きができなかった。そして、心の内に泥水が広がるように焦りと動揺が侵食する。頭を殴られたような衝撃も加わり頭部が揺れる感覚がした。夏の暑さや火の熱さのせいだけでなく、焦燥でさらに汗が吹き出した。
――
この僕が、兄様との約束で、忘れているものなどあったろうか
……
?
ないと言いきれる筈なのに、言い切ることを躊躇い、どうしてもできなくて吃音が漏れた。
それでも、なんとか必死に声を絞り出し、「ありません」と断定した。
「
……
そうですか」
誠太朗の声と表情は、憂いを帯びていた。
信太朗は気づく。やはりなにか自分は大事な約束を忘れているのだと、でも、それが何なのかさっぱり分からない。自分は、誠太朗との約束の何を忘れているというのだ? 必死に頭を働かせて思い出そうとするが、しかし、新たに思い出せる約束などあるはずもなく。体の奥深い場所に、ずしりと暗く重い絶望感がのしかかった。
「
……
あ、あにさ、ま」
「
……
大丈夫、無理に思い出さなくても結構です。私も失礼なことを聞いてしまいました」
「
……
あ、でも」
「気にしないでください、信太朗。貴方は何も忘れてませんから」
穏やかな微笑みが逆に信太朗を苦しめる。しかしそれ以降誠太朗は黙して語らず。ただ只管にゴミを燃やして、片して、去っていってしまった。
庭に一人取り残された顔面蒼白の信太朗は
……
誠太朗を守るという決心を新たにするつもりが、まだ絶望感から脱却できずにいた。
誠太朗の言う約束とはなんだったのか。いつまで経っても信太朗は思い出せなかった。
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