【ALL】テルカ年末小騒動

おっさんの安否確認に行ったらとんでもないものに巻き込まれた青年たちのお話。
・閣下生存if
・ギャグです。

音声伝達器というものがある。
魔導器に頼らない世の中をより良いものにすべく、かの天才魔導少女が「ほんの手慰みに」発明した試作品である。試作品などと言いながらその性能は些かも申し分なく、この存在が本格的に世に知れれば喉から長い手を伸ばす人々が殺到することだろう。今はまだ調整段階だというその試作品の送声口を、レイヴンは訝しげに口元へ寄せた。
「緊急……ですか」
レイヴンが周囲を警戒しつつ尋ねると、受話器側からはレイヴンと同じく抑えた声が聞こえてくる。
『緊急、かつ極秘だよ。シュヴァーン』
試作品は便宜上壁に掛けて使用しているものの、大きさとしては小包くらいのもので、レイヴンの片手で容易に移動できそうなものだ。団の機密事項であるならばもっと安全な場所で話を聞きたいところであったが、この音声伝達器とやら、なにせ貴重な試作品ということで、ギルドユニオン本部の伝令室からは持ち出せないよう複雑な術式で防犯ロックをかけてあった。つまるところ、部屋の外へ持ち出した瞬間けたたましい警報音がダングレスト中に鳴り響く。(この悪趣味、もとい手厚い防犯装置も我らが天才魔導士によるものである。)分厚い壁の先の先まで念のため気配を探ってから、レイヴン――さきほどシュヴァーンと呼ばれた男――はより一層声をひそめて応じた。
「内容は」
『それは直接伝える』
「用心深いことで……
『私はまだこの機械を信用しきっていないのでね』
「なら伝令を寄越せばよかったでしょうに」
今のあんたが信じられるものって一体何ですか。とは聞かぬまま、レイヴンは嘆息をひとつ零した。受話器の先で憎らし気に顰め面をしているだろう相手の男は、いつかと変わらず感情の読めない声で最後にこう告げた。
『言ったはずだ。緊急だと』

「おっさんの迎えにきたんだけど?」
5日後。凛々の明星の面々は帝都ザーフィアス城の門番と対峙していた。「レイヴンが突然騎士団の任務で行っちまったきり3日も連絡を寄越さねぇからとにかく安否を確認してこい」という、ユニオン直々のありがたい依頼を受けての登城である。気のよさそうな門番2人は困ったように顔を見合わせ、やや(いや、とても)不信と不満で歪みまくった黒髪の青年に応対した。
「ローウェル殿、しかしですね。今は城内とても混みいっておりまして」
「そりゃあ大変だ。オレらが手伝ってやるよ」
「いや、現在ザーフィアス市民の城内立ち入り禁止を申し渡している次第で」
「なら問題ないわね。私たちは市民ではないもの」
「誰も入れないでって言われてるんですぅ」
「ボクたち、レイヴ……シュヴァーンに会わせてほしいだけなんだけど。連れてきてもらうことってできる?」
「それなら……
「馬鹿、無理に決まってんだろ」
「しかし……
「何事だ?」
困り顔の少年の提案に門番たちが気まずげな目配せをしていると、よく通る声が2人の背を超えてユーリに届いた。小柄で髭面、ユーリにとって馴染みの男がズンズンとこちらへ歩いてくる。
「ルブラン」
「ユーリ・ローウェル!」
ユーリがルブランと呼んだその男は、かつてほどではないもののその眉根をひん曲げてユーリの名を呼び返した。救世主を得たかのような門番2人を下がらせて、ルブランはユーリたち3人に「ついてこい」と命じた。門番と合わせて5人が驚きに目を見開いた。
「ルブラン小隊長! 恐れながら……
「分かっている。だがこれは隊の総意だ」
ますます話が見えなくなってユーリたち3人と1匹が目を見合わせているうちに、ルブランは踵を返して城へ戻ろうとしている。「あ、その」とカロルが慌てて追うとルブランはおもむろに歩みを止め、そしてユーリたちを振り返った。
「隊長を――助けて差し上げてほしい」
カチ、と鳴ったのは誰の武器だったろうか。それきり口を閉ざしたルブランからは、それ以上を聞き出すことはできなかった。

城内は騒然としていた。資料室から詰所から私室に至るまで、なぜか扉という扉が開け放たれ、様々な荷が廊下に放り出されていた。
夜逃げでもするのか? などという減らず口を叩く暇も惜しんで、ルブランに率いられる一行がかくして連れてこられたのは、かの元騎士団長が使用していた区画である。ユーリの背後で「やっぱり……」と漏らしたのはジュディスだったが、3人それぞれが同じ思いを抱いていたに違いなかった。レイヴンが現騎士団長も介さず、直接のやりとりのみで緊急に呼び出されるなど、この部屋のかつての持ち主以外に思い当たらない。しかし、この部屋は現在封鎖されており、元騎士団長の私室は別にあると聞いている。研究・調査・資料収集の一切を禁ずるという処置はかの男にとってはこれ以上ない厳罰であり異論の余地はないが、だからこそ研究室として使われていたこの部屋で一体今、何を――
「ルブラン」
「頼んだぞ。ユーリ・ローウェル」
何事か言いたげな馴染みの青年を見上げて、ルブランは何かを託すように頷いて、驚くほどあっけなく去っていった。シュヴァーンの一大事とあらば誰よりも騒ぎ立てる男がこの様子ということは、なるほど、ひとしきり悶着した挙句に入室すら許されなかったといったところか。ユーリは仲間たちに目配せをした。分厚い扉に手をかけ、
「邪魔、するぜっ!」
――鍵がかけられていないと分かるや否や、一気に体を滑り込ませた、その刹那。
「捨てます!!!」
聞き馴染んだ声がユーリたちの耳に飛び込んできた。
姿は見えない。部屋の中には誰も見えなかった。いや、見えなかったのではない。積み上げられたうず高い山で視界は完全に覆われていた。ジュディスの目線すらも遮るその謎の山の向こうの方から、何やら口論が聞こえてくる。
「ならん!!!」
「あんたさっき捨てていいって言ったでしょうが!! これはもう!! 捨てます!!」
「いやこれは恐らく帝国紀元前の貴重な資料であると考え直したのだ。戻したまえ」
「戻すもんですか! 考え直すのこれで何度目!? さっきここにあった山もっかい積み直すおつもりですか!?」
「失礼なことを言うなシュヴァーン。当初よりは、小さくなった」
「あったりまえでしょうがド阿呆!! あっド阿呆とか言っちゃったごめんなさいね!?」
聞き馴染んだ声が、聞き覚えのある(そしてそこはかとなく嫌な予感のする)声と、激しめの口論をしていた。どうにかこうにか山の向こう側へ続く道、というか床を辿っていくと、ユーリたちが安否を案じていた黒髪壮年の仲間が、大人げなく何かを抱え込んでごねる銀髪大柄の男と対峙しているのが見えた。
「ともかくこれは捨てん! 紀元前期の区画に置いてくれたまえ」
「置きません。捨てます。これも捨てますけどいいですね? あとこれも」
「いや待てその、それはいいがそっちは駄目だ。ラグーラ地層から出土した大変な価値のあるものだぞ」
「まじで知ったこっちゃないんですけどこれ本当にあと2日で終わるんですか? 終わらせられるんですか? 本気で終わるって思ってるんですか?」
ユーリは頭を抱えた。一体オレたちは何を見せられているんだ。眉間に手を当てて現実に追いつこうとするユーリより先に、我らがカロル先生がこの空気に挑んだ。
「えーっと……シュ、ヴァーン……?」
同時に4つの目がぐいんっとカロルの方へ向けられ、カロルは小さく「ひっ」と悲鳴をあげた。目の下の隈が生々しすぎて怖い。
「君たちは」と目を見開く銀髪の元騎士団長、アレクセイ・ディノイアの脇を通り越し、シュヴァーンと呼ばれた男が瞬き1つの間にカロルの元へ駆け寄った。そして、カロルにしがみついて、泣いた。
「しょうねんんんんんんん!!!!! 会いたがったぁぁぁぁ!!」
念のため補足しておくとこの男、現在シュヴァーンとしての任についているという意識があるのか、簡易とはいえきちんと隊服を着衣している。要するにカロルは今、隊服を身に纏う隊長首席殿に縋り付かれ、おいおい泣かれ、何なら助けを求められている。
「ほんっと無理!! もう無理!! お願い少年たち助けてマジで!! この部屋見てよもうがらくたがらくたがらくたがらくたばっっっか!!! あと2日でこれ片付くと思うぅ!? はい無理!! 絶ってぇ無理!!! 頼むから助けてこのとおり!!」
ルブランがこの姿見たら人生観変わるかもしれねぇな……というのはのちのユーリの談である。

「君」
「何」
「これを廃棄区画に無造作に置いたのは君か」
「そーですけどぉ」
「これだから無教養の人間は……いいかね、これは歴史上実に意義深い貴重なサンプルで」
「この紙切れが?」
「貨幣価値で測れないものがあると知る必要があるな、君は」
「下町育ちに価値を語るとはいい度胸してんな、元団長殿?」
「あ~えっと~アレク、セイ……? この本の山はどう分けたら……
「書籍は書庫に」
「もう書庫にスペースないって言ってんでしょうが」
「捻出したまえそれくらい」
「これだから研究バカは~~~!!!!」
「あ! ねえリタに手伝ってもらっ」
「それはやめた方がいい全部灰になるから」
「同感」
「えー……
「おお! これはダリアムの断章……まさかこんなところで見つかるとは。はっ……たしか民衆の生活痕跡について書かれた書籍がこの棚に」
ドサドサドサ
「閣下ぁ!? もう帰ってくれません!?」

こうして、『年を越す前にかつての資料研究室を断捨離する』という極秘かつ緊急の任務は、ギルド・凛々の明星および英雄シュヴァーン・オルトレインの尽力により無事遂行され、かろうじて窓を開け換気できる程度には床面積も復活し、従卒たちを喜ばせたのであった。

おしまい。