柩木
2023-12-26 23:17:01
3390文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|気になるあの子の大切な人

狐斎志異イベネタバレあり。例の質問に素直に答えたかもしれない丹穹。

質問にああ答えたのは咄嗟の思い付きだったが、慣れないことをしたせいか顔が熱い。ぱたぱたと手で顔を仰いで冷まそうとするが顔は火照ったままだ。
それを見た桂乃芬は笑って可愛いなど感想を述べた。穹をそんなに可愛くさせちゃう恋人がどんな人か気になる。動画にはしないからいつか個人的に紹介して欲しいなぁ。そんなお願いに、いつか機会があれば、とだけ答えた。
桂乃芬とフォロワー10万人記念質問コーナーを撮り終えた後はフリーだ。めぼしい怪異情報もないので暫くは様子見をするしかない。いつまで続くか分からない自由な時間である。それを何に使おうか考えていると、穹のスマホにメッセージが届いた。丹恒からだ。
さっきの今で受信したメッセージに、自然とにやけそうになる顔をぱしん、と両手で叩いた。橋の上に乾いた音が響くが、飛び交う星槎のエンジン音に掻き消されていく。しかしその場に居合わせた桂乃芬は穹の奇行に一歩後ずさった。

「急にどうしたの?」
「ちょっと気合いを入れたくなったんだ」
「あはは、そんなに気張らなくても大丈夫だよ!」

恐らく、更なるフォロワー数の獲得に気合いを入れ直したとでも思われたのだろう。それならそれで構わない。穹は肯定も否定もせず曖昧に流し、受信したばかりのメッセージを呼び出す。

『忙しいところすまない。この後時間はあるか?』

珍しい。丹恒からの呼び出しだ。
ただそれだけの事に嬉しくなって、文面を何度も目で追ってしまう。丁度自由時間だと返信したら、そう間を置かずに返答が返ってきた。
所用で仙舟に来ているので、それに付き合って欲しいという連絡だ。星槎海中枢の橋にいると教えたら、丹恒もちょうど近くを歩いていたらしい。

『迎えに行く』

たったそれだけの短い文章に心が踊った。近くにいるのだから、もしかしたら既に視界へ入る距離にいるかもしれない。その場でぐるりと一周すると、の向こう側から歩いてくる白と翠が見えた気がした。
まさか、こんなにもうまく見つけられるなんて。

「俺は用事が出来たから先に行くよ。また後で」
「うん、また後でね!」

桂乃芬に別れの挨拶をきちんと言い終われたかどうか怪しいが、穹は駆け出した。気持ちが急いていたのだ。最近は忙しくしていたから列車に戻るのも本当に僅かで、必然的に丹恒との時間も減っていたから会いたくてたまらなかった。

「丹恒!」

名前を呼べば視線が自分に向けられる。一見すると無表情に見える彼の表情が微かに綻ぶのを見てしまえば、胸の内側がざわざわと騒ぎ立てた。

「穹」

ああ、人目なんて気にせず抱き付きたい。しかし丹恒は嫌がるだろうから我慢だ。
思わず丹恒の手を取って握り混む。抱き締めるのを我慢したのだからこれぐらいは許されたい。なんてことはないただそれだけのことではあるが、肌を通して伝わる丹恒の感触が心地好い。一通り握りしめたり緩めたりして気が済んだ穹は丹恒を解放するつもりでいたのだが、今度は丹恒が穹の右手を掴んで握りしめた。

「行くか」
……ああ!」

繋いだ手をそのままにしてくれることが嬉しくて、上機嫌のまま歩き出そうとした穹の視界に、見覚えのある朱色が映る。そうだまだ橋のたもとにいるのだから、彼女が今のやり取りを見ていてもおかしくはない。はっとして先程まで動画を撮影していた橋の中腹に視線を向けると、案の定桂乃芬はそこにいた。口元に手を当てて、驚きを隠せない様子である。
見られたのならば仕方がない。元より隠すつもりもないし、機会があれば先程答えたように丹恒を紹介しても良いと思っていた。――ただ今だけは、二人の時間を大切にしたい。
驚く桂乃芬と視線を合わせ、穹は自身の唇の前で右手の人差し指を立てる。よくある「静かに」の合図だ。今は紹介している時間が惜しいからまた後で。そのつもりでしたハンドサインだったのだが、何を思ったのか桂乃芬は頭が千切れんばかりの勢いで頷いた。あれは何か勘違いしていそうだ。
次会う時には今しがた録画したばかりの動画以上に質問責めにされそうだ。そんなことを思ったが、今は今を楽しまなければ。





――最大級の惚気をお見舞いされた。

それは桂乃芬が操るダイナマイトが耳元で暴発したかのような衝撃で、くらくらする頭に手を当ててみる。驚きで唖然としていた思考回路も、後からじわじわ染み出てきた高揚感を燃料に全身を沸騰させていった。
きっとあの人が例の恋人なのだろう。
甘酸っぱいなんてものではおさまらない、相思相愛の恋人同士。肩を寄せあって歩く後ろ姿は既に人混みの中に消えてしまっていたが、その手は指を絡め合って、固く結ばれているように桂乃芬は感じた。
そして、あの瞬間に振り返った穹の、心底幸せそうな表情を思い出す。さいようを前にしても怯むことはない度胸と、勇猛果敢にランスを振るう腕っ節。そして何事にも柔軟に、強い意思を持って対応する姿ばかりが頭に焼き付いているが、先程見た穹はそのどれとも違った。
花畑ではしゃぐ少女のような可憐さとでも言えば良いのだろうか。花の咲くような微笑みとは彼のことを言うのかもしれない。
穹の新たな一面を見てしまった桂乃芬は、橋の上でしばらく立ち尽くすことしか出来なかった。





(おまけ、動画を見た丹恒の反応)

『恋人? いるよ』

液晶画面の向こうでなんてことないように言ってみせたが、次第に頬を染めて「やっぱなし。こういう質問はちょっと……」などと言う。表情をぐっとしかめて、しかし誤魔化しきれない赤い頬が青年である筈の男を幼く、そして可愛らしく見せた。
動画に寄せられたコメントを見ても、銀髪のイケメンに恋人が!? 反応が可愛い!! 等という感想が目立つ。勿論コメント欄が全てそれ一色になっている訳ではないが、丹恒は無意識の内に顔をしかめていた。

――こんな顔を、ネットに晒すなんて。

……穹」
「んー、なにー?」

丹恒の直ぐ隣では、液晶画面に映る者と同じ顔をした男がベッドへ俯せており、寝そべってスマホゲームに興じている。丹恒と穹は共に寝るつもりで、シングルのマットレスに二人で身を寄せあっていた。正直に言うと狭いのだが、どうせいつの間にかくっついているのだからとそのままになっている。
穹は一応返事をしてくれたが、どうにもゲームに夢中のようでこちらを向いてはくれない。

…………。」

返事があったのに何も反応しないのは、ゲーム中の穹が一段落するのを待っているからだ。ゲームに集中している間は心ここにあらずになってしまう穹に話しかけても、ちゃんとした会話にはならない。

……え、めっちゃ眉間にシワ寄ってる」

ゲームに一区切りついたらしい穹は傍らにスマホを起き、身体を起こして丹恒と向き合うと第一声にそんな感想を述べた。

……はぁ」
「なんでため息なんて……。あっ、動画――

穹が何か言い出す前に、言いかけた言葉を飲み込むように唇を押し付けた。中途半端に開かれた唇に舌をねじ込めば、若干苦しげに声を出す。だが、穹もなんとか動きに合わせようと躍起になって舌を絡ませようとするのだ。動きはつたないが、いじらしくてたまらなくなる。
下唇を軽く吸ってわざとらしく音を立てながら離れると、少しだけ頬を染めた穹が視線を反らした。

……観ちゃっ、た?」
「観た」
「そっかー……。とうとう観られちゃったか……

穹は丹恒の肩にしなだれかかった。途中で再生を止めた動画の画面を眺めて唸っている。

……この質問は」
「んー、ノリ? そこまでプライベートを晒さなくてもいいかって誤魔化とも思ったんだけど……

もたれかかる穹と、動画の中で恥ずかしがる穹が重なる。

「丹恒は俺の恋人だし、それを誤魔化すのはなんか違うからやめた」

あまりにも無垢な微笑みに毒気を抜かれた丹恒は、そうか、なんてそっけない返事をするぐらいの事しか出来なかった。そして今度は唇ではなく、つむじに唇を寄せる。
穹は自分が人を引き付ける性質の持ち主だということを自覚していない。今後も自覚してくれなくて良いと丹恒は思っているが、今のような状況では軽率な行動は避けてほしいなんて、矛盾していることを考えてしまうのだった。