時新
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Public 放サモ
 

[ジブマリ?]天使は彼女のところに来てこう言った

小説 受胎告知のフラッシュバックに襲われるジブリールと手遅れなマリア 20181231

 楽しいショッピングから帰った寮の個室。荷物を広げて整頓し、最後に残った小さな箱を持て余しているうちに、いつのまにか夜は更けてしまっていた。
 
 
 今日は大きなコンサートが終わって久々のお休み、サモナーズのあの子に誘われてショッピングに出かけた。待ち合わせのカフェでキラキラのフルーツパフェをつつきながら、あの子は恥ずかしそうにこう言った。
「大切なひとにあげるプレゼントを選びたいんだ。ジブリールちゃんにも手伝って欲しい」
 
「華やかなものが好み? それとも落ち着いたものかしら? 色味はどんなイメージ? 休みの日はいつも何をする方? アクセサリーは普段つけているの? ファッションの好みはどう?」
『大切なひと』の好みを根掘り葉掘りききながら、おすすめのショップを端から端まで見て回った。私はついつい目移りして、気に入った服や小物をどんどん買ってしまうけれど、あの子は真剣な顔でずーっと考えていた。最後に入ったジュエリーショップであの子が選んだのは、小さな青い花があしらわれたガラスのフォトフレーム。棚いっぱいに並んで光る沢山の花を前にして、あの子はたった一つから目を離さなかった。
「今日は本当にありがとう。このお花を見たとき、なんでかあの人のことを思い出したんだ。これだ、って思った」
「わぁ、ロマンチック! 私こそ、ステキなプレゼントを選ぶお手伝いができて良かったわ」
「ジブリールちゃんも、誰かにプレゼントするの?」
「え?」
「そのヘアピン、ずっと見てるから。ジブリールちゃんも誰かのことを思い出してるのかななんて、気のせいだったかな」


 そうしてこの箱はここにある。
 白い百合のヘアピン。ずっと見ていたというのはあの子の気のせいではなかったけれど、誰かを思い出していた訳じゃない。ただなんとなく気になって、自分で持っていたアクセサリーと記憶の中で照らし合わせていただけ。
 それなのに、一度「誰かにあげる」と思った途端、私にとってその誰かは驚くほどに明白だった。
 それなのにどうして、私はこんなにもためらっているの?
 マリアは同じ寮で暮らしている。すぐに部屋を訪ねて渡せば良かったのに、どうしてか気が進まずにもうこんな時間。改まって渡す必要もないのに、勿体ぶって時間を置いても何も変わらないはずなのに。
 
 カーテンを開けて、覚えてしまったマリアの部屋の窓を探す。マリアはいつも早寝早起きで、消灯時間もきっちり守る。暗い窓におやすみを言って、今日はもう寝てしまおう。一つ上の階、中庭を挟んで向かいの右からふたつめ。沢山並んだ他と同じ形の、それでも私の特別な窓……
 窓辺のランプが点いている。
 
 いま、何故だか、マリアに会いたかった。いますぐこの百合を彼女に手渡さなくては。
 まるでそうすることが当然のように、そうすることがもう決まっていたかのように、これが私の使命であるかのように。私は翼を広げて窓から飛び出していた。
 一つ上の階、中庭を挟んで向かいの右からふたつめ。

 マリアは本を読んでいた。ベッドの端に腰掛け、きれいな青のブランケットを膝にかけて、窓辺のランプで本を照らしていた。
 声が出ない。
 私はこの光景を知っていた。
 在るべきは私の言葉ではない。
 在るべきは、祝福、使命、そして、そして……
 
 羽ばたきの音に気づいたのか、マリアが顔を上げた。驚いて丸くなる目、窓ガラス越しに唇が私の名前を呼ぶ。あっという間に窓は開け放たれた。
「ジブリール!」
 吹き込む夜風を気にもとめず、マリアは私の手をとって室内へと招き入れた。
 
「どうしたの! こんなに遅くに外を飛んでくるなんて。寒かったでしょう」
……あなたに渡したいものがあってちょうど、あなたの部屋に灯りがついていたから。マリアこそ、こんなに夜更かししてるのは珍しいじゃない?」
「それは、その……もうお休みしようと思って部屋の灯りを消したのだけれど、どうしても本の続きが気になってしまって。あと少しだけのつもりだったの
 マリアは怒られた訳でもないのに、気恥ずかしそうに言い訳をする。
「それで、ジブリール、渡したいものっていうのは、その箱のこと?」
「え」
 思わず小箱を持った手を背中へ回してしまいそうになる。やましいことでもないのに。今日の私はおかしい。
「そ、そうなの。今日、サモナーズのあの子とショッピングに行ってね? お店で見つけて、きっとマリアに似合うと思ったの……
 握り締めた小さな箱の中で、ガラスの百合が震えて音を立てた。違う、震えているのは私の手。ゆっくり箱のリボンをほどき、蓋を開ける。
「まぁ、綺麗! これを私に? とてもうれしいわ、もったいないくらい。……ねぇ、ジブリール」
 冷たい指先で取り出した百合はもっと冷たくて、まるで私を拒んでいるかのよう。早くマリアの手に渡るために? 預言を伝えようとしない伝令を急かすために?
「ジブリール、どうしてそんな顔をしているの?」
……前にも私、マリアに百合をあげたことがあるわ。あなたではないマリア、名前が同じだけの。それだけ。なのにどうして、私、ごめんなさい、あなたに……
「ジブリール……?」
 百合を握りしめた手を開けない。
 
 在るべきは私の言葉ではなくても、私は私の言葉をマリアに伝えたかった。
 
「ねぇ、マリア ・ ・ ・、どうか、あなたはあなたの命を生きて。たとえ誰かがあなたに大切なものを託したとしても、それはそのひと自身のものよ。あなたのものじゃない。どんなに尊い使命でも、あなたの人生を縛りつけていいはずがない。あなたの心と身体と命は、あなた自身のよろこびのためにあるべきだわ。……あぁ、本当にごめんなさい。私はあなたに伝えたいのに、あなたではないひとのことを想ってしまう。許して、マリアではないマリア。」
 ガラスの百合がランプに照らされて淡く光る。マリアの瞳も。
 百合を握り締めた手をマリアが両手で優しく包んでも、私はどうしても手を開けない。
「ジブリール」
「なぁに、マリア」
「ありがとう、ジブリール」
 マリアが私を抱きしめている。優しいマリア。
 誰のためにだって心を投げ打とうとする癖に、自分は何一つほしがらないマリア。
 私時々思うよ、マリアは自分が何を欲しいのかも、本当に知らないんじゃないかって。
「あなたがその大切な方を想うように、私を想ってくれてうれしいの。私は私の信じるよろこびのために在る。今までも、これからもずっと。」
 マリアはあたたかかった。寝間着ごしに感じるやわらかい身体が、マリアのためのもので在り続けますように。マリアの心がマリアのためのもので在り続けますように。
 でももう、誰に祈ればいいのかもわからない。
 
「マリアらしく。マリアとして。マリアのための命を生きていくのよ。それが私。他の誰でもない」