フクジュソウの季節に想う

庭師は何を口遊む ネタバレ 美鈴の後日談

朝を迎える。
布団から片手を抜いてかざしてみれば、その肌寒さにまだ明けない冬を感じる。
謹慎が始まり、どうせ職場には入れないのだから、このままぬくい布団の中でまどろんでもいいのだが。
どうにも、朝寝坊するのには慣れなくて、いつも二度寝をし損なってしまう。
謹慎とはいうものの、この機会にガタついた身体を整えておこう、とは思うのだ。
腕っぷしこそ強いが、日番谷班の中では、美鈴はさして身体は丈夫なほうではない。
だから寝れる時はしっかり寝ておこうと思うのに、どうもあの日以降、眠ることを忘れてしまったらしい。

―――それでも最近はだいぶマシになった、とは思う。
事件が片付き、ようやく涼の亡骸と対面することができて。
罪の意識は深く残るが、それでも自分の中での決着は、だいぶついたのだろう。
涼の家族には全てを話すことは無く、深く謝罪するだけにとどめた。
全てを知った彼らには、美鈴を裁く権利はあると思う。そうするなら、甘んじて受け入れる気もある。
だけど、あんな不可思議な顛末など誰が証明しようというのだろう。
立件をできずに悔しい思いをさせるくらいなら、いっそ存在しないはずの『庭師』の幻想を憎む方が、きっと。

……なんていうのは、逃げだろうか。

濃い目のコーヒーを挽いて、クロワッサンを齧る穏やかな時間の中、意識は、自然と窓の外に向いた。
冬晴れの空は今日も澄み渡る。
だけどこの晴れやかな景色を、彼らはちゃんと見ているのだろうか。
目に焼き付く景色を、くすませたりしてないだろうか。
謹慎がとける頃にはもう春も近いだろう。桜の季節に四人またあの部屋に集えたのなら。
雪が溶かし、花を芽吹かせる風は、零課をまたあたためてくれるのだろうか。

大我は、外見だけ見れば心を動かさないように見えて、その奥底は繊細なのだろうと思う。
だから知ってしまった末路に打ちのめされ、一度は仲間へと銃口を向けたのだろう。
その後大我は気を持ち直し、晴菜と歩み寄る姿勢を見せた。
それでも失った痛みは、一度は憎しみと化した無念は、そう簡単に消えるものではない。
大我は淀んだ感情を、内側に向けて煮詰めるタイプだろうと見ている。
だから、誰かがそこに時々は風を吹き込んでやらねば、と思うのだ。

晴菜は、日番谷班の中でも実直な男だ。だからこそ、きっと自らに対しても容赦ない。
だからこそ、大切な人を苦しめてしまったというダメージは、ダイレクトに彼の心を締め付ける。
そして晴菜はそれを誰かのせいには出来ないし、誰かに押し付けることもしない。
大我の断罪を受け入れたことが、それを証明している。
ならば行き場の無い大きな痛みは、罪悪感は、彼の何処へ行くのか。
たった1人で抱えたまま道を踏み外したりしないかが、心配でならない。

虎太郎は、本当に隠すのが上手い。軽口と態度でするりと都合の悪い物事を隠してしまう。
それが誰かの恥ならばともかく。彼は都合の悪い感情まで押し込んで、自分で処理しようとしてしまう。
彼が真性の楽天家なら心配などしないのだが、彼の口から出るのは楽観ではなく、常に誰かを気遣うための冗談なのだ。
いっそ、彼が一番の「甘え下手」ではないかとさえ危惧する美鈴は、
彼を一人きりにはしたくないと思っていた。
本当の意味で、彼の傷を労れる存在になりたかった。

誰もかれもが違うベクトルで、「抱え込む」し、「悩む」し、……そして、誰かに寄りかかることが下手くそな人たちなのだ。
ならば、こちらから腕を掴み、引き寄せてしまおう。
好きな人のために独りを選んでしまう彼らに、何度でも「ひとりじゃない」と語りかけよう。
彼女がチーフとして、友人としてやれることは、きっとそれだけなのだから。

……出てくれるかな」
スマートフォンを手に取って馴染みの名前を押し、コール音に耳をすませる。
今日はこんなにいい天気なのだ。
誰かの声を聞きに行っても、バチはあたるまい。

***

なんて、常に同僚たちの痛みへと心を砕くものだから。
自らの傷をきちんと見ようともせずに風に晒したままにしていることにも。
彼らに重荷を負わせまいと、美鈴自身が彼らへ寄りかからぬように拒絶していることも。
美鈴はまだ、気づいていない。