ポートレイトの寂寞

嗤う人間師ネタバレ ロイドさんのお部屋に行ったあとのはなし

ロンドンには、夜景を美しく撮れるスポットと評判のシャード展望台というものがある。
現地の人間なら、ロンドンの景色など見慣れたものだ。そう思って、わざわざ余暇を使ってまで、展望台に近づく気にはなれなかった。
……あぁ、嘘だ。そんなの建前だ。
恥ずかしくてあまり人には言えなかったのだが、彼は高い場所が苦手であった。
4階建ての建物の捜索なんかに入る時ですら、なるべく窓の外を見ないようにしていたくらいだ。
だから、シャード展望台に向かう気になることなんか、一生かかっても無いだろうと思ってた。
この場所に来るのも何十年かぶりになる。幼い頃に連れてこられ、恐怖のあまり父親のズボンにしがみついたまま離れられなくなったのも、今となっては随分懐かしい話だ。
……ロンドン、こんな広かったんだな」
こみ上げる背筋の震えを押し込め、両の瞳でしっかりとロンドンを見回す。遥かへ続くような街並みは、さすがにイギリスの中心、といった風格があった。
この広いロンドンを、捜査のため駆け回った日々は、まだ記憶に新しい。
あれから彼も、彼の友人も、人生を大きく変えてしまった。
あまつさえ、死んでしまった同僚さえいる。
……巻き込んだ、ばっかりに。

今は亡きその男の家を訪れたのは、確か数日前の話だ。
遺品整理の前に、何か残したものは無いだろうか?と、気が向いて訪れた、ただそれだけの話だった。
結論から言えば、彼の部屋から見つかったものは僅かだった。
車の整備に使うのであろう赤い工具箱に、彼の趣味らしき雑誌がいくつか、くらいか。
だけど、主が居なくなり埃が積もり始めた部屋には、思い出もまた積もるものだろうか。
彼が好きだったものーー正確には、彼が好きだと白状したものーーその記憶を呼び覚まし、またその記憶に頭を殴られたような気分になるのだ。
もっと、話しておけばよかった?
いや、まさか、明日話せなくなるなんて想定をして働く、なんてこともそうそうあるまいに。
ーーそれでも、彼はいってしまった。

違う。
自分は、彼を、護らなかったのだ。
そうする権利があったのに、行使しなかった。

そんなの。俺が、あいつを殺したようなもんじゃないか。

ひどく後悔に苛まれながら、あの男の家を出たのだ。鍵を返す時、自分はちゃんと愛想よく笑えたのだろうか。覚えていない。
あの日以来、その王の死は、彼の心にまとわりついたまま離れない。
この十字架を、自分はどう背負うつもりなのだろう。
不甲斐なさを許して欲しいのか?呪って欲しいのか?それとも、綺麗事で慰めて欲しいのか?それさえも分からない。
ぐちゃぐちゃした想いを抱えたまま暮らす中、ただそんな中にふと、あの男の面影がーー彼が、彼自身を、彼の言葉で語ったあの瞬間が、頭によぎった。
だから、苦手だったはずのシャード展望台へとやってきたのだ。

「写真が好きだったんだっけ」
あぁ。もう、この言葉さえ過去形なのか。
胸の痛みに顔をしかめながら、彼はスマートフォンを取り出した。
彼にはその方面の趣味はないから、立派なカメラなぞ持っていない。
現場検証だって、署の貸し出しカメラがあれば十分だった。
それでも技術の進歩というのはめざましいもので、趣味レベルの写真であれば、スマートフォンひとつで十分だった。
「いつか、言ってた。写真の道を考えていたと」
ぽつりと呟いてから、頭を抑え、ぶんぶんと首を振る。
…………いやいやいや、正気かよ俺。俺はロイドじゃない。俺は、あいつの人生を代われない」
代われたら、どんなにか。
なんて、半ば自己犠牲のような考えを浮かべて、そのまま握り潰した。
……でも、だ。夢を継ぐなんて、馬鹿なことはするつもりはねぇけどさ」
スマートフォンを持ち上げる。
画面の中には、広大なロンドンの光景が納められている。
いつもなら足がすくみ、ろくに見られないはずの風景だ。だけど携帯という額縁に入れたそれはーーカメラを通して見た、その景色は。
「たまには、あちこちの美しい写真でも、供えてやらにゃあな、って。罪滅ぼしかもしれないけど……なんか、そう思うんだ」

あの男が愛したこの、静止画の世界は。
初めて、美しいと思えたのだ。

それから数時間後。
差出人の書かれていない封筒が、とある墓標の前にあった。
中身は写真であった。
写真家のそれでもない、平凡な仕上がりの一枚だった、という。

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おしゃべりユアンにロイドさんが写真好きをゲロってくれたっていうんで……つい……出来心で……
ちなみけ今回の写真はスマホプリント。世の中は便利。

未練タラタラ野郎が性癖なせいかもしらんけど、ユアンはロイドさんの記憶をなぞって、写真の道に目覚めたようです。
たくさんの景色を、お墓に添えてあげたいからね。
写真は趣味なのか、はたまた仕事にすんのかはまだ決めてません。
でもたぶんアレだな……ジャーナリストになりたがる可能性はだいぶあるから、普通に職業でカメラ持つ可能性は出てくるかも。