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納豆
2023-10-09 16:24:17
3771文字
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彩に満ちる
マーケットは本日も盛況なり。
太陽も高い時間帯、人通りは多くあちこちで活気のある声が上げられる。休日のマーケットは、人で溢れかえっていた。
チャンピオンの時には、来ることができなかった場所。
ファンの方々が殺到してしまい混乱が巻き起こって各店舗に迷惑になるからと止められていた。
けれど、今ではその座も降りて、声をかけられはするものの比較的穏やかに楽しむことができている。
のしのし、俺の隣を行くリザードンは尻尾の炎を小さくまとめて、興味深そうにマーケットを眺めている。慣れない場所ではあるが面白いものが多いようだ。きょろきょろする相棒に微笑ましさが浮かんだ。
つと、視線を手元に落とす。楽しみの一つとして、俺の手にはつい先ほど買ったものがあった。
焼き立てのパンに、じゅわりとした肉汁を皮の奥に詰め込んだソーセージを挟み、たっぷりケチャップとマスタードをかけたホットドック。
買い食い、というものをした事がなかった。
これも、禁止されてきた。
俺が口にしたものはガラルの経済をひっくり返す、なんてあまりにも大袈裟な心配がかつてはあった。スポンサーの関係もあって、買い食いなんて以ての外、案外俺は厳重な扱いを受けていたんだなぁと他人事に思う。
しかし、今は何もかも、俺が自由に選択することを許されている。
だから大きな口を開いて、はぐり、噛みついてやる。ぱりんっとソーセージが割れて肉汁をパンに染み込ませていく。咀嚼する度に口の中が美味しいで満たされる。思わず眦を下げた。
これまでしたことがないことをする時、気持ちがわくわく弾んでしまうから、それで余計に美味しく感じるのかもしれない。
くふりと笑みを浮かべては、片手にホットドッグを握ったままマーケットの品物を物色する。
気になるものを手に取りながら、ふむふむと眺めていればリザードンがぶふんっと鼻を鳴らして俺の体を押しやった。押しやられた先、腰に回る腕がある。
俺が離れてしまわないよう、きゅっと引き寄せられた。
視線を持ち上げればサングラス越しのコバルトブルーとかちあった。
「ありがとリザードン、ほーら離れようとしない」
くすくす笑ったその男は、俺にいつだって新しいを与えてくれる。
リザードンは俺が囲われたのを確認してまたぴすぴす柔らか鼻を鳴らしてはマーケットを見まわし始めた。彼に任せておけば安心だと、リザードンは評価している。
マーケットに連れ出してくれたのだって彼だし、買い食いだって勧めてくれたのは彼で、俺の人生における特別はいつだって彼が作ってくれるのだ。
そう、そうだな、うん、俺の人生の中で、一番に特別なのは、彼、キバナでもある。
キバナという人が、俺の生きる道にきらきら楽しいものをもたらした。
キバナの隣、本日のおでかけ権を獲得したフライゴンがふるるっと羽を鳴らして荷物を背中に乗せている。俺が買い食いをしたように、この後にはフライゴンにもご褒美のキッシュが待っているのだと、出かける前に聞いた覚えがある。どこか上機嫌にも、くるくる、俺たちの周りを旋回する姿に笑みが浮かんだ。
視線をホットドッグに落とす。
共有してもいいだろうか、買い食いという新しい挑戦を、キバナと共有してもいいだろうか。
挑戦、なんて仰々しい言葉選びだ。そんな自分がおかしくて肩を揺らして笑った。上目を覗かせた先、キバナは優しくこちらを見てくれているから俺は少し緊張する。
あまり硬くならないように、そうかと言ってふやけ過ぎた顔を見せるのも恥ずかしいから何でもないように切り出そう。
そう決めて、すんっとなるだけ自然な仕草にホットドッグを持ち上げた。
「食べる、か?」
途端に、サングラスの奥、ぱっと輝くキバナの瞳があった。
ふにゃあと笑みを返したキバナは、嬉しそうにも雰囲気を弾ませる。俺よりも余程大きな口を開いて、キバナはにこにこ待っていた。
片手は俺を引き寄せて、片手は先程から買い込んだ商品を抱えて、なるほど手が空いていない。フライゴンに任せてもいいが、今はリザードンにあれがご褒美なんだよとばかりにじゃれつき教えてやっているから邪魔もしたくない。
ならば、俺の腰から手を退かさせろと言われるかもしれないが、俺がくっついたままがいいので却下である。
キバナはにまーとして、俺を促すのだった。
「食べさせてダンデ」
「あぁ、任せてくれ」
思った通り、俺が食べさせてやればいいようだ。
さりげなく振る舞うつもりが、やはり上手くはいかず俺は目尻を引き延ばしてキバナの口元へ慎重に先端を運ぶ。キバナは大きな口ではぐりと噛み付く。豪快にもかぶりついたので、口の周りを汚すことなくキバナはもぐもぐ咀嚼する。
誰かと一緒に、こんな事ができるようになるなんて自分事ながら思いもしなかった。何やら擽ったい心持ちで俺は口元を緩めてしまう。
喜色に満たされた様子のキバナは、口の中のものを飲み下すと弾んだ声で笑みを浮かべた。
「はーあ!最高っ」
「?そんなに食べたかったなら、言ってくれれば」
確かに美味いので気持ちはわかる、もっと早くに共有してやればよかったか。
品物を棚に戻しながら首を傾げて、もう一口と差し出してやる。その先でキバナは目を丸くして、続け様、噴き出した。
そうしてふるふる首を振っては、顔を傾けてくる。
あ、間抜けに母音を落としては、ちゅっ、頬に落とされるキスに動きを止めた。
人混みでは誰も俺たちを気にしない。気にされることはない関係を、俺たちは公表していた。
離れたキバナの口元に少しだけケチャップがついている。あぁ、なるほど、俺の頬についていたのか、気付かなかった。少し気恥ずかしくも、もにょもにょ唇をまごつかせる。
キバナは、にこーと笑みを重ねるのだった。
「違うよダンデ」
視線を合わせるよう顔が傾いてくる。
また、キスしてくれるのだろうか。
少しの期待に顎を持ち上げれば、キバナは耳元に唇を寄せるのだった。キスではなかった事に少し残念になりながらも、そっと注がれる声音の柔らかさに目を細めた。
「ダンデと、どうどーうといちゃつけるのが、嬉しいの」
「キミ、ここのところ、結構浮かれてるよな」
ふはりと噴き出してしまったのは、多分、俺も同じ気持ちだったからだ。
俺も、何を気にすることもなく、自由にキバナを好きだと主張できるのがとても嬉しい。浮かれてるのは、きっと俺もだ。
ちらと視線を相棒達にやれば、またやってるよとばかりに顔を寄せ合わせてくるくる鳴いていた。呆れられるほどに、俺達は随分と浮かれ調子が続いているらしい。
だけれど、俺は気にしない。
キバナもきっと気にしない。
だから、うちゅっと頬にキスをしてくれる。
俺から顔を離れさせたキバナは、頬を綻ばせた。
「浮かれるよ、そりゃもう、とびっきり」
腰に回った手が一度離れる。
すぐに戻ってきては、俺の左手を拾い上げられた。キバナの頬に俺の手がぺとりと当てられる。
ふやけた声音は、幸福を告げる。
「オレさま、ダンデと結婚しちゃったもんで」
きらりと太陽光を反射する、左手薬指のマリッジリング。
改めて言葉にされると、擽ったい喜びが溢れかえる。また、むにょむにょ口元がまごついた。
そう、今の俺は自由に選択する事ができる。
それこそ、大好きな人と、結婚する事だって自由なのだ。
俺はぐむりと唇を引き結びながら、目尻をじんじん焼いてしまうのだった。
「まぁ、そうだな」
「あはっ照れてたりする?」
「
……
あまりからかうなよキバナ」
「ダンデの反応が可愛いから構っちゃう」
とすとす言葉は行き交って、俺はじくじく顔中焼かれる思いがした。
いつだって、キバナは一直線に俺へ言葉も行動も届けてくれる。そんなキバナが大好きで、こんな大好きなキバナと結婚できたことは、俺の人生の喜びだ。
キバナはとびきり蕩けて眦を下げていく。
幸せをたっぷり詰め込み微笑むキバナに、どうにもダメだ、俺も釣られて笑ってしまう。
照れてしまうけれど、それ以上に、キバナと過ごす時間が大好きでたまらない、照れてる時間がもったいない。
キバナの頬を撫で下ろし、左手を離れさせる。キバナは俺の手を緩やかに離して、こちらを見つめる。
だから、にこっと微笑み、ずぼっとホットドッグをキバナの口に突っ込んだ。
むごっ、呻きながらもしっかり半分齧り付いてくれる。口いっぱいにホットドッグを含んだ姿をけらけら笑って、俺も残りをはぐはぐ食べてしまう。包みはくしゃくしゃ握りつぶしてズボンのポケットにねじ込んだ。
そうして、にんまりキバナを見上げる。
「他にも買い食いしてみたいぜキバナ!」
「むっ、ぐ、んっ突然入れないでったら!もぉ!あー、主食系もう幾つかいっとく?」
「そうしよう!」
軽やかな足取りに、人混みを二人寄り添いながら歩いていく。
リザードンは俺の肩に顎を乗せてあちらが見たいとつんつこ頬を鼻先で押してくる。キバナもフライゴンの尾に胴体を捕まえられて、ぐいぐい引っ張られていた。
俺の買い食いという単語に反応したのだろう相棒達に、キバナと顔を見合わせて噴き出した。
幸福な休日は、愛する人と愛する相棒達の間で紡がれる。
マーケットは本日も盛況なり。
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