納豆
2022-07-30 23:05:34
4132文字
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キミに手番は与えない!

プロポーズ!ハピキダ!!!!!

たまにキバナは、俺の知らない言葉を話す。
それは人が扱うものではなく、竜達の言語であると気がつくには時間はかからなかった。
ナックルの民話には、竜は人間に言葉を与えた、とある。
あくまでも昔話のようなものであり、現実にあり得ることではないだろう。
そう思っていた。
だけれど、古都ナックルにおける民話は脈々として繋がってきた積み重ねであったのだ。
キバナは時折、人がいないと謳うよう彼らへ音を捧げる。
俺はそれをこっそり隠れて聴くのが好きだった。
優しくて、美しい、唄のような音はキバナと竜を繋ぐ。
キバナの音に、竜は音を返す。
鼻先を擦り寄せ、頬を擦り寄せ、身も心も寄せ合わせひっそり紡がれる温かなやり取りは心を綻ばせる。
愛され、愛する、キバナと竜の紡ぎ合いは、穏やかに完成する。
俺が近くに寄るとぱったりキバナはその音を止ませる。
俺にはわからない言葉だから、彼なりの気遣いなのだろう。
それでも、俺が来ることで止む音が少し惜しいなと心の隅では思っていた。
けれどその音を、近くで聴ける瞬間がある。
それは、俺が眠りにつき、側にリザードンが寄り添う時。
実際には眠るふりをしているだけだ。
息を殺して目を閉じれば、キバナはこっそり気配を消して現れる。
俺の髪を柔らかかき混ぜる手先の優しさ、それが心地いいものと知った。
以来、随分と眠るふりがうまくなった。
キバナは、眠る俺にしか触れない。
起きている俺には、友人然として気軽に接するが、こんなに甘やか触れることはない。
だから、ひっそり息を殺して彼を待つ。
キバナは俺を撫でてから、リザードンの隣に腰掛ける。
リザードンは嬉しそうにくるると鳴いて、受け入れる。
そうしてキバナはリザードンに向け、難しい発音のナニカを返す。
そっと薄目に覗く彼らのやり取りは美しい。
リザードンは緩やかに首を下げては、キバナの胸元に顔を寄せて撫でる事を許した。
それにキバナは眦を下げて頬を色づかせ、ゆったりした仕草に抱き締める。
俺はどうにもその空間を壊すには惜しい気がして、彼らのやりとりが終わるのをいつもこっそり眺める。
リザードンは最後に色づく頬にツノを擦り付ける。
そんな仕草が少し羨ましかった。
触れ合いを許されたリザードンが、とても、羨ましかった。
一時の触れ合い、それが終わればキバナは静かに立ち去る。
俺が知らないと思っている、キバナとリザードンの密やかな睦言のやりとり。
キバナは竜の血脈を愛している。
だから彼らとは特別な交流方法を持つ。
竜の言語で、キバナは愛おしさを滲ませて竜と話をする。
竜との特別な絆、彼らだけの秘密の交信、俺はそれがとても羨ましい。
だから、こっそり聞き耳を立てて言葉を理解する努力をした。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。
キバナとリザードンの密やかな逢瀬に紡がれる言葉を俺は学んだ。
言語の成り立ちは難しく、あまり理解できなかった。
だけれど、一つだけ必ず出てくる音があった。
その音だけは俺が覚えられた単語だった。
ひっそり胸の中にしまった俺がようやく覚えた単語。
いつかきっと、キミが許してくれた日に、その言葉の意味を聞きたい。
美しき竜と共に生きる人、キバナと彼らの特別に居場所を与えられたときにこそ、俺は聞くことができる。
その時を夢見て、ずっとずっと大切に胸の奥、大切に宝箱に仕舞い込んできた言葉だった。
それをまさかふわふわしたほろ酔いに口を滑らせるなんて、無様を晒す己が恥ずかしかった。

「なぁ、るるしゃがる、って、なんなんだ?」

我が家に招いたキバナと、久方ぶりの宅飲みで随分と気分がよかった。
部屋の中にはキバナに甘えつくリザードン、俺の隣ではジュラルドンが寡黙に控えてかろろんかろろん時折穏やかな金属音を奏でる。
密やかなる空間、そこは好敵手と各々の最愛の竜が寄り添う場所。
完璧だった、何もかも完璧で最高で、キバナとの話も静かにも盛り上がり、いつもよりグラスがくいくい傾き、俺はほやほや気分がふやけていた。
判断力の低下、アルコールとは恐ろしい。
いや、言い訳か。
だけれど、もう、だから、こうなったのだと、思う。
キバナの膝の上、とろとろ蕩けて頭を預けるリザードン。
そんな彼を嬉しげに撫でるキバナを見て、いつもの羨ましいがじわじわはみ出し始めた。
アルコールで解けた脳幹は直に言葉を吐き出させ、結果、俺は雰囲気も何もなく気軽なまでにあっさりと、大切にしまいこんでいた単語を持ち出した。
びたぁ、止まるキバナに続け様、びょいんっ、蕩けていたはずのリザードンも動揺に尾を弾ませた。
硬直した彼らに眉を寄せる。
やってしまった、しかし、俺は切り替えが早い。
えぇいもう知ったことか、だってずるい、キミらだけの秘密はずるくて、ずるいもんはずるいんだから、俺はもう止まらない。
むっとした俺にキバナは、ぼっと火でも噴いたようにして顔中を赤くした。
リザードンも両手で顔を覆ってキバナの腹に顔を押し付ける。
これは、おれなにもしらないもん、と逃げに徹するリザードンの悪癖だ。
益々首を捻った俺にキバナはあわあわ唇を慄かせる。
怪訝に顔を顰め、俺の隣のジュラルドンに片目を眇める。
彼はこちらに目をやってから、我関せずと瞼を下ろす。
静観の姿勢に俺はまたキバナに向き直った。
その先で、キバナは真っ赤なままにふるふる唇を震わせた。
「そ、それ、いいいいっいつ、きい、って」
……俺が寝てる時、キミらの会話にいつも出てた単語だ」
「ぎゃあ!起きてたのかよ!盗み聞き!えっち!」
「!?えっちってなんだ!」
そもそも断りなく人をあんなに優しく触るのだって、充分えっちじゃないか、俺は嫌ではないけれど。
今度はこちらが赤くなる番だ。
びっくりしてしまって叫び返した俺にキバナはしおしお小さく萎んでいく。
そのまま縋るようにリザードンの頭を抱きしめた。
リザードンもきゅるるっと弱りきった声音でキバナにぐりぐり顔を擦り付けていく。
縮こまる彼らの逃げの姿勢に目を眇める。
一人と一匹は、そろぉりそろり、顔を持ち上げる。
それから、視線を寄せ合わせ、続け様皺くちゃな顔してこちらを見遣る。
じっと睨む俺にもだもだ視線をゆらめかした彼らは往生際が悪い。
眦を釣り上げていけば、入り込む金属音。
ごぉん、太い音は呆れた調子で出来ていて、目線が向かう。
ジュラルドンは座り込んでいた姿勢から起き上がるととっすんとっすん軽い歩調にキバナ達の方へ回り込む。
それから、その大ぶりな足をせいっと持ち上げてはリザードンとキバナを蹴り上げた。
覚悟を決めろとばかりの仕草は男前である。
しかし普段は俺の隣で黙して落ち着く渋い雄がどうしたという。
目を丸くした俺に、ジュラルドンはとっすんとっすん歩み寄ってきては向き合ってごぉんと鳴いた。
それからすぐに、わかりやすくも甘い金属音に、りぃんりぃん、歌を奏でる。
これは求愛の音。
俺がそれを理解できると知った上で奏でられた金属音に目を瞬かせれば、キバナがぎゃあとまた悲鳴を上げた。
リザードンもばたばた翼をはためかせて慌てふためく。
室内に巻き起こる小さな風の流れに前髪がそよりと浮かぶ。
わたわた騒ぐ動きを見せたキバナとリザードンの騒がしさに、ジュラルドンは胡乱に顔を顰めるのだった。
「わかった!ごめん!ジュラルドンごめんなさい!ちゃんとする!ちゃんとするからやめて!恥ずかしさでシヌ!もうずるい事しないからやめてぇ!」
泣きつくキバナに相棒たる鋼竜は呆れた調子で俺の隣に無言で座り込んだ。
キバナはうぐりと呻きながらもゆるゆるこちらに目をやるのだった。
その瞳の深い藍色がかった瞳孔は、真っ直ぐ網膜を焼き付ける。
ちりちり、熱を孕んだそれに、思わず息が不恰好に止まった。
キバナはゆったり指先を伸ばしてくる。
それが目尻に触れて、さりと撫でる仕草にどきりとした。
眠る時にしか触れない手が、起きている俺に触れている。
どき、どき、どき。
脈拍がずれこんであった。
キバナは慎重に唇を開くのだった。
「るる、は宝」
俺に分かりやすく発音されたそれに一度頷く。
キバナの顔が傾いて近づく。
俺はそれを拒まない。
「しゃがる、は愛を乞うことの、許しを得ようとする意味合い、で」
すり、鼻先が触れ合った。
それは竜とキバナが交わすやり取りに似ているのに、どこか心臓を騒がせた。
俺は思わず目を閉じる。
受け入れ姿勢、そうとも取れるものを自然としていた。
キバナは俺の仕草に一度息を止めて、それから震えてうわずる声を溢したのだった。
「リザードンの宝を愛したい、そんな弱音をいつも、聞いてもらった格好悪い内緒話だよ」
力のない声音、けれど、俺は瞼を押し上げる。
期待は形を成したろうか。
そうだと、思っていいだろうか。
そう、だと思おう。
そうなら、もう止まってなるものか。
俺は彼の頬を両手で包み、そのまま顔を寄せ付ける。
驚くキバナの声を聞きながら、しかし、止まることはしない。
俺はにんまり、後ろでジュラルドンはこぉんと愉快に音を立てる。
キミは全く主人と違って腹が端からきまっていて頼もしいぜジュラルドン。
わっはと笑って俺は瞼を下ろす。
最低限のマナー、俺はキバナを逃さず捕まえることにした。
「伺い立てなら、本人にしろ」
奪った呼吸の意味を、どうかキミよ、理解してくれ。
そうとばかりの願いに求めた愛情というものは、ひどく傲慢にできているのかもしれない。
だけれどいい、だって欲しいものがこちらに傾いたのだ。
ならば、逃す道理がどこにある。
むちゅぅっと下手くそにキスして、ちゅっと音を立てて離れてやった。
瞼を持ち上げた先、真っ赤にも瞠目に動けなくなった格好悪くて可愛いキミを見つけた。
あぁ、今度キミたちの言葉をもっと教えてもらえたらいい。
そんな願いも浮かべて、もう一回とばかりにしたキスがある。
離れた先、次には絶叫に完成するキバナがいる。
騒々しくも幸福な、俺たちの人生の新たな交わりが今ここで始まるのだった。