納豆
2022-04-14 19:21:38
631文字
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無題


「靖友!」
叫ぶ新開に振り向いていた。震える手先はどちらにつこうか迷って揺らぐ。
吸血鬼の波に飲まれる大切にしようとした人、そいつは最後に小さく笑って手を振った。
「生きろ」
たった一言、唇が動いて伝えた音を聞く。
それだけのものに俺は簡単に囚われた。
「見殺せ!」
懇願のように引き攣れた新開の声も聞こえながら、きっと東堂があいつを見殺すはずもないとわかっていながら、守るべき小さな子供たちの背中が前にありながら。
足は動く。ただ動く。生き血を求めた吸血鬼達に飲み込まれる黄金をなくすまいと真っ直ぐに、ひた動く。
新開だって本当は、飛び出したかったに違いない。幼い頃から側にいて見捨てられたはずがない。それでも血反吐を吐くよう叫んだ静止は、数を救うためあった。
だから、いい。
その大多数の数の中、俺は含まれなくていい。
新開が守れる大多数だけをどうか救ってやってくれ。
そうやって飛び込んだ俺の手に見開く福ちゃんの目は大きい。くしゃりと潰れた顔はただ、口惜しく歪んで見えた。
「どうして、だ」
悔やむその顔を作る福ちゃんに、謝ったりはしなかった。
俺は笑った。
困ってしまって笑ってしまって、それからどうしようもなくなって手を伸ばす。
抱き寄せた体ははっきりと輪郭を作っていた。
「お前ェが俺の大切に、なっちまったからだろ」
俺の手に収まりきらないほどの大切を、確かに作ったこの人を失うまい。
力を込めたこの腕は、ただひたすらに福富寿一のためにあった。