納豆
2021-11-16 21:38:02
3880文字
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殴って踊って笑って見せて


愛は与えられるものであり、奪うものなどではない。
強奪する愛とは、最早強制されたものであって、意味をなさない。
そこに心は根付かず、形骸化された虚しさばかりが募るだけ。
きちんと知っていればこそ、むやみやたらと求めたりはしないものだ。
奪いはしない。
欲しいものは一つだけ。
与えてもいいと思ってもらえた時にもらえる心だけなのだ。
愛とは下心に完成するものだが、ここには純心な思慕があった。
全くもって、俺は強制をしたいわけではなかった。
だのに、この状況はなんだという。
唖然として見上げた先、俺を押し倒した男がいる。
くしゃくしゃに顔を歪めて、男、我らがガラルが誇る頂点、バトルタワーオーナー兼リーグ委員長、ダンデその人はいた。
俺の肩を抑えつけて、抵抗する余地を奪う。
背中が少し痛い。
スタジアム控室の簡易ベンチは、横たわる体を受け止めるためにはできていないらしい。
当たり前のことを思った。
さて、状況の打開は必要か、まぁ必要だろうが抵抗は難しい。
単純な力勝負なら、確かに俺はダンデには敵わない。
筋肉の鍛え方の質が違う。
剛直とした柔軟な筋肉は、血管を浮かべて俺が動けないよう全体重をかけていた。
無理矢理退けてもいいが、怪我をさせてしまったら困る。
そうともなれば、下手に動けず無抵抗は続く。
ダンデの肩から落ちた長い髪が、カーテンのように視界を覆う。
閉じ込められて、囲われる。
ダンデに、俺は覆われてあった。
ぱたり、ぱたり、瞬きをする。
ダンデは何がそんなに悲しいのやら、ぐらぐら瞳を潤ませて揺らしてある。
あぁ、こんな弱さに出来上がるお前の目、はじめてみた。
ぼんやり思う。
俺は無抵抗にダンデに閉じ込められた。
ダンデは唸り声を上げる。
まるで抵抗しようとしない俺に苛立っているようだった。
お前が勝手に閉じ込めているのに、何だという。
小さく笑ってしまう。
ダンデは唸ったままに俺の胸元にゆったりと体を倒してきた。
髪が胸に広がる。
まるでつぼみが花開いたようだ。
美しいものを見て、思わず目を細める。
ダンデは、くぐもる声にどすどす俺の肩を拳で殴ったのだった。
殆ど力の入っていない殴打は、痛くも痒くもなかった。
「もう一回、言え」
短い言葉、そこに俺は小さな後悔を覚えた。
うぅん、これは失策、ちょいと気分が乗りすぎてしまったようだ。
俺は瞬きの裏、つい先ほどの自身の失態を思い起こす。
スタートーナメントにおける初めてのダンデとの共闘、決勝戦の敗北、けれど、確かにある未来へ向かう希望たちの歩み。
重なった熱量に俺はつい言葉を選びそこなった。
つい、なのだ、思わず、なのだ。
俺は溢れる感情そのままに、からりと笑って落としてしまった。
「あぁ、まったく、愛してるよダンデ」
それは、これまでおくびにも出してこなかった、大切にしまい込んできた宝物ってやつだった。
笑って冗談交じりに扱えればよかった。
けれど、俺はこの感情をそうと扱えない。
だから、思わずぱしっと片手で口を覆って顔中でしまったと叫んでしまった。
こわばった顔、それだけで言葉の重みは知れただろう。
ぽかんとしたダンデはこちらを見上げていた。
俺はその隙に逃げ出そうとした。
慌てて大股に動き出す。
ダンデはそんな俺に、反射で掴みかかってきた。
そうして、乱雑にも人をベンチに押し倒し、現在俺の上で唸ってある。
はてさて、どうしたものか。
これは脈はあるのかもしれない。
けれども、突然俺が口にした本心にダンデが動揺しただけだとすればよくない。
それはダンデの心をいやらしく突いた俺の悪行である。
困ったものだ。
これではダンデの気持ちを無視した形での告白ってやつになりかねない。
押し付けたいわけでも、ましてやこれに乗りかかり、奪ってやりたいわけでもない。
だとすれば、俺はこれを冗談として流してやるべきだろう。
何がどうして、アンコールを受けているのだか知れないが俺は心を裏切る算段を始める。
小さな嘘は俺たちの連れ立つ関係に必要な悪である。
だから、どうか許してね。
俺はにこりと微笑み、嘘つきになろうと表情を固めた。
けれども、ダンデは俺の浅はかな逃げなど待ちはしない。
そういう男だと知っていたはずなのに、俺はどうにも悠長に構えていたらしかった。
ダンデは起き上がる。
くしゃくしゃな顔はそのまま、けれど、意志の固まった強い瞳はゆるぎない。
あぁ、こういう姿が好きなのだ。
ぽつりと落ちていく心の出来は、子供みたいに簡単な出来でいた。
ダンデへの恋心、そういう甘さに俺の感情はできている。
けれども、だからといって言いなりにも従順であるわけでもない。
だから俺は、ここで応戦にも舌を翻すのだった。
「ごめんごめん、びっくりさせたよな。聞き流してくれ」
「なかった、ことにしようとするな」
「なんで」
「なんでとか、言うな」
「だって、オレさま変なこと言っちゃったでしょ」
「変じゃない」
「変だよ」
にこりと笑って応戦する。
益々険しくなっていくダンデの表情に、俺はどうにも困り果ててしまう。
だけれども、ここで退けば結果は俺の行きたくない方向に向かいかねない。
退く気はなく、笑顔を固めていく。
ダンデは俺の飄々とした打ち返しの数々に、ぐぬりと唇をゆがめてあった。
応酬が一度止めば、俺は一呼吸の内に打ち返す。
こてりと首を傾げては、俺の上に跨ったいつまでも変わらぬキングに告げるのだ。
「ダンデを好きな、キバナは変だろう」
好敵手として競い合ってきた。
そこに不純物は不要である。
亀裂を作るような感情を持ち込んでいたなんて、お前はきっと戸惑ったろう。
大丈夫、聞き間違いだよ、俺はお前に対して不純に向き合おうだなんて思わない。
愛とは、与えられるものであり奪うものではない。
奪いたいわけではないのだ。
俺は、ダンデから奪いたいわけではない。
その心を、蹂躙したいだなんて思ったこともない。
俺が持つ気持ちがお前に何か穢れを作るなら、こんなもの一生涯、潰して殺してやったって構わない。
構わない、のに。
なぁ、どうしてかな。
俺は少し驚いてしまう。
見上げた先、お前は酷く傷ついた顔をした。
眉を寄せ上げ、濡れる膜が瞳を覆う。
ダンデの黄金がぐずりぐずり、輪郭を揺らめかす。
そのくせ、瞳の奥に沈む虹彩は、俺をきつく射抜く。
ダンデの唇はぶるぶる不格好に揺れていた。
あ、泣き出しそう。
口を半開きに、間抜けに見上げるばかりの俺にダンデはぐしぐし目元を手の甲で擦り上げた。
変な心地だった。
不思議な、心地だ。
ガラルに君臨した新たなチャンピオン、あの子に負けた時だって悔しがりはしたって傷つきもしなかったくせに。
十年間守り続けた王座は、最後には笑って受け渡したろう。
だのに、何故、こんなつまらい男が向けた下心ひとつ、そんなものにお前は傷つくのか。
ぱちくり目を瞬かせた俺に、ダンデは震えて掠れた声をほとっと落とすのだった。
「変じゃ、ない」
落とされた声はひっくり返っていた。
こんなにもぐらついたダンデの声を初めて聴いた。
ぱたり、また瞬きをする。
ダンデはぐぅっと喉を引き絞ると繰り返す。
「変だなんて、言わないで、くれ」
その言葉の意味を、俺は知らない。
スタートーナメントで昂る高揚感は、ダンデも一緒だったろうか。
だから、こんなにも感情を揺らしてあるのか。
ぼんやり見上げたままでいれば、ダンデは手の甲を退けていく。
その先で少しだけ濡れた目尻に、俺はあっけにとられた。
泣いた、ダンデ、今、ちょっとだけ泣いた。
あわりと動揺していれば、そこはきっと狙い目だったろう。
ダンデは俺の顔を両手で抑えつける。
がっと力の限り顔の骨格が抑えつけられて、俺は痛みに鈍く呻く。
ダンデはそれを無視する。
そうして、まるで捕食に走る野生のように大きく口を開くのだった。
「そうでなきゃ」
近づく距離に、思考がうまく動かない。
奪いたいわけじゃない。
そのはずなのに、この体は動かなくて、いっそ奪われようとしていると知る。
そんなまさか、俺に都合がよすぎる。
動揺は体を硬直させる。
動けないままの無様で憐れなドラゴンは、食い時ともみなされたろうか。
キングは艶めいた色味も伴わず、全く暴力的なまでに我を通す。
そういう男だと知っていたし、全く惚れた腫れたに笑えばいい、そういうところが好きなのだ。
目を見開いたままの俺に、ダンデは割れることない言葉で告げる。
「ダンデがキバナを好きなことが、悪いみたいじゃないか」
初めて知ったよそんなこと、お前も大概、心を潰すに長けている。
唖然として、けれども、瞬間的に沸騰した脳髄にぼっと火が付いたみたいに体が熱くなる。
真っ赤な顔を晒上げに、ダンデに食われる瞬間を待ってしまう。
奪うのではなく奪われるなら、それは愛とも呼んでいいのかもしれない。
自分に甘くも都合よく、主張を捻じ曲げる心を突き付けられた。
そうして触れ合う唇の肉感は、あまりにも乱暴だ。
がちんと歯と歯がぶつかった衝撃に、触れ合った温度もすぐに消し飛ぶ。
離れた唇の先、俺たちはひた隠してきた感情と向き合えるだろうか。
いまだ見えない未来を見据えて、俺は傷ができたらしい傷む唇の感覚をじっくりと味わう。
あぁ、愛は、俺たちの間に転がる愛は、随分と暴力的だ。
笑ってしまうほど理想と程遠い形をした結末に、俺は小さく笑うのだった。