黒羊ユク
2456文字
Public 一次創作
 

世界で一番強いもの

 セメンツァとフレイアルト。過去参加した非同期でのイベントにて書いた物語。

■お題
 シチュエーション:島に来る前日
 キーワード:猫
 タイトル:世界で一番強いもの

「船、明後日なんですか」
 船着き場の係員は、期待を裏切られたと言いたげな彼に告げる。
「定期便といっても、近頃島に行く人が増えているんだよ。空きは明後日の船からだね」
「んー……。仕方無いですね。じゃあ明後日出港の船でお願いしますよ」
 薄汚れた金を渡し、自身と傍らの少女、二人分のチケットを受け取る。見た目もその出処も恐らくは汚い金だ。最後の汚れは富豪の血だが。
 出港時間を確認して、彼は係員から離れる。少女は付かず離れず彼の隣を歩き、二人は積み荷の山の一つに腰を下ろした。
「待ち惚けですね」
 様々な種族が往来する様子を見ながら、傍らの少女に語りかける。
「お金もあんまり使うと、また集めなきゃいけませんし。どうしましょう」
「わたしは……、すこし、あつめたい……
 集めたい、という言葉で少女を見てみると、虹色の髪が少々うねりを増している。よく見ると何本かは往来へ伸びていた。少女の髪は解析用の触手でもあるので、人々の情報をこっそり拝借しているのだろう。
「それなら、此処にいましょうか」
 少女がこちらを向く。その顔には憂いがあるが、別段問題がある訳でも無い。これが通常なのである。
「ありがとう……
「いいんですよ、セメンツァ」
 か細い声に、にこりと笑顔を返す。この程度でも我儘だと気にしていたのだろう。
 二人は往来に目を戻す。様々な者がいた。有機物と無機物と、よく解らないものと、生物というカテゴリでは最早言い表せないだろう。驚きはしないが、此処までの人混みに入るのは久々だ。
 ぼんやりと、貴金属を着けた者を見て、売れそうだな、と考えていた時だったか。視界の隅に小さな女の子供を捉える。何か探すように辺りを見回していた。様子を見ているとセメンツァが口を開いた。
「さがしているのは、ねこ……
 どうやら彼の目線を辿って子供を解析したらしい。
「どんな猫なんです?」
 解析の間を置いてから、セメンツァが猫について告げる。
「ふうん……。面白そうですね。少し構ってもいいですか?」
「フレイアルトが、したいのなら……
 あくまでも自分を優先するセメンツァに、思わずフレイアルトは苦笑した。



 少女を呼んで、事のいきさつを訊く。可愛がっていた猫が逃げ出してしまったのだという。
「猫の名前は何ていうんです?」
「ロニャっていうの、お兄さん、ロニャを知ってる?」
 馬鹿な質問だが、素直に、いいえ、と答えてやる。
「じゃあ探しましょうか。セメンツァ、行きましょう」
 少女が顔を明るくしてフレイアルトを見る。全く単純だ。
「見付けてくれるのっ?」
「ええ、きっと、ね」
 果たして少女に笑みのよこしまは見えただろうか。



 セメンツァの解析能力は、人間に留まらない。数分もあれば、野良犬や野良猫から逃げた猫の情報を引き出してみせる。得た情報を元に路地裏を歩くと、目的のものはすぐに見付かった。逃げようとしたところを、触手と化したフレイアルトの指が縛り上げる。
「黒地に白斑、貴方がロニャですね」
 甲高く鳴く猫へセメンツァが翼の触手を伸ばす。頭に極小の針を刺され、猫が動揺して叫ぶ。
「ニギャッ、ギ、アッ、アめ、やめろ……?」
 急に出た言葉に猫が驚いている。フレイアルトはにこりと笑って話しかけた。
「一時的に話が出来るようにしただけですよ。さて、ロニャ、貴方の話が聞きたかったんです」
 如何にも事情を知っているかのような口振りに、猫は舌打ちのような声を出して答える。
「僕がどういう目に遭ったか知ってるな、お前」
 ふふふ、と楽しそうに笑いながら、フレイアルトは拘束の指を解いてやる。猫は警戒こそしているが、逃走しようとはしない。
「ええ、大体。どうせなら仕返しでもしませんか?」
「無理だ。あいつは甘やかされてる。親が呼べる一番の権力者だ。こんな力じゃどうしようもない」
 折れてしまった耳をひくりと動かして、猫は落胆する。しかしフレイアルトは笑う。
「権力なんて強くありませんよ。……貴方に、世界一強いものを教えてあげましょうか」



 猫を見付けた、そう男に告げられて、少女は路地裏へ入る。奥の行き止まりへと進むと、確かに探していた黒猫の姿があった。
「ロニャ! 帰ろう!」
 がしりと猫を掴むと、その手を引っ掻かれ、痛みに猫を手放す。
「何するの!」
 叩こうとした手をひらりと避けると、猫は口を開いた。
「もう沢山だ」
 猫の姿が膨れ上がる。爪が伸び、牙が伸び、体毛がうねる。



「貴方が一番強いと思うもの。それが、世界で一番強いものですよ」
 単純明快な答えだが、猫は呆れて返した。
「そんなものになれるなら苦労も無いんだよ」
 猫にフレイアルトは笑う。
「なれるとしたら……どうです?」



 セメンツァに書き換えられた体は、猫を異形に変えた。逃げ出そうとした少女の足に、牙の生えた触手が噛み付く。
「痛いぞ、お前のブラシ、お前の手、お前の足、全部痛い! この耳もお前が可愛がってくれたな!」
 殴り飛ばし、声を上げる隙も与えない。
「思い知れ、耳も口も目も、血の一滴まで可愛がってくれる!」



 フレイアルトはごみ箱に刺さるように入っていた新聞を引っ張り出す。一面の記事は、一人の少女が肉塊となるまでの仕打ちを受けて殺されていた事をまず書き立てていた。血塗れの服が少女の当日の服と一致して漸く判明したらしい。そして続く化け物退治の記事。黒い異形の獣が、丁度殺人現場の近くで発見され、直ちに殺されたのだという。この獣が少女を殺したと見ていいだろう、という結論を出している。
 フレイアルトはくすくすと笑う。
「貴方の思う最強は、別の人の見る世界で最強じゃなかったみたいですねえ」
 セメンツァは情報を集めつつ、彼に告げる。
「きょうは、なにもなさそう……
「そうですか。なら、今日は一日暇ですね」
 島に行く前日は、穏やかに過ぎていく。


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