kokokisu
2023-11-12 21:30:40
4683文字
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【ジョシュクラ】ファーストキス

1015の二人でファーストキスのお話です。
エアスケブリクありがとうございました!

 咄嗟の出来事だったので、とにかくジョシュアの身の安全を確保することしか考えられなかった。彼に付き従っていたクライヴは、頭で考えるよりも先に身体を動かしていた。
 背丈よりも高いチョコボの背から落下する赤い装束と金色の頭が見えた。間に合わなかったら彼の弟は頭から地面に激突してしまう。その光景は異様なほどゆっくりと流れて、それに合わせて自分の身体の動きまで遅くなっていた。クライヴは必死に腕を伸ばして、どこを掴んでいるかもわからないまま、その小さな赤い身体を抱き止めた。
 顔に強い衝撃が走った。受け止めたときに何処かをぶつけてしまったのだろう。痛みはあったが、それよりも弟の無事のほうが気がかりだった。
 弟は真っ青な目を見開いて硬直していた。唇に血が滲んでいる。クライヴも自身の口元に疼痛を感じていたが、それよりも弟が舌を切っていないか、歯が折れていないか、そちらのほうが気がかりだった。
 状況を理解した弟が、堰を切ったようにぽろぽろと涙を流し始めた。クライヴにしがみついている腕が震えている。痛みより、落下した恐怖から泣いているようだった。
 弟を宥めながら彼の身体を足元から頭まで確かめた。どこにも怪我はないし、ちゃんと二本の足で立っている。
 弟の無事が分かってやっと息を吐くことができた。とにかく必死で捕まえた弟の服の裾は大きく捲れ上がってしまっていて、跳ねた泥がキュロットに付着している。彼の身なりを整えると、クライヴは弟を抱きしめた。
「無事で良かった」
 声が震えてしまう。心臓はまだ跳ねていた。ジョシュアが怪我をせずに済んだのはたまたまだ。もし頭から落ちていく彼を誰も受け止められなかったら、と思うと背筋が冷たくなった。
 腕の中で震える弟を宥めながら、状況の理解を進めた。弟の無事を確認してやっと、クライヴは冷静に考えることができるようになっていた。
 ただでさえ病弱な弟にチョコボの騎乗訓練をさせるなど、早すぎたのだろうか。だが、王族にとって乗馬技術の習得は必須だ。幼い頃から身につけておかなくてはならないものだし、式典でも一人での騎乗を要求される。彼はドミナントであり、次代の大公でもあるのだ。いつまでも父上の馬に乗せてもらう訳には行かない。
 弱音も吐かずに涙を拭う弟を見ていると胸が苦しくなった。将軍ならきっと落馬などさせなかった。もし同じ状況になったとしても、彼なら服を乱れさせることもなくジョシュアを助けられただろう。クライヴは自分の未熟さに苦い思いが湧いた。
「二人とも怪我はないか?」
 チョコボの乗馬訓練に付き合ってくれていた叔父のバイロンが駆け寄ってくる。頬に涙の跡の残るジョシュアを見て、彼は笑ってみせた。
「口を切っただけか。それくらいなら舐めておけば治るな」
 言われてやっと、クライヴは自分もジョシュアと同じ状況だと理解した。口元を触ってみると、ぬる、と生暖かい液が付着していることが分かる。さっきから鉄の味がすると思っていたが、自分の唇から垂れている血が原因だった。
 何も気づいていない様子の弟を見下ろしながら、クライヴは居た堪れない気持ちになっていた。まずは彼の命を守ること、次に彼に怪我をさせないことを優先していて、それ以外に気を回す余裕がなかった。
……兄さん、痛いの?」
 険しい表情で俯くクライヴを見て、ジョシュアは心配そうに声をかけた。
「平気だ。これくらい、明日には治るよ」
 クライヴは首を振って口元を軽く拭った。弟を安心させようとぎこちない笑顔を作る。
 彼自身も最近になってその行為の意味を知ったばかりだった。普段好んで読んでいる騎士の物語とは違う、愛し合う二人が苦難を超えて結ばれるまでの物語。ジルがその本にとても感動しているようだったので、どのような話なのか知りたくて読んでみた。それでクライヴはキスというものは恋人同士がするものだということを学んだ。
 本の中では愛があればどんな困難も乗り越えられる人がいると語られていた。二人は愛を確かめ合うために、唇を重ねていた。初めてのキスは特別な意味を持つということも知った。だがやはり、騎士物語のほうが面白いとしか思わなかった。
 クライヴは改めて弟を見つめた。まだ幼くて可愛い弟も、いつかは彼の大切な人と出会って愛し合うようになる。その時に初めてのキスを兄と交わしたと知ったら、どんなに失望するだろう。想像するだけで胸が傷んだ。
 自分が彼に事実を伝えなければいいだけだ。クライヴは今日の出来事を、自分だけの胸に秘める事にした。
 チョコボが落ち着いていることを確認してから、クライヴはジョシュアを抱きかかえてサドルを掴ませた。まだ表情は強張っていたが、彼はしっかりと鐙に脚をかけて背に跨っている。落馬がジョシュアのトラウマになっていないことにクライヴは安堵した。
「ほら、もう一度練習だ。バイロン叔父さんに良いところ見せたいだろう」
 ジョシュアは手綱を掴んでバイロンと兄を見ると、決意したように頷いた。数週間後に迫るフェニックスゲートでの戦勝祈願の折は、彼も一人で馬に乗らなければならない。ジョシュアはまだ幼いながらも、次期大公であるという責務をその小さな双肩に背負っていた。

 小さく聞こえる足音で来訪者が誰か分かっていた。ノックの前にクライヴは扉を開いた。弟のジョシュアがそこに立っていた。寂しそうな眼差しを伏せている。兄に聞いてほしい話がある時、彼はこの表情を見せた。クライヴは弟が何かを言う前に、彼を部屋に招き入れた。
 クライヴはジョシュアを椅子に座らせて、自身はベッドに腰掛けた。
「乗馬訓練のことを、母上に知られたのか?」
 ジョシュアは首を降る。
「バイロン叔父さんが庇ってくれた。もう止めるように言われたけど、落馬のことは知られていないよ」
「それならどうしてここに?」
 クライヴはてっきり、弟がまた母親に彼の行動を咎められたのだと思っていた。彼らの母親のアナベラは、王位継承者であるジョシュアに対して過保護になるときがある。ジョシュア自身の意思を蔑ろにしてしまうほどに。だがジョシュアの口ぶりだと、彼が話したいことは別にあるようだった。
 ジョシュアは真面目な目つきでクライヴを見つめてベッドから立ち上がった。クライヴの背筋に緊張が走る。もしかしたら彼が今朝の唇同士の接触に関して言及してくるのではと思ったからだ。
 小さな白い手のひらがクライヴの頬へと伸びてくる。弟の指が唇の傷跡に触れた。クライヴは鼓動が強まりすぎて目が回りそうになっていた。ジルに借りた本の続きが頭の中で蘇る。キスをして恋人になった二人は深く愛し合って夜を明かしたと、それだけ記されていた。
 ジョシュアの真剣な顔が近づいて、同時に顔が暖かな風に包まれるのを感じた。それが収まると、彼はクライヴの唇をすりすりと撫でた。確かめて満足したらしく、彼はそれまでの憂いが一掃された笑みを浮かべた。
「よかった、傷が残らなくて」
 戸惑うクライヴの頬からジョシュアが手を離す。クライヴはさっきの暖かい光がフェニックスの癒しの力だったのだとようやく気づいた。このためだけに、ジョシュアはクライヴの部屋をわざわざ訪ねてきたらしかった。
 緊張が解けて身体から力が抜けてしまった。クライヴはベッドに仰向けに倒れると、まだ少し熱い目元を隠すように腕で覆った。
「兄さん、どうしたの?」
 ジョシュアに問いかけられて、クライヴは恥ずかしそうに顔を背けた。弟に迫られるのではと勘違いしてしまったなど、口が裂けても言えない。
 ベッドの隣に腰掛けて、ジョシュアはクライヴの肩を掴んで優しく揺さぶった。
「もしかしてまだ痛い?もう一度、癒やしたほうが……
 クライヴは手を伸ばして弟を制した。
「フェニックスの力を使いすぎるのは良くないと言っただろう」
 ベッドから起き上がり、クライヴはジョシュアに向かって微笑んだ。
「俺はもう平気だ。ありがとう」
 ジョシュアの頭を撫でて額にキスをする。これくらいならいつもしているのに、どうして唇同士は意識してしまうのだろう。クライヴは思わず苦笑を漏らした。
 兄の優しい笑みを見て、ジョシュアは不思議そうに首を傾げた。
「僕とのキスが嫌いになったんじゃなかったんだね」
 幼い弟の口から溢れた言葉は、クライヴの思いもよらぬものだった。驚きのあまり、クライヴは変な声を出してしまいそうになった。
「キス……。ああ、キスか。嫌いなはずがないだろう。いつもお前にしているじゃないか」
 動揺を悟られないように、何も意識していないようなことを言った。しかしクライヴは演じることが苦手だった。不自然な兄の態度に、ジョシュアはますます怪訝そうに眉を顰めた。
「そうなの?でも、兄さんは僕と口でキスをしてからずっと変だよ。僕とのキスが嫌になったからだと思っていたのに」
 クライヴは慌ててジョシュアの肩を掴み、彼と向き合った。
「違うぞ、ジョシュア。あれは事故だ。キスじゃない。ただ唇がぶつかっただけで……
 ジョシュアは納得していない様子でクライヴを見つめている。
 クライヴは諦めたように溜息を吐いた。敏い弟に嘘は通じない。なにより自分がこんなにも意識してしまっているのに、秘密を隠し通せる気がしなかった。
「すまない。俺の不注意だった。ファーストキスは特別なことなのに、あんな形でお前の初めてを奪ってしまって」
 ジルから借りた恋愛小説では、主人公の姫君はとてもロマンチックなファーストキスを彼女のナイトと経験していた。ジョシュアにも同じような体験を、と本気で望んだ訳ではない。将来は大公位を継ぐ彼に、そのストーリーラインをなぞるのは難しいだろう。だが少なくともその相手が兄である必要はなかったはずだ。叶うことなら初めてを彼に返してやりたいとまで思っていた。
 ジョシュアは心外だとでも言わんばかりの表情で兄の手を取った。
「兄さんは僕が初めての相手だと不満?」
 どういう意味だ、と聞くよりも早く、ジョシュアはクライヴに顔を寄せてキスをした。頬でも額でもなく、唇へのキスだった。
 ジョシュアはクライヴの手を握り締めて、彼の青い瞳をじっと見つめた。
「僕、ジルから借りた本で読んだんだ。ファーストキスは、特別に好きな人とすることなんでしょう。だったら、僕のその相手は兄さん以外に考えられないよ」
 ふくふくとした白い頬を紅潮させながら、ジョシュアはクライヴに問いかけた。
「兄さんは僕がファーストキスの相手では不満なの?」
 この世で一番、他に比べる相手など存在しないほど可愛い弟に迫られて、クライヴは彼を拒む術を見つけられなかった。弟が細い腕を伸ばして背中を抱きしめてくる。幼い独占欲を表すように必死にしがみつかれて、愛おしさが込み上げた。クライヴは彼に覆い被さるように抱き締めた。
「俺もお前が初めてで良かった」
 今は小さい雛鳥だが、彼はいずれ手に収まらないほど大きく育って飛び立つ運命だ。それならせめて初めてくらいは、自分が貰ってもいいのではないか。クライヴはようやく自身が秘めていた本心を見つけた気がした。
 二人は熱く潤んだ瞳で見つめ合い、深いキスを交わした。そして彼らは恋愛小説の恋人たちを真似て、同じベッドで眠りについて一晩を共に過ごした。本に書かれていた通り、今まで最も満たされた幸福な夜だった。