kokokisu
2022-06-26 23:30:21
6401文字
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手を伸ばすようなもの 1

モブ女がザに抱かれてる前提

 一人の社員が酷く疲れた様子でふらりと神羅のカフェを訪れた。メガネの下に見える彼の目には生気がなく、唇は白く乾燥して、着ているシャツにはヨレが目立つ。彼の所属は神羅社内ではいい意味で異色の都市開発部門だ。珍しいというのは業務内容が変わっているという意味ではない。都市開発部門のトップは、神羅の幹部の中で唯一の善良な人だった。彼のためなら裁量を超えても期待に答えたくなる、と部下に思わせるほどに。その結果、男は夕飯を会社で食べなければならない時間まで会社で働いていた。
 この時間にもなると自然と仕事の速度は緩み、会話は減り、半分意識がまどろみながら書類の山を事務的に片付けている。そんな社員たちが最大の敵である睡魔と戦うため、カフェで提供されるカフェイン入りの飲料は昼夜問わず需要があった。男性も例外ではない。夜も更けているというのに彼は何の迷いもなくカウンターでブラックコーヒーを注文した。一緒に働いている同僚の分も、テイクアウトの紙袋に用意した。もう夜だからと断る人間がいないことを彼は知っていた。
 カフェの中央には明り取りの吹き抜けが設置されていた。円柱のガラスに閉じ込められた青白い光の中では、丁寧に生育環境を整えられた植物が葉を輝かせていた。化学肥料と水で育てられ、人口の光を浴びて神羅本社の中心部ですくすくと育つ広葉樹だ。職場に戻ろうとしていた男性は、招かれるようにその木の側にあるチェアに腰掛けた。熱いコーヒーを啜りながら、青白い明かりの差す空間を眺める。パソコンの画面ばかり見て緊張していた目の奥が解れていった。仕事で使いすぎた頭にようやく血が巡っていくように感じた。
 男性が生い茂った緑を眺めていたら、枝の真下にキラリと光るものを見つけた。鏡が太陽の光を反射したような輝きだった。なにかと思い疲れた目を凝らす。それはものではなく、眩いほどの金髪を逆立てた一人の少年だった。
 人工照明を乱反射するガラス越しでも綺麗な少年だということが分かった。細い体に小さな頭部、白い腕、鼻筋の通った横顔、そして大きな青い瞳。彼が兵士の制服を着ていることを、男性はいっそ哀れにすら感じた。彼の家庭や境遇に、その道を選ばなければならない事情があったのだろうか、などと。少し冷静になってから、セフィロスのような英雄になりたいと夢を見ている少年が大勢いることを思い出した。あの少年も例に違わず、ソルジャーに憧れているのだろう。普通の夢ならば微笑ましいと思うところだが、彼が選んだ道は一歩間違えたら命を落とすことのある兵士だ。男は神羅が増長させているセフィロスの英雄像に苦い感情を抱いた。
 少年は一人の大柄な兵士と言葉を交わしていた。相手はソルジャーの制服を着ていて、背中には巨大な剣を背負っている。逆立った黒髪と、少年の倍はありそうな太い腕。頬に刻まれた特徴的な十字の傷に気づいて、男性は思わず声を上げた。
 神羅の誇る最強の兵士である、ソルジャー・クラスファーストのセフィロス。彼と同じ肩書を持つ人間はもう一人しか残っていない。少年の前に立つ彼は、セフィロスと同じくソルジャー・クラスファーストのザックス・フェアだった。
 クラスファーストが一般兵の少年と仲良くしている。男性は珍しい動物の珍しい生態を目の当たりしたような顔をした。耳に入ってくる彼の武功が人並み外れ過ぎていて、ソルジャーは自分たちとは違う生き物であるように感じていたからだ。彼が軽々と背負っている剣も、普通の人間ならば振るうどころか持ち上げることさえ叶わない代物である。ザックスは人懐こいと聞いていたが、実際に見てみると頭が混乱してしまう。彼が自分と年の近い少年と気さくに話していると、本当にただの年相応の少年に見えた。
 同僚のコーヒーが温くなっていくことも構わずに、男性は彼らのじゃれあいを遠くから眺めていた。ザックスに比べると金髪の少年は内向的らしく、少し距離を感じさせる態度を取っている。少年がザックスの一言に顔を曇らせた。もしかしたらザックスに苦手意識があるのかもしれない。ザックスはそうとも気づかずに、にこやかに話し続けている。
 耐えかねたのか、少年が控えめに口を開いた。ザックスだけでなく、その場にいる他の兵士まで驚いたようにぽかんと口を開いている。少年は更に言葉を続けた。こちらまで緊張してしまいそうになるほど真面目な横顔だった。
 喧嘩でもするのだろうかと思わせる緊張感が漂っていた。その後の光景を見た男性は、彼らのやり取りを眺めながら飲んでいたコーヒーを零しそうになった。
 クラスファーストのソルジャーが、まるで膝を撃ち抜かれたような勢いで地面にしゃがみ込んだ。かと思うと、彼よりも二周りは小さい少年兵に向かって頭を垂れた。額が磨き上げられた床に触れる寸前まで下げられている。降伏した敵兵が命乞いをするときでさえもこの体勢になるのは屈辱的で、尊厳が深く傷つけられるだろう。それをクラスファーストのソルジャーが、どこからどう見ても階級すら与えられていない一般兵に向かってやってみせていた。
 男性はコーヒーがテーブルに溢れていることに気づいて慌ててカップを持ち直した。なにかありえないことが起きているのは分かるが、それ以上は何もわからない。あそこの床の上で図体に似合わず小さく丸まっているのは、ベヒーモスでさえ一人で倒せると言われたクラスファーストのソルジャーのザックス、であっているのだろうか。
 動転する男性を更に驚愕させることがまた起きた。
「ヤらせてください!」
 耳が痛くなるほどの大声だった。カフェのあるフロアどころか吹き抜けを通じて上下の階にまで声が響いたのではないだろうか。男性の持つコーヒーの水面が揺れるほどの声量で、ザックスが小柄な少年兵に向かってそう叫んだ。
「や、ちょっと待って、ザッ……
 衆目が集まっていることに気づいた少年の白い頬がみるみる赤くなっていく。彼も一緒にしゃがみ込んでザックスの肩を掴んだが、彼は岩のようにびくとも動かなかった。
「ヤらせてください!頼む、一回だけでいいから!」
 周りのことなど構わずに同じセリフを繰り返すクラスファーストのソルジャー。神羅が誇る最強の英雄。男性は頭に浮かぶ無数のクエスチョンマークに目が回りそうになっていた。
 少年が何かを囁いて、その瞬間にザックスは飛び跳ねて立ち上がり、ガッツポーズをしてみせた。何が起きたのか男性も察しがついた。少年は、断れない状態に追い込まれたのだ。ザックスの懇願を承諾してしまったのだろう。
 改めて並び立つ二人を見ると、先程起きた出来事が嘘だとしか思えなかった。英雄色を好むというが、ザックスは女好きで手が早く、しかもやたらモテると有名だ。彼の実力を考えれば当然だろうし、何よりあの整った容姿なのだから女の方から寄ってくるだろう。そんな彼が誰かを手に入れるために頭を下げるなど、冗談としか思えない。
 ザックスがそうまでして手に入れたい相手とは、ともう一人の少年へ視線を移す。男性は思わず、ああ、と声を漏らした。同じ行動を取れるかと言われたら流石に頷けないが、彼の姿を確かめた途端、男性はザックスの行動に多少の共感を覚えてしまった。
 遠目で横顔を見たときから綺麗な子だと思っていたが、彼がこちらを向いた今は尚更、彼の顔立ちの美しさが男性にも分かった。大きな青い目が輝くお人形さんのような顔立ちをしていた。ザックスの行動で注目が集まったことに恥じらっているのだろう、頬は赤らんで唇も淡紅色に紅潮している。不服そうに俯いているからか、金色に光る長い睫毛が目立つ。田舎からミッドガルにやってきた少年兵だと思えばその初々しい反応も当然なのだが、彼の見せる表情は男性の性的な本能を妙に唆るものだった。
 ザックスもソルジャーであるということを除けば年頃の少年だ。本当の恋心なのか、ただの興味なのか分からないが、あんな子が近くにいたら熱を上げても仕方がない。もしかしたら年の近い子同士でふざけているだけかもしれない。だとしてもあんな顔を見せてくれる彼をからかうのはきっと楽しくて仕方がないだろう。
 男性は同僚への土産を持ってオフィスへと戻っていった。少年たちの姦しいやり取りを思い出すだけでつい笑いが溢れてしまった。クラスファーストのソルジャーが、カフェで土下座をしていた。この嘘のような事実はきっと、冷めきったコーヒーよりも同僚たちの目を覚ましてくれることだろう。

*

 一日中笑顔を貼り付けていたので、頬の筋肉が痙攣しそうになっていた。自分に合っていると思って選んだ仕事だが、笑っていられないときも微笑まなければならないのは辛い。自分の職場が神羅カンパニーの玄関口の受付でなければ、少しは気を緩めても許されるのかもしれないが。一日でも憂鬱を顔に出していたら離職を進められるような職場だ。誰もが憧れる神羅カンパニー本社の受付嬢という仕事を勝ち取った以上、簡単に他人へ譲るのも癪に障る。セクハラ親父に手を握られそうになったときでさえも完璧な笑顔を崩さなかったのは、もはや意地に近かった。
 更衣室で窮屈な制服を脱いでいると、一足先に着替えた同僚から声をかけられた。
「今日のパーティーも来ないの?治安維持部門のエースが来るらしいよ~。ま、ソルジャー様ほどじゃないかもしれないけどさ」
 あはは、と笑う同僚の声が無性に苛立ちを誘った。彼女に他意がないことなど、わかりきっているのに。
 意識してロッカーを静かに締めた。もう一度、定型の笑みを作る。まるで時間外労働だ。
「ごめん、今日は止めとく。次あったら教えてよ。絶対予定開けとくから」
 いつもと違う返事に、同僚は眠たそうな目を持ち上げて驚いた。
「あれ、いいの?あの仔犬くん、脈アリって言ってなかったっけ?」
 ざくりと胸にナイフを刺された気分だった。心境が顔に出そうになるのを堪えて、空元気を振り絞り、もう一度能天気に笑って見せる。
「あー、あの子ね。やっぱ無理かなって。まだ若いし、それにいつも危険地に送り込まれてるぽいから怖くなっちゃった」
 同僚が乾いた笑いを零した。受付嬢だが、神羅カンパニーに所属している以上血腥い話題は嫌でも耳に入ってくる。生きては帰れないだろうという任務に送り込まれた彼が、平然と生還したことを彼女も知っているのだろう。討伐数は覚えてないと笑って言った彼の顔が脳裏を過った。
「だよね。しかもクラスファーストとか別次元過ぎて恋愛対象として見れないというか、迫力ヤバすぎて鑑賞してるだけでお腹いっぱいというか……。じゃ、次は面子に入れとくからよろしく」
 化粧を直した同僚が、そう言い残して更衣室を去っていった。ヒールのカツカツという音が遠ざかってから、思う存分溜息を吐いた。
 彼女の言う通り、クラスファーストのソルジャーは、感覚が普通の人間とはズレている。彼が女好きということは有名だったので警戒をしていたはずなのに、自分が好みだという言葉を本気にしてしまった。ベッドの中で好きだと言われて恋人になったつもりでいた。終わった瞬間に次の女との約束があると言われて、自分が大多数いる内の一人でしかないと気づいたのが数日前のことだ。
 ソルジャーは精神が不安定な人が多いらしいが、クラスファーストともなると別格なのだろう。同じクラスファーストでもセフィロスと違って親しみ易いので油断してしまっていた。聞いた話だと、抱いた女の顔を覚えてすらいないこともあるらしい。そもそも毎日のように命を危険に晒しているソルジャーが、特定の相手を恋人に選ぶはずがない。
 考えれば考えるほど、悶々とした感情が膨れ上がっていった。彼の醸し出す遊びなれた雰囲気に流されてしまった自分が悪いのだろうか。だが彼の、一言二言交わしただけの相手でさえ特別と思わせる口ぶりもたちが悪い。神羅本社の受付嬢をやっているのでナンパされたことなど数え切れないのに、彼の真っ直ぐな目に見つめられるとその自制が崩れてしまった。彼の遊び相手でしかなかったのだと分かった今でも未練がある。もしかしたらその中でも自分は特別かもしれない、と。
 自身の諦めの悪さに気づいてまた腹の底から溜息が漏れた。やっぱり今日の同僚の誘いには乗るべきだったかもしれない。別の男に出会ったら、彼のことも忘れられたかもしれないのに。だが同時に、彼ほどの男がそうそういるとは思えないが、と思う自分がいる。彼は今日も別の女を抱いていると分かっているのにこんな事を考えてしまうなんて救いがない。
 どうにも遣る瀬無い気持ちが付きまとって離れなかった。きっと気分転換が必要だ。カフェで評判になっているスムージーでも飲んで帰ろうか。スラムの駅の売店はこの時間に食べるには少し重いものが多いし、いっそ社食で済ませておいたほうがいいだろう。

 床に額を擦りつけたザックスを見た瞬間、胸の内で燻っていた感情が水を浴びせられたように冷めていくのがわかった。それまでに彼が自分に見せていた態度に全て說明がついたような気分になったからだ。
 ザックスは女に興味がない。あれだけ女にモテて、選り取り見取りで、毎日のように相手を変えて遊んでいたにも関わらずだ。現に彼は、歩いて十歩も離れていないところにヤり捨てた女がいることにも気付かず、蛙のように床に這いつくばっている。信じられない話だが、彼が本当に手に入れたいのはあそこにいる金髪の少年だったのだ。
 味気なかったスムージーの甘みがジワリと口内に広がっていく。更衣室で着替えていた時は、次にザックスの顔を見かけたらなんと言って詰ろうかと考えていたはずだった。だが今は、彼に対して執着だとか憎しみだとかの感情が湧いてこない。彼の感覚が自分とは全く違うのだとまざまざと見せつけられたからだった。
 土下座をしたザックスが、フロア中に響き渡る大声でみっともなくヤらせてくれと叫んでいる。相手の少年兵は真っ赤な顔で固まっていた。年はザックスよりも少し下くらいだろうか。女の自分が化粧をしていても隣に並びたくないと思わせる可愛らしい顔立ちをしているが、どこからどうみても男だ。立場上は上官に当たるザックスにしつこく求められて困り果てている。顔を上げさせようとしているが、ソルジャーの力には敵わないらしく、ザックスは頑として動かない。自分だけでなく、年下の少年にまで恥ずかしい思いをさせて、力づくで受け入れさせようとするとは。顔の良さを差し引いても、直視に耐え難い姿だ。
 今となっては何故自分が彼に執着していたのかも分からなかった。自分はきっとあの可愛らしい少年兵の代わりをしていたのだろう。どんなに沢山の女を引っ掛けても彼が満足しなかった理由も分かった。彼が狙っていた少年兵は、そこらの女では太刀打ちできない美しい顔をしていた。
飲みかけのスムージーを手に騒がしいカフェを立ち去り、同僚に連絡を入れる。今からでも合流していいかと聞くと、彼女は快く受け入れてくれた。ようやく自分の住む世界に戻ってきたようで、心が晴れ晴れとする。
 ザックスはあの綺麗な少年兵を、土下座してまで抱きたがった。カフェで見かけた光景を思い出すだけで溜飲が下がる気がした。誰もが憧れるソルジャー・クラスファーストで、顔も体も人並み外れて恵まれたものを持つ彼にも、そこまでしなければ手が届かないと思うような相手がいるのだ。彼に土下座までされて求められるのは、女だったらどんなに気分が良いのだろう。相手がザックスのことを何も分かっていなそうな少年兵でむしろ良かったと、心の底から思ってしまった。