kokokisu
2021-11-23 00:29:04
5521文字
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【ザックラ・モブクラ】おやすみ、さよなら 6


 ニブルヘイムにあった神羅屋敷と外観の似た建物だったが、内装は打って変わってきらびやかだった。俺でもひと目で分かるほど質の良い重厚な木製のテーブルには純白のテーブルクロスが引かれて、瑞々しい花が中央を彩っている。宝石を集めたような眩いシャンデリアに照らされ、磨き上げられた銀の食器が光で飾り立てられていた。
 就任祝いの会食は粛々と進行していた。参加者はほとんどが軍人だった。体格の良い人ばかりで、運び込まれる食事も酒もみるみる内に減っていく。酒が進むにつれて賓客の声が高くなっていった。和やかに話をしている席もあれば、冗談を言い合って小突きあっている人さえいた。どちらも神羅の人間なので、階級を意識すればそれ以上は気負う必要がないのだろう。俺が思っていたほど格式張った会食ではない。大尉が正式な従卒ではない俺を連れてきた理由がわかった気がした。
 俺は言いつけどおり大尉の後ろに控えていた。きょろきょろと見回したらみっともないと言われたので正面を見据えつつ、意識して普段よりも背筋を伸ばして直立している。燕尾服は着慣れないというだけでなく、いつものようにヘルメットで顔を隠していないので落ち着かない。髪も撫でつけられてしまい、今の俺には兵士らしさというものがすっかり失せている。何か間違っているのか怪しまれているのか、賓客からちらちらと視線を向けられるのも感じた。警備の仕事とやっていることは殆ど変わらないのに、俺はいつもとは比べられないほど神経がすり減っていった。
 俺がひたすら会食の終わりを待っていると、大尉がテーブルの隣に座っていた青年に声をかけた。
「カームにはもう慣れたか」
 呼びかけられた青年が大尉を振り向く。俺は無意識に彼の横顔に視線を移した。金髪に透き通るような蒼色の瞳をした青年だった。俺よりも10歳ほど年上だろうか。この会食に出席しているということは相応の階級の軍人なのだろうが、物腰が柔らかでとてもそうは見えない。大尉の口ぶりから、彼の身内なのだろうかと推測した。
 大尉に声をかけられた青年は、若い見た目にそぐわないよく作り込まれた笑みを浮かべた。
「ええ、おかげさまで。ブルックナー大尉もお変わりないようですね」
 青年は畏まった態度で大尉に返す。大尉はワインのグラスをテーブルに置いて苦々しそうに眉を顰めた。
「ハートマン、年寄相手のような挨拶はやめろ。俺をカームの爺どものように扱うな」
「失礼しました」
 青年は慣れた様子で大尉の叱責を受け流している。身内と接しているにしては堅苦しい。だが大尉はこの席にいる誰よりも彼とは打ち解けているように見えた。
 青年とぽつぽつ言葉を交わしていた大尉が、ちらと俺へ視線を向けた。様子を確かめるような目つきだった。俺は反射的に腹に力を入れて姿勢を正した。無意識に二人の会話へ耳を傾けていた自分に気づいた。
「俺の新しい従卒、いや、従卒候補だ。お前に紹介したくて連れてきた」
「へえ」
 青年が控えめな感嘆を漏らしてこちらを振り向いた。夕闇のような影を帯びた、だが吸い込まれるように綺麗な目をした人だった。何か言うべきだろうかと思ったが、大尉の言いつけどおり俺は口を閉ざしたまま、正面を見つめ続けた。
「後でお前の部屋に送る」
 大尉はそれだけ言うと食事を再開した。青年も無言でテーブルへと向き直る。大尉の言葉の意味を俺は遅れて理解した。会食が終わった後も、俺にはまだ仕事があるらしかった。


 会食が終わって隊服に着替えると、俺は大尉に命じられてカームの東端にある屋敷へと向かった。夜が更けても明かりの消えない軍事拠点を通り抜けて、軍事関係者の居住地を目指す。街で見かけた住居と同じ作りだが、2つ並べてつなげたような大きさの屋敷にたどり着いた。会食の席で大尉が話していた青年、ハートマン軍曹の邸宅だ。
 彼は若くして神羅軍の曹長にまで上り詰めると、二年ほど前にカーム支部へ在籍を移したらしい。今回新たに就任した将官の補佐役でもある。大尉から教えられたのはそれだけだ。彼がどのような人間か、俺は彼の元で何をすればいいのか、具体的なことは何も聞かされていない。ただ大尉から、軍曹に挨拶をしてこい、とだけ命じられた。俺に分かるのは、彼が俺よりも階級が上の軍人であることと、会食の席にいた誰よりも彼が大尉と打ち解けていたということだけだった。
 ドアノッカーを鳴らして暫く、中から軍曹が姿を表した。俺が敬礼して名乗ると、私服に着替えた彼は柔和に微笑んで俺を迎え入れた。
「そう構えなくていいよ。ほら、外は寒いだろう。早く中に」
 彼はそう言って、俺を暖炉の熱で満たされた客間へと案内してくれた。寒空の下歩いて凍えていた手や鼻先がじわじわと温められていく。通路にあった鏡に写った俺の顔は、小さな子供のように鼻と頬が赤らんでいた。
 質は良いが簡素な調度品で揃えられた室内は、落ち着かないほどの静寂に満たされていた。聞こえるのは軍曹の足音と、ティーポットの立てる乾いた音だけだ。広い家だが、家族も使用人も姿は見えない。
「昼にしか人は入れないようにしているんだ。夜は一人で過ごしたくて」
 彼はテーブルに二人分の紅茶を置くと、俺の正面のソファに腰掛けた。所作がいちいち軍人らしからぬ優美さのある人だった。俺は空っぽの胃に熱い紅茶を流し込んだ。臍の辺りまですとんと落ちて、その熱は俺の指先にまで行き渡っていった。火傷しそうな温度の紅茶をちびちび飲む俺を眺めながら、軍曹はうっすらと笑っていた。優しそうな人だ。大尉に命じられたときから抱いていた極度の緊張が徐々に緩んでいった。
 カップをソーサーに戻して、俺は慎重に口を開いた。
「ブルックナー大尉の命でお伺いしたのですが、俺は何をすればよろしいのでしょうか」
 大尉はただ軍曹の家の場所と、何時にそこを訪れろという命令しか下さなかった。大尉にも何をしたら良いのかと尋ねたが、全て軍曹に任せろとしか言われていない。それならここに来れば何をするべきか分かるのだろうと思っていた。だが今の所、俺は軍曹からお茶を振る舞われているだけだ。これが俺に大尉がやらせたかったこと、ではないはずだ。
 軍曹は微かに表情を翳らせて、ソーサーをテーブルに戻した。
「君は、ブルックナー大尉の従卒候補らしいね。自ら志願して?」
 とんでもない、と俺は慌てて首を振る。
「いいえ、俺は従卒じゃありません。志望した訳でもないんです」
 俺の返事を聞いて軍曹は思案するように目を細めた。
「それではなぜ今日の会食に?」
……今、大尉には従卒がいないらしくて。俺が代役を引き受けました」
「なるほど」
 軍曹はふっと笑みを零すと、テーブルから身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。
「ブルックナー大尉の従卒は希望してなれるものじゃない。出世が約束されているが、大尉は人の好き嫌いが激しいから。ストライフ君は、随分気に入られたみたいだね」
 光栄だと思うべきなのかもしれないが、俺は何とも言えない気分になった。大尉が俺を気に入っているのだとしたらそれはセックスの相手としてだ。能力を認められたわけではない。
 そもそも俺は、大尉の元での出世を望んでいなかった。俺は未だにソルジャーになることを夢見ている。軍人として成功するよりも、唯一無二の英雄になりたい。ニブルを出たのはそのためだったはずだ。
 俺の表情の変化に気づいたのか、軍曹は思案するように息を漏らした。
「どうして君は大尉の従卒になりたくないんだ。軍人として出世したくないのか?」
 返事に窮する。ソルジャーにならず軍人として身を立てている彼にはきっと理解できないだろう。
 言葉に詰まっていると、軍曹は急に労るような目つきで俺を見つめた。
「大尉の相手をするのが辛い?」
 きっと俺は目に見えて顔を青ざめさせたのだろう。彼の言葉の意味を、鈍い俺でも察していた。彼は俺が大尉と寝ていることを知っている。軽蔑されるのか、憐れまれるのか、どちらも俺は受け入れ難かった。大尉に抱かれることで、少なからず身体を紛らわせている自覚があったからだ。軍曹に言及されて、俺は今の自分が客観的に見えるようになってしまった。
 軍曹はどうということもなさそうな表情で口を開いた。
「気を悪くしたなら済まない。大尉の従卒にならないのは彼に抱かれるのに抵抗があるからと思って。でも数年の辛抱だよ。大尉は少年にしか興味がないんだ。数年経てば解放されて、相応の地位を与えられる」
 それに、と言った彼の瞳に酷く陰鬱な影が宿った。
「どうせ大尉に気に入られたら逃げられない。軍を辞める以外にはね。まだ軍人を辞める気がないのなら、もう大尉の『従卒』になってしまったほうがいいと思うよ。このままだと搾取されるだけだ」
 軍曹の言う未来は俺にも見えているものだった。それでも受け入れ難い。大尉の従卒になってしまえば、俺は本当に夢を諦めなければならなくなる。
「俺はソルジャーになりたいんです」
 唇が震えた。言葉にするとなおさら夢物語に聞こえた。大尉のおもちゃとして弄ばれている俺が、それを受け入れてしまっている俺が、神羅軍の最強の兵士になりたいなど。ニブルにいた頃は手が届くと思っていたのに、実際はどんなに足掻いても指先が掠りさえしない。自分でもまだ諦めていないことが不思議なほどだった。
 軍曹は納得したように小さく頷いた。
「セフィロスの影響かな。私が入隊した頃には既に噂になっていたけれど、君くらいの世代にはもっと人気があるんだね」
 ずっと目標にしてきた英雄の名前を出されたが、俺は気がつくと小さく首を振っていた。確かに彼は俺の夢で、理想の姿だ。だが、俺が今でもソルジャーになることを諦められないのには別の理由がある。
「俺には、憧れている人がいます。俺も彼のように強くなりたい。彼に並びたい。だから、こんな方法で階級だけ貰ってもだめなんです。このままじゃ俺は弱いままだ」
 軍曹は苦笑を漏らした。お前のような奴がソルジャーに、と笑われたのだと思った。だが彼は直ぐに失礼、と呟くと、微かに掠れた声で言った。
「君の夢を笑ったわけじゃないんだ。……これはどちらかと言うと自嘲かな。私は、君の言う『こんな方法』で階級を貰った人間だから」
 俺は驚いて何も言えなくなってしまった。大尉が搾取した人間と会うなど想像もしていなかったからだ。今になって軍曹が事情に詳しい理由が分かった。
 軍曹は気まずそうな表情で髪を掻き上げると、視線を伏せて静かな声音で語り始めた。
「大尉が君を私のところに送った理由だけど、君を彼の従卒になるよう説得させるためだったんだと思う。私は大尉の『従卒』として勤め上げた結果、この役職に就くことが出来た。私も君も、軍人としては少し小柄で細いだろう。武器の扱いに長けていたとしても実績だけで成功するのは難しい。そもそも、出世する前に死ぬ可能性のほうが高いからね。魔晄耐性があってソルジャーになれたなら肉体強化してもらえただろうけど、あのプロジェクトは科学部門の人体実験に近い。最強の兵士になれたとして何年生きられるか……
 軍曹は俺の顔色を伺ってきた。憧れているソルジャーの事実を知った俺がどんな反応をするのか気になったらしい。俺は視線を険しくして俯いた。大尉からもソルジャーの末路は自己崩壊だと聞いたが、それでも俺はソルジャーになりたかった。
「大尉が君のことを気に入ったのは本当だ。そうじゃなければ私を使ってまで説得しようとはしない。君、さっき憧れている人のように強くなりたいと言ったね。その人はソルジャーなのかい」
 俺は頷いた。軍曹は少し考えるように腕を組んだ。
「彼と対等になりたいんだね。彼がソルジャーで、君は一般兵だから。それなら昇進して彼と並び立つというのでは駄目なのかな。大尉の慰み者を何年も続けるのは辛いかもしれないけど、君にはそれでも軍人を続ける覚悟があるのだから」
 軍曹に悪気がないのは分かっているが、俺は胸が苦しくなってきていた。彼の言う通り俺はきっとソルジャーにはなれないし、ザックスと対等になるには『従卒』になるしか道がない。何も知らずに我儘を言う子供が言い含められている気分だった。
 生まれ持った素質は変えられない。ザックスは特別で、俺は特別ではなかった。彼の恋人だった頃から、そんなことは嫌というほどに分かっていた。
 俺は気づいたら涙を流していた。もし俺がまだザックスの恋人だったなら、それでも嫌だと軍曹の説得を突っぱねていたかもしれない。だが俺はもう夢を抱き続けられそうになかった。ザックスはとっくに俺の世界からいなくなってしまったのだ。
 軍曹がテーブル越しに手を伸ばして俺の涙を拭った。彼は椅子を俺の傍にまで寄せて並んで座ると、俺の肩を抱き締めてきた。手つきは優しいが俺は体が震えた。こうやって何度も犯されたことがあるので反射的に恐怖を感じる。だがここまで話を聞いてくれた軍曹相手なら、と俺は身を委ねた。どちらにせよ大尉に命じられた俺に拒否権はない。
「落ち着いたら私の寝室においで」
 軍曹は俺の肩をぽんと叩くと、立ち上がってリビングから二階へと移動してしまった。
 彼の淹れてくれた紅茶はすっかり冷たくなってしまっている。俺は紅茶の残りを流しに捨てると、暖炉の薪に灰を被せて火を消した。一階が凍えるほど冷える前に、俺は見知らぬ部屋の階段を上がっていった。