kokokisu
2021-02-17 23:23:16
3667文字
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【モブクラ】一般兵君のマッサージデビュー


 マッサージ店には珍しく若い客だった。
 彼を取り囲んでいた同年代の男たちは友人だろうか。少し小柄な彼をせっつき、揶揄いながら、彼をこの場所へと連れてきた。その金髪碧眼の少年の顔に浮かぶのは、明らかな不信の表情だった。
 プレハブ小屋をパーテーションで仕切っただけの施術室に、天井から吊るされているのはくすんだオレンジの電球。受付は錆びた長テーブルにパイプ椅子を添えただけの粗末なものだ。働いているのはマッサージ師の若い男一人だが、それで人手は足りるだろうというほどに活気のない狭い店だった。
 お世辞にも綺麗とは言われない店の内装を見て、少年はますます苦々しく眉根を顰めてみせた。
「なんだよ、この店。話が違う」
 少年は仲間達を振り返りそう零す。仲間達は肩を震わせて笑った。
「あれ?もしかしてクラウド期待してたのか?」
「気持ち良くしてくれる六番街の店ってんで期待したんだろ」
「意外とムッツリじゃん、クラウドのスケベ」
 次々と囃し立てられ、クラウドと呼ばれた少年は顔を真っ赤にして怒りを表した。肩を抱いていた少年の手を振り払い、踵を返して店を去ろうとする。
「待て待て、待てって。悪かったよ、ふざけ過ぎた。ここはマッサージ屋だよ。俺らみたいなヒラでも払えるくらい良心的なんだ。今日は俺らが払ってやるからさ、お前も試してみないか?」
 クラウドは苦い表情を崩さない。彼らが唯の親切で自分にマッサージを奢ってくれるはずがないからだ。確実に何か裏がある。だが、帰ろうにも帰り道を三人で塞がれて店を出られない。
 睨み合っていたら店主の男がクラウドの腕を掴んだ。
「ほら、早く入って。入口でたむろされてちゃ邪魔だ」
 思いもよらぬ力で引っ張られて、クラウドは施術台へと連れていかれた。彼の仲間達はニヤニヤと笑いながらそれを見送った。

 足元の片隅が破けた硬い合皮のベッドにうつ伏せになりながら、クラウドは深い溜息を漏らした。
 夜の歓楽街である六番街にクラウドを連れてきた彼らは、同僚ではあるが友人ではなかった。彼らはクラウドと親しくしているつもりらしいが、クラウドは彼らの名前もまともに覚えていない。気付いたら周りにいるので嫌でも顔を覚えているというだけの間柄だ。
 クラウドが彼らを無碍に扱うのはそれなりの理由があった。彼らがクラウドの元に集まるのは、クラウドを揶揄いたい、ちょっかいを出したいという目的があるからだ。言ってしまえば、彼らにとってクラウドは玩具だ。自分よりも小柄で、田舎出身で、友達の少ないクラウド。そんな目を常日頃から向けてくる相手と仲良くしようという気になどとてもなれなかった。
 今日ここに連れてこられたのも、六番街の怪しい店に自分を連れて行って、反応を楽しむためなのだと理解している。付き合うつもりはなかったのに、強引に連れて来られてしまった。今日の訓練は特に厳しく、人数の集まった彼らに逆らって逃げ出すだけの元気が残っていなかった。
 マッサージ師の男がうつ伏せになったクラウドの背中に手を乗せながら問いかけた。
「それで、どこの調子が悪いんだ。腰か?肩か?」
 固い頭部マットに額を押し付け、クラウドは機嫌そうな声で答えた。
……全部。訓練でくたくただ」
「まさかお前も神羅兵か?」
 男が驚愕の声を漏らす。クラウドは聞こえなかった振りをして無視した。こういう扱いを受けるのはもう慣れている。
 クラウドはまだ十代半ばながら神羅軍に所属していた。だがその容姿も体格も軍人という職業から最も遠いものだった。磁器のように白い肌、青い目は人形の顔にはめ込まれたガラス玉の様で、生え際から透き通る金髪は角度が変わるだけできらきらと輝いている。細く未熟な背中はまるで少女のようだった。店に来る客は主に年嵩の男ばかりなので、店主の目には彼の肢体がやたら眩しく見えた。
 男はクラウドの肩を掴むと、ぐ、と親指に力を入れて肩を揉んだ。その瞬間、クラウドは尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げた。
「いっ……!痛い!下手すぎるぞ!」
「はあ?言いがかりはよしてくれ。これでも俺はこの道一筋十年……
 言いながら、ぐい、とクラウドの肩甲骨を指で押す。クラウドはまた悲鳴を上げながら身を捩った。
「あっ、いっ……、たあ!いやだ、もう触るな!」
 目に涙を浮かべたクラウドが、肩を掴んでいた男の手を振り払った。パーテーションの向こうから同僚の笑い声が聞こえる。クラウドはその瞬間、彼らの目的を理解した。この男のマッサージは拷問みたいなものだ。それを知っていて敢えて連れてきたのだろう。
 男はクラウドの反応を見て面倒くさそうな溜息を吐いた。見た目だけじゃなく中身も小娘みたいだ。身体を触るなと言われても、触らなければマッサージは出来ない。
 身を守るように縮こまったクラウドを捕まえて、男は彼を再びうつ伏せに寝かせた。彼の腰を掴むと、凝り固まった部分に目一杯親指を食い込ませる。
「んっ……やだ、そこ痛いっから……!そんなに、指、入れちゃ……!」
 戦闘訓練で殴られるよりも痛い。まるで皮膚を剥いで直接筋肉をばらばらの繊維に解されているみたいだ。この男は元軍人で、捕虜への拷問を専門としていたのではないだろうか。肉体に苦痛を与える方法を熟知しすぎている。
 クラウドは涙を零しながら男に止めて欲しいと訴えた。
「お願い、だからっ!止めてくれ……!んっ、やっ、そこ触っちゃ……!ひっ、あ!」
 彼の手から身体を守るように背中を丸めて、痛みの反射で腰を高く突き上げている。男はクラウドの抵抗を意にも介さず、彼の身体をベッドの上で仰向けに返した。強張った足の筋肉を伸ばす為、両方の足首を掴んで持ち上げる。体重をかけてクラウドの胴体に膝を押し付けると、彼はまた高い悲鳴を上げた。
―――っ!あ、あっ……!くる、しっ……!」
 身体に押し付けられた足に圧迫されて、クラウドは息も巧く吸えなかった。下手に身体を動かすと股関節が外れてしまう。男に体重をかけられて苦しいし痛いのに、抵抗は一切できなかった。相手に身体を支配されている。自分の身体が自分の物ではないように感じる。ただ泣きながら相手が終えるのを待つだけの時間が続いていた。
 狭いプレハブ小屋の中、クラウドのすすり泣く声とマッサージ師の吐息だけが空間を振るわせている。天井から下げられた裸電球は、ベッドの振動に合わせてゆらゆらと揺れていた。永遠に続くのではと錯覚する繰り返しの中、時折クラウドの甲高い嬌声が思い出したように施術室から響いてきた。
 初めは生意気なクラウドに痛いと有名なマッサージを受けさせてみようという話だった。だが彼らの待つ部屋では形容し難い空気が流れていた。クラウドの反応が予想よりも良くて、というよりもいかがわしくて、初めは笑っていたのにだんだんと笑えなくなってきた。どんなに冷静になって聞いても、犯されている女の喘ぎ声にしか聞こえなかったからだ。
 人影だけが透けて見えるパーテーションの向こうで、クラウドは足を高く上げて身体を揺さぶられている。彼の顔が可愛いということは誰もが知っている。シャワー室は共同なので、彼の身体が白いことも有名だ。その顔立ちと生意気な性格を馬鹿にして、彼を『姫』と呼ぶ人間もいた。
 そのお姫様が、六番街の汚いプレハブ小屋で怪しい男にマッサージを受けている。パーテーション越しに見える影の二人は明らかに重なり合っていた。あ、あ、と断続的に漏れる切羽詰まった声は正しく最中の声だ。彼らの中には足を組んで男としての反応を隠さなくてはならない者がいるほどだった。
……クラウド、本当にマッサージ受けてんのかな」
「なんか怪しくね?ここ六番街だし」
「いくらなんでも安すぎだよな。マッサージ一回100ギルって……
 またパーテーションの向こうからクラウドの悲鳴が聞こえる。
「待って、やだっ……!そんなに、拡がらない、からっ!」
「力を抜けって。ほら、いけた。随分柔らかくなってきたじゃねえか」
「んっ、こんなの、俺の身体じゃ……!い、痛いっ!あっ、壊れるっ……!」
 同僚たちは思わず二人の影を仕切り越しに確認した。大きく膝を曲げたクラウドの上に、マッサージ師が乗っかっている。彼らはそれを見て確信した。クラウドは穢されてしまった。
 男の一人が目を瞑った。彼の胸に広がるのは苦い後悔だった。中には泣いている者もいる。一人は悔しそうに拳を握り締めていた。
 自分達はただクラウドと仲良くしたかっただけなのだとようやく気付いた。彼がそっけないから、接し方が分からなかっただけなのだ。もし彼が心を開いてくれていたらこんなことにはならなかったかもしれないのに。
 受付のテーブルに100ギルを置いて、男たちは誰からともなくその場を去って行った。プレハブの立ち並ぶ路地裏では今でも一人の少年のくぐもった悲鳴が聞こえていた。