kokokisu
2021-01-17 22:51:37
10907文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 20


 ダイニングバーであるセブンスヘブンの営業開始までの時間に、クラウドたちは早めの夕食を取っていた。店のテーブルを二つ繋げて、家族揃って食事をする。ティファが子供たちと一緒に作った食事は、店で出すものと違ってどこか家庭的な味つけにしてあった。子供たちの好みに合わせているのだろう。クラウドにとっては心が穏やかになる味だった。
 昨日はクラウドもザックスも仕事の後に飲みに誘われて家族と過ごす時間がなかったが、今日は日が暮れる前に帰ることが出来た。マリンとデンゼルに乞われて、食事が終わったら店の営業時間までは一緒に遊ぶという約束もしていた。コルネオの館で起きた出来事を忘れさせてくれる平穏な空気が家には流れている。クラウドはそれに身体中に温かなものが巡っていくような喜びを感じていた。
 だが、ザックスはクラウドの感じる幸せを共有できなかった。どんなに子供たちから慕われても、ティファに親しみを持って接して貰っても、クラウドにとっては大切な人、としか思えない。クラウドのように彼らを愛したいのに、彼らの笑顔にザックスの心は動かなかった。自分はクラウドと違って、家族を演じているだけだ。例えばクラウド以外の誰かがこの場から欠けても、きっと何も感じないだろう。
 クラウドと再会する前にティファやデンゼルと出会った時はこうではなかった。クラウドに会いたいと自分を頼ってくるデンゼルが弟のように思えたし、ニブルヘイムの惨劇をティファが生き残ったことが心の底から嬉しかった。
 それなのに今は彼の家族を煩わしく感じる。クラウドが彼らを愛していると分かるからだ。自分が誰よりも彼を愛しているように。
 食事の間、ザックスは一言もしゃべらなかった。マリンやデンゼルに何かを問われても無言で、子供たちが不安そうな顔をする。コルネオの館で見た物を忘れられないからだろうか、とクラウドが表情を曇らせる。ザックスは疲れているのだと家族に言い訳をして、彼は先に寝室へと上がらせた。

 店の営業時間が終わりティファと後片付けをしていたら、彼女にザックスのことを問われた。
「ザックス、少し変わったね。前はあんな冷たい感じがする人じゃなかった。なんだか別人みたい」
 それを聞いたクラウドが顔色を変える。
「ザックスはザックスだ。変わってなんかいない。きっと戦いが続いて疲れているんだ」
 彼女にまで彼の正体を疑われたくなかった。神羅も彼の正体を怪しんでいる。ティファまで彼を否定してしまったら、自分達には居場所がなくなってしまう。
 ザックスが本人であると周りの人間が信じることは、彼が自分を見失わないためにも必要であるはずだ。クラウドも自分を見失ってしまったとき、ティファが本物のクラウドの存在を信じてくれたから救われた。ザックスがザックスである為に必要なのは、彼が自分を見失わないでいられるような環境だろう。
 クラウドは悪心を覚えるほどの不安を感じていた。きっとザックスを追い詰めたのは他でもない自分だ。彼を見つけるために何をしてきたかなど、知られるべきではなかった。彼に黒い感情を植え付けてしまったのは全て自分の行いが原因だ。苦しめている大切な人たちを思うだけで、罪悪感に足が竦むようだった。
 ティファが心配そうにクラウドの顔を覗き込んできた。
……クラウドも顔色悪いよ。今日はもう休んで。後は私がやっておく」
 クラウドもティファの赤い双眸をじっと見つめ返した。彼女のこんな顔を何度も見たことがある。自分を見失いかけた時、家族から逃げ出そうとした時、誰よりも早く彼女が異変に気付いて心配してくれた。ザックスの件では、彼女のことも傷つけてしまったのに。
 だが今は少しでも長くザックスの傍に居たい。クラウドは、ティファの優しさに甘えることにした。
……すまない。休ませて貰うよ」
 手を拭って洗い物を切り上げると、クラウドは重い足取りで二階へと上がっていく。ティファはその後ろ姿を心配そうに見送った。

 子どもたちは既に寝ているようで、二階はしんと静まり返っていた。ティファが洗い物をする音が足音よりも大きく響くほどだった。二階の廊下に窓はなく、階段を上るほどに暗闇に視界を奪われ、一階の明かりに慣れた目が眩む。
 暗い階段を上がりきった所で、クラウドは待ち構えていた彼と対面した。
「ザックス」
 反射的に名前を呼んだ。闇に慣れ始めた視界の中、彼の表情にはあからさまな苛立ちがあった。
「ティファと何の話をしていたんだ?」
 クラウドは堪らず視線を逸らしてしまった。言葉が咄嗟に思いつかず、黙り込んでしまう。そんな彼を見てザックスはわざとらしく笑ってみせた。
「全部聞こえてたよ。俺、耳良いんだ」
 ザックスはクラウドの手を掴むと、二人の寝室であるクラウドの仕事部屋へと彼を押し込んだ。乱暴にドアを閉め、クラウドをベッド際に追い詰める。ザックスは直立したまま、クラウドが逃げないよう彼の前に立ち塞がった。クラウドよりも二回りも大きな彼は、笑っていないとそうしているだけで相手を委縮させる威圧感があった。
 魔晄の光を宿したザックスの双眸がクラウドを射竦める。
「俺が冷たい人だって?前とは別人って言われてもな。俺、ティファのことよく知らないし、ティファもそうだと思うんだけど。俺はクラウドと違ってティファと寝るような仲でもないしさ」
 試されているのだということは分かっていた。それでも頭に血が上がって、クラウドは反射的に手が出てしまった。だが握り締めた拳はザックスによって止められる。ザックスはそのままクラウドの腕を捻り、彼をベッドに押し倒した。
 睫毛が頬に触れそうなほど近くにザックスの顔がある。直視するのも憚られるほど、彼の感情は不安で揺れていた。
「なあ、クラウドは俺のことよく知っているだろ。お前はどう思う。俺が前の俺とは別人だと思うか?」
 クラウドが今度はザックスから目を放さずに答えた。
「性格や考え方が変わるくらい、何もおかしくないだろう。冷たくても、優しくなくても、あんたが俺の恩人で恋人だってことに変わりはない。……あんたは、あんただ」
 ザックスの顔が深い悲哀に歪む。押し倒したクラウドの胸に顔を埋めて、彼は嗚咽を漏らすような声を上げた。
「自覚してるよ。俺、おかしいんだ。感情が制御できなくなってきてる。クラウドを俺と同じように触った人間が憎い。クラウドにとって大切な人間が憎い。ティファもデンゼルもマリンも、邪魔だって感じるときさえある。クラウドの大切な家族なのに」
 震える声でそう言って、ザックスは顔を上げた。彼は今にも壊れそうな笑みを浮かべていた。
「お前が他の人間に奪われるのが怖い。奪われないためなら何をしてもいいって気になる。そんなの駄目だって、分かってるのに。頭がおかしくなりそうだ」
 クラウドはザックスを抱き寄せて口を重ねた。
「大丈夫。俺は絶対に、あんたの味方だ」
 ザックスと場所を入れ代わり、彼をベッドの上に押し倒す。上に跨ったまま、クラウドは彼をじっと見つめた。
 窓から差し込む月明かりに照らされた、ザックスの端正な眉目。こうして彼を見下ろしていると、クラウドの脳裏に蘇る光景があった。ミッドガルを臨む丘で雨に洗われる血まみれのザックスの姿だった。
 身体中を撃ち抜かれて意識を失った彼は、安らかな表情を少しも崩さなかった。その顔がずっとクラウドの網膜に焼き付いていた。彼の時は確実にそこで止まって、二度と動き出さないはずだった。
 だが今、自分の目の前にいる彼は違う。悲しそうな、苦しそうな顔をしていた。生きている彼は表情が変わる。彼と再会してからはそれが当たり前だった。今の彼をまた失ったら二度と取り戻せないのに、それが得難い喜びであるということを忘れつつあった。
 クラウドは上着を脱ぐと、自らザックスを求めて彼の身体に手を這わせた。彼の青い双眸がその手を追って動く。彼の声が自分の名を呼ぶ。手のひらで触れている薄い皮膚の下には熱い血が流れていた。
「ザックス。あんたを感じたい。俺を、抱いてくれるか?あんなことをした俺でも……
 言い終わる前にクラウドは腕を掴まれ、引き寄せられた。頭を掴まれたまま唇を塞がれて息ができなくなった。彼の逞しい手のひらが服の中に入ってくる。彼が愛する人間をこんな手つきで人を触るということも、再会するまで知らなかった。生きている彼から愛されていると自覚できる。その喜びを再確認する度に視界が滲む。
 彼を二度と失いたくなかった。もしも彼がジェノバの支配に負けつつあるのだとしても、負けてしまうとしても、彼の傍から離れない。彼を愛し続ける。クラウドはザックスを生かすためなら自分の命も惜しくないほどだった。

 エッジの中心部にある神羅ビル最上階にはルーファウスの社長室がある。クラウドとザックスが彼と契約を交わした場所だ。華美な装飾は何一つ置かれておらず、デスク、チェア、ソファとテーブルといった実務的な物ばかり揃えられた執務室だった。不要なものを排除したというより、威光を示す為の調度品を揃えることをルーファウスは馬鹿らしく感じていた。それだけの支配力を持っていた頃ならいざ知らず、今の神羅は唯の巨大企業だ。
 ルーファウスはエッジで最も壮麗なこの建物を仮の場所としか考えていなかった。ミッドガルを取り戻し負の遺産を消し去った時、初めて神羅は蘇る。そうしたらまた、この星の支配者の玉座を世界の中心であるミッドガルに用意する。今現在自分達の置かれている状況は、神羅の辿る壮大な歴史の通過点に過ぎない。
 社長室の壁には真上から眺める廃墟の映像が映し出されていた。ルーファウスは来客用のソファに腰かけ、片肘を付いてそれを見つめている。彼の背後にはタークスの主任と彼の部下であるイリーナ、そして神羅の生体科学部門の研究者であるチャドリーが控えていた。彼ら全員の注目の対象は、ミッドガル奪還作戦に参加している一人の傭兵だった。
 傭兵たちは作戦の目的地である四番街へと踏み込もうとしている最中だった。伍番街から四番街に続く扉は神羅の管理下にあり、ロックが解除されるのは数年ぶりのことだ。元は魔晄エネルギーで制御されていた扉だが、街が放棄されてからはメンテナンスもされておらず、今は非常時用の手動制御に切り替えられている。錆びついた金属同士の擦れる甲高い音を立てながら、人が蟻のように見えるほど巨大な壁の一部が左右に開かれた。
 進軍する傭兵たちが、瓦礫の向こうに巨大なモンスターの姿を発見した。彼らの護衛するトラックよりも一回りは大きく、その正体を知る者は、目にした途端に顔を青ざめさせている。彼らに同行している神羅側のソルジャーでさえも、想定以上の強敵の出現に動揺しているのが見て取れた。
 ミッドガル廃墟の危険地帯に踏み込んだ傭兵たちを出迎えたのは、ベヒーモスと名付けられたモンスターだ。深い紫紺の肉体に赤銅色の鬣を持ち、爬虫類を思わせる派手な背びれがある。長く丸太のように太い尾の先端には棘があり、頭部にはうねった鋭い角が生えていた。獰猛な性格で、捕食する目的がなくとも視界に入った獲物は全て屠ろうとする。また、雷を操る特性があるため、神羅軍の主戦力である機械兵器は悉く無効化された。神羅が保持している資料に記録されているモンスターの中でも危険度は最上位で、対応には小隊一つの壊滅を覚悟しなければならない相手だ。
「対応できるソルジャーはいるのか」
 ルーファウスの問いかけにツォンは首肯した。
「対ウェポン戦を生き残ったソルジャーも何人か配属しています。彼らの指揮に傭兵たちが従えば、最悪でもモンスターの伍番街への侵入は防げるかと」
 軍の教本のような返答にルーファウスが嘆息する。
「金で集めただけの烏合の衆が従うはずがないな。となると、頼りはあの二人か」
「不確定要素を戦力と見なすのは……
「実績があるのだ、仕方あるまい」
 二人が話している内に、モニタに映し出されていた現場の状況が変わった。
 出現したベヒーモスの前に一人の男が立ちはだかった。彼が背中に背負っていた神羅製の大剣を一振りする。威嚇の姿勢を取っていたベヒーモスの首がずるりと胴体からずれ落ちた。男を睨みつけた表情のまま地面に落下し、土煙を上げて瓦礫に埋もれる。同時に噴き出した血飛沫が辺り一面を血に染める。巨大生物の身体からライフストリームが立ち上がり、大気に溶けて消えていった。その存在が命を落として星に還った証だった。
 ベヒーモスの出現に気付きいち早く警戒態勢を取っていたソルジャーも、目の前で何が起きたのかまだ理解していなかった。傭兵として雇われた男の一人が、数十人の戦闘員の犠牲を払ってようやく渡り合えるモンスターの首を瞬きの間に落とした。強敵を倒せた、命が救われた、と喜ぶこともできなかった。戦闘に慣れて危機意識の鈍化した身体中の細胞が、今更になって警鐘を鳴らしている。彼の目の前ではあり得ないことが起きていた。
 男はまるで何事もなかったかのように平然としている。モンスターの首から噴き出す血飛沫を事も無げに避けて、彼の振るった刃には血の一滴も残っていない。息絶えて肉塊になったそれを、感情の籠らない冷たい目で見下ろしていた。
 直ぐに男の元に別の男が駆け寄っていった。金髪で色白な、戦場に似つかわしくない風貌の男だ。身の丈に合わない大剣を背負った彼は、男の身を案じるように彼の腕や肩を確かめている。男は場違いに明るい笑みを浮かべて彼に二言三言告げた。それを聞いた男が指揮官に呼びかける。ベヒーモスを一撃で屠った男を先頭に隊列を組み直して、彼らは真っ直ぐに四番街の外壁へと進軍を再開した。
 エッジの中の安全な場所からそれを眺めていたルーファウスとツォンは、険しい表情で視線を交わした。
「危険だな」
 分かり切っていたことを確認するような口調でルーファウスが言う。
……ええ。ですが、まだ彼はザックスです」
 ツォンが珍しく社長の発言に否定の意を示した。ルーファウスが驚いて目を見開いている。
「あれがザックスだという根拠は?」
「クラウドが手を下していないからです」
 理論的ではなかったが、ルーファウスは妙に納得できた。クラウドは誰にでも優しく接するような男ではない。ましてやその相手が宿敵だったなら、心配する素振りを見せるどころか斬りかかっているだろう。あの男がザックス本人であるからこそ、クラウドはそれに相応しい態度を取っている。
 だが、と前置いてルーファウスは続けた。
「クラウドが気付いていないだけという可能性もあるだろう」
「彼らは一緒に暮らしています。ザックスに変化の予兆があったのならいち早く気付くのはクラウドだと。それに、彼が危険な存在なら家族の傍に置いておくとは……
 事務的な口調を崩さないツォンだが、別の人間が彼の発言を遮った。
……すみません、もしかしたらご存じでないのかもしれないのでご報告しますね。あの二人は恋人同士です」
 ルーファウスとツォンが同時に声の主を振り向く。社長と上司の視線を受けて、発言者であるイリーナは軽く怯んだ。圧に負けないよう姿勢を正すと、彼女は毅然とした態度で続けた。
「彼らの同居人のティファから聞いたんです。クラウドの恋人はザックスだって」
「馬鹿な、彼らは男同士だ」
 呆れた口調で返したのはツォンだ。一方でルーファウスは真面目な表情で彼女の報告を待っていた。イリーナがそれを確認して再び口を開く。
「男同士って、エッジじゃ珍しくないですよ。六番街では結構見かけます。ティファがそんな嘘を言う理由なんてないですし。それに、クラウドとザックスが恋人なんだったら色々辻褄が合うと思いませんか。ジェノバ細胞に支配されかけているザックスをクラウドが庇う理由も、家族と同じ家に住まわせるのも」
……なるほど。事態は思っていた以上に深刻みたいだな」
 ルーファウスが珍しく苦い表情を見せた。男女ならともかく、クラウドとザックスが恋愛関係になるとはルーファウスも考えていなかった。計画の歯車が狂い始めている。恋愛感情は人に予想外の行動を取らせるものだ。神羅が頼りにしていたクラウドは、ザックスを始末できないかもしれない。それどころか敵対する可能性の方が高くなった。
 当初予定していたのはクラウドの良識に訴えて協力させるというものだった。ザックスがもしジェノバの現身なら、彼の大切な家族ごとエッジを焼き尽くしてもおかしくないと。だが彼は恋人を始末しろと憎い神羅に言われて応じるだろうか。
 そもそもクラウドという男の内面をルーファウスは詳しく知らなかった。彼が家族や恋人をどのように愛しているのかも。彼は情に疎く淡泊そうで、誰かを熱心に愛する姿が想像できない。家族と恋人を天秤にかけたとして、彼はどちらに針が傾くのだろう。
「イリーナの報告が事実だとして、それでもクラウドを説得させられると思うか」
 ツォンに視線を流しながら確かめる。ルーファウスの腹心の部下は、思案する表情をしていたが、冷徹な表情でこくりと頷いた。 
「やはりクラウドの養子を使いましょう。それで確かめられるはずです」
「どういう意味だ?」
「子供を人質に取りザックス本人に彼の正体を告げます。もし彼が本物のザックスなら、ジェノバ細胞の脅威を知っているはずですから。自分がセフィロスの母体になりつつあると知れば、彼なら然るべき対応をするはずです。それを知った上で子供を殺してでも生き残ることを選ぶのなら、彼はザックスではない」
 ルーファウスは短く笑った。残酷なことを考える男だ、と。ザックス本人に彼は星と人類にとって有害な存在だと伝えて、最後は自害でもさせようとでもいうのだろうか。
「そう上手くいくか?ザックスが従ったとして、だ。クラウドがそれでもザックスを庇ったらどうする」
「クラウドもジェノバ細胞に操られていると見做すべきでしょう。ザックスの恋人になった、というのが予兆だった可能性もあります。そもそも、クラウドには前科がある」
ツォンは冷ややかな顔つきで答えた。私情に走るクラウドを見損なったとでも言わんばかりの表情だ。
「なるほど。そうなったら、今回はクラウドもザックスと同様に星の敵ということか」
 クラウド自身は、星ではなく恋人の命を奪おうとする神羅と敵対しているつもりなのだろう。ルーファウスも忌々しそうに目を細めた。味方と言えるような関係ではなかったが、ここまで明確に対立すると彼は脅威だ。
 クラウドは基本的に個人の感情で動く。ジェノバ戦役の頃、WROのリーブとは仲間だったそうだが、彼とクラウドが決定的に違う点はそこだ。今まではクラウドが守りたいものを守ることが星の命を救うことに繋がっていたようだが、遂に星と対立するときが来てしまったらしい。
「決行はいつにしましょう?それに合わせて人質を確保します」
 ツォンの問いに、ルーファウスが短く思案する。
「四番街の大穴に防壁の設置が終わるのはいつだ?街内部のモンスターだけでも駆除しておきたいが」
「あの区域のモンスターはベヒーモスが殆ど殺していたようです。総員を集めておりますので、駆除は明日には終わるかと。仮設工事もそれまでには」
「なら決行は明後日だ。傭兵たちには休暇を与えておけ。クラウドたちとの取引には八番街跡地を使う」
「畏まりました」
 イリーナが身を乗り出しながら口を挟んだ。
「私も、何かないですか?お役に立てるようなことがあれば……!」
 ツォンの力になりたいと、彼女の目が語っている。ルーファウスは上品な笑みを浮かべて彼女に告げた。
「お前はティファと親しくしているらしいな。なら、あの家の養子とも面識があるだろう。強面のツォンが行くよりも警戒されずに済みそうだ」
 任務の意味を理解してイリーナの表情が固まる。クラウドの養子は、ティファにとっても家族だった。二人ともよく店を手伝ってくれる働き者で優しくて、と愛おしそうに語るティファの顔が脳裏を過ぎる。
 タークスは汚れ仕事が専門だ。覚悟をしていたつもりだったが、実際に自分が彼を彼女の手から連れ去るのだと思うと胸がざわついた。
「社長、それは重要な役割です」
 ツォンが口を挟んだが、イリーナは首を振って彼を制した。
「大丈夫です。私がやります。デンゼルのことは私もよく知っていますし」
 彼女の表情に迷いはない。それを見てルーファウスが満足気に頷く。ツォンが苦い表情で息を吐いた。相手がレノやルードだったら、敢えて命令したとは思えない。ルーファウスは最も若年である彼女の覚悟を試したかったのだろう。
「クラウドとザックスの元に連れていくのは私がやる。連れてきたら眠らせておいてくれ」
 タークスの二人が段取りを確認している横で、ルーファウスはこの場に同席させていた神羅の若い研究員に声をかけた。
「『グングニル』の開発はどうなっている?」
 チャドリーは興味深そうにモニタを眺めていた。声を掛けられて初めて自分の居場所を思い出したようにルーファウスを振り返る。
「はい、既に実装段階です。試運転も行いましたが、精度も実用に耐えうるかと」
 言って、彼はモニタの中心に映し出された男性を見つめた。
「ポジショニングシステムも正常に動作しているようですね。これならターゲティングも問題なさそうです」
 映像の中の彼は、雲のように空を覆う虫型のモンスターの群れへ向かって手を掲げていた。通常の人間の精神力では不可能と思われる力をマテリアから引き出している。周りの空間も影響を受けて光の屈折がおかしくなっているらしく、モニタに写る映像もぐにゃりと歪んでいた。ソルジャーでも滅多に扱えない高度なまほうをザックスが発動させている所だった。
 黒い霞のように空中を揺蕩っていた虫が、見えない力に引き寄せられて宙の一点に収束していく。鋼と等しい強度の外骨格に覆われた虫の関節が小枝のように折れて、力の収束点に漆黒の球体が形成される。虫の質量を集めただけの大きさにまでなったその黒い塊は、男が宙に掲げた手をゆるゆると握り締めるのに合わせて更に縮んでいった。歪みはますます加速して、球の周りの空間には瓦礫や傭兵やトラックがでたらめな位置に映し出されて見えた。
 男が何かを掴むように拳をぐっと握り締めた。そして手を開きながら腕を下ろす。空間の歪みが一瞬で補正され、虫に覆われていた箇所の真下には、拳大の球状の石榑になったモンスターの残骸が落ちていた。力場が解放された衝撃に煽られたらしく、周りにいた傭兵の何人かがその場に膝を付いている。中には頭をぐらぐらと揺らしている者や、嘔吐している者もいた。当の本人は何事もなかったかのような顔で剣を担ぎ直し、彼らを置いて先へ進んでいる。
 一部始終を眺めていたルーファウスが苦い顔をした。こんな相手に銃火器で立ち向かうなど愚か者のすることだ。蟻が象を殺そうとするに等しい思い上がりだろう。八年前に彼を始末する為に神羅軍がどれ程の被害を出したか数字では知っていたが、こうやって実際に見ると納得せざるを得ない。
「お前とパルマーの開発した兵器が我々……、いや、人類にとっての命綱だ。クラウドとの交渉に失敗した時のために備えておけ」
「了解です。……あの、一つ良いですか?」
 チャドリーが片手を上げて発言の許可を求めた。ルーファウスが視線で促す。
「『グングニル』の攻撃対象にクラウドさんが含まれる可能性もあるのでしょうか」
 彼の問いかけを聞いてルーファウスが意外そうに目を見開いた。
「そう言えばお前に名前を与えたのはクラウドだったか。あいつに情でも湧いたのか、チャドリーよ」
 先代と同じ名前を呼ばれ、チャドリーは慌てたように手を振った。
「いえ、そうではなく。作戦の対象はザックスさんとだけ聞いていたのでターゲティングの用意が……
 そこまで行ってチャドリーは頭を下げた。
「ごめんなさい。やっぱり社長の仰る通りかもしれません。クラウドさんは僕の先代と交流があったようで……。先代からは研究記録だけをコピーしていたのですが、ノイズとして除去していた部分もトレースしてみたんです。それが僕の疑似感情形成回路に影響してしまって。『僕』はクラウドさんに恩があります。だからなのか今回の作戦のお話を聞いてから、回路がイレギュラーな信号を発しているのを感知しています。クラウドさんを生かしたい、と」
 アンドロイドとは思えない豊かな表情でチャドリーは悲しんでいた。潤んだ目からは、備わっていないはずの涙でも零れ落ちてしまいそうだ。
 ルーファウスが憔悴した顔で視線を伏せる。作戦が当初の予定通りに進まないことなど珍しくもないが、クラウドの動きは余りにも想定から外れていた。アンドロイドに自我を芽生えさせるなど、まるで三文芝居の筋書きのようだ。
……どちらにせよ、お前が開発した兵器はクラウドをターゲティングできていないのだろう。だが、ザックスだけは確実に仕留めてくれ。クラウドは神羅を滅ぼせば気が済むだろうが、ジェノバは星の命を狙う」
 チャドリーは真摯な表情で頷いた。ルーファウスが下がるよう合図をして、社長室に残るのはタークスのイリーナとツォンのみになる。
 ルーファウスは椅子に深く腰掛けると、諦観混じりの表情で呟いた。
「お前たちは最後まで揺らいでくれるなよ。私は神羅の負の遺産が人類の文明を滅ぼした、などと歴史に名を残したくない」
 ツォンとイリーナが視線を交わして頷き合う。それだけで彼らの意思が伝わってきた。
 彼らを見ているとルーファウスは自然と絆されそうになった。おおよそ自分に相応しくない、人らしい情が湧きそうになる。神羅のトップという重責を引き継いだ父親から不要だと言われ続けてきたものだ。だが、星が滅びかけて自分が所在不明になっていたとき、最後まで探し続けて見つけ出してくれたのは彼らだ。彼らがいなければ、自分は肩書だけ利用されてどこぞで野垂れ死んでいただろう。最も汚い仕事をさせてきた彼らがここまでついて来てくれていることに対して無感情でいることは難しい。
 この数年の間に起った数えきれないほどの事件で土台から揺らいだ神羅だが、彼らは今でも神羅のために働いてくれている。神羅がどんなに優れた技術を開発しようと、どんなに強大な権力を手にしようと、結局最後に頼れるのは人との繋がりらしい。ルーファウスは自嘲を漏らした。それに救われてきたクラウドにずっと苦しめられてきたのだから、認めざるを得ない。