kokokisu
2020-11-09 00:36:51
3335文字
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【セフィクラ】耽溺前夜 上


「何回お預け食らえばいいんだよ」
 星の血の色に濁った大きな目が、不服を訴えるように細められていた。
 噤まれた薄い唇は先ほどまでの口づけの後を残して赤く染まっている。軽く頬が膨らんでいて、見上げるように睨み付けられると小さな子供を相手している気分になった。外見は確かに十代で通用するが、中身はもう年齢を数えるのも馬鹿らしくなる程の年嵩なのに。
 うなじに回された彼の手が、かりと小さく爪を立てる。後ろに流していた髪は、肌を触るのに邪魔だと言わんばかりにもう片方の手で一掴みにされていた。その手にも力が入るのを感じて、暫く言葉を失っていたセフィロスがようやく口を開いた。
……お預け?」
 ようやく聞けた恋人の答えに、彼は金髪をふわりと揺らして頭を振った。表情が先ほどよりも一段と険しくなった。
「嘘だろ、無自覚だったのか」
「だからお前は何の話をしている」
 セフィロスの恋人、クラウドが、盛大な溜息を吐いた。彼には常識が通じないということは、当の昔に知っていたはずなのに。
 俺の相手は、異星人だ。彼に“普通”の人間らしさを求めるのがそもそも愚かだったのだろう。
 ジェノバ戦役から幾星霜、殺し合う関係だったはずの二人は現在、同じ家に暮らしていた。セフィロスはクラウドで永劫の旅の退屈を凌ぎ、クラウドはセフィロスで永遠に癒えない孤独を紛らわせている。彼らは恋人という間柄ですらなかった。不死のつがいである彼らは、お互い以外に関わりを持てる存在がいなかった。
 クラウドがセフィロスをじいと見つめる。自分を不死にした存在、人間の繋がりから切り離してしまった男。今でも時々分からなくなる。何故、彼が自分だけに特別な感情を抱いたのか。
 人だった頃には、母譲りの外見を気に入られて人に好かれることはあった。無理矢理に奪われて凌辱されることさえあった。だがセフィロスは、自分の容姿について言及したことがない。彼は人の外見に殊更の興味はないらしかった。そもそも、世界中の人間から英雄と呼ばれてもてはやされていた彼だ。自分から求めるよりも、人に求められることのほうが多かっただろう。彼が自分に執着した理由は、多分それ以外のところにある。
 凡庸だった自分のどこに興味を抱いたのだろう。彼を剣で切り付け、初めての敗北を味わわせたからだろうか。それが理由だとすれば、彼は憎まれれば憎まれるほど、自分を追い求めることになる。だったら、今の自分に彼がさしたる興味を抱かないことに何の疑問もない。元はただの人間でしかない自分は、彼と過ごす長い年月にすっかり絆されてしまったからだ。
 セフィロスはいつもキスをしてきた。彼は、クラウドと唇を重ねるのが好きらしかった。少なくとも一日に一回は、挨拶のようにしてくる。朝目が覚めてから。夜、寝る前に。外出する前と家に帰ってきてから。今更言葉で挨拶をするのが恥ずかしかったクラウドにとっては、そちらの方が気楽ですらあった。
 それだけならクラウドも、何とも思わずにいられる。だがセフィロスは時々気まぐれに激しいキスをしてきた。抱き合い、相手を押し倒して、舌を絡めるキスだ。クラウドは、犯されるのだとさえ思った。その癖にセフィロスは、口だけで満足してしまう。身体の火照り始めた相手を離して、サイドテーブルの本に手を伸ばす。煽るだけ煽って、焦らすのを楽しんでいるとしか思えなかった。彼の気まぐれに付き合わされる度に、クラウドは辛い思いをしていた。
 クラウドから彼にキスをすることは滅多になかった。付き合いは嫌というほどに長いが、それこそ片手で数えられるくらいの回数しかない。彼を求める自分を認めるのは、身を裂かれるような辛さを伴ったからだ。
 クラウドは言うか迷ったが、結局観念した。彼にわざわざ説明するのは、自分が負けたのだと認めるくらいに屈辱的だった。
「なんでいつもキスしかしてこないんだ」
 心底恥ずかしい、という面持ちで、クラウドがそう口にした。
 何故と問われたセフィロスは、まるで物珍しいものでも見るような目をクラウドに向けていた。その表情から察せられること。彼は本当に無自覚で、焦らすつもりなどなく、キスだけで満足していたらしかった。自分を憎んでいるはずの男が、求めているという事態が信じられないようだった。
 何を言っているんだ自分は、という自己嫌悪に襲われる。クラウドは頭を抱えたくなった。セフィロスは“普通”の人間ではない。まともな性欲があるのかさえ定かではないのに。彼が自分に性的なものを求めたことなどないのでは、とまで考えそうになった。
 クラウドが唸る姿を見て、セフィロスはふっと小さく笑った。それが嘲りに聞こえたのか、彼の恋人は怒ってそっぽを向いてしまった。
 長い銀髪を掴んでいた手を解き、うなじを撫でていた指を離して、ぱちぱちと薪の爆ぜる暖炉を眺めている。火に縁取られて、形のいい眉、長い睫毛、すっと筋の通った鼻、薄くて柔らかい唇が一つの線で描かれていた。彼の横顔は、永遠にその場に留めておきたくなる美しさだった。だがそこに浮かぶ表情は、不満と失望である。
 自分が彼の期待に応えられていなかったと自覚するよりも先に、彼が自分に期待していたことに驚いてしまった。クラウドは今でも消えない憎しみの火を胸に宿している。どんなに長い時が経っても、その火は消えることがない。だから自分から奪わなくては、彼は手に入らないのだと思っていた。
 セフィロスはクラウドとの間に在った僅かな空間を埋めるように身を寄せた。彼の身体を抱き寄せて、不機嫌な恋人の顔を自分の方へと向ける。
「何が欲しかったのかちゃんと言ってくれないか」
 クラウドはセフィロスを忌々しそうに睨んだ。これも無自覚なのだとしたら、本当に性質が悪い。
 クラウドはセフィロスにキスをした。そのままソファに押し倒して、彼の口の中を蹂躙する。並びの良い歯列をなぞると背筋が痺れた。初めて犯された時、うなじに噛みつかれたときと同じ形をしていた。こんなに鈍いのなら、今度は自分が彼を犯してやろうか。どうせ彼にとってこれは、本を読むのと並列な娯楽でしかないのだろう。
 さしあたり満足したクラウドが彼から唇を離した。二人の口が白い糸で繋がれる。見下ろすとセフィロスは、茫然自失な表情をしていた。こんなに愉快なものを見たのはいつ振りだろうと、クラウドがその端正なかんばせに皮肉った笑みを浮かべた。
「俺にはお前を抱けないと思ったか?」
 図体の大きな彼の身をぴたりと包む薄手のカシミヤを胸まで捲り上げる。見事に発達した胸筋が露わになった。青白い肌を飾る薄い粘膜へと指を這わせる。そこを擽るように弄んでいると、ソファに横たえた男がくすりと笑みを零した。
「そこまで飢えさせるつもりはなかった」
 は、と詰る暇もなかった。腕をぐいと掴まれて、一瞬で上下を逆転される。先ほどまで巨躯の男が寝そべっていた皮のソファは深く沈んで温くなっていた。クラウドは先ほどまで見下ろしていた男の背景がソファではなく天井になっていることに気付いた。
 クラウドを押し倒したセフィロスが、彼の服をぐいと捲り上げて腕まで脱がせた。無防備になった白い肌に乗った小さな粒が、寒さに尖り形を露わにする。セフィロスがそこを太い指できつく摘まむと、クラウドは虫が背を這うようなぞくぞくとする感覚に襲われた。彼に身体を触られるのは久しぶりだった。
 セフィロスが恍惚の瞳でクラウドを見下ろした。お預けを食らっていたのは自分の方だと教えてやりたい。嫌がる彼を犯すだけでは見たされない欲が自分にも生まれていた。彼から求められることなどないと見切りをつけていたが、まさかこんな日がやってくるとは。
 クラウドの胸を触りながら下肢へと手を伸ばす。彼のものを布越しに揉み上げた。ソファの背もたれを掴みながら腰をくねらせて、身体を襲う快感を耐えている。薄く開いた口から漏れる悩ましく耽美な嬌声は、彼が自分にこの行為を許しているのだと実感させた。酷く官能的な姿だと思った。今までに彼を抱いて見られた反応とは大違いだった。