kokokisu
2020-11-03 20:19:00
13085文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 13


 村中からかき集めたのではという量の食材で用意されたザックスの母親の手料理が、テーブルを隙間なく埋めている。宿を取ると言って出たきりなかなか戻って来なかったザックスの父親は、その両手に酒瓶を下げて戻ってきた。ザックスとクラウドはそれを見て笑いながら肩を竦めた。まるで祭りの夜のようだ。
 瓶のコルクを抜いた父親が、ザックスとクラウドのグラスへと酒を注いだ。ナイフで切ったばかりの果物を思わせる素晴らしい香りだった。ゴンガガの魔晄炉が潰れて何年か経ち、豊かだった土壌が回復して、この辺りもようやく昔のように農作物が育つようになったと父親が語った。
「ザックスと一緒に酒が飲める日が来るとはなあ」
 感慨深そうに呟いた親を見て、ザックスが照れたように笑った。
「いつまでも子供じゃないっての」
「ほんとに、早いもんだね。私もお父さんもあの手紙を見た時は驚いたよ。ガールフレンドができたって。ザックスももうそんな年頃になったんだねえって」
 グラスを傾けていたクラウドの表情が固まる。親に紹介するような相手がザックスにいたなど初めて聞いた。思い当たる相手は、一人しかいない。
 ザックスの母親は少し寂しそうな顔をして溜息を漏らした。
「こんな事になったんじゃ、彼女はもう愛想つかしてしまっただろう。顔くらい見せにいったのかい?」
 ザックスが悲しそうに目元を歪める。
「彼女とは会えなかった。俺がいない間に、彼女にも色々あったんだ。俺も挨拶くらいしたかったよ」
 彼の痛々しい表情を見て、ザックスの両親は何も言えなくなった。彼の口ぶりから、会うのが気まずい相手になった、という話ではないのだと分かる。神羅に追われる身になった息子が親しくしていた女性だ。もしかしたら、彼の関わったいざこざに彼女も巻き込まれてしまったのかもしれない。
 暗い顔になってしまった二人に気付き、ザックスは努めて明るい声を出した。
「彼女は守れなかった。でも、俺にはクラウドがいる」
 クラウドの表情が強張った。彼の両親とのやり取りを聞いていると、やはり自分は彼に相応しくないのでは、という思いが溢れて消えない。不安に揺れるクラウドを支えるように、ザックスはテーブルの下で彼の手を握り締めた。温かく、力強い手だった。何度この手に救われたか。それだけでクラウドは、これから先のことを全て彼に委ねようと思えた。
「二人にちゃんと紹介したい。クラウドは俺の大切な人なんだ。トモダチって意味じゃない。クラウドは俺のコイビトだ」
 ザックスの告白に両親が唖然とする。それに対して、二人の息子はいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
 息子は女が好きだったはずだ。手紙にも、会社の売店の誰が可愛かっただの、街で知り合った女の子がどうだったなど、浮ついたことをしょっちゅうしたためていた。クラウドは、確かに絵画のように綺麗な顔をしているが、男にしかみえない。彼らにとってはまず息子が男を好きになるというのが思いもよらない事態だった。
 まさかザックスの冗談に付き合わされているのでは、と思いクラウドを見やるが、彼は落ち着いた表情をしている。まるで、全て成り行きに任せるとでもいった様子だ。
「クラウドさんは、どうしてザックスを……?」
 ガールフレンドができたと喜びの手紙を送ってきた息子が、恋人と言って男性を連れてきたことが信じられなかった。暗にザックスへも同じ質問を投げかける。何故、男であるクラウドを恋人に選んだのかと。
 もう彼らに誤魔化すことも隠すこともできない。クラウドが重苦しそうに口を開いた。
……俺はザックスに命を救われたんだ。彼がいなかったら、俺はずっと神羅に捕らわれたままだった。それを彼が、命を懸けて俺を連れ出してくれた。魔晄中毒の俺なんて足手まといでしかなかったのに。そのせいで本当に、ザックスは命を落としかけたんだ。俺は、少し前までザックスが死んだと思って生きてきた」
 嗚咽を堪えるような息を吐いて、クラウドは続けた。やはり自分はザックスが好きだ。両親に受け入れて貰えなかったとしても、諦められない程に。
「ザックスとまた会えて、幸せで、もう彼と離れたくないって思った。俺はザックスが好きなんだ。心の底から、誰よりも」
 息子と同じく魔晄に染まった瞳が真摯にこちらを見つめていた。偽りなく告白して、こちらの答えを待っている。造り物のように美しい青年だが、中身は酷く脆いのだろう、自分達の放つ一言で彼は壊れてしまいそうだった。
 母親は感極まったように口を手で覆った。息子をここまで想ってくれている人がいる、ということに胸が詰まった。ザックスがもういなくなってしまった、と嘆いて悲しみに暮れていたのは自分達も同じだ。だが、彼がザックスに向ける想いは、親でも敵わないと思うほどだった。彼はザックスがいなければ生きていけないのだろうと感じた。
 彼女は目に涙を滲ませながら息子とクラウドを見つめた。
「死んだと思った息子が生きて帰ってくれただけで嬉しいのに、まさかこんなに綺麗な人を連れてくるなんてね。ザックス、クラウドさんを幸せにしてあげるんだよ」
 父親も重苦しく頷いた。もう死んだとまで思っていた息子だ。生きていてくれただけでもありがたいのに、ここまで大事に思ってくれる人を見つけている。親として、二人が幸せになるよう願わずにはいられなかった。
「せっかく生き延びたんじゃ。悔いだけは残すな。ちゃんと、クラウドさんを守るんだぞ」
 ザックスは強い笑みを張り付けたまま、うんと頷いた。二人は息子よりもクラウドを心配しているようだった。女遊びが好きな息子が、彼のように一見すると繊細そうな人を連れ帰ったので無理もない。他の人に脇目を振らず彼だけに尽くせと釘を刺された気分だ。
ちゃんと受け入れて貰えた。彼らは、息子の選択を尊重してくれる人達だった。何年も離れていたのに親子の絆が残っていることに安堵する。ザックスはそれまでの緊張が一転して、気の抜けた笑いが零れてしまった。
「クラウド、こんな見た目してるけど俺より強いんだぜ」
 冗談めかしていうと、母親は少し驚いた後、目元を険しくして息子を見据えた。
「そういう意味じゃないよ。大切な人が傷つかないようにしてあげるんだ」
「分かってるよ」
 ザックスと彼の両親が笑う姿を見て、クラウドも少しずつ緊張が解けていった。初めから何も心配する必要などなかったのではと思える程だった。ザックスが素晴らしい人であるのは、この両親に育てられたからなのだろう。自分達の幸せを二人に祝福して貰えることが、何よりも有難かった。

 ザックスの父親が手配した宿は、大きなベッドが一つ置かれただけの小ぢんまりとした部屋だった。枕元にサイドテーブルがあり、そこにベッドランプが置かれている。突然の来客だっただろうに、埃は綺麗に払われていて、皺ひとつないシーツは清潔なリネンの香りを漂わせていた。
 ザックスの実家で二人は腹がはち切れそうなほどのご馳走を振る舞って貰った。ゴールドソーサーからゴンガガまでは街にも寄らずバイクで走りっぱなしだったので、久しぶりのまともな食事だった。ザックスの母親の手料理は素晴らしい味で、しかも飢えていた二人が次々に料理を平らげていくので、彼女は次々と料理を追加で作っていった。二人は腹が重くなったように感じる程に食べて、飲んで、すっかり満たされ尽した幸せな気持ちで宿に戻っていた。
二人とも服を脱いで下着だけになると、ベッドに並んで横たわり大きく息を吐いた。苦しい、とザックスが漏らすのを聞いてクラウドがくすりと笑う。彼はクラウドの二倍近い量を食べていた。
「ザックスの母さん、料理がうまいんだな。あんなに食べたのは久しぶりだ。俺の母さんを思い出したよ」
前よりも少し太ったんじゃないだろうか、という程に胃が膨らんだ彼の腹を優しく撫でてやった。ザックスが擽ったそうに笑う。
「クラウドのお袋さんも料理美味かったよな……。あの後、ニブルヘイムには行ったのか?」
 ザックスの問いかけにクラウドの表情が曇る。
「ああ、村は神羅の支配下に置かれていた。前の住民は一人も残っていなかったよ。俺達がいた神羅屋敷の実験施設はそのまま残っていたけど、もう無人だった」
 ザックスが苦い顔をする。クラウドもあの光景を見てしまったらしい。焼き払われたはずの故郷が元通りに修復されていて、それなのに住んでいる人間は誰一人として村の人間ではなくなっていた。帰る場所を奪われて、きっと途方もなく心細い想いをしただろう。
 隣に横たわるクラウドを抱き締めて、ザックスは楽しそうな声音で言った。
「俺のお袋、お前にも母さんって呼んで欲しそうだったぞ。もう一人息子ができたみたいだって言ってたしな」
 彼が慰めてくれようとしているのだと分かり、クラウドは声を出して笑った。
「ありがとう、ザックス。俺は大丈夫だ。故郷は無くなったし母さんももういないけど、ちゃんと帰る場所はあるんだ。エッジには俺の家族が住んでる」
「ティファとマリンとデンゼルか?」
 クラウドがこくりと頷く。もうずっと会っていないが、ひと時たりとも忘れたことはない。彼らの顔を思い出して、クラウドは胸に温かいものを抱いているように幸せそうな笑みを浮かべた。
「血は繋がっていないけど、大切な家族だ。ザックスも、みんなと一緒に住まないか」
 その提案を聞きながら、ザックスは胸に小さな違和感が芽生えるのを感じていた。彼と、彼の家族と一緒に暮らす。皆が楽しそうに笑う、この上なく幸せな光景が脳裏に浮かんだ。
だが、何かが決定的にずれている。その情景に歪みを感じる。どうしてそう思うのかは分からないが、彼の望み通りにティファやマリンやデンゼルと皆で一緒に暮らす、というのは受け入れ難かった。
 我ながら子供っぽいが、クラウドを彼らに奪われるかもと嫉妬しているのだろうか。自問してみたが、そんなに単純な感情ではないような気がした。
 返事をしないザックスに、腕の中のクラウドが不安がって上目で見つめてきた。ザックスは誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「同じ家だと、声、聞こえないかな?」
クラウドの白い胸元に手を這わせて、柔らかい突起をきつく摘まんだ。身構えていなかったのだろう。クラウドが目元を険しくして、高い声を上げた。
……っ、こういうのは、家の外でやろう。マリンやデンゼルに聞かれたくない」
 まるで罪深い行為であるかのようにクラウドが言った。まだ年の若い子供たちに自分たちが何をしているか悟られてはならない、と思っているのだろう。それでも、『やらない』とは言わないところに彼の欲が透けて見えた。家族のいない所では夢中になって求めてくる彼が想像できて堪らない気分になる。
「そういうの興奮する」
 ザックスはクラウドに覆い被さる体勢になると、彼の唇を貪るようなキスをした。こうしていると彼は自分だけのものだと思える。彼も同じように感じてくれていると信じたい。ザックスはクラウドに帰る場所があるということに、何故か無性に不安を駆り立てられていた。

 雨は止んだが窓から流れ込んでくる空気は湿気って冷え冷えとしていた。火照った体を冷まそうとザックスが開け放った窓辺に立っていたら、隣にクラウドもやってきた。エッジでは見ることのできない星空が森の真上に拡がっている。吸い込まれそうな漆黒にぽつぽつと小さな穴を開けたように星が煌めいていて、クラウドは思わず空に向かって手を伸ばした。ひんやりと冷えた空気に腕が包まれる。窓から外はもう宙に繋がっているような気さえした。
「ロマンチックなことするんだな、クラウド」
 ザックスが笑って彼の真似をした。行為で汗ばんだ肌に風が当たって心地良い。
「ゴンガガに着いたし、俺の両親に挨拶も出来た。この旅ももう終わりかな」
 寂しそうにザックスが呟いた。ゴンガガに辿り着くのが目的だったが、その道中こそが幸せだったように思える。前にも同じように二人きりで旅をしたが、あれは神羅から逃れるためで、しかも彼は廃人状態だった。最後は離れ離れになってしまい、再会するまで何年もかかってしまった。だが、今回は違う。魔晄中毒から回復したクラウドと、敵から逃げる訳でもなく、ただ二人で旅をした。あの頃の自分が望んでいた幸せがそのまま形になったような、楽しくて自由な時間だった。
 旅の追憶に耽るザックスへとクラウドが向き直った。先ほどまで甘い時間を過ごしていたのが嘘のように、彼の表情には緊張が漂っていた。
「ザックスに聞かせて欲しいことがあるんだ」
 真摯な瞳のクラウドが、ザックスを向き直る。
「神羅屋敷から俺を連れ出してくれただろう。この村にも立ち寄ったって、ツォンから聞いた。ここで何があったんだ?」
 クラウドの問いかけにザックスが訝しむ。
「なんでそんなこと?もう終わったことだ」
「旅の間、俺は意識がなかった。何があったのか知りたい」
 遂に核心に触れることになる。ザックスとは違うところにクラウドの旅の最終的な目的があった。
ザックスに問いかけてから、クラウドは緊張がますます強まっていった。これでザックスの正体を確かめられるが、もしも彼の記憶が偽りなら、再会してからの今までの幸せな時間も全てなかったことになってしまう。
ジェノバの狡猾さはクラウドも良く知っていた。人の記憶を読み取り、擬態し、人の心の弱さに付け込んだ攻撃をする。ザックスがどんなに本人と同じ振る舞いをしていても、それがクラウドの記憶から忠実に再現された彼の虚像ではないと今のままでは断定できなかった。
もしもザックスの記憶が偽りだったなら、彼を受け入れることはできない。再会の喜びを味わわせた彼の両親を失望させることになるだろう。罵られ、憎まれるかもしれない。それでも星を破壊するジェノバは、放置してはならない存在だった。
 ただの興味本位とは思えないクラウドの熱心さに押されて、ザックスは渋々と言った様子で口を開いた。
……ツォンに聞いたのか?ソルジャー失踪事件のこと。あれの決着がついたのはゴンガガじゃないよ。タークスはゴンガガまでしか俺たちを追ってこなかったからな……。確かにここの魔晄炉で事件の元凶の男を倒したけど」
 ザックスがクラウドを静かな瞳で見据えた。平和になった世界で、過去の事件の話を詳しく知りたがるクラウドは少し奇妙な気がした。だが、彼が知りたいのなら教えない理由はない。意識はなかったが彼だって事件の当該者だ。
「ミディールだ。あの、ライフストリームが噴き出してるとこ。その近くに、前はミディール村ってのがあった。村はもう無くなってるけど……。昼にお袋がりんごのお菓子作ってただろ。あのりんごは、あの地域でしか育たないやつなんだ」
 自分の先輩であった人を思い出して、ザックスは寂しそうに顔を伏せた。今になって、彼との思い出が蘇る。当時は彼がいなくなってしまったことを悼む余裕すらなかった。
「ミディールで俺はジェネシスっていう元クラスファーストのソルジャーを倒した。あいつが最後の、ソルジャー失踪事件の関係者だ。でももう全部終わったことだ、クラウドが気にするようなことじゃない」
 ザックスはクラウドにまで事件の影を背負って欲しくなかった。彼はソルジャーではないが、同様にジェノバ細胞を埋め込まれている。ソルジャーの事実を知ったら、彼も自分が人間ではないと思い悩んでしまうのではと心配していた。ジェネシスだけでなく、クラスファーストのアンジールも、英雄だったセフィロスでさえ、出自の真実を知って追い詰められてしまったのだ。クラウドまで彼らのように壊れてしまったらと思うと怖かった。
 ソルジャー失踪事件の真相を聞いたクラウドは、暫く瞬きもせずにザックスを見つめていた。
 実感がまだ湧かなった。クラウドは努めて冷静に、彼から聞いた情報の意味を考えた。ジェノバは記憶をコピーすることはできるが、コピーする相手すらも知らない真実を読み取ることはできない。ずっと彼の口から聞きたかった、彼しか知らないはずの事件の顛末を、彼の口が紡いだ。
これは、彼が本物である事の証明になるのではないか。彼が生きていると告げられてから今までずっと抱いていた彼へ疑惑が、ようやく取り除かれる時がきたのかもしれない。クラウドは感情が先立って、彼の目の前で喜んでしまいそうになるのを必死に抑えつけていた。
 
 ザックスが再び眠りに落ちてから、クラウドはそっと起き上がって宿を後にした。気配に敏い彼だが、信頼しきっている相手に対してはそれがほんの僅かに緩む。意識は半覚醒状態になるものの、二人の身に何の危険も迫っていないと分かると再び眠りに落ちてしまった。クラウドは携帯電話だけを手に、ゴンガガ村の外れまで足を運んだ。
 アドレス帳から名前を探し出す。タークスのツォン。彼の名前を見つけて直ぐに、クラウドは電話を掛けた。まるでこちらからの連絡を待ち構えていたかのように繋がった。
「ツォン、ソルジャー失踪事件について聞きたいことがある」
 挨拶も無しにそう告げたクラウドに、ツォンはマイクが拾わない程度に小さく溜息を漏らした。
「どうした。何か進展でもあったのか」
 ミッドガルの大陸を抜け出すまでは彼を追跡していたが、カームで船に乗った時点で彼らを追うのを止めた。彼らは追跡者の気配に対して敏すぎるし、なによりもこちらの持っている情報を少しでもザックスに与えるのを避けたかったからだ。エッジに居た頃からタークスの中でも比較的新入りの、ザックスと直接面識のないものにばかり彼を追わせていたのもそれが理由だった。彼らはザックスを捉えることは出来なかったが、彼に情報を与えることもなかった。
「俺達が神羅屋敷から脱出した後の話だ。あんたたちはどこまで俺たちを追っていた?」
「ゴンガガだ。ゴンガガ村でタークスとザックスが接触した記録がある。神羅兵の方はゴンガガの魔晄炉で、酷く衰弱した男と共にいるお前たちの姿を目撃したそうだ」
「事件の顛末はどうなった」
……それをお前に聞かせたらザックスが記憶をコピーしてしまうだろう」
「そうじゃない、俺がザックスから聞いた情報と照らし合わせたいんだ。彼は事件のことを俺に教えてくれた」
 ツォンはそれを聞いて酷く緊張した声音になった。遂に、ザックスの正体を確かめる時がきたようだ。
「まずお前が話してくれ。情報に齟齬があった時、お前がザックスを庇わないとは限らない」
クラウドは呆れと苛立ちの混ざった息を漏らした。
 疑われている。そもそも自分達は仲間などと呼べないような関係なので無理もないが。
「庇うつもりならあんたに連絡を入れない。……分かった、俺の方から話す」
 こんな押し問答をする時間さえも惜しい。クラウドは早くザックスへの疑念を晴らしたかった。
「ザックスはソルジャー失踪事件の元凶をゴンガガで倒したそうだ。だが最終的な決着がついたのは、ミディールにあるバノーラ村跡地でのことらしい。ジェネシス、というソルジャーが最後の関係者で、ザックスが彼を倒した事でソルジャー失踪事件は片が付いた」
 クラウドは勢い込んで話してしまうと、ふうと一つ息を吐いてツォンの返事を待った。暫く黙り込んでいたツォンが慎重に口を開いた。
……タークスはゴンガガまでしかお前たちを追えなかった。ミディール村でザックスが事件の幕を引いたというのは初耳だ。だが、ジェネシスというソルジャーは確かに存在した」
 ジェネシスはソルジャー失踪事件で他のソルジャーを連れ去った人物だと聞いている。彼はジェノバ細胞とソルジャーの実験の重要な被験者だ。
「我々は再度バノーラ村跡地を調査する。だがこれはもう断言していいだろう。ザックスはジェノバ細胞のコピーではなく、本物だ。そもそもジェネシスが失踪事件の犯人の一人だったと知っている人間は限られている。神羅社内でも彼は失踪したとしか共有されていなかった」
 ザックスを追わせていた中ではイリーナが、タークスとしてのキャリアは最も長いが、彼女でさえもジェネシスのことは知らない。調べたとしても、神羅に過去ジェネシスという名のクラスファーストのソルジャーがいたという情報しか得られなかったはずだ。本社ビル崩落と共に神羅の重要なデータが殆ど紛失した今となっては、生きた証人以外はソルジャー失踪事件の情報を持ちえない。
 電話の向こうでクラウドが息を呑む気配がする。彼と共にいるザックスが本人であり、ジェノバ細胞に操られている存在ではないという事実は、彼にとってはこの上ない吉報だ。命の恩人を疑い続ける必要がなくなったのだから。
 ツォンは極めて事務的にザックスの正体を確認した後、クラウドへと依頼した。
「ゴンガガにヘリを向かわせる。早速で悪いが、明日ヘリが到着次第それに乗ってエッジの神羅本部まで来てくれないか。社長がお前たちに会いたがっている」
「ルーファウスが?どうしてだ」
「詳しい話は社長直々に話すそうだ」
 クラウドは引っかかるものを感じた。わざわざルーファウスが表に出てきて、自分達と接触を図ろうとしている。それも、ザックスが本人だと確かめた直後に。怪しまない訳にはいかなかった。
……断る。俺はもう神羅とは関わりたくない。ザックスの件があったからあんたたちとは一時的に手を組んだだけだ」
「そうか。なら取引だ」
「取引?」
 怪訝そうに言うクラウドには構わずにツォンが続けた。
「ザックスの身の安全を保障する。彼を狙っている輩にこちらから圧力をかけておこう」
 クラウドは忌々しそうに顔を顰めた。ザックスを狙う人間と言われて思い当たるのは神羅関係者だが、他にも心当たりがある。タークスに追われる彼が神羅の機密に関係があると察して、夜の街の支配者であるコルネオまでザックスに目を付けていた。エッジに戻ればまた彼から追撃があるかもしれない。自分とザックスだけなら追っ手を蹴散らせばいい話だが、これからマリンやデンゼルと一緒に暮らすとなると看過できない問題だった。
「コルネオはもう神羅との繋がりは無くなっているんじゃないのか。あんたたちの言う事を聞くなんて俄かには信じがたい」
「あの男はそもそも命令を聞くような奴ではない。昔からそうだ。だが、そうした方が自分に利益があると判断したら無意味に逆らいはしない」
 ツォンの提案は合理的だった。コルネオまでザックスを狙って動いたところから、彼がそう仕組んでいたのではと思わせる程に。クラウドがザックスの正体を確かめた後にどう動くかは、彼の中で初めから決まっていたのだろう。
……分かった。あんたの取引に応じよう。ザックスには俺から話しておく」
「感謝する。お前たちにとっても悪い話じゃないはずだ」
 深夜の通話はそれで終わり、クラウドは深く息を吐いた。ザックスが本物だと証明できて浮ついていた心が一気に冷めた。ようやくみんなと幸せに暮らせると思ったのに。
 雨で土のぬかるんだ森の道を踏みしめながら、村の宿屋へと戻っていく。木の葉に遮られた隙間から、地面にガラスの破片を散らしたように月の光が降り注いでいた。夜も明るいエッジと森の深い暗闇は比較にならず、斜めに差し込んだ月光に目を刺されると眩しいとさえ感じた。
 流石に今日は色々あって疲れた。早く戻って彼の隣に横たわりたい。目覚めたらまたひと騒ぎありそうな予感がする。

 夜が明けると同時にザックスは目覚めた。真っ先に、クラウドが隣に横たわっていることを確かめる。彼はよく眠っているようで、すうすうと深い寝息を吐いていた。長旅だった上に、夜中にもベッドを抜け出して何かしているようだったので、寝不足なのかもしれない。
 エッジに戻るとこうして彼と同衾するのも暫くはお預けになるのだろうか。最中には甘い声を漏らす彼を揶揄したが、毎日こう無防備な姿を見せ付けられるのかと思うと、自分の方こそ我慢できる気がしない。ザックスは抱き締める代わりに彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でつけた。それに反応してクラウドがとろりと目を開く。
……朝か?」
 舌足らずで眠そうな声音だ。ザックスは苦笑を漏らした。
「悪い、起こしたか。もちょっと寝てていいぞ、まだ早朝だ」
 窓から差し込む朝焼けに気付き、クラウドはぐいと身体をベッドから起こした。
「いや、起きる」
 タークスが来る前に、彼に昨夜の取引の説明をしなくてはならない。それに、彼の両親とももう一度ちゃんと会っておきたかった。次にここへ来るのがいつになるか分からないからだ。
 服を着て村の井戸水で顔を洗うと、ザックスはクラウドを連れて村の朝市へと向かった。
 ゴンガガの中央にある広場では、行商と地元の農家が小さな市場を開いていた。商売をしているのは村の外から来た商人が殆どだ。午前中にパンや調味料、肉などを村人に売り、村を去る時はゴンガガ特産の野菜や果物を仕入れていく。行商は村にとって貴重な商売相手でもあった。
 朝市は毎日開かれている訳ではないから運が良い、とザックスが笑いながら言った。両親の元へ持って行く分も含まれているのだろう、朝食用のパンや果物を次々に見繕っている。三つ買うから一つおまけして、とザックスが持ち掛けると、農家の女性は笑いながら二つおまけしてくれた。あんたたちいい男だからサービスだよ、とまで言われて、ザックスは上機嫌な笑顔を浮かべている。彼の人懐こさだから交渉が成り立つのだろう、とクラウドもつられて小さく笑った。
 二人で紙袋を抱えながらザックスの実家へと向かう。隣を歩くザックスへと、クラウドは落ち着いた声で話しかけた。
「昨日の夜、ツォンから電話があった。ルーファウス神羅が俺達に会いたがっているらしい」
 クラウドの口にした名前にザックスの昔の記憶が蘇る。
「ルーファウスって……、神羅の副社長か!?」
 驚愕するザックスにクラウドは短く訂正の言葉を告げた。
「今は社長だ。何をするつもりかは知らないが、あいつに会うことを条件にツォンから取引を持ち掛けられた。ザックスを追っている奴らに口利きしてやると」
 ふん、とザックスが息を漏らす。
「別に追われても平気だけど。俺とクラウドに敵う追っ手なんていないだろ」
 それを聞いてクラウドは沈痛な面持ちで俯いた。
「マリンとデンゼルを危ない目に遭わせたくないんだ。追っ手がいるのにみんなと一緒に暮らしたら、巻き込んでしまうかもしれない。神羅のあいつらが話をつけるだけで収まるなら取引を受けるべきだと俺は思う」
 ザックスが隣を歩くクラウドの顔を見下ろした。彼は心の底から家族のことを心配している様子だ。昨日の夜のやり取りでも伝わっている。何よりもクラウドは、彼らが恋しいのだろう。追っ手が落ち着くまで子供たちとは離れて暮らそうかといえる雰囲気でもなかった。
「美味い話には裏があるって、知ってるだろ」
 言い捨てながら頭の後ろをガシガシと掻き毟ると、ザックスは苦い表情を浮かべた。クラウドが言っていた、神羅は昔ほど警戒しなくていい相手、というのを信じていいのだろうか。いくらツォンが自分を保護してくれたとはいえ、意識を取り戻してからはずっと追いかけ回されていたのも事実だ。何よりも神羅から魔晄中毒のクラウドを連れて逃げ続けていた記憶がザックスには生々しく残っている。自分が意識を失っている間にクラウドがどう彼らと関わってきたかは知らないが、逃亡中の記憶を無視して敵の根城に踏み込むというのは簡単にできることではない。
 クラウドは縋るような顔つきでザックスを見つめた。
「頼む。もし危険だって思ったら、あんただけでも絶対に逃がすから」
 ここまで言われてしまってはザックスも引き下がるしかなかった。ザックスは短く溜息を吐くと、クラウドの肩を抱き寄せた。
「それは俺の台詞だ。大丈夫、どういう結果になっても俺が皆を守るよ」
 ツォンが取引を持ち掛けて来なくても初めから決めていたことだ。クラウドたちを守るのは自分の役割だと、ザックスは当然のことのように考えていた。皆が幸せでないと、クラウドは笑えない。
「そうと決まればしっかり朝飯食って行かないとな。美味そうなパンだったし、お袋にサンドイッチでも作って貰おうぜ」
 クラウドの抱える紙袋を覗き込み、ザックスは明るくそう言った。いつもの調子を取り戻したザックスを見て、クラウドもほっと胸を撫で下ろす。勝手にツォンとの取引を決めたので、彼は気分を害してしまったのかと不安になっていた。

 ザックスの両親は二人との別れを惜しんだ。到着したのは昨日なのに、翌日の朝になった途端に村を出ると伝えたからだ。その寂しそうな姿を見ているとクラウドまで胸を締め付けられた。
 肩を落とす母親を、ザックスがその逞しい腕で抱き締めた。
「また帰ってくるよ。手紙も沢山書くから。元気にしていてくれよな」
 母親が涙を堪えるような目でザックスを見つめた。手を高く伸ばして、大きく育った息子の頬を包み込む。
「父さんと待っているからね」
 彼には愛する人がいる。余り引き留めてはいけないと、母親はそれきり笑顔で二人を送り出した。
 ヘリの音がザックスの耳に届き、彼は東の空を見上げた。同時にクラウドの電話が鳴る。朝食を終えて片付けられたリビングから外に出ると、クラウドはレノからの着信に応えた。
「ツォンじゃないのか」
「主任はミディールで降りた。俺とルードがお前たちを搬送するぞ、と」
 クラウドはそれ以上詮索しなかった。ツォンがミディールで降りたのは、ソルジャー失踪事件の調査の為だろう。家の中にいるザックスに話を聞かれるのを避けたかった。
 レノは鼻歌混じりで続けた。
「村の近くまで来ている。ヘリが着陸できそうな平地を見つけた。そこまで来てくれるか。村の東にある船着き場だぞ、と。バイクはヘリに乗らねえから陸路で運ぶ」
「分かった」
 短く返事をして、クラウドは再びザックスの実家の中へと戻っていった。
「済まない、そろそろ時間だ」
 神羅の迎えが来る、ということは二人には伏せておいた。息子を殺した組織に再び関わろうとしているなど、伝えるべき情報ではない。
 ザックスは両親との別れを惜しみ、再び彼らと抱き合った。それまでずっと黙っていた父親が、目に涙を溜めながら息子に囁いた。
「もう危険な仕事はやめるんじゃぞ。わしらは、お前が生きていてさえくれればそれでいいんじゃ」
「分かってるよ。行ってくる」
 クラウドも二人と硬く握手をしてから、彼らの住む家を出て行った。
 バイクへと向かう途中、隣を歩くザックスがすんと鼻を啜る音がした。クラウドがそちらを見やると、ザックスは涙の溜まった目を腕でごしごしと擦っていた。クラウドはザックスが涙を流している姿を見るのは初めてだった。
「悪い、ガキの頃からずっと親元離れて暮らしてたのにさ。やっぱ会うと駄目だ、別れがよけい寂しくなる」
 強がって涙を隠そうとするザックスの手をクラウドがそっと掴んだ。
「泣いていいよ」
 そこまで大切に思える家族がいるというのは幸せなことだ。いっそいることを忘れてしまった方が楽だなんて寂しいことを、ザックスには思って欲しくなかった。
 クラウドはふと空を見上げた。真っ青な空に浮かぶ白い雲を見る度に思い出す顔がある。クラウドはザックスの手をぐいと引くと、彼の涙に洗われた青い瞳を自分の方へと向けた。
「俺の仲間が開発した飛空艇、もうすぐ一般向けの定期便が運航するらしいんだ。ミッドガルからなら世界中のどこでも飛んでいける時代が来る。ゴールドソーサー便もあった。そうなったら今よりもゴンガガが近くなる」
 ザックスがそれを聞いてぽかんと口を開いた。
「マジかよ……。俺が泣いてたの、忘れてくれる?」
 クラウドはくっと笑いを零した。
「次にゴンガガに行く時の二人への土産話にしよう」